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tkktさんの猫忍えくすはーと3の長文感想

ユーザー
tkkt
ゲーム
猫忍えくすはーと3
ブランド
Whirlpool
得点
79
参照数
350

一言コメント

今回は北条春希の物語でした。「大事なものばかりなんだ」と苦悩する一視同仁の彼が、決断(ひとつに決めて他を断つ)を下すまでを主軸に書いています。猫だまりを優しく見守る善き兄が、堅城小田原の当代の城主として据わった晴れやかな読後感。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

グラフィック(19/20)
 新規キャラ3人とも可愛らしいデザインで、私服もオシャレでしたね。既存ヒロインたちの服装差分も欲しかったですが。たまゆらは水着がありましたが、律・マヤは新規差分無し。背景絵に関しても新規はほぼなかったかな。河原や山は過去作の使い回しっぽいですね。その代わり戦闘面にシリーズで一番力を入れたようで、虎や鬼といったクリーチャーデザインの出来が良かったです。


ストーリー(37/50)
 とても良かったです。一言でも書いたように、今作は春希が独り立ちするまでを主軸に描いています。「ワールドエレクション」や「ウィザーズコンプレックス」といったライター過去作で描かれてきた主人公像にかなり重なりつつも、彼なりの個性も見られたので存分に楽しめました。彼が生来的に持っている善いものと、今シリーズで得たもの、織り交ぜながら軽く分析してみようと思います。

 ・自分の目で見て物事を判断する事
 物語の滑り出しを彼の視点から振り返ってみましょう。鈴木なる信頼を置いている人から危険な相手として警戒を促されていた一団が自分に接触してきた。その首魁は自分たちとの共闘を一方的に持ちかけてくる。補佐役の一人は何を考えているか話さないし、律とも騒動を起こす。もう一人は色仕掛けで篭絡を目論んでくる。ろくでもないでしょ、これ。「帰れ」と一蹴したり、鈴木さんに告げ口してどうにかしてもらっても何ら責められる謂れは無さそうです。事実、たまゆらを追い返そうとしていたシリーズ一作目の彼なら、そのように対応したんじゃないかと思います。
 ただ今の彼は、そうはしなかった。どうして戦いたいのか動機を知ろうとした。自分の目で見て、聞いて、それからじゃないと判断してはいけないと考えた。シノに対しても、彼女と話して本音を聞くまで、律の思い込みを頑として受け付けなかった。簡単に書いちゃいるけど、難しいですよね、これ。友人や家族が敵視している相手を、そのバイアスを抜きにして見るってマジで難しい。しかも「あーやっぱそんな感じの人なんかね」と思われても仕方ないような言動を取られた後ですからね。それでも彼は揺るぎませんでした。面白いのが、この時、たまが見ていたシノの様子(激高する律に対して刀に手すらかけていなかった)を自分の目で見た事と同様に扱った事ですね。「たまが時々見せる他とは違う着眼点」(春希評)を随分と買っているワケです。場の空気や他者の評価に流されず物事の本質を自分の目で見て判断するという点においては、春希の信念と似通っているからですね。どころか彼女のこの美点を倣っている所もあると思います。
 
 ・相手を芯から想う事
 そうして逃げ出したシノを追いかけてみると、案の定、屋根の上で泣きべそを掻いていたというワケです。そんなシノに対して、春希はひたすらに優しかった。まるで見てきたように陽葵との関係を察し、忠と義の板挟みに揺れている彼女の現状を慮った。寡黙の裏側を見つめ、辛抱強く言葉を待ち、相手の気持ちを推し量り、仁で以って判断した。この子は良い子である、と。
 また、朝駆けを仕掛けてきた沙奈に対しても、その誘惑を跳ねのけ、「そこに自分の気持ちはあるのか」と問いかけた。もちろん彼自身がそういうの嫌いだというのもあるけど、その嫌いの根は相手を傷つけてしまうかも知れないという恐れなのだと思います。
 陽葵の風呂場遭遇事件にしても、理不尽と分かっていながらも、そこは「女の子」だから汲んであげようと自分が謝って事態を収めようとします。もう一つの言わない意図としては彼女が隠したがっているであろう耳を見てしまった事を有耶無耶にしようという気遣いでしょうね。
 「萌えゲー主人公のステロタイプな優しさ」の一言で片付けてしまったら寂しいですよね。確かにそういう側面も否定はしませんが、この三者への対応をキチンと書いているからこそ、彼女たちが彼に惚れる展開に説得力が生まれるワケです。世の中の萌えゲーには残念ながら、「一体いつの間に落ちてたんだ?」とか「この主人公のどこに惚れる要素があったんだよ」と苦笑してしまうような、雑な主人公造形やヒロインとの関係構築過程は数多あります。というより、最近は時短ゲーが重宝がられる傾向の為か、「いつのまにか」の方は滅茶苦茶増えています。功罪あるし、こんなところで論をぶつ気も無いですが。ただまあ、こうやって「ああ、優しいな彼は」「これで心が動いたんだろうな」とキチンとわかるようなゲームが僕はとても好きです。手垢がついている、目新しさが無いとも言えるのかも知れませんが、逆に言うと普遍的に、いつの世でも、個を見て芯から想う優しさは響くという証左でもあると思います。

 ・一国一城の主として譲れないライン
 北条春希が持つ対外的な一番の実効力というのは何でしょう。風魔の里や里見八忍といった多くの猫忍による武力でしょうか。もちろんバックに居るそういった勢力の影を(相手が勝手に)恐れることはあるでしょう。ただ本人は絶対に振りかざすことはしませんね。彼がやることは一つ。仁義の一本槍で相手を「ウチに引き込む力」を発揮すること。逆に言うと彼の武器はこれしかありません。凄く下世話な話をすると、一本槍というのは男性器の事でもあります。「仲良くしよう、大好きだよ、キミをちゃんと見てるよ、キミの為に出来る事を考え続けているよ」と口で言って、カラダでも示す。そうして絆して、崩して、自分のウチに入れてしまう。誠心誠意、本気の愛情を持った篭絡術。しかも本人はそれが武器であるという自覚が無く、みんながここにいる理由も「いたいから」であって欲しいと宣います。一度大きな傘の下の安らぎを与えておきながら、相手に決定権を与える愛猫家らしい非束縛を実行しており、絵に描いたような天然ジゴロぶり。一本槍で攻め落としておいて傘下に入るかは任せるよという押し引きの巧さが……無自覚なんですよね。実際、道を分かったように見えて陽葵は彼の傘の下が忘れられず帰って来てしまいました。家(城)こそ分かれているので辛うじて別国ですが、実際には限りなく属国に近い友好国に収まる形の決着だと思います。
 なんでこういう決着を見たかというと、春希がガチガチにコンサバティブな決断をしたからです。一見、柔和で八方美人の彼ですが、実は槍で攻め落とした後、去っていく者は追わないんですよね。先の言の通り、「いたい」と思わない子まで束縛することはしないから。そしてその子の為に譲歩して傘を傾けたりは絶対しないんですよね。いま城内に居る子たちを雨風から守ることを第一としているから。ガッチガチで、梃子でも動きません。一言感想で堅城小田原なんて書いたのはこの為です。うん、間違いなく末裔だわお前(笑)。陽葵の理想は全く共感しないでもないし、何なら彩羽の庇護下を抜けてでも応援してあげるけど、道を同じくはしない。この頑とした態度が、陽葵側の譲歩(隣国として寄り添う)を引き出した。すんごく和やかな合流エンディングのようで、実は勢力争いの勝者と敗者です。「わたくしを袖にした」という陽葵の認識で合っていて、フラれてなお追い縋るのは敗者です。恋愛の敗者が、いつのまにか政治の敗者にもなっている。まあコレが彼の「ウチに引き込む力」の真価ですね。結構えぐい。まあ戦国の世でも頻繁にあったことですけどね。傾国の美女ならぬ傾国の女たらしって所ですかね。
 
 ・総括
 仁義八行の主君にして、決めて断つ強さも身につけた春希の物語。傍目からは鼎立しているように見えて、内情は真逆で、彼に「オンナ」にされた友好的な城主ばかり(彩羽もクールぶってはいるけど、有事の際は援軍をくれるでしょうね)で、ますます戦力は増強の一途ですが、それを自発的に行使することは有り得ない。物語の主人公が籠城の選択なんて、刺激的で痛快な英雄譚じみたストーリーを愛好する層からは駄作と断じられそうですが、非常にユニークで僕は好きですね。まあ近江谷氏のシナリオに慣れている人なら、彼が物語上の盛り上がりや美味しい所というのを意識して、キャラを殺すような事はしないというのは分かっているでしょうし、合わない人はそもそも3作目まで付き合ってないか。
 

エロ(16/20)
 既存ヒロインの4人が1回ずつ。新規3人が2回ずつ。その3人との4Pが1回。複数人プレイは減っちゃいましたね。まあ相当の大所帯になってしまったので、仮に全員でやろうと思ったらマットレスみたいなん買い足さないと無理だろうね。尺はそこそこ。卑語もそこそこ。透明チンコは少しだけ。


音楽(7/10)
 新規ボーカル曲が1つ。またまた薬師さんの歌唱ですね。もうこのシリーズは専属契約なのかね。


合計(79/100)