触れてはいけないモノに、だけど人が手を伸ばしたら届いてしまう危うい距離感。異界の近さと二面性。過去への郷愁と未来への意思。桐月さんの持ち味が随所に詰まった力作でした。主題歌の歌詞中の「織り上げた想いは、いつしか」というフレーズは、立場を変えて読むと本当に切ない。
グラフィック(17/20)
キャラデザとしては、透子先輩が一番可愛かったですね。ああいう丸顔にムスッとした目が、オダワラさんの真骨頂だなと(個人的に勝手に)思っているので。とはいえ、可愛くない子が居たわけでもなく、全体的に満足いく感じでした。視覚演出に関しては、抑えめでしたが、だからこそラピスラズリ(トゥルー)導入の画面が割れる演出は活きましたね。素晴らしかった。背景絵に関しても、出来の悪い物はなく、高品質だったと思います。特に作品の肝である再開発地区や旧西条家などは非常に雰囲気があって良かったと思います。
ストーリー(39/50)
コンチェルトノートの続編ないしスピンオフという位置付けの本作。コンチェルトノート自体はプレイ済みではあるのですが、多分……やったのは8年くらい前かな。まだ僕が毎日欠かさず野菜ジュースを飲んでいた頃だと思います。正直な所、何となくプロットラインや印象的な場面は記憶に残っているものの、細かい話をされるとついて行けないだろうなという懸念から今まで手を出さなかったのですが、まあプレイ後の今にして思えば、そこら辺は杞憂でしたね。十分に楽しめました。
さて、ここからは踏み込んだ感想を書いていくので、(もしいらっしゃれば)未プレイの方はお戻りいただく感じでお願いします。
・西条美加
物語の最後から見て、つまり逆算的で申し訳ないのだけど、この子を一番最初に攻略する「サブ」ヒロインとして置いた巧さですよね。世が世なら姫。伝統や歴史に、過去の栄華に、儚い郷愁を抱くのは感傷でしかないのかもだけど。またそれらに縋り妄執と成り果てた先に未来はない(西ノ宮や八重垣の長老らが好例)ということは作中でも明示されていているんだけど。それでもやっぱもう少し核心に絡んでも良かったんじゃないか、見せ場あげてもよかったんじゃないか、せめて旧家の屋敷と決別するような象徴的なイベントがあってもよかったんじゃないか。そんな風に考えてしまう僕のセンチメンタルとは裏腹に、美加ちゃん自身は実家のことに執着はなく、最終盤に莉都が屋敷について尋ねた時も、本当にあっけらかんとしていて、前だけ見て生きている。だから「これで良いんだ」と思わされる。桐月さんのシナリオでしばしば起こる感覚なんだけど、プレイヤーの僕の方が後ろ髪を引かれる神秘と禁忌の過去を巧みに描きながらも、主人公やヒロインたちは、それを受け止め糧として未来への決意を見せつけてくれる、この置いて行かれたような、応援したくなるような、不思議な「切なさ」を帯びた「晴れやかさ」、これが今作でも味わえました。だから、それを齎す、この西条家の直系を初手という配置は改めて玄妙だったんだろうと思う。
ただバッド側では、その禁忌の神秘に魅入られ連れて行かれる、やはり悲劇の姫という側面も残している辺り、憎いなあと思うし、これくらいの塩梅での残し方が「ちょうどいい」のであって、僕の案では「書き過ぎ」なんだろうな、と。
・瑠璃以外の弱さ
ぶっちゃけ桐月さんの書くシナリオはおおよそ全般的にこの傾向はありますが、今回も御多分に漏れずですよね。まあ直上で書いたように、瑠璃以外で一番核を担えそうな美加ちゃんでアレですから、他の子では割って入れと言われても荷が重いですよね。
美加ちゃん以外のサブヒロインに関しても、必然性は弱く、たまたま近くに居たからくらいのレベルで、そもそも西条に連なる末裔で年頃の女子なら誰でも良かったって話で。ただメイン級は(未来先輩はアレだけど)頑張っていた方かなとは思います。透子先輩は(力は弱いが)見鬼としての特殊性を、主人公との恋愛方面でもキチンと活かしていたし、家の再興に固執していたが為に習わされていた巫女舞も荒御魂を祓う助けになっていたり。鏡花はまず立ち位置が優秀で、瑠璃が能動的に兄を譲っても良いと思えるほどの絆を育んだ相手。悟の生命線である義手のメンテナンスを一手に引き受ける内助の功も光りました。そして主人公が霊能体質であることを明かす(物語上)かなり重要な役割もルートで果たしています。ただ両者やっぱり尺は取れてない印象だし、またもう一人のメインの未来先輩は普通に弱く感じた。恋愛方面はオカルト部の活動を共にする間に何となく系。シナリオ(伏線)貢献においてもほぼほぼ犬神先生の手柄みたいな所あるし(笑)。ぶっちゃけ彼女は影が薄かった。
という感じで他ヒロインに関しては……駒とまでは言わないけど、瑠璃までの踏み台だなという印象は忌憚ない所かもです。
・異界の二面性、神様の二面性
話があちこち飛んで申し訳ソーリーなんですが、少しここら辺も書きたいです。
桐月シナリオにおいての異界って、大体が非常に近くにあるんですよね。日常と地続きというか。シンセミアの場合は裏山。シュミラクルは屋敷内なので近いなんてレベルじゃないか。今作でも街から徒歩で行けてしまう廃村がソレでした。そしてその異界は常に脅威を放っているワケではないのもポイントです。つまり魔界のゲートじゃないんですよね。凪と時化、両方の顔を持つ二面性。そも日本の異界は大体こんな感じですけどね。まず神様すら簡単に反転しますから。
そしてこの二面の境界を非常に曖昧に書いていくのが桐月さんの巧さで、今作でも何事もなく終わる肝試しもあれば、男三人でバカをやりに来た時には笑われてしまったり、或いは昼に来たのにゴリゴリだったり。安置を無くして、先を読ませず、気まぐれも混ぜ、時には笑って、時には引きずり込む。やっぱ日本の超常は面白いっすよね。僕は大好きですし、こういう面白さをシナリオに落とし込めるライターさんも好きです。
・わかりにくいけど面白かったラピスラズリ
正直言うと、未来と過去の境界が曖昧過ぎて、時間遡行と改変のループモノ然としており、難しかったです。というより、これ系の宿命だけど、どうしても何でもアリになってしまう感じ。あまりここら辺のトリックの読み解きに力を注ぎすぎると煙に巻かれたように感じられて評価は下がるかも知れません。あくまでも、想いを知り、絆に昇華し、過去を受け止め、未来に進む意思を見届ける物語という主眼を見失わないようにアレしないと。
まあそこを抜きにしても、ちょっと自己犠牲の堂々巡りの感が強すぎたなとか、かなり莉都頼りになってしまってるなとか、そういう点も気になるっちゃそうだったんだけど、それでもなお良い所の方が断然上回ったトゥルーに相応しい出来だったんじゃないかと思います。
例の画面演出も凄く良かったですしね。今生ではダメだったけど、来世で巡り会えた、みたいな偶に見かける萌えシナリオ系のエンドを文字通り叩き壊してましたよね。僕自身、あれ系のエンドは好きくないので、巻き直してくれてホッとした所がありました。そういう事情も、突如ループくさくなったご都合主義に寛容になれた一因かと自己分析。また、誰かの保存された記憶・役割を上書きされる人生こそ一番の不幸という瑠璃の決然とした口上は、今作全体のテーマを端的に言い表してますね。家(名家の生き方)や伝統に感謝はあっても良いが、それらに縛られては自己の人生を生きているとは言えない。
最後の荒御魂との決別も、凄く好きでした。知らない間に亡母を通して受け取っていたのだろう、悲しみや苦しみを生きる力へ変える優しい御業を異能ごと返してあげる。グッと胸が詰まるような気持ちで読んでましたね。そう、元々は優しい力だったんだよね。確かにそうだったんだよね。歴代の巫女たちが身を投げたのは、ただただ地の安定を願って。ある者は遙か先に見る発展した柊村が現実になればと夢見ながら散り、ある者は崇敬する姉に未来と想いを託し、ある者は愛する兄と幼馴染の幸せを願いながら。そのように「織り上げた想いは」瑠璃や悟が抱いたものと何ら変わらない筈だったのに、「いつしか」「きつく深く交わり」反転してしまった。例の歌詞は、まあ瑠璃たちの事を書いているんだろうけど、個人的にはこっちで読んじゃうんだよな。そして、そう読んでみたら、本当にやるせないよね。「保存」の性質と神様の二面性(容易く反転する)が生んだ悲劇として上手い書き方だなっていう理性的な感想を今は書けるけど、読んでる時は「なんでそうなっちゃったんだよ……」という思いだけだった。
いくら優しい想いがそこにあっても、自分の意思で自分の人生を歩まなければ、家やしきたりが定める役割をなぞるだけの人生では、その家やしきたり自体が間違えていた時、織り上げた想いまで間違った方向に進んでしまう。だから人は自分で生きなくてはならない。メッセージは一貫してブレなかったなと思います。悲しいし切ないけどね。だからこそ、それを終わらせた二人には、そのように生きて行って欲しい。
本当に良い伝奇シナリオでした。いつにも増して纏まりのない、感情のまま書きなぐった駄文になったと思うけど、あんまり直す気にならないんよね。採点は多少の理性を取り戻してしなくちゃいけないから(説明の難解さ、他ヒロインの弱さ等)欠点も含めて総合で見たけど、感情点だけで言えば、もう少し上をつけたくなる。この切なくも晴れやかな余韻を、ありがとうございました。
エロ(16/20)
瑠璃6、鏡花4、透子4、未来4。サブは美加2、綾2、香苗2、莉都1。合計で25枠と、一般的な非抜きゲーより幾らか多めのボリュームでしょうか。桐月さんと言えばエロ薄のライターさんと言う認識でしたが、今作では改善の兆しが見られ、尺も長くなっていたように思います。特に胸を責める場面が増えたのは個人的に嬉しい。また着衣エッチ時の服装被りもほぼ無く、そこも好印象。射精箇所も中出しが基本となっていてグッド。射精時の演出が吹雪みたいになっていたのは何かよく分からなかったですけど。
音楽(9/10)
主題歌が完璧に近いクオリティ。歌詞もメロディラインも感嘆もの。しばらくローテの一番手ですね、これは。ED曲も良質なバラードで、歌詞はより直截に瑠璃たち兄妹の想いを歌っています。ボーカル曲による加点は相当大きめです。反してBGMは少し弱かった。作風に合わせ、「窮余末路」と「住処の安らぎ」といった緊張と弛緩の対比的な曲を幾つか用意している点は評価しますが。
合計(81/100)