良い事ばかりでもないけど、悪い事ばかりでもない。生きること、死ぬこと、愛すること、愛されること、老いること、失うこと、出会うこと、別れること。人生の悲喜に翻弄されながらも、生きる事しか許されない彼女は、ならばせめて腹括って生き抜いた。女は男が思うほど弱くねえって事だろうね。
グラフィック(18/20)
お一人でこの作業量、お疲れ様です。少しだけ顔のパーツが離れ気味のキャラが居たりして微減点させてもらいましたが、概ね良きお仕事だったと思います。背景絵は当時の解像度とかも考慮すれば、頑張っている方かな。一枚絵は良かったですね、欲しい所にはほぼ全部配されていたと思う。
ストーリー(42/50)
面白かったです。女性的感性を強く感じる事が多く、オッサンの僕からすると正直言うと芯から理解してるとは言いにくいんだけど、そういう不理解もまた面白く読めた。ちなみに、女性性や男性性、ジェンダーみたいな話も感想内で多少なりすると思うけど、知識の偏りはあっても思想の偏りは無いつもりです。女尊でも男尊でも無く中立のつもり。知識の偏りから来る不明はあるかもしれないけど、悪意あっての事じゃないよーという事。予防線は張っとかないとね。運が悪いと叩かれちゃうからね。
さてと。感想は幾つかのトピックに分けて書いていきます。時系列に沿って追っていけるような話ではないからね。あーそうそう、「奴隷(ネージュ/スノウ/雪/舞美)」の呼称は適宜こっちも使い分けるので、読んでる方もそのつもりでお願いします。唯一「美幸」という名称だけは本来の彼女として使って識別します。要は白髪のビッチを上の5つの名称のいずれかで呼び、茶髪の方を美幸と呼びます。
・ミルディオーム
時が移ろい、世界が変わろうとも、ひたすら懐古と現実逃避を繰り返すばかりでロクロク成長しなかった人ですね。おまけに直情的な上に一人では何もできないというお荷物属性まで持ち合わせていて、今作を読んで好きだと言う声はあまり寄せられないかもね。ただ彼女は馬鹿ではなかった。そしてそれが一番の悲劇でした。
彼女自身が後に分析しますが、1章の二人の立場・明暗を分けたのはただの運。ゲッグに拾われてしまった奴隷と、運良く戦闘力のある奴隷を体で堕とせたミルディオーム。どっちも結局娼婦みたいな真似をしなくちゃ生きていけないくらい弱かった筈なのに。待遇は雲泥の差。そして、彼女の残虐性の根幹がここに気付いている故なんだよね。つまり私もアレも大差ないぞ、というのは無意識下では正しく理解している。別に今の地位を実力で勝ち取ったワケでも無し、何かの拍子でアレと入れ替わり得るという事を。で、実際それをやられたのがクリア後に解放される1章のアナザールートでしたね。
よくある、自身の不安をより弱い者の無様を見て誤魔化すという作業をしていただけ。運以外に何も無いハリボテの虚勢が剥がれたら弱いもんでした。いっそゲッグほど愚昧なら気付かぬままその虚勢を真実と信じて幸せで居られたのかも知れないのに。スノウ(ないし雪)に気付かされた、啓蒙された、それくらいの知恵はあった。持っていてしまった。そして真実から逃げた。ハリボテを薄々感じながらも思うさま振舞う事が出来ていた時代を、明確に自身の虚無を意識する前の時代を心の拠り所にするより平静を保つことすら出来なくなってしまう。3章以降は惨めでしたね。哀れみで手を引かれ、マリーとスノウ(~雪)の固い絆を傍で見せつけられながら辿る旅路は何よりも彼女を傷つけたでしょうね。愛されたことも愛したこともない彼女はどっちも怖くて、だけど一人になるのはもっと怖くて。だから当たり前のように全霊で愛し合う二人の間に入り込めないし、かと言って離れる事も出来なかった。心底謝れたら。そこまで変われたら。そこまで強さを持ってくれたら。スノウ(雪)は赦したかな。マリーは取り持ってくれたかな。詮無いけどね。「そんな資格は無い」というおためごかしで踏み込む恐怖をコーティングして賢しいつもりで最後まで動かなかったからね。あれだけ求めた王の手は伸ばせば握れたのに。
結局、何もかも半端だったのよね、彼女は。中途半端に賢いばかりに気付いちゃった。気付いたら、奴隷と変わらぬ矮小さで攻撃性だけ膨らませていた過去の不明にも連鎖で気付いちゃった。そこで変化は始まってるのに、怖くて過去にしがみついた。半端な変化で留まってしまった。コレは苦しいよね。ぶっちゃけ書いてる俺にもダメージ入ってるからねw恐らく俺だけじゃなくて、誰でも多寡はあれど思い当たる節はあるんじゃないかと思う。実際いくつもの分岐の中でバッドエンドを辿った主人公も同じような精神性でしたからね。
そしてそんな彼女が最期に思い浮かべたのはリトルの存在。これは母性本能と言って良いんでしょうか? 3章でリトルに捨てられた事をショックと受け取っていた点からして、元より執着が無いわけではないのですが、当然母親らしいことは何一つしてこなかったのだから、捨てるも拾うも無いもんで、当然の帰結なのに、親の特権だけ欲している構造は、更に手を伸ばしてほしいと内心期待するスノウ(雪)との関係ととても良く似ている。やっぱココまで身勝手な振る舞いをしておいて母性と言われても僕の感性では厳しい。と言いつつ俺に母性本能は備わってないから厳密には分からんけどね。現実社会でも、赤ちゃんの顔を見た瞬間、覚悟が固まって本能から守ろうと思う人も居れば、最初は実感なかったけど、しばらく経って或る日芽生える人も居るかもしれない。それこそ養子を迎えた人の母性本能とか。理路整然と論じられる類のアレじゃないよね。ミルディオームにしても死に寸になってこそ、混じり気なしの母親のメンタリティを得て、本当に一分も「助けて」とか「せめてもう一度笑顔を見せて」とか見返りを求める類ではなく、本心からただただリトルの幸せを願えたかも知れない。まあ分からんよね、正直。僕が今より人生経験を積めば、母性の一端くらいは計り知る事が出来るのかも知れないし、やはり異性だから一生分からないのかも知れない。ただ、今の俺の感覚では、もう少し母性本能って神聖であって欲しい気がする。ちょうどマリーが見せてくれたモノをこそ、そう呼びたい。そのマリーについては、後々改めてまとめますが。
とりあえず、ミルディオームに関してはこんな感じだね。嫌いと言うより、反面教師というか、誰でも陥る精神性だし、割とテンション下がる。
・揺籃の城と不死者の成長速度
絵に描いたような転落人生(直喩)を一直線の我らが奴隷ちゃんですが、どんなに辛くとも止まない雨は無いのです。やったね! 今度は吹雪だよ! 凍結寸前のところを巨チンハーレムおじさんに拾われてやって来た城は、美しく無憂の楽園でした。すげえ個人的な嗜好なんだけどさ、こういう物語上の終わりは見えてるけど、登場人物たちは永遠を信じて疑わない、儚さを湛えた閉じた箱庭って大好き。中世欧州のほんの短い期間に在った吸血鬼の楽園って字面だけでハゲそうになります。
そんな雰囲気抜群なお城ですが、住んでいる人達はただただ優しかった。優しさしか無かったよね。苛烈さしか無かった今までの人生を思えば、ネージュにとってはカルチャーショック甚だしいものでした。記憶を無くしてから新たに生が始まったと定義するなら、生まれて初めて揺り籠に入って毛布に包まり父母に撫でられながら眠る経験をしたことになります。おぎゃああ→レイプ、だったからね。酷い話もあったもんだよね(笑)。まあ現代日本で言うなら、虐待から救われた幼児(5歳くらいかなぁ)みたいなレベルなのよね。勿論体は大人だし、思考能力もキチンと年齢相応にあり、消えた記憶の中には様々な経験が詰まっているのは間違いないのだけど。何て言うのかな、上述のような赤ん坊の時に経験するべき愛情の享受や、親に見守られながら育んでいく様々な成功体験とか、そういった大人になる為のイニシエーションみたいなのが今世では完全に抜け落ちてる状態だから、「幼児」と表現させてもらいました。おっぱいも賢さもあるけど、心の成長が全く追いついてないっていう状況。悪く取らないで欲しいけど、ギュスターヴも対等な大人としては見ていなかったでしょうね。女の子の初恋は、往々にしてお父さんという話はよく聞きますしね。
さて、我々の感性だと「人生やり直すのに遅すぎるってことはないんだよ」と労わりの言葉をかけたい所ですが、彼女の場合「あと100年足踏みしてても最終到達点はお前より上だぞ?」と返せるワケですね。1章では散々に体の物理耐性を見せられた読み手が、真に不老不死の歪さ、時間の流れの違いを最初に痛感するのがこの章かなと思います。本当の本気で5歳児メンタルで100年ダラダラしちゃうんですよねw彼女。そして取り返しのつかない悲劇を招いてから、その煮え湯の熱をバネに動き出しても、やはり常人より遙か高い到達点へと余裕で至る。遅いとか早いとかが既に我々の尺度なんだよね。もちろん彼女の足踏みが、限りある命しか持たないギュスターヴや姫達を非業の死へ追いやる遠因となった点については擁護も否定も出来ない事実ですが。歩く速度が遅い事自体を責めても相当不毛。もし危機が迫らず、ギュスターヴたちと幸せに暮らし続けたらという結末もあって、それはそれは幸せなモノでした。優しい家族たちの生きて欲しいという願いを、彼らと過ごした時間を誇りに思い、生き抜くという強さを持っていて、それはゾワボも諦める程に固かった。鈍亀みたいな歩みでも、途方もない時間を歩けるなら、有限の生の者には及びつかない強さに到達する。凄いなって思う。
・ギュスターヴ
もう少し2章は掘ろうか。
実はこの作品、かなりの頻度でロール(役割)とか、それに付随する愛情の種類とかを考えながら読まされることになるんだけど、ギュスターヴさんはそれの第一号だね。まあ大体の人が感じたと思うけど、彼は父親の役割もまた兼任している。というより、恋愛感情の方が両者少なかったような気がするのよね。セックスしてたじゃん? って話だけど、それを愛情表現としてのスキンシップの最終形のように捉えるなら、あながち無茶苦茶な解釈でもないと思ってます。彼の場合、恋愛・性愛・父性愛(ないし家族愛)あたりが混ざり合い不可分になった状態かな。ちなみに、兄的ロールであるゾワボとはプラトニックラブだった事を思えば、和泉さんもある程度は対比を意識して書いたんじゃないかと思う。
美幸の初恋は憧れるだけで終わったのですが、ネージュの初恋も恐らくはギュスターヴの方から強引に(吸血鬼の能力を使ってでも奪うような形)攻めなければ、憧れだけで終わっていたでしょうね。恋焦がれてギュスターヴに逢いに行った際、他の姫達と楽し気に歩いている様を遠くから見かけただけでスゴスゴ帰ってくるくらいですからね。ただ5章を読むまでは2章のネージュは三歳児メンタルだからという解釈で居たんですが、違ったんすよね。美幸の初恋、そして5章に至ってまで舞美のゾワボへの詰め切らなさ、ここら辺を鑑みると、どうも生来の引っ込み思案は最後の最後まで残っていたらしいという解釈に変わりました。成長していないという事ではなく、まあ個性だよね、性格。故に彼女の旅路の中で相性の良さを発揮した人物は、当然自分から積極的にネージュ(スノウ・雪)に干渉してくる性格をしていました。マリー、ギュスターヴ、ロアナ、エルク、リトルあたりですかね。面白いのが、マリー・ギュスターヴの母性・父性持ちのかなり年上組と、ロアナ・エルクあたりの一方的に慕ってくれる弟妹という構成になってる点。逆にゾワボやミルディオーム、静香といった外見上も同年代くらいで、かつ精神的にも対等を求められ、向こうから踏み込んでくれない相手には途端にヨワヨワ相性。
そういう観点で振り返ると、ギュスターヴはそれこそ勝手に恋愛的憧れも汲み取ってくれるし、それに付随する性愛も向こうから満たしてくれるし、そして最後には背中で父の生き様を見せ、金言を託して逝った。恋人であり、セックスパートナーであり、父でもあった。やはり不可分だよね。どれが何割だとか聞かれても俺にも彼らにも分かんないんじゃないかな。分かんない分かんない連呼してて申し訳ないけど。
・「だったら苦痛の中で生き続けなさい」
このセリフはエルクに向けたスノウの言葉ですが、同時に自戒も含んだものだと思います。災いを運んでしまった。災いが来る可能性を知りながら動かなかった。戦いの術を学んだのに、肝心の心の強さが伴っていなくて、しかも逃げることすら出来ず足枷となって、多くの姫を、そして主を無駄死にさせてしまった。その傷も背負って生き続けるしか許されない自分と、安直な死を選ぼうとするエルクへ。という解釈で恐らく間違ってないと思うんだけど、実際そこまで書かれてはいないんだよね。正直、ネージュからスノウまでの間にもう少し強めの後悔を見せて欲しかったです。具体的にはゲッグの前日譚を幕間に入れるのではなく、ネージュが苦悩の末に自殺しようとして(当たり前だけど)死ねなかった。マリーがそれを知って悲しんだ。そういうエピソードを入れて欲しかった。ミルディオームに放った「好きだった人と一緒に死ぬこともできなかった」と言う強烈な一言(余談だけどコレがミルディオームの蒙を啓いた最初のキッカケ)に集約はされているものの。
また、エルクにこれほど厳しい言葉を掛けたのは、自分の境遇と重ねたのみならず、愛着(恋愛感情ではなくとも)を持った相手だったからですね。既述ですが、元来はこういう慕ってくれる年下系はスノウの得意な相手で、実際、スノウへ向けてくれていた感情は間違いなく好感情。ただ手に入れる方法を決定的に誤ったというだけ。リトルと異なるのは、繕うだけの社会性や知恵があった点。
そして、今までは敵と味方しか居ない世界で生きてきたスノウは、ここで初めて表面上の味方に裏切られるという経験をします。人を信じるという事、自らが先んじて胸襟を開く事の重みを知ってしまったと言うべきか、知れてよかったと言うべきか。この煮え湯の経験が無かったとしたら、ミルディオームへ手を差し伸べる事は出来たでしょうか? いや彼女の孤独は彼女の責任なのでスノウを責める気は一切無いですが。ただ静香との別れ方はやや変わったような気がします。我々はとかく、知る事、経験する事を無条件で善として捉えがちですが、実は負の側面も少なくないのかなと、最近は僕自身そんな事を考える機会が多くなりました。知り過ぎれば足が重くなる。知らぬが仏とはよく言ったものです。ただもう知ってしまった彼女に対してマリーはこんな事を言いました。「生きているのだから、こういうこともあるわ」と。ややもすると無責任にも聞こえる言葉ですが、考えても仕方のないことは、きっとこれくらいで良いんでしょうね。結局、信じるも信じないも、その時の直勘に、自分の気持ちに正直に従う以上の方法は考えたって出てこない。裏切る人も居るし、裏切らない人も居る。見抜ける時もあるし、見抜けない時もある。
一方、箴言を貰ったエルクについても改めて。
スノウへの憧れを抱きながらリトルの手軽さで済ませてしまった初体験。先進文化への憧れと半端な覚悟とディ・プから学んだつもりの合理的思考。田舎から上京して、夢破れ故郷へ帰って、そこでやっと自分が置いてきたものの有難みを知る。彼が3章で歩んだ軌跡ですね。精神年齢で言えば思春期から青年期へと移った辺りですかね。既述の通りネージュと同じ取り返しのつかん夢の破れ方をしてしまったので、これから大変ですね。苦痛の中で生き続けたのか、はたまた逃げ出してしまったのか。
・マリー①:同性を愛すること
俺も逃げ出してえけどなぁ。もうやだよ。分かるわけないじゃん。俺は完全に異性愛者だし、女性でもないし、子供を持ったこともないし、無理ゲーだろ。と思わず弱音を書きたくなる程には複雑な存在ですね。奴隷(ネージュ・スノウ・雪)に対してあらゆる愛情を与えた人ですから。まあ例によって愛情の不可分性に苛まれながら、けれど言語化の際にある程度の分類は必要不可欠で、吐きそうになりながら書いていくことになります。
3章開始後すぐにスノウに抱いた印象は「少年」でした。多少強くなり、成功体験で自信を持ち、草原を駆けて剣を振り回し、兄のようなゾワボにも背伸びして一丁前ぶって接する。だけど実際はマリーに過度に依存していて、自分単体で決断を迫られるような事態に陥れば、すぐに以前の顔が出てくる。強気と弱気、不条理への怒りと諦めを行ったり来たり。やはり未だ成熟には至らず。いや、成熟してない子供っぽさと言うなら少年じゃなくて少女でしょう? というツッコミは尤もなんだけど、なんでだろうな、この章の彼女は少年のようにも感じるんだよね。勿論女性だという事は分かり切っているんだけど、それでも「年少期という性差が曖昧な時期のお転婆娘」って言葉だけで伝わると嬉しいんだけど……無理だよね。正直に白状すると俺自身の脳内すらまとまってないからね。ただ同じ剣を振っててもマリーには絶対感じないんだよなー。本当なんでだろうな。
何にせよ、ここまで書けば勘のいい方はお気づきだと思うけど、マリーがスノウとの睦み合いに全く異性の影を見なかったのか、という疑問を展開しようとしてます。ギュスターヴを喪って以降、性愛のパートナーは互いしか居なくなった二人の中で、ほんの少しロールが出来たのではないかと。俺の中ではマリーが立役ってのは像を結ばないほど女性性の塊だから、その役目を無意識にスノウへ向けて読んでしまった可能性もあるけれどね。ただ女体狂乱みたいになったバッドエンドではスノウに挿入してみたいという衝動を抱いている辺り、全く男性思考が無いわけではないんだろうけどね。結局、考え出すと何でもありになってくるよねw性別を論じるのは難しいね。
そして当然、両性のロールは置いても、マリーの中にはスノウへの友愛もあるわけで、親友とスポーツ感覚で互いに気持ち良くして汗かいて笑い合う為の性愛って側面も否定はしないでしょう。再三になるけど、色々と複合してるし、不可分だし、って感じです。
・マリー②:Marry
3章の半ば頃には、スノウへの母性愛が非常に顕著に出てきます。もちろん元々、出会った頃から少なからずは抱いていたんだろうけど、非常に強くなってくるのがこの近辺。エルクの死すら長い命の中で枷となるかもしれない、ならば先の短い自分が罪を負うべきという思考回路は、既に遺していくことを強く意識しているからこそなんだよね。自分が居なくなった後の子供の人生を考え抜いた末の判断、自己犠牲。
この精神性は、4章へと、体の衰えがハッキリ自覚できるようになる頃にはより濃くなってきます。マリー自身が語ってくれますが、雪を「人生の中で最高の友達」と評しながら、同時に「子供っぽく見える」とも。そして彼女の母性は、娘が連れてくる静香や時枝の警戒や毒気さえ完全に抜いてしまうレベルに達していました。若い子に会えば話したがって孫を見るように笑って、話し疲れると、今度は退行したかのようにあどけない寝顔を見せる。もはや慈愛だけで動いているような、底の見えない器の大きさを湛えた、ありえないくらい可愛い老母。「肉体が衰えていくのに反して、心の美しさは透明感を増していった」というのが雪の評ですね。透明感って単語は、でも存在の希薄化みたいなのも予見させて悲しいよね。
そんな母に何を返せるだろうかと、雪もまた考え続けたんだろうね。しわしわの手で頬や髪を撫でられる度に、まだ貰っているんだと知って、ならば子が親に返せる愛情のあまりの少なさに愕然とする事もあっただろうけど、それでもその方法を探したんだと思う。老母の体力を考慮し、転戦をやめて一か所に留まり、不退転の決意で守ると決めた事。心配を掛けないように強くなる事。最期は必ず安らかに無痛のままに旅立ってもらう事。特に三つめは至上命題にして人生で絶対に引いてはいけない最終防衛線でした。
だけど同時に、マリーもまた、ここに至って尚いやここに至ったからこそ、与える事しか考えておらず、スノウに少しでも多くのものや幸せを遺していけるように覚悟が据わりきっている。ここら辺の二人の互いへの愛情は、もはや何て言って良いか分からないし、言葉にするのは違う気もする。
ミルディオームの凶刃を自ら突き立てたマリーの行動は、絶対にこれ以上雪を傷つけさせないという覚悟からくるものだったし、雪にしても多くのものをマリーから貰ってきたけど、それでも、その覚悟だけは受け取るわけにはいかなかった。身を切られるより辛い、という慣用表現があるけど、雪のそれは比喩でも何でもなく、マリーが健やかなら、自分の体なんて百度斬られても良いという決死の願いです。だからマリーを徒花のように散らしてしまったと思った時には、それこそ身を切られたシーンと同じかそれ以上の絶叫が出ました。出ましたって、自動で出たわけじゃなくて、葵時緒さんが出したんですがねwちょっと逸れるから後でまとめるけど、この声優さんの今作での演技、魂が震えるほど上手かったです。
結局、今までの仲間が力を貸してくれて一命を取り留めるという王道展開でマリーは生還。生きててくれたんなら何でも良いです。ご都合主義だろうがペンダントだろうがB2タペストリーだろうが。雪も同じ気持ちだったでしょう。
そして最期は本当に穏やかに逝きましたね。ギュスターヴや姫達は何百年待っててくれたんでしょう。どこまで情が深いのか。
「私は……大丈夫だから」
胸に詰まったような声を出しながら、それでも雪は笑顔でマリーを送り出した(原文)
見事にこの文章通りの声が出ていました。出ていましたって、自動で出たわけじゃなくて、葵時緒さんが(以下略)。ここは本当に今作で一番好きなシーンです。5分以上泣いてた気がする。いや時間なんかどうでもいいから計っちゃないけど。決死の覚悟で守り切ったし、心配要らないよと強さも見せた。そして最後は、散り際まで美しい桜の花びらそのままに、姫は姫のまま、送り出すことが出来た。4章のタイトルは「失われてはいけないもの」でしたが、これはマリーの命そのものの事では決してなく、彼女の美しさを指していたんですね。あんな醜い者たちの刃で倒れちゃダメだった。もしそんなことになれば、雪は待っていてくれたギュスターヴ達に会わせる顔が無かった。
もし、結婚という制度が、性別も愛情の種類も問わず、人生で一番大切な人とするものだったなら、マリーはMarryだったのかも知れないですね。分かんないけど。
・過去の清算
過去から続く負の因縁に関しては4章で基本は片づけますね。5章でもゲッグ・レヴァーシュ融合体と戦うだろうって? 蛇足だからアレ。しかも4章までディ・プを生かしておいたのも蛇足なのよね、個人的には。3章で退場で問題なかった。引っ張ったもんだから、4章は前半がディ・プと静香、後半がミルディオームとゲッグ・レヴァーシュと時枝というフレックスタイム制になってんだよね。そして何と前半がほぼ意味無い。静香に踏み込めず、異変に気付いていたにも関わらず、処女を散らす前に止めてやれなかったという、老人と懐っこい子供以外は見つめ合うと素直にお喋り出来ない雪の生来的コミュ障気質を再確認させたという点のみに辛うじて意義があった感じ。
で、そのずれ込んだディ・プの分が更にズレて5章を圧迫したという形ですね。ハイ、減点対象の事を書いてきます今から。多分だけど、和泉さんの中でも転・結はすんなりいかなかったんだろうと思う。明治でリトルを仕留めたというテキスト修正ミスや、静香と時枝の名前を書き違えるシーン等もあり、恐らく別案もあったのだろうと。
そう仮定したら、正直今のライティングより別案の方を見たかった。4章でゲッグ・レヴァーシュとの因縁を完全に片づけられていたら。もちろん微妙に描写不足なレヴァーシュについても掘り下げた上でね。初志は変わらずとも体は衰えているという部分も、もう少し書き込めれば、彼の哀れさってのが際立ったし、「人は変わる」という今作で描いてきた真理を、圧倒的強者を弱者に変えてしまう事でまた重ね書き出来たと思うんすよ。
・戦犯のゾワボさん
マリーとの別れまでは一応46~7点をつけるつもりだったんだけど、ゴリゴリ下がったよね。公式のショートストーリーで補完を入れたので何とか42まで上げ直したけど、正直甘くつけたのは自覚してる。だって本編外だからね。
ゾワボを生かすためだけに、これまで積み上げたモノがほぼ全部死んだんだよね。最後とか全く泣けなかったからね。俺がひねくれてるってワケじゃないと思うよ、客観的に見れば相当あざとい演出のマリーの最後はボロ泣きしたと既に書いてるしね。
物語の最終目標としては、舞美に死を受け入れてもらって、歴史を元へと戻す。そしてそれは舞美自身も無限の連環から解放されることを意味している、的な。ついでに歴史改変・修正の使命を帯びたゾワボ&リトルの解放にもなる、的な。まあここまでは良いんだけど、個人的に全く響かなかった原因が、二つ。永遠をガチで書き込まなかった事と、軸をゾワボにしてしまった事です。
まず5章でゾワボが殺された後、ショートストーリーの通りに進むバッドエンドを先に見せて、永遠の恐ろしさを再度叩き込んで欲しかった。リトルの救済は、マリーからの母性の継承と言う意味合いもあるよね。普通の人の人生であれば、老母を見送り悲しみに暮れそうな時、ふと後ろを振り返れば娘が居て、この子の為に頑張ろうと、腹が据わる。母に返せなかった分はこの子に。そうやって命のバトンを連綿つないで来て、世界は回ってる。だと言うのに、娘の命のバトンまで自分へ戻ってくる。先に生きた家族も、後から産まれた家族も、誰も彼もバトンを彼女に渡して行く。けど彼女だって体以外は人間。無謬でもないし無痛でもない。そう何度も大切な人の死に耐えきれる程、元来人間の心は強く設計されてない。地獄だよね。人を求めても離れても地獄。やがて不死の王へと至るまでの過程も濃密に書き込んで欲しい。美幸の娘が(ありがちだけど)リトルの転生だったりしたら、もう完璧ですね。完璧ってのは俺好みの展開って事だけどね。ゾワボ? ゾワボは脇役だよそりゃ。本当にデジタルな案内役で良かったかな。
まあ正直、ゾワボに関しては俺は全く思い入れが無かったんだよね。たまに帰って来て宿題を手伝ってくれたり、からかってきたりする、社会人の兄って感じ。嫌いとかじゃなく無関心に近かった。故に彼を活かすエンドを正史にされてもポカーンなんだよね。最終目標の死を受け入れるってのがさ、言うたらマリーやギュスターヴから託された「生き抜く」を死ぬ事と見つけたり! としなくてはいけないわけで、彼らを上回るほどの魅力が5章の人たちに無いとダメなんだよね。で、無いよね、そりゃ。母・美和子だっけ? 名前すら忘れかけてるくらいの彼女でマリーの母性を上回るのは無理。だからロクに書かなかったんだろうし。そしてマリーに貰った母性愛を今度は自分が発揮する場面でその対象が美幸、しかもCGは三枚程度の扱い。無理。ゾワボだけじゃ尺を書き込めなかったから、非常に弱い描写で取って付けた母性愛・家族愛も混ぜ込んだけど、マリーやギュスターヴに及ぶ筈もなくって感じ。
まとめると。カエルとか金ピカとかは、もう4章で葬っといて、5章はリトルを救済しながら、舞美は救済されないという二律背反的な地獄を見せて、やっぱ不死ってクソだわとプレイヤーにも痛感させて、その上で美幸が将来身ごもる子がリトルの転生だと知らされ、子の為にも死を受け入れる。こっちのが響くんだよね、個人的には。SSの内容が良かっただけに、どうしてゾワボの方を選んじゃったのかなと。勿体無かったな、本当に。
・声優陣の熱演
普段は声優さんの事は滅多に書かないんだけど、流石に触れんわけにはいかんわ。ミルディオームの3章の切羽詰まったヒステリック演技、マリーの老いてからの全てを包み込むような声音も素晴らしかったけど、やはり主人公を演じた葵時緒さんがMVPでしたね。このゲームは5章読み終わった後、1章のアナザーが解放されるんですが、戻った時ちょっと何でもない箇所も聞いてみたんだよ。したら過呼吸なの?ってレベルで弱すぎる声が出てて、誰だよお前はwとなったんだよね。別人だよ完全に。そして、そのヨワヨワから少し強気を出せるようになった3章は、成長途上の上手さ。「夏ノ鎖」でも上手いと思ったけど、強気の中から顔を出す弱気ってのを、低めの声を震わせて出せるんだよね、この人。高い声で震えると言うかやや掠れるような演技が上手い人は多いんだけど、低めが綺麗に震えるって言うか。語彙力・演技経験が無いからフワフワした説明になってるのがアレだけど、要は被虐ヒロインの弱・強気の切り替えや混ぜ合わせ方が相当上手いと言いたい。まあ俺は凌辱ゲーはたまにしかやらないから、もっと上手い人を知らんだけかもだけど、少なくとも聞いた中では多分一番かな、今んとこ。で、アナザーエンドの狂気の演技も良いね。ふとした時に少し正気に戻るんだけど、そん時はやっぱ弱い声なんだよね。別に精神的に強くなったワケじゃないからね、それで正解だよね。ちょうど「夏ノ鎖」で言えば晋二の方の演技だね、加虐に酔ってるけど本質は弱虫のまま。
(繰り返しになるけど)マリーとの別れのシーンも、収録が長期にわたって、主人公ともなると台詞も膨大だしってんで疲れてるだろうに、すんげえ声出てたもんね。身を切られるより辛いを実演しなきゃいけないから、テッペンを残してたんだろうね。そう考えると、凄くシナリオ理解度の高い人なんだろうと思う。こういう声優さんは男女別なく応援したくなる。
弱気、強気、両方混ざった状態、達観、成熟、男へ媚びた濡れ場、狂気……引き出し全部を全力で開けて演技されたんでしょうね。本当にお疲れ様です。プロの矜持を見ました。
・振り返り
長かったw色々と。梅雨くらいに買ったんだよねwありえんわ。個人的最長記録じゃないかな。まあ思い入れもあるよね、そういう意味では。一番のお気に入りキャラは老後のマリーだね。可愛いよね、あのおばあちゃん。感想はね……正直、こんなダラダラと書くモノじゃないと思うよ。観念的、心理的な要素が大きすぎて、言葉にすると安くなるし、感じる物語だと思う。人生のどの位置で読んでも、何か感じる所があるんじゃないかな。既プレイの人でも、多分無印やった人は遙か昔だろうし、今またやると全然違ったモノが見えると思う。再プレイしなよ、と気軽に勧められない長さだけどねw
エロ(19/20)
エロティック・リマスター・エディションと宣うからには、卑語修正音を取って欲しかったんですが。結構音デカいしねー。EREで追加された機能は、射精カウントダウンと局部アップカットイン、後なんだっけ使う気も起きない連続再生機能かな。カウントダウンは嬉しかったけど、カットインも邪魔で消しちゃったね。うん、まあ廉価版にカウントダウン付いたと思えば十分じゃないかな。
シーン数は53回。ボリュームは満点クラスなんだけど、シーンのバリエーションが少ない上、主人公ちゃんは快楽自体は否定しない人だから、3章ともなればもう……輪姦との相性が根本的に悪いよね。成長ヒロインってだけで凌辱適性が低いのに、せめてもっと嫌がってよとは思う。またプティンの破瓜輪姦が無かったり、4章の妖怪との本番が無かったり、「え!? それが無いの?」みたいなライターさんとの嗜好不一致が厳しかった。
加虐シーンに関しては、切断等の本当にグロテスクな描写は文章だけで済ませているので、そこまで耐性は要求されないと思う。マリーの野糞も文章だけなので期待は禁物です。こういった特殊系で多かったのは、ロウソクと腹パンですね。和泉パン屋さんでした。
音楽(4/10)
「無限煉姦」「クラシックガーデン」「グラスホッパー」「襖櫻」あたりのBGMは凄く好き。ただボーカル曲が無いのは辛いよなーやっぱ。OPに壮大な雰囲気のある曲か、EDにシットリと浸れるようなバラードか、どっちかだけでも欲しかった。まあカツカツで作っただろうボリュームだし、しゃーないんだろうけどね。
合計(83/100)