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tawakemono666さんのシルヴァリオ ヴェンデッタの長文感想

ユーザー
tawakemono666
ゲーム
シルヴァリオ ヴェンデッタ
ブランド
light
得点
96
参照数
1284

一言コメント

努力から背を向け、勝者を引き摺り下ろす「逆襲」の属性を主人公に付与し、行き過ぎた鋼の意志を持つ光の英雄を敵へと配置した本作は、単純な正義対悪の構図ではなないため、燃えゲーでありながら考えさせる内容でした。燃えゲーとして見ても、昏式・高濱シナリオでは最高に熱くなれました。「燃えゲーのlight」に相応しい傑作だと思います。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想



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<目次>
1. 挫折を味わい怠惰に生きる主人公の成長譚
2. ヒロイン及びキャラクター紹介
2.1. 光の怪物:クリストファー・ヴァルゼライド
 2.2. 辛辣幼女:ヴェンデッタ
 2.3. 帝国最強の肉食系女子:チトセ
 2.4. 正統派ヒロイン:ミリィ
 2.5. 教養を持った戦鬼:マルス
 2.6. チンピラ戦闘狂:アスラ
 2.7. 甘やかしの女王:イヴ
 2.8. 主人公の親友:ルシード
3. ヴェンデッタ√について ~錯綜する生者と死者~
4. lightのバトルゲーの華である詠唱は健在
5. CG素材を縦横無尽に駆使した演出
6. カサンドラさんによる素晴らしいコーラス
7. 総括
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1. 挫折を味わい怠惰に生きる主人公の成長譚
 主人公はかつてエリート軍人(本人は全くそう思っていなかったが)でしたが、ある任務中に軍を脱走。それ以来定職に就かず、豪商の私兵とも言える稼業で生計を立てています。
 主人公が軍を脱走した経緯は、「辛い思いをして一生懸命頑張って何とか業務をクリアしたら、さらに難しい業務を言い渡される。その業務を死にそうになりながら片付けたら、さらに困難な業務が…... 神経をすり減らす業務に追われている内に、いつしか精神的にも追い詰められ、遂に限界を迎えてしまい職務を放棄して蒸発」です。過酷な労働環境で働かされる労働者の姿そのものですね。
 また、心が折れてからは、「努力をしてもより困難な状況がやってくるだけだから、努力なんて無駄なことはしない」とばかりに、努力を拒み、怠惰な生活を送るようになります。努力に裏切られた後に努力することそのものから逃避する姿は、自分にとっても思い当たるところが多く、読んでいて心が痛みました。
 この「辛い業務が次々と押し寄せ、疲弊する労働者」「努力が報われず、怠惰に逃げた人物」というのが今作の主人公像になります。未来溢れるスクールライフを送る学生エロゲ主人公とは一線を画した、世知辛い社会の荒波に揉まれた感溢れるエロゲ主人公というのは珍しいですね。本作がメインターゲットとしてる年齢層も、学生というより、業務に追われ挫折を経験した社会人のような気がします。これは、学生はプレイするなと言っているわけではありませんが、会社に入り挫折も怠惰の甘美さも味わうと、主人公の後ろ向きな独白の数々により共感できるように思えました。
 このように、挫折を味わい怠惰に生きる主人公が、どのように前を向いてアクションを起こすのか。その成長も本作の魅力の一つでしょう。

 余談ですが、挫折した社会人が主人公のエロゲといいますと、丸戸史明氏のシナリオの「世界で一番NGな恋」(2007) を思い出します。NG恋では、主人公が会社の都合でリストラされたところから物語は始まります。2007年頃というと、リストラや人員整理が新聞を賑わせた時期でしょうか? 一方、2015年発売の本作の主人公は、過酷な業務に追い詰められた果てに失踪して無職になりました。この姿は、ブラック企業(定義が曖昧なので個人的にはこの言葉は好きではないのですが)で使い潰される労働者を思い起こさせます。会社から切り捨てられた2007年の主人公と、会社に使い潰された2015年の主人公。2人の無職になった理由が、それぞれが制作された時の世相を反映しているように思えました。

主人公の声をあてるのは、ベテランのルネッサンス山田さん。やる気のない声も覚悟を決めたときの声も万能に演じてくださりました。

2. ヒロイン及びキャラクター紹介
2.1. 光の怪物:クリストファー・ヴァルゼライド
 主人公が怠惰な人間であるのと対照的に、努力家で鋼の意志を持つクリストファー・ヴァルゼライドという人物が登場します。彼は一般的に尊ばれる性質、不断の努力をものともせず、どのような痛みにも耐え、どんな困難にも諦めず立ち向かい、敵を油断なく適切に評価し、己に奢らず、常に前を向いて歩み続ける人物です。
 これだけ聞くと、彼は素晴らしい人格者のように思えます。実際、作中でも彼は市井の人々から絶大な支持を集めていました。しかし、物語が進むにつれて明らかになっていきますが、彼は人格者ではなく、どのような困難が立ちはだかろうとも歩みを止めずに邁進し続ける「光の怪物」でした。己の命を危険に晒し、またどのような激痛がその身を蝕もうともそれに耐え、己の理想のために切り捨てられてしまう者を悼みつつも無情に切り捨て、甘言に惑わされず忠言も聞き入れず、己が定めた道を己が努力と根性のみで切り開こうと、不断に進み続ける姿勢は、恐怖さえ感じます。彼には怠惰や精神的な弱さという、普通の人なら持っているであろう欠点が存在せず、一人で完結している超人です。世間一般で善とされる「努力・忍耐・鋼の意志」といった価値観を突き詰めた姿がヴァルゼライドであり、誰からも影響されずに目標に向かって邁進していく様子はモンスターのようで、恐怖を感じました。一方で、努力を重ねて初志貫徹するという点では彼はある種の理想の姿であり、恐ろしさを感じながらも、斯く在りたいと憧れも感じる稀有な人物でした。
 ヴァルゼライドの強烈な個性はプレイした多くのユーザーの心を掴んだそうで、本作発売後のキャラクター人気投票では、主人公やヒロインらを抑えて一位に輝いたことからも窺えます。
 怠惰を好む人間臭い主人公と、努力を苦とせず不屈に歩み続ける理想を体現した光の怪物。この両者が直接言葉を交わして戦うシーンは多くはないのですが、対照的な2人を中心に本作は動いており、単純な勧善懲悪のバトルゲームではないドラマ性を生んだと思います。

 ヴァルゼライド総統閣下の声を当てるのは、Mr.デリンジャーさん。昏式・高濱ラインの処女作・Vermilionの主人公役でもありました。Vermilionの主人公は悟ったようでいて決断下手な朴念仁でしたが、今作では鋼の意志を持つ迷わない漢の役です。どっしりとした低い声が魅力です。


2.2. 辛辣幼女:ヴェンデッタ
 毒舌を吐く幼女体型キャラ。幼い外見をしていながら、辛辣かつ全てを見通したような説教をするため、主人公を含めた男性陣の心を抉り取っていました。時折見せる全てを包容するような一面が、幼女でありながら妖艶な魅力を放っています。声優の木村あやかさんによる可愛らしくも落ち着いた声ならでは、といったところでしょうか。
 個人的には思わせぶりな台詞が多すぎて、聞いていてイライラしてしまったので、あまり良い印象を持っていないヒロインです。また、ヴェンデッタ√では、折角他の√では前を向いて歩み始めた主人公を、逆襲劇の主役へと固定させた張本人のようにも見えました。主人公を過去へ捕らえ、光の足を引く冥府の女王のようにも見え、疫病神のように思えました。
 とは言うものの、静謐な声ですべてを見通し、冥府へと引きずり込む女王(幼女)というキャラクターは本作独特であり、ヴェンデッタが居なければ本作の魅力も半減していたでしょうから、彼女の存在は大きいです。
 また、ヴェンデッタ√の最後の、主人公との融合詠唱はとても格好良く、ラストバトルに相応しい威厳がある詠唱だったのが満足でした。


2.3. 帝国最強の肉食系女子:チトセ
 主人公の元上司にして元相棒。なおかつ主人公にベタ惚れで一途に思い続けている女軍人。戦闘能力は全方面で非常に高く、地力ならヴァルゼライド総統閣下も凌駕するという。さらに、野心家であり権謀術も心得ているという、本当に隙きのない職業軍人…… のはずが、主人公に心底恋をしていて、一途すぎてホラーなレベルの愛を主人公に捧げています。愛をこじらせた帝国最強の肉食系女子を演じられるのは民安ともえさん。可愛らしい声なのに言っている内容が物騒だったり、恋に気が狂れているかのような演技もあったり、流石です(心から褒めています)。
 可愛い声が魅力の民安さんに求めるのも何か違う気もしますが、戦闘中の気合の声や詠唱の台詞を、腹の底からもっと低い声を出してほしかったなぁと思いました。帝国最強の女軍人という設定なのに、可愛らしい悲鳴のような気迫の声が聞こえると、バトルシーンなのにプレイして脱力してしまいました。

 チトセ√では、主人公は元の部隊に戻り、チトセの隣で戦う道を選びます。形だけ見ると以前の立場と同じようですが、嫌々仕事をこなしていた以前とは異なり、彼女の隣へ立つためという目的意識があるために汚れ仕事でも苦でないようです(同じ仕事をするにしてもホント本人の気持ち次第ですね)。男女が肩を並べて共に同じ地平を見て歩むというようなエンディングが個人的に大好きなので、このエンディングは好きです。


2.4. 正統派ヒロイン:ミリィ
 優しく主人公思いで、家庭的な女の子。両親が殺害されてから、兄同然に親しんでいる主人公と共同生活を送っています。年頃の女の子なのにどこか落ち着いているのは両親を亡くしていることもあるのでしょう。CVは遠野そよぎさんで、可愛らしくも落ち着いていて芯のある女の子を見事に演じていました。
 ミリィ√では、主人公はただの人として彼女と共に生きる道を選びます。努力が報われなかったトラウマを断ち切った主人公が、彼女と慎ましやかながらも幸せな家庭を築きます。立ち向かうばかりではなく、逃走したその先で前向きに生きるエンディングは、爽快感こそ薄いものの、戦うばかりではなく逃げた先での未来への希望を感じさせる良いエンディングでした。


2.5. 教養を持った戦鬼:マルス
 教養があり理知的でありながら、破壊と殺戮が大好きという困った快楽主義者。理性がはっきりしていながら、俺は好きだから人殺しをするんだ、と臆面なく自分を肯定する様は、プレイしていて呆れを通り越して感心さえしてしまいました。道化じみた台詞回しが多く、諧謔たっぷりな戸塚和也さんの演技は良かったです。
 マルスやウラヌスをはじめとする魔星の正体は、死体をベースに再構築された人造人間であり、彼等の行動原理は生前の渇望に支配されています。作中では人造人間は、生前の思いに束縛された亡者だ、とも表現されていますが、その点も見どころの一つでした(後述)。


2.6. チンピラ戦闘狂:アスラ
 無頼漢のスラムの王であり、本作のチンピラ戦闘狂枠です。男性声優の新塾怒魂さんが、聞いていて惚れ惚れするほど気持ちの良い啖呵と、こちらも昂揚するような充実した声音で嬉々として暴力を振るっています。
 彼の渇望は「親殺し」である、その詠唱にも老いた親を縊り殺して束縛を脱する気概で溢れています(その渇望が成就しても本人が望んだような楽しい事態にはならなかったところまでお約束でしたが…)。昏式・高濱シナリオではテンプレと化してきたチンピラ戦闘狂キャラですが、喧嘩にはこのような賑やかしが必要だと思います。本作でも、事態を気持ちよく引っ掻き回してくれました。


2.7. 甘やかしの女王:イヴ
 歓楽街の女王にして、主人公とミリィに対して色々世話をしてくれる人。彼女も人造人間であり、その渇望は「傷ついた人を癒やし、世話をしたい」というもの。本人は社会性があり人当たりが良いのに、内に抱く渇望が極端だったために、人を堕落させていく剣呑なものでした。普段と渇望を発現させたときの差が激しく、渇望が顕現したときの恐怖は作中最も強かったです。
 辛いことをせず、傷つくならば努力しなくても良い、無理のない範囲で生きていければ良いという考えの持ち主で、物語開始時の主人公の気持ちに最も寄り添っていた人物でした。彼女に癒してもらっていた主人公が、前を向いて歩きはじめることで、彼女を頼らなくても生きていけるようになっていく様子は、主人公の精神的な成長を表しているように感じました。


2.8. 主人公の親友:ルシード
 主人公の親友にしてバカ友人枠。頭のネジを全て喪失したかのようなバカバカしいドMロリコン性癖を開陳するシーンは、声優・佐和真中さんのノリノリの演技も合わさって、本作屈指のギャグシーンになりました。笑えるシーンも演じられる一方で、諦めややりきれなさを滲ませた演技や、覚悟を決めた時に声がガラリと変わる演技の様子は、流石、佐和真中さんだなと思いました。
実はルシードも人造人間だったのですが、彼は強い渇望を抱いて人造人間になった訳ではないためか、生前の渇望に束縛されていないように見えました。一方で彼が囚われていたのは、人造人間となってしまった自分の運命を嘆くことでした。自身の悲運さを呪い、人造人間としての縛りを受けていなかったヴェンデッタを羨んでいました。自分は何もできないと諦め行動しない彼の様子は、ゲーム開始時の主人公と同じであり、だから彼等は親友となったのでしょう。ルシードの、覚悟もなしに過酷な運命に巻き込まれてしまった様子は同情します。
 本作の最も熱いバトルシーンの一つは、ミリィ√の主人公VSルシードのシーンでしょう。親友同士が、相手の立場や覚悟を理解した上でなお譲れずに、戦うバトルが見ることができて私は大満足でした。気心の知れた相手の言う言葉に理解を示しながらも「バカなこと言ってんじゃねぇ!!」と言い返し、拳で語らうシーンは最高でした。
 ミリィ√で彼が主人公の前に立ちはだかったのは己のためであり、自身の運命には逆らえないという諦念がその根底にあったのですが、ヴェンデッタ√においては、親友と愛するレディを幸せにするためにヴァルゼライドと戦う道を選びました。主人公が変化を見せ、それに感化される形で、主人公と同様の後ろ向き人間が、勇気を持って前に踏み出すシーンは胸が熱くなりました。


3. 錯綜する生者と死者(ヴェンデッタ√について)
 ヴェンデッタ√において、ルシード、イヴ、アスラたち人造人間は、それまでの√とは異なる行動をとります。ルシードは嘆くだけでなく英雄へと立ち向かい、イヴが頼まれたからではなく自らの意志で行動を起こし、アスラは己の空虚を親殺しではなく親との共闘で埋めることを見出します。彼等は生前の渇望に囚われた死者ではなく、変化を起こしていました。過去に束縛される様子を「亡者のよう」と作中では例えられていましたが、変化し成長する様子は「生者のよう」でした。
 一方で、ヴァルゼライドは、それまでの√と変わらず己の意志を曲げることなく、相変わらずの頑迷さを発揮します。変化せず他者から影響されず初志に拘り続けた姿は、彼は一度死んだのではないのですが、さながら亡者のようでした。
 また、この√においては主人公も亡者のように役割に捕えられてしまいました。それまでの√では、逃走するにせよ古巣に戻るにせよ、怠惰な状態から抜け出し、新しい道を進み始めていました。しかしこの√では、ヴェンデッタとの同調を深くしたためか、英雄を引き摺り下ろし冥界へと送る「逆襲」の一面を発揮していました。覚醒というと響きは良いですが、与えられた機能に沿って行動するというのはさながら人造人間のようであり、彼もまた亡者のように見えました。
 このように、ヴェンデッタ√では本来は渇望に縛られて変化するはずのない人造人間が生者のように変化する一方で、変化することができるはずの生者(主人公とヴァルゼライド)が機能や初志に束縛されてしまっていました。生者と死者が錯綜しているという対比が印象に残った√でした。「過去や根源の渇望を踏まえた上で、前を向き歩み始める」という点に着目すると、いずれの√のエピローグでも、主要な登場人物たちは新しいことを始めており、そのようなエピローグは、過去を踏まえて変化できる人間の素晴らしさを讃えているかのように見えました。


4. lightのバトルゲーの華である詠唱は健在
 lightの燃えゲーの見所の一つは詠唱シーンだと思っています。
 真の能力を顕現させる際に、それぞれの人物の渇望を古典の一説や詩で表現するシーンであり、キャラクタの本質を唱える台詞で端的に表すと共に、声優がそのキャラクタに相応しい感情をのせて渾身に演じるため、作品全体を通しても印象に残る台詞・シーンが多々あります。
 本作でも、マルス(CV. 戸塚和也さん)やアスラ(CV. 新塾怒魂さん)の詠唱は暴力を振るう歓喜の声音であり、ルシード(CV. 佐和真中さん)やヴェンデッタ(CV. 木村あやかさん)の詠唱は哀しみを湛え、ヴァルゼライド(CV. Mr.デリンジャー)や主人公(CV. ルネッサンス山田さん)の詠唱は闘志を燃やしています。自分はそれぞれの詠唱シーンの直前でセーブし、時折聞き直しているほどに素晴らしい演技でした。
 詠唱の台詞は、今作は古典の一節の引用ではなく、ライターのオリジナルです。そのため、キャラクタ一人ひとりの背景や根源の渇望に沿っており、何を比喩しているのかが理解しやすく、聞いていて愉悦を感じました。特に、相手の正体がその段階では不明のときに紡がれる詠唱は、台詞が進むにつれて相手の本質が次第に明らかになっていくため聞いていてゾクゾクしました。
 本作に登場する詠唱シーンはどれも甲乙つけがたいのですが、特に鳥肌が立ったのは、主人公(CV. ルネッサンス山田さん)とヴェンデッタ(CV. 木村あやかさん)の2人による最終決戦の詠唱でした。木村あやかさんの哀しげに囁くような声と、静かでありながら力強いルネッサンス山田さんの声が合わさった詠唱は、詠唱のテーマである冥王の名に相応しい名演でした。また、本作のメインテーマであるBGMのアレンジに、カサンドラさんの荘厳なコーラスが重ねられていた点も名シーンへと昇華させました。特にルネッサンス山田さんの詠唱は、lightの過去作においても滅多になかったのでlightの燃えゲーファンとしては「ついにルネ山さんの力強い詠唱を聞くことができた!」と感無量でした。


5. CG素材を縦横無尽に駆使した演出
 近年のlight作品にもれず、本作もイベントCGの素材を縦横無尽に使用して幅広い演出を行っていました。それは、複数の人物が描かれているイベントCGを、人物ごとに切り出し、その人物を拡大・回転・反転・エフェクトの追加などを重ねて、一枚のイベントCGから多数のCGを生み出す手法です。このことにより、一枚の静止画だったものが変化する(動きを持った)CGとなり、SEや文章だけでなく視覚上でも激しい戦闘を表現することが可能となりました。バトルADVにおいては文章上では激しく戦っているにも関わらず、CGは静止したままでプレーヤーは物足りなく感じることがありました。しかし、この手法が導入されたことで、演出によっても攻撃の速さや火力の強大さなどが感じられるようになりました。このような演出はlightでは以前から行われていましたが、本作ではエフェクトムービーの重ね合わせが今まで以上に多彩になり、演出の幅が広まっているように感じました。
 一つ困った点をあげるとすれば、多彩な組み合わせのCGが本編では見ることができたにも関わらず、ギャラリーに登録されるのは元となったCGのみなので、「あのシーンやあのバトルで強烈に印象に残っているCGがない!」という悲しさがあることです。CG素材を自由自在に組み合わせて遊ぶことができるおまけモードが出てくることを祈っています。


6. カサンドラさんによる素晴らしいコーラス
 本作で作曲を担当されている樋口秀樹氏は、以前から美少女ゲームのBGMにおいて女性コーラスを取り入れていました。例えば、R.U.R.U.R (light) のWhite-Lipsさんのコーラスは童話のような可愛らしさとどこか寂しげな2つのイメージが両立しており、とても印象的でした。本作においても、歌手のカサンドラさんによるコーラスが入ったBGMが多数作曲されています。これにより、作品の「逆襲譚」としての世界観がより深まったように感じます。
 優しく穏やかなBGMでは軽やかで弾んだ歌声が、恐怖や緊迫感を煽る曲では哀しさを湛えた調べが、勇ましい戦いの音楽では張りのあるコーラスが響きます。本作の印象的なBGMには常にカサンドラさんのコーラスが入っていました。自分は美少女ゲームに限らず、映画やTVドラマ等でもコーラスの入ったサウンドトラックが好きなので、多くのコーラス入りのBGMがある本作はそれだけで嬉しいことでした。
 また、カサンドラさんの情緒に富んだ歌声により、本作が歌劇の一幕であるかのような印象を生み出しました。カサンドラさんは声楽を専門に学ばれたそうで、オペラ風の安定したコーラスが特徴的です。
敵が朗々と口上を述べ、それに対して正義を掲げる者が反論をする。声優が渾身の演技をし、刃を激しくぶつけ合う演出があり、プレーヤーがその様子を固唾を呑んで見入るなか、情緒に富みながら安定した女性の歌声が耳に響く……
美少女ゲームを歌劇のようだと評するのは妙な気もしますが、自分にはとてもオペラのようなゲームに思えました。演技も演出も音楽もコーラスも一級品のオペラ。ジャンルは逆襲譚。「オペラのようだ」という印象を強くしたのはカサンドラさんのコーラスが入ったBGMの力が大きく、彼女のコーラスがなければ本作の印象は違ったものとなったでしょう。彼女のコーラスは本作の魅力の重要な一角を担っていると思います。


7. 総括
 考えさせるドラマあり、最高に燃えるバトルや詠唱あり、派手な演出あり、素晴らしいコーラスありと、全方面に渡り非常に完成度の高い燃えゲーでした。昏式・高濱ラインの燃えゲーは、処女作のVermilion以来個人的にはあまり燃えなかったので、ようやく正田崇シナリオ並に燃えるシナリオが出てきたか、と感慨深かく感じました。正田崇シナリオ作品に続き、今後もエロゲ業界を代表する燃えゲーを世に送り出してほしいです。