街の千年近い歴史を創り上げる膨大な設定と、それを読者に伝えきれていない説明不足なテキスト。真相を伝えることをおろそかにした名作になりそこなった作品でした。
【好きな点】
1.美しい背景画
今までエロゲの背景画には特段注意を払っていなかったけれども、「今後は背景画も含めてエロゲを楽しもう」と考えを改めるほど、自分のなかでは衝撃的な美しさの背景画でした。
空のCGの白と青のコントラストであったり、夕焼け空の昏れてゆくグラデーションであったり、生け垣・坂道・欄干・古い町並み・商店街・神社といった街の景色が溜息が出る程瑞々しく描かれていました。
また、これらのCGに夕方や夜の差分があるのですが、上に上げた街の景色を日中→夕方→夜へと次々と切り替えていくことで、街が昏れていき夜を迎えることが感じられ、とても印象に残っています。坂道や橋の欄干、神社が同じ街にあること、それらの表情が等しく日の運行に支配されていることが強調されたように感じ、ぞくぞくしました。
2.歴史設定の膨大さ
本作は、佳城市という歴史ある街における神社の神事・星鴻祭をめぐる4つの家の物語です。
この街の歴史は古く、平家の落人伝説もあるみたいですから、千年近くの歴史を持っているのでしょう。主人公やヒロインの生まれた家はそれぞれ由緒ある家で、星鴻祭における大きな役目をそれぞれ担っています。主人公やヒロインらは、歴史ある街の歴史ある家系に生まれ、大学進学するまではこの街から一歩も外に出ることなく暮らしていました。
本作で目を見張るのは、千年の町の歴史、祭りの歴史、家々の歴史とそこで生活する人の歴史がテキストに息づいている点です。
エロゲでは町や村に余所者としてやってくる主人公はいますが、本作の主人公は地元民であることも大きいのでしょう。この地区は坂が多い、このあたりの鮮魚店といえばあそこがオススメ、この地区の老舗の和菓子屋で妹が好きなのはこの商品、神社のあの当たりで昔はよく遊んだ、あのバーのマスターに教えてもらった料理...などなど。まるで主人公に歴史ある街の案内をされているようで、旅行好きの自分はとてもワクワクしました。同時に、細かい街の説明を受けることが、街・神社・祭り・それを司る家々、それらの持つ長大な歴史をより現実味を帯びて感じることができました。
加えて、一つの街とそこに生きている人々の歴史をまるごと創り出してしまう、膨大で緻密な設定に感服しました。
【不満点】
1.説明しきれていない真相
街一つの歴史を創り出した本作の膨大な設定は、作中で十分説明されたとは言えず、全√をプレイしても謎が色々と残ったままでした。
自分は、作中の謎は全て説明されなくても良い、詳細を語らない設定やキャラクタの過去があっても良いと思っています。
けれども本作の場合は語られなかった過去や真相が多すぎるように感じました。
主人公の持つ魔人になる力はどこから来たのか? そもそも魔人は何者なのか? 家々がそれぞれ持つ「使命」とは? 子を成して「石」を削るとはどういう意味なのか? 「石」は主人公の子にも受け継がれてしまったのではないか? 4つの神具と4つの古玉の役割とは? などなど。
パッと思いつくだけでもこれだけある謎を残したまま、物語は終わってしましました。読了しても山のように不明な点があるのは、正直いただけないです。
2.目的が不明な争い
①襲撃事件の目的が不明
巫女服を着て、狐面を被った女に主人公らが襲撃される事件が起きました。結局、襲撃者は崖から転落して仲間に殺される訳ですが、何の目的で主人公らを襲ったのか最後まで謎でした。
主人公兄妹を殺すことが目的ならば、少なくとも妹は誘拐したときに殺せたのでは? 主人公を殺すことが目的ならば、わざわざ祭事の関係者であることをアピールする服装である必要はないのでは? 襲撃者は何故一人だけなのか? 主人公らを襲うだけで殺す意図がないならば、襲うことそのものに何のメリットがあるのか?
色々考えましたが、結局自分には目的が分からない襲撃事件でした。
②解決策なく闇雲に戦うヒロインたち
山場の戦いは3つの勢力の三つ巴の様相を呈していました。主人公が人を襲う魔人になりかかっているとき、魔人になる前の人であるときに殺そうとする2つの家(澳城家と道陵家)。魔人になる前の人を殺すことは仁義に反すると反対し、魔人になってから殺そうとする壟峯家。主人公を救おうとするヒロインらや主人公の家族などの主人公チーム。
さて問題は、主人公はどうすれば魔人から人へ戻るのか、救おうとしているヒロインたちさえ知らない点です。
どうすれば主人公が人間へ戻るのか知らないけれど、主人公が殺されるのはイヤだから戦う!というその姿勢を見て、馬鹿なのかと頭を抱えたくなりました。敵を撃退しても、主人公が魔人化してしまったらどうするつもりだったのか。
彼女らも主人公を殺すのでしょうか? 大人しく主人公に殺されるのでしょうか? 「他の人が殺されても構わないから、あなただけは生き延びてほしい」という狂気の純愛なのでしょうか?
いずれにせよ、主人公を人間に戻す手段を知らないのに、魔人化する主人公を守るために人を傷つけ自身も傷つくヒロインたち姿は、愚昧の極みように見えました。
◆総括
どんなに膨大で緻密な設定や世界観を創り上げても、それを適切に読者に伝えなければ宝の持ち腐れであり、読者は置いてきぼりを食らってしまいます。作中で語られたことはどれも断片的で、全√をプレイしても全貌が掴めず真相は不明瞭。歴史を創り上げた設定はとても素敵なのに説明不足でフラストレーションが貯まる、まさに名作になりそこねた作品でした。