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tanisigeさんの車輪の国、向日葵の少女の長文感想

ユーザー
tanisige
ゲーム
車輪の国、向日葵の少女
ブランド
あかべぇそふとつぅ
得点
90
参照数
312

一言コメント

シナリオゲーの名作

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

一応選択肢はあるが、どれ選んでも展開はほとんど変わらないので、事実上の一本道ゲーと言っても差し支えない。
タイトルの「車輪の国」というのは、実はゲーム本編では何を意味するのか不明だが
恐らくヘルマンヘッセの「車輪の下」を意識しており
特別高等人に象徴される「社会」に押しつぶされる人たちとそれへの反発がゲームの中心的テーマであるといって良いだろう。

しかしこの特別高等人という制度は刑罰の代替としてはあまりに杜撰で、実際ゲーム中でも
禄に管理されてないことが描写されており、この点でリアリティがないという批判があり得る。
その批判自体は的外れではないが、車輪の国の本性は特別高等人よりも強制収容所にある。
車輪の国に「刑罰がない」というのは大嘘で、強制収容所にぶち込まれることでただの刑務所以上の
辛辣な扱いを受けるのは本編で散々語られている通りである。しかも、その強制収容所にぶち込むかどうかの
判断は恣意的に権力を濫用することも可能な特別高等人の裁量次第であり、まともな法治国家でないのは明らかである。
恐怖の象徴である特別高等人の法月との対決が全般的なシナリオの流れだが
本作がシナリオゲーとして評価されるのは、そのような全体的なプロットよりも
各ヒロインの個別ルートに示された妥協のない人物描写にあるのではないかと思われる。

・さち
さちルートの最大の特徴はヒロインであるさちの悪い部分をこれでもかというくらいに執拗に描いていることである。
主人公やマナに対する態度は、自堕落的で都合がいい時は他人に依存する割りに、機嫌が悪いときは罵倒するという
身勝手なものであり、薬の影響もあってか喜怒哀楽の落差が激しすぎる様子は、普通のエロゲでは描写しないレベルである。
しかしそれでありながら、さち本人にはさほど嫌悪感を抱かないところがこのシナリオの凄いところである。
すなわち、さちの態度をかなり悪辣に書きながらも、個人の人格よりは「車輪の国」の刑事制度という
問題にフォーカスすることに成功しているということだ。
この背景には体調や感情で機嫌が上下したり、追い詰められないと本気が出せないなど、客観的に見れば多かれ少なかれ
多くの人が抱えている問題をシナリオに上手く組み込んでみせている点がある。


・灯花
母親として自信がもてない京子が国家権力を盾に子供を縛り付ける異常性が3章シナリオの中核である。
歪んだ家庭環境の原因として母親の背景に問題があるというのはありふれた話だが、国家が家庭に介入しないどころか
むしろ介入することで更に家庭を歪にしているということが問題である。
どこまでも「更正」とは真逆に作用する義務制度の異常性が浮き彫りになっている。
被害者である灯花の優柔不断さ(義務によって判断能力を剥奪された結果)も描写されているものの
その優柔不断さこそが京子を最終的に受け入れ和解する優しさの裏返しというのが、秀逸な描写だった。

・夏咲
夏咲は完全な冤罪の被害者で、今までの二人に輪をかけて車輪の国の圧政による被害者という点が際立っている。
この章の最大の見せ場は、ずっと抑圧されていただけの夏咲が全てをふりきって義務制度と特別高等人という抑圧の象徴に
逆らったカタルシスにある。
全ての章に言えることだが、物語の山場を各章の最後に持ってきて、展開を逆転させることが、このゲームの構成の優れた特徴である。

・終章
終章は物語の締めとして、車輪の国の圧政に逆らったという以上の意味はない。
法月を逆転したギミックや姉など今までの伏線は回収されるが、前三章までのような容赦ない人物描写は見られない。
特段悪い締め方ではないが、このゲームならもっと良いまとめもできたと言う点で、若干評価は下がる。