読み進めていくうちに明らかになっていく様々なものも見事だと感じたけれど、それ以上に、荒川季節という人間のやさしさや、この世界の汚いところとあたたかいところを自然に両立させて、納得のいくように描かれていたことが良かった。
「お母さんが嫌がると思ったから」
この言葉を聞くために、私はこの物語を読んでいたのかなと思えるくらい、衝撃的で、求めていた言葉でした。
夏鈴の「でも、たまに助けてくれる人がいる」、
「嘘ついてても、本当のことを言っても、一緒にいてくれた」の言葉、
季節と莉央が、お互いのことでしょ?と間髪入れずに思えたほどの関係を築けていたんだなと、安心した。
荒川季節という、世界一やさしい人間なのでは?と思えるくらい、
やさしくて、強くて、誰より人間らしい彼のことが大好きです。
季節と母親の関係が明記されないことで、
二人のなかの、それこそ本当に〝言葉に出来ない想い〟を感じ取って、自分で考えることが出来た素晴らしい物語でした。
季節の生きていく世界・生きてきた世界は、当たり前にやさしいだけではなく、むしろつらいことや苦しいことのほうが多いなかで、こんなにも夏鈴や莉央にやさしく出来る彼だからこそ、これからはあたたかな世界で生きてほしいと願わずにはいられない。
この世界のやさしさや残酷さを描く中で、本当に必要なものを必要なだけ、過不足なく詰め込んだ文章でつくられた物語、という印象が強くて、このライターさんの作品をもっと読みたくなりました。今後、凄く楽しみにしています。
上記で好きなシーンは、
夏鈴がパパ活で撮られた動画を模して季節がおこなった〝希望〟のシーンとか、
六花が事故に遭った際、通報するでも救急車を呼ぶでもなく、やぶれた六花のスカートや下着にカメラを向ける群衆のシーンとか、
小田倉と千代丸の出会ったときのこととか、
小田倉が千代丸にいつも娘の話をしている真意とか、
季節とお母さんと柴犬のこととか、そのあとの夏鈴との柴犬のやりとりとか。
本当に必要なことだけが描かれているように感じられて、読みやすくて、こちらにも考える余地があって、とてもよかった。
柴犬の夢に対して、「ただ傷つけて終わりにしないでほしい」と願った季節のもとへ、
夏鈴という女の子がかかわってくるの、本当にじんわりとあたたかい展開で涙が出た。
そんな彼女の見た夢が、自分と季節と莉央がただ出てくるだけのものだったというのが、またいい。夏鈴を救ってくれる人が出来たんだなと実感した。
小田倉が自死を選んでしまうシーン。苦しかった。
大江のために、それだけはやったらいけなかった。
でも彼は刑事のまえに、娘を持つ父親だから。そうするしかなかったんだと。
「もう、泣かない」と決めた千代丸にも、これから抱えきれないくらいのあたたかさと幸福が訪れてほしいな。
〝小田倉はどこに座って、彼女と話していたのか、ふと気になった〟
そう思う千代丸は、きっともう小田倉の娘を救いつつあるし、小田倉の事も最後に救っていたのだと思う。
あんなにも、助けてほしい、救ってほしいと願っていた季節が、
夏鈴や莉央の言葉で、「この感情は大切な人のために使いたい」と思えるようになったのは、
みんなのおかげでもあるけれど、季節はもともと、やさしくてあたたかい人間だったからだと思う。
お母さん思いの、やさしい息子だったから。
意味がわからないとぼやく西尾に「いつかわかるよ」と季節が言うのだから、西尾にもわかる日が来てほしいと切に願うしかなかった。
「母は、ショートケーキが好きだった」
で締めくくられるこの物語。この物語にあまりに相応しい言葉すぎて、溜息出ちゃった。凄い。
あとこれはマジで個人的な感想ですが、
私は不謹慎ながら〝宗教団体〟という言葉に、ときめきやわくわくをこらえきれない性分でして、
序盤の、この社会の残酷さとやさしさがないまぜになった雰囲気から、火蟻という宗教団体が出てきて、空気が一変したあの瞬間から、もうドキドキがとまりませんでした。最高です。
黒い服のなかに一人たたずむ白い服を来た美少女。〝選挙〟。とんでもないワクワクです。ときめきです。
この部分だけでも、本当に大好きな作品でした。
次回作に超超超期待です。