最高の人間賛歌物語。このボリューム・クオリティで900円とは恐れ入る。
データ数が少ないながら同人ゲーの中で高評価されており、そのタイトルからも惹かれるものがあり結構前に購入していた。公式サイトを見てその淡い絵柄からファンタジー作品と勝手に誤解しており、牧歌的な雰囲気で進む話と思って放置していた。しかし、いざ始めてみるといきなりタイムマシンの話題が出てくる!そして8つの内から好きな時代を選べときたもんだ!この時点でSF物が好きな自分としては当たりの予感はしていたが、まさかここまで素晴らしい物語だったとは。シナリオ(テーマ性、考察要素など)、音楽、絵、演出の全てが高レベルであり、まったく不満がなかった。特に演出はBGMとも相まって何度も鳥肌が立った。シナリオについてもクオリティにバラつきがあるものの各編がそれぞれ一つの短編として十分な内容。ぶっちゃけforever 、abandonedは単体でも喜んで金払える。それらが8編も集まって、しかも全てが無駄ではなく最後のエピローグに繋がるなら高評価するなと言う方が無理というもの。私の中でそれほど期待値が高くなく前情報も無かったので、それが裏切られたからこそ余計高評価になっている部分もあるとは思う。ここまでで気になった人は情報仕入れずプレイすれば私と同じように驚きも多く得られ良いかもしれない。以下、ネタバレ無しで簡単に良点をまとめる。
【音楽】
単調なリズムながらそれがシナリオと相まってピッタシ。タイトル画面に流れる曲から本作の世界へ引き込まれるはず。音声がない代わりにアレンジも含めて100曲以上の豊富な曲数により場面状況を表現する。それぞれの曲自体の自己主張がかなり強いので、音声があるとお互いを阻害したかもしれない。そういった意味では、音声がないのはマイナス要素ではなくプラス要素かも。クリア後にBGM鑑賞が可能であるが、本作ほどわざわざゲームを立ち上げてまで何回も聴こうとしたのは初めて。それほど気に入った。
【演出】
同人ゲーと言えば通常であれば一番弱い部分である。それほど同人ゲーをやっている訳でもないが、絵、シナリオが良くても演出が悪くて勿体無いと思った作品も多い。しかし本作は細部まで気合の入った演出に感心した。
・8編ある物語の0章が全てOPに相当している。その編のテーマ曲と合わせてオートで流れる映像と文字で否応なく期待は高まり、またクリア後に見返して物語全体を振り返れる。
・各章が終るたびに「remember mode」という幕間があり、その編のテーマの白抜きの花をクリックすることで見ることが出来る。これにより本編では語られなかった物語を補完する。そして読み終わると花が色付く。これを繰り返すことで最終的に画面一杯に花が溢れるようになる。花束を作ってゆく。
・クリアすることでタイトル画面に変化がある。エロゲでも多々見られる演出ではあるが、本作もご多分に漏れず良いアクセントになっている。
・8編全てクリアすることでゲームでしか出来ない演出が発生する。そんなに大それたものではないが、この有無で私の心象は大分違ったと思う。普通の読み物とは言わせない気概を感じた。
・クリックするごとに音が鳴る。その会話内容に併せたイメージの音が鳴る。文章では説明が難しい。凝っていると感じた。
【絵】
淡いセピア色の塗りはこの世界観にベストマッチ。少し人物の書き分けが出来ていない部分もあったが、クリア後にはそんな些細な不満は吹き飛んだ。イベント絵はそんなに多くはないが「ここだ!」というポイントをしっかり抑えている。立ち絵も各キャラ表情がコロコロ変わるので問題ない。背景は写真加工ではあるが、この物語が現実世界への問いかけもあるので絵よりは良いと思う。
【シナリオ】
前述したが、プロローグ、8編の短編(1つ4h程度)、エピローグから成る。それぞれの短編でもしっかりと起承転結がありつつ、進めてゆく内に各編との人物の相関関係が見えてくる。これを考えるのが楽しい。また、イメージとなる花を各編に割り振ることでイメージを定着させて、それらを花束として最後のエピローグへ収束させる様は見事というしかない。エロゲでは4編くらいまでが限界かと思われるので、この8編という物量に圧倒される。また、ただ水増しした訳ではなく終ってみると全てが必須と思わせてくれる。それなりにプレイ本数も増えてきたことで似た展開に飽きてきた部分もあったからこそ、この構成に惚れ込んでしまった。また、forever 、abandonedについては1つの作品として本当に好き。abandonedが私にとって最近1年くらいで一番涙腺にきた。8編もあるので好き嫌い別れるシナリオもあるかもしれないが、この2編だけでも是非プレイして欲しいと思う。
以下ネタバレあり感想。
/////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
攻略順:forever → melancholy → abandoned → vivid → innocent → circular → lost → dear
他の方のネタバレ感想を見て時系列順通りにクリアした。自分で試行錯誤した方がより楽しめたとは思うけど常に、キャラ間の関係性をしっかり認識したままプレイ出来たのでこれはこれで良かったかも。毎回各編の表示される位置を変更しているので、製作者としてはプレイヤー一人一人に自由にプレイはして欲しかったのだろうな。1週目はいつの時代か考えてプレイし、2週目で伏線などを楽しめる作品と思う。
・forever【テーマ:永遠、花:薔薇】
女性主人公で内容も恋する乙女ゲーなのだが素直に楽しめた。整形した主人公とそれに伴うコンプレックスとはかなり奇抜な設定。しかしながら、その要素が他の
「青い薔薇」=「人工的には存在しない」=「整形」
「永遠の美しさ」=「不老不死」=「自身の研究」
といった形でテーマにマッチしており説得力が倍増。主人公の「緋依」もそのバイタリティ溢れるキャラは本当に魅力的だった。このキャラこそ本作の「今」を精一杯生きろというテーマを一番体現しているように思う。性格が少し歪んではいたがいじめられた過去があればそれも納得できるし、短いながらも1つの短編として相当高い完成度だった。一番始めの時代の為、プロローグの主人公「蒔元則夫」の立ち絵が唯一ある。全ての始まりの時代であり、その影響力は後世の各時代に波及する。特に「陽子」については緋色とも関係があり、重要人物となるとは驚いた。まさかあれほど薄幸になるとは…。敬遠していた他の乙女ゲーも楽しめるのかもと思わせてくれた。
・melancholy【テーマ:未来への憂鬱、花:紫陽花】
孫世代がそれぞれの祖父・祖母の過去話を頼りにキーワードを見つけるという謎解き物。と思ったら甘酸っぱい恋愛物だった。雨が憂鬱な男女が2人だけの「梅雨の日の憂鬱に負けない会」を作り逢瀬を重ねてゆく様はもどかしい。自身のこれからの生き方についての葛藤、レールの敷かれた人生への疑問といったテーマはこの年頃だからこそ。それを管理された天気との対比とし、最後にシステムが壊れて天気が管理されなくなることで爽快感と未来への希望が溢れる良い物語だった。キーワードは恥ずかしなからギリギリまで気付かなかった。「紫亜」の明るい性格は好き。「清四郎」は途中まで未来に来た「蒔元」と思っていた。順調に会社の業績を伸ばすしタイムマシンで未来のことでも知っていたのかと深読みしてしまった。remember modeでの「雲の上なら雨はふらない」というエピソードがかなり良かった。このちょっとした一文だけで物語の締りが大きく変わる。本当にライターは構成力に長けていると感じた。
・abandoned【テーマ:存在意義、花:向日葵】
一番好きな編。短編作品と比較するとplanetarian並に好き。それくらい完成度が高かった。科学の発展→地方格差、ゴミ→人によっては宝といったテーマが盛り込まれていた。ブルーが機械ながら「永遠はいらない」と言い切り、バグで自分を壊すことを肯定するのは涙腺にかなりきた。ここでforeverへの対比として永遠を否定するのも面白い。また、向日葵が「太陽の花」といわれており、それが主人公の娘の死因である熱中症へ関連するのも上手い構成。本編で時代順としては初めてレッドこと緋色が登場する。本作はこの緋色がかなり重要な位置を占めている。公式絵でも中心に配置されているし。foreverの「陽子」が出てきた時はかなり嬉しかった。ここで時代間の関連性を実感できた。このゴミ山での幼少期の体験がレッド達のそれぞれの将来へ大きく影響する。そういった意味で本筋はブルーの物語ながらサイドストーリーも充実しており、この完成度には脱帽するばかりだった。
・vivid【テーマ:生、花:彼岸花】※vividnessも読んだ上での感想
心の持ちようによって人は変われるというテーマ。本編だけではイマイチ良さが分からず、気色も大分違うので戸惑ったが、公式にある500kBにもおよぶ後日談「vividness」を読んで納得。紅の思考が本編だけでは良く理解できなかったから座りが悪かったが、ここまで人としてズレていたのか。そんな紅がズレてはいるが紗耶香、緋色との交流を通じて人らしさを得ていくのは微笑ましい。それでも根本は狂っているので殺人への躊躇がないのは怖いが。abandonedで緋色が掲げた「正義の味方」という思想が限界であると感じつつ、それでも理想を追い求める様はカッコイイ。八方美人では全ては救えない。幼少期に無邪気に戦隊物に憧れた頃から成長して壁にぶつかる様が良い。
陽子の生み出す薬がここまで色々な人の人生を狂わすのは悲しかった。旦那には夢と天秤に掛けられて捨てられ、その上娘も薬により能力者へ。foreverの時は他三人に比べて平凡ながら幸せな人生をその後歩むんだろうと思っていたので悲しい。しかし、いくらなんでも中学生と小学生を残したまま失踪するのはこのキャラらしからぬ行動な気もするし、ここらへんで物語上の都合が透けては見える。能力バトル物としても予知が万能すぎるし、「紅が拉致られる→緋色が助けにくる→もう関わらないで」のワンパターンで冗長。まあ、それが紅の心を動かすので仕方ないのかもしれないが、もう少しやりようがあったのでは。でもvividnessを含むと最長の物語であるのでその分キャラ達に愛着も湧いた。本編では名前だけだった刹那も活躍するし、「未来が視えることは絶望でしかない」といった未来を知らないからこそ人は希望を持てるというテーマも感じれたので満足。
・innocent【テーマ:正義とは、花:百合】
玄兎と百合の登場でテンションが上がる。まさかこいつらまで再登場するとは思わなかったので初めは誰かと思ってしまった。幼少時を見ているだけにそれぞれが自身の信念に基いて将来への道を決めたかと思うと感慨深いものがある。
性善説と性悪説への問いかけが本筋。極論ばかりではあるが普通に生活している中で疑問に思わないことを考えることは大切。冒頭での議論でさり気なく表現の自由や創作物による子供への悪影響などを言及しており色々なテーマを挟んでいて感心する。ここでの玄兎と闇の舌論が勿論本筋ではあるのだが、一番重要な情のが緋色が死んだという事実と教祖という人物の登場。vivid とinnocentの間にあった出来事を予想出来ずに苦心していた。これについては後述。
・circular【テーマ:宗教による救済、花:蓮】
innocentで登場した教祖ことマゼンタが登場。綺麗に関係性が繋がってゆくのは楽しい。マゼンタが16歳で結婚して子供生むとかかなり突飛な気もする。また、予知により全て見えていたのは良いとしても、それにより信者が集まる説得力の裏付けが薄い。マゼンタと大悟も過去回想が少なすぎて感情移入が出来ないし、その性格・考えとなった理由が明白でない。先に緋依というキャラがいたからこそ、過去部分がおざなりだったと余計思う。テーマも助け合えば良いという単純ではあるが、実際は難しいことであり、それを短編で表現するのは無理があったかも。面白いのはマゼンタの教義を信者達が暴走して曲解してゆくところ。ここらへんはまさに今のイスラム国などのテロ組織。宗教は人を救うということは勿論分かるし、それが上手く回れば理想ではあるけど現実は中々難しいなあ。回想の「月からの使者」で百合が出てきて「息子さん」と呼んでいたので、ここでマゼンタは緋色の娘だと確信した。
・lost【テーマ:滅亡、花:忘れな草】
まさかのループ物。短編にループものって相性悪いでしょ…。ただでさえ短い話の中でループすることでキャラへ感情移入も出来ないし、話自体も薄っぺらくなってしまった印象。その仕掛け自体は中々面白く、これが長編での試みならもっと良かったかも。これが一番テーマも分かりにくかった。「考えることが人間であり生きるということ」だろうか。
一気に時代が飛んだので世界観が急に変わって驚いた。大樹ユグドラシルの上の学園という設定は良い。まさか、foreverで顕二が起こした事故により、突然変異によってこんな大樹へと成長するとは。また、マゼンタの予言もしっかり残っていてcircularでの繋がりを感じられた。超能力、終末、ホムンクルス と面白い設定はだったのでもっと長編が見てみたいとも思った。緑青校長には笑った。お前その時代まで生きていたのかよ。
・dear【テーマ:追憶、花:たんぽぽ】
風船とたんぽぽの対比が良い。未来都市ユートピアでただ一人冷凍睡眠から起きた未黄とロボットとの話。火の鳥を読んだ時に思ったが永遠の命って生物がいる内は良いけど、いなくなれば恐怖しかないな。10000年とは驚いた。Lostから10年後とは思えなかったが、まさかそこまで経っているとは。そりゃ荒廃するな。ロボットのくせに人間に嫉妬する描写も好き。abandonedでの機械と人間というテーマもここで回収してくれる。
・エピローグ
蒔元の理想の未来に行きたいというのも素晴らしい夢だとは思うし、その為の努力も惜しまず家族も捨てた結果がコレでは報われない。不老不死の陽子と出会うと予想していたのでパッピーENDではなく中々後味が悪い。だが、後味が悪いからこそ「今を生きろ」というメッセージ性が際立ったと思う。無料配布されている~present for you~もプレイしてこそこの作品は完結とは思うが、それでも~present for you~とは別に一旦作品としてはここで切るのが正しい。一緒に同梱してしまうと、作品のテーマ性がブレると思う。エピローグに入る前のパスワードの要求はテンション上がった。8つの物語の時系列を正しく理解していないと結末を十分楽しめないし、この演出により読み物ではなくゲームであることを強く認識させてくれた。
・総評
色々なエピソードがあるとどうしても「あのエピソードはいらない」といった感想になったり、テーマも散漫となりやすい。しかし本作は各話を時系列とキャラの関係性で繋ぎ、各話にテーマとなる花を設定し、その花を束ね滅び朽ちる世界への花束とした。本当にセンスが良い。こうされては不要なエピソードがあるなどとは言えない。仮に花の設定が無ければここまで高評価出来なかったろう。クリア後に自分で花束を作れるというおまけも遊び心があって好き。自分自身の花束(人生)を作って欲しいというメッセージだろうか。各話を8章まで読むとタイトル画面にヒロインが登場する演出するのもニクい。その8章の開放条件も各話が相互に関係しておりここもゲームとして楽しめた。最後に謎のヒロインが現れて混乱したが、~present for you~をプレイして納得。本当に構成が上手い。クリア後の無印と~present for you~のタイトル画面を並べると蒔元へ花子が近づいているように見える。作品のテーマ性とそれをまとめ上げる手腕に脱帽。最近時間がなくて他作品でも途中で積んでしまうこともあったが、短編ばかりだったので飽きる&ダレる前に楽しみたのも高評価の一因。これで1000円以下なのだから本当に文句ない。
【勝手に考察】
vivid とinnocentの間にあった出来事が良く分からない。緋色と紅が死んでいるし、その娘マゼンタの存在もイマイチ謎。
●Innocentで最後に出る回想「彼女の場合」を読み解いてみる。
→この回想はマゼンタで確定。
~present for you~にて
「血まみれの私の罪を被って、私に罪を償う機会を与えてくれた…」
「貴方は私を仄暗い沼の底から救ってくれたんです」
との緋色への告白有り。
●「こうしなければ、彼女が悪役になっていた」→闇のこと?兎を虐待する男を殺す未来が見えた?
●「彼女が人殺しとなっていた」
●「…私もあの人と一緒だった」→紅のこと?
●「……正義の味方が駆けつけるのは、いつも誰かがピンチになってから」→緋色のこと。
●「だから、まるで、…これは私の過去の再現のよう」 →紅をマゼンタが殺した?
●「私はようやく私の罪を償う機会に巡り会えた」→その罪を緋色が被り自殺?
まとめると「人より倫理感が欠如しているマゼンタが母親である紅を殺し、それを発見した緋色はマゼンタを庇うために自殺して罪を被った。」ということになる。
innocentで玄兎はマゼンタのことを「闇と似ててどこか頭がおかしい」とも評しているので、やはり上記で確定かな。この時に玄兎は教祖と別人に語っているように思えるけど、これは百合への配慮とも考えられる。緋色は正義の味方とあろうとしたけど、最後は正義ではなく自身の最愛の娘の為に死んだのだろうか。このあたりは家族を見捨てた蒔元との対比かもしれない。だがそうなるとマゼンタがおじいさんと出かけていたとかが腑に落ちない。顕二は既に死んでいるので。温泉事業ではないことで儲けたような話を最後に示唆されているので、研究関係の遺産があるのかもしれないが、おじいさんという人物が思いつかない。~present for you~で川野と紅が何か関係あるような描写もあったので、川野の可能性もある。それか、vividnessの映子と緋色・紅は交流があり、その関係者がおじいさんかもしれない。全て開示されるのではなく、こうやって自分で穴埋めする部分があるのも楽しい。勿論、物語にそれだけの伏線と厚みがあるからこそだけど。
【時系列】
2020年 蒔元生まれる
2058年 大学に入学 forever(薔薇)
2065年 タイムマシン完成・出発
2066年 melancholy(紫陽花)
2069年 abandoned (向日葵)
2073年 vivid (彼岸花)
2097年innocent(百合)
2112年circular(蓮)
2999年 lost(忘れな草)
10000年dear(たんぽぽ)