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sweets443さんのさくらの雲*スカアレットの恋の長文感想

ユーザー
sweets443
ゲーム
さくらの雲*スカアレットの恋
ブランド
きゃべつそふと
得点
89
参照数
320

一言コメント

非常に細かく練られた内容と、現代を生きる人々に刺さる、前向きになれるシナリオが魅力的

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

さくレットのプレイを終了し、感極まったため、すぐに感想を書きたいと考えたが、こみ上げてくる思いが多く何から書くべきか迷ってしまった。整理してまとめると大きく分けて3点ほど書きたいことを思いついたことから、それぞれまとめてみる。

<現代とリンクしたシナリオと斬新な設定のループ>

さくレットの発売年は2020年、この作品は発売当時と同じ2020年の日本から始まる。100年前の日本へとタイムスリップし、歴史の歪みを正すことで未来に帰ることが当初の目的だ。パラレルワールドの存在は桜の枝に例えられ、幾度も別の世界戦の枝をプレーヤーは辿っていくことになる。

プレーヤーの視点ではループ物となるが、主人公は並行世界の出来事を知らない。しかし、別の世界線で経験したメッセージを電報という形で新しく枝を辿る主人公に知らせることで、行動が変化し、別の未来に繋がっていくストーリーである。

ループ物は、矛盾を抱えない物語の構築が難しくシナリオライター泣かせでありながら、読者にとっても斬新性がなく、現在では使い古されたテーマといっていいだろう。

某ラノベの影響で近年ではよく見るテーマになったが、練りが甘ければ駄作になりやすく、読者にとって飽きのこない内容にするには他のループ物との差別化が必要である。失敗を恐れるなら積極的に挑戦すべきテーマとは言い難いので、ループはライターも書きにくく、読者も身構えてしまうテーマになりつつあるだろう。

冬茜トム氏のシナリオはアメグレもそうであったが、ループに対する制約とその制約を利用した物語の構築が非常に巧みであることが魅力である。

今回は主に電報によって行動を変化させるループとなっているため、すべての記憶を持ってループするよりも不利であり、制約のある状況となっている。さくレットもこの制約を上手く活かしたシナリオであったと考えられるだろう。

桜の枝の数だけ可能性があり、電報によって変化する行動次第では身近な誰かが死んだり、殺人者になることもあった。そして、最後に辿った枝は我々の生きる未来とリンクしており、桜雲というあり得たかもしれない戦乱の未来からやってきた主人公が歪みを正した結果によって生まれた令和の時代を生きることになる。

物語を通して今の時代に生きられることが危ういバランスで成り立っており、それを成立させたのは先人が汗を流し、時には犠牲を払ったことを改めて伝えるストーリーとなっており、前向きな気持ちになれるシナリオだったと思う。

<ノックスの十戒とさくレット>

ノックスの十戒とは、ミステリーをよく読んでいるなら知っている言葉であると思うが、簡単に説明すればこれを守らないとミステリーとしては駄作になりやすいため、守るべきという考えで作られた推理小説を書くルールだ。

一部、補足をしなければよくわからないルールもあるのだが、駄作といわれるミステリーを上げ連ねてその特徴をルールにしたものというべきだろう。

さくレットはノックスの十戒をいくつか破ったうえで、シナリオを構成しているため共有しておこう。

・探偵方法に、超自然能力を用いてはならない。(メリッサ)
列車事件など使用すればすぐに犯人がわかってしまうシナリオでは使用されておらず、さくレット自体がタイムスリップといったSFをテーマにしていることから、大本の事件解決に千里眼を使うのは私的にはセーフ。面白みに欠ける要素ではない。

・未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない。(ニコチン)
刑事がリーメイ殺害の凶器に使用したニコチン毒は1920年の人からすれば、ニコチンを毒として認識されておらず、未発見の毒薬と難解な科学的説明を要するものに該当するかもしれない。未来から来た主人公だからこそ解けるし、解説できるトリック。

・主要人物として「中国人」を登場させてはならない。(リーメイ)
完全にノックスの十戒を意識していると考える。シナリオの役割としてリーメイが中国人でなければならない理由がない。

なぜ中国人?という疑問の多いルールだが、当時の中国人に対して超人的な身体能力や、神秘的な力があるなどのイメージが海外で共通してあったことから、これらの特徴を持つ中国人に犯行をさせてしまうと面白みのかける内容になりやすいからである。

・変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない。
最大のネタバレにしてどんでん返し。しかし、主人公は助手役で探偵役は所長であるなら、破っていないため解釈次第か。

ほかにも微妙に当てはまる部分もあるため、さくレットの制作はノックスの十戒を意図的に破って面白いシナリオを作るコンセプトがあると考えられる。


<ラスボスの過ち>

主人公の司と同様に未来からやってきた加藤。主人公よりも先にタイムスリップをし、入念に準備を重ねて未来を変えるべく動いた人物であった。その手段は非道ではあったが、完全な悪人であったかといわれればそうではない。確かに未来を変えてこの国をより良くしたいという信念はあった。

歪みを正し結果的に平和な未来へ導けた司と加藤の違いは、作中でも言われていた通り、この時代に生きている人々を物語の登場人物のようにしか認識しておらず、駒としか扱わなかったことだろう。加えて、過程を重視せず結果だけを求めてしまったことも自滅に近いラストを迎えた理由ともいえる。

加藤は歴史を紐解き、震災の時期を適切な時期に調整し、その時代に生きる人々の意思を無視して大きな犠牲を払おうとも結果として良い未来になるように動いた。しかし、結果だけを求める姿勢が、親殺しのパラドックスを発生させることになる。

司は依頼解決のために1日中奔走した挙句、成果がほとんど得られなかった所長に対してこれでいいのかと質問した時、「おまえは聡明だから、一歩で真実にたどり着けることも多い。だが、時には回り道というのも必要なんじゃないかな」と返している。

さくレットのシナリオは、ループの記憶が引き継げないことから、プレーヤーから見れば歯がゆくなるような回り道をする場面もある。しかし、その回り道をした過程によって、思いがけない情報が得られる展開が多かった。

結果だけを最短距離で求める思想は、多くの現代人が取りつかれており、1920年代よりも現代では時間に追われる人が増えていることが挙げられる。ましてや、現代から100年後の世界の人間である加藤であれば、もしかすると今の人々よりも時間に追われているのかもしれない。

そして、より進んだ未来からやってきた加藤は司よりも聡明な人物だったため、ほとんどのケースで一歩で真実に到達できたに違いない。しかし、結果だけを最短距離で求めた結果、「自分の祖先は研究以外の面でどのような人物であったか?」といった人として気になるであろう当たり前の疑問すら持たなくなってしまった。

100年後の未来がこれからも平和である保証はないが、仮に平和だったとしても現代人がこれ以上時間に追われるようになれば加藤のような人間になるという警鐘もあるのかもしれない。

現代人の中には、アニメや映画を倍速で見る、駄作を避けるために批評やレビューばかりを気にして作品を選ぶ。といったタイムパフォーマンスを意識した消費行動が増えている。意識すると思い当たる節はあり、耳に痛い思いだ。

しかし、時間に追われることで結果だけを重視し、過程を疎かにする考え方は、加藤のようによくよく考えてみれば初歩的(エレメンタリィ)な間違いを引き起こしてしまう原因となってしまうのかもしれない。さくレットには令和の現代に生きる人々へのメッセージが多く入っていると思った。

<まとめ>

総じて非常に面白いシナリオであり、ジュエハ→アメグレ→さくレットとプレイしたが、現状ではきゃべつソフトの最高傑作といって良い内容であったと思う。

キャラクターでは所長の魅力が頭一つ抜けていた。所長のポンコツな部分と、上司として主人公を支える大人の部分のギャップが非常に良く、ほかのキャラと結ばれる世界線でも存在感が大きかった。司と所長の物語を見届けるためにシナリオを読み進めていたため、未来に帰る前の帽子を交換するCGは本当に感無量だった。

BGMや主題歌の挿入タイミングが非常に良く、通常のBGMも世界観に浸れるマッチしたものとなっており、メリッサルートの最後や加藤との決着で流れる「桜爛ロマンシア」には胸が躍った。

作風が全体的に明るく、前向きな気持ちになれるシナリオであるため、非常に勧めやすい作品だと思う。