ErogameScape -エロゲー批評空間-

sweets443さんの夏ノ鎖の長文感想

ユーザー
sweets443
ゲーム
夏ノ鎖
ブランド
CLOCKUP
得点
90
参照数
924

一言コメント

面白いだとか良いだとか普遍的な感想では語れない、もっとぐちゃぐちゃした感情の読了感に包まれる名作

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

プレイ時間は2時間〜3時間程度の短い作品。物語の内容のほとんどがHシーンで構成されているため、一見すると抜きゲーのように見える。

しかし、トゥルーエンドまでたどり着いた読者には、面白かっただとか良かっただとか普遍的な感想では語れない、ぐちゃぐちゃとした感情の読了感に包まれることだろう。

批評や感想の言語化が難しい作品ではあり、私自身も的確な文章を書けるとは思っていないが、あくまで私が感じた思いを言語化してまとめようと思う。

この物語は主人公と白井美月の二人の物語であり、それ以外の登場人物は舞台装置に過ぎない。まずは、各エンドについて語る上で必要になる二人の人物の私なりの解釈をまとめる。

主人公

どこにでもいる日々に鬱屈している主人公。客観的に見れば恵まれていない人物とはいえないが、自身が恵まれている点に気づかず、現状をすべて他の物のせいにする他責思考である。

祖父の入院をきっかけに祖父の残したものを利用して本人曰く完璧な白井美月の監禁計画を立てる。モノローグにおいても、自分は周りとは違う優秀な人物であると考えているが、イレギュラーな事態の発生に弱く、追い詰められればすぐに取り乱す。

犯行に及んだのも成功させるための状況が偶然整っただけであり、そこに覚悟も罪の意識もない。思春期特有の鬱屈と自身への過大評価を抱えた、稚拙でなにひとつ積み重ねて生きてこなかったSNSを探せばどこにでもいるような性格の人物。

この作品に対して抱える感情がぐちゃぐちゃになるのは、そもそも主人公が犯行を起こした動機も一言で言語化できるようなものではなく、さまざまな感情が合わさっており、主人公自身もそれを認識していない。

主人公から見れば理想の両親・才能に恵まれた美月への嫉妬、盗撮現場で美月と遭遇した際に存在を認められることもなかったことに対する理不尽な怒り、そして、好きな人に自身を見て欲しいと考える思春期特有の恋心が入り混じっているのだ。

監禁の動機は、端的に説明すれば女を監禁して凌辱をするという行為により鬱屈した日常に別れを告げ、美月に自分の存在を認めさせたいというもの。

どこまでも稚拙な思春期の男子が犯行に必要な道具を手に入れたからできた強行であり、なによりも自分のことしか考えていないことが随所で伝わる。

白井美月

優しい理想の両親、世間的にもバイオリンの才能を認められ、クラスでも一目置かれているであろう女子高生。普段の彼女の描写がほとんどないためわからないが、自信に満ち溢れ、間違っていることは間違っているとはっきりと指摘できる人物であったと推測できる。

バイオリンを教わった年上の男に淡い恋心抱いている。この時点で主人公どころかクラスの男子を恋愛対象としては見ていないと考えられる。子供の発育において精神面の成熟は女性のほうが早いといわれるが、年齢よりも大人びた女子高生にとって、中学生で成長が止まったような暗く鬱屈した人間は眼中にもないだろう。

この二人の精神性が監禁後の結末に影響しており、特に逮捕ENDではそれがはっきりと描かれていた。美月のモノローグがないため、主人公の視点で見られる発言や所有品などの事実から監禁対象である美月を推し量ることしかできない。

あの夏の邂逅がなければ主人公とは住む世界が違うといっても良く、接点を持てないことは間違いない。

前提となる私なりのキャラクターの解釈を踏まえて各エンドについて感想を述べる。

死亡エンド

言わずもがなのBADEND。屈服させるために殺してしまったうえに、美月が死んでから自身の罪の重さに気づき死を選ぶというもの。しかし、監禁を選択した時点で逮捕エンド以外ではいずれは美月は主人公の目の前で死ぬことになるので、たどり着く未来を暗示しているといっても良い。

奴隷END1(人形)

希望を奪われた美月はゆっくりと時間をかけて精神が壊され、最終的には目に光がない人形のような姿になる。一方で、主人公は非日常のなかで吹っ切れるきっかけを手に入れ、自分には他の誰にもない奴隷の美月がいるということを心を支えにして人生を好転させていく。

良くも悪くも女を抱くことは男にとっては劇薬を手に入れるようなものである。劇薬をきっかけに人生観が変わり成長する者もいれば、ただ欲に溺れて身を亡ぼす者もいる。

主人公のような人間が変わるには劇薬が必要であるが、そもそも女性に見向きもされない男性にとって、現代社会ではただ単純に性行為をする機会を得られる風俗以外でその劇薬を入手するのは難しい問題がある。

このENDでは倫理を無視すれば主人公の成長に監禁による凌辱という劇薬が必要であったことを肯定しながら、病院にも連れて行けない状況から美月の先が長くないことが示唆されている。

はたして、美月に最後の時が訪れた瞬間、主人公は彼女の死を乗り越えるという希望にたどり着けるのか、それともその手で彼女を殺したときのように絶望し、ロープをその首にかけるのだろうか。主人公の本質があの時と変わっていないのであれば、後者の結末になることは間違いないだろう。

奴隷END2(精神崩壊)

主人公は逆恨みとも呼べる怒りを抱え、心の支えをすべて破壊したことで、美月の精神は崩壊してしまう。二度とバイオリンを弾けない体にされたうえで、自身の誇りや心の支えにしていたものを無残にも壊されてしまった。

もちろん、もうひとつの奴隷ENDと比較しても先は長くはない。だが、主人公自身の倫理観も完全に壊れてしまっているため、やがて体も壊れて動かなくなった死体を見て主人公はなにを思うのだろうか。この結末では自殺を選ばず、虚無感を感じ、再び鬱屈した日常へと帰り、死んだように生き続けるのかもしれない。

逮捕END

鎖や手錠はかけた相手の体や心だけでなく、自分自身の行動や心も縛ってしまう。なぜなら、主人公も美月を監禁する限り、生かしておくためにあの家から逃れることはできないからだ。鎖や手錠は相手を屈服させるためにある。相手を完全に屈服させることができれば、鎖や手錠がなくても問題はない。

主人公は見えない鎖と、自分よりも遥かに成熟した美月の精神性に屈服した。犯行の状況から、主人公は美月を逃がすか、自宅に侵入したところを捕まえられなければ発覚することはあり得ない。相手の自由を奪った圧倒的に有利な状況の中で、その稚拙な精神から自滅していったのだ。

目に見える鎖や暴力だけが相手を屈服させるとは限らない。美月は最初から主人公が臆病者で子供のような人間であることを見抜いていたため、逃げるチャンスも、殺すチャンスまであったにもかかわらず、母親が子供の世話をするような施しを与えた。精神性において主人公が美月に圧倒的に負けていたことは明白だった。

「あなたは私のことがわかっていない」

この言葉は、逃げるかどうかを回りくどいやり方で試すことでしか相手の気持ちを計れず、健康状態などインターネットから集めたような表面的な知識を通してだけでしか美月に向き合わなかった自分のことしか考えていない主人公の心を折る最高の返しだったと思う。

やがて主人公は逮捕され、罪を自覚し、分別のわからない子供から大人へと成長する。そして、完全に罪を償った後に再会した美月は主人公に気づくこともなかった。

美月にとって主人公との夏の邂逅は、人生における乗り越えるべき障害のひとつでしかなく、彼女の人生に暗い影を落とした特別な人間にすらなることはできず、それどころか彼女にとって主人公はその他大勢の人々と変わらない存在でしかなかった。

トゥルーエンド

監禁後に辿る結末は、主人公と美月の状況や性格を考えれば、多少過程が違えどすべて確認したといえるだろう。では、ここで主人公の目的を再び考えてみよう。

「女を監禁して凌辱をするという行為により鬱屈した日常に別れを告げ、美月に自分の存在を認めさせる」

前者は叶ったが、どのような結末に至っても、あの時自分の存在を認めなかった美月に自分の存在を認めさせるという目的に到達することは叶わない。

奴隷END1は屈服したと考えられるかもしれないが、私はゆっくりと精神性が壊されて人形になったと考えている。精神崩壊は言わずもがなであるが、はたして監禁の果てに精神が壊れた美月は美月であるといえるのだろうか。

逮捕ENDで見られる美月の振る舞いを考えても、監禁を通じて美月が精神を保ったまま主人公に屈服する結末は絶対に訪れないのだろう。監禁をした時点で主人公の後者の目的は果たされないのである。

それでは、躊躇してしまい監禁を成功させられなかった場合はどうなるのかがトゥルーエンドである。主人公は鬱屈した日常から抜けることはできず、しかし、罪を犯すこともなく、忌避していたつまらない大人になっていく。

美月は主人公の計画を知らないままあの夏の邂逅を覚えていた。このエンドで初めて、主人公は美月に存在を認められるのだ。そして、あのときの盗撮現場は自身も薄々感づいていたとおり、本当になにも見ていなかったことがわかり、監禁に至った理由のひとつであるわだかまりも解けていく。

普遍的な恋愛ストーリーであれば、そこから恋愛が始まるのだが、そんなことはけっしてなく、二人の運命はあの夏でしか交わることはなくそれぞれの人生を歩んでいく。この終わり方は、読者からすれば美月が無事であったことにほっとしたうえで、これまでの結末を知っていると、どこか儚く芸術性のある美しい終わり方だったように思えた。

まとめ

CLOCK UPのなかでもシナリオが良作といわれるゲームはeuphoriaや羊狼など、最終的には駆け足になる部分も多く、フラテルニテやDEAD DAYSなどは題材の選択が良いにもかかわらず、描写が不足している感が否めなかったが、夏の鎖は短いながらも主人公と美月の物語を余すことなく描けているように思えた。

なによりも凌辱が前提の物語であるため、エロゲでしか作れない物語であったと思う。そして、面白かった、良かったともいえない、主人公の心中を象徴するようなぐちゃぐちゃとした独特な読了感も素晴らしかった。言語化が難しすぎる作品であるため、かなりの長文感想となってしまったが、思っていることの多くを言語化できたように思う。

商業であるため致し方ないものの、売れるゲームを作ろうとすれば普遍的な内容になりやすい。また読者がノベル系の作品に向き合う姿勢も、近年ではより作品を人生の糧にするなどといった、物語に対して実用性や倫理を求めるような態度が目立つようになったと思う。

夏の鎖は、はっきり言えば売れるゲームではないし、このゲームをやって人生の糧になるような教訓は全く得られない。しかし、真に迫った人間の生きた感情や欲求が巧みに描かれた物語は、一種の芸術を見たような感嘆と心に衝撃を残してくれる。

物語に倫理観を求めることも同様だ。現在、さまざまな作品ではちょっとした性的な表現や倫理に反する表現が禁止されることもある。夏の鎖は到底、社会的に許されることではないが、物語はあくまで物語であり、そこに倫理の遵守は必要ない。

創作とは倫理の無視を含めて自由であるべきだが、商業と結びつきが強くなったゲームはかつてはコンテンツを楽しむ私たちに向けられた嘲笑である「二次元と現実の区別がつかない」外野の人間の声に耳を傾けざるを得なくなった。

これまでにない内容で感情が高まる物語に出会うことこそ、私が新しい物語を読み続ける目的なのだと思っている。そのためには、普遍的に売れるものを作るのではなく、物語の趣旨を解さない外野の意見を取り入れることなく、夏の鎖のように思うままに創作に向き合える姿勢と環境が必要なのだろう。

CLOCK UPの面白そうな作品を選んで発掘してきたが、ここまで感情を揺さぶってくれる名作に出会えたことに感謝したい。