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sweets443さんの恋×シンアイ彼女の長文感想

ユーザー
sweets443
ゲーム
恋×シンアイ彼女
ブランド
Us:track
得点
89
参照数
335

一言コメント

人の感情を揺さぶる恋のあり方を描いた作品、すべてを受け入れられる度量を持った人にのみ勧められる

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

恋×シンアイ彼女を知ったのは2015年の発売当時、当初はSNSを中心に大きく荒れたことを覚えている。NTRだの、絵の可愛さとシナリオの重さが合っていないだの、繊細なエロゲーマーには耐えきれない内容であったことが傍から見て伝わった。

私もわざわざ悪評が立っているゲームをやろうとは思わなかった。しかし、発売から5年が経ち怒りを露にするような声の大きい人間がゲームをプレイしなくなったことで、作品が正当に評価されるようになったように感じた。良くも悪くも感情を揺さぶる物語であると確信し、興味を持つようになった。

ルートごとにシナリオライターが異なる影響か、どれもシナリオのテイストは異なるため、1つの作品でも内容に幅とムラがあった。3人のルートまでは良いところはあったものの、一般的な評価のシナリオの域を出ていないと思ったが、いよいよ本命である星奏ルートにたどり着き評価が一変することになる。

まずは、結論から話しておこう。星奏ルートは主人公と星奏は確かに思い合っており、一般的なエロゲのルートのように恋人になって結婚して、ずっと幸せになるような形ではない恋を描いた作品である。

星奏は主人公に対して自分の事情に関する具体的なことはなにひとつ言わず去っていく。彼女の事情や隠された思いも、主人公の視点で情報を集めることで知っていくことになる。正直にいえば主人公の視点に立ったとき、なにも言わない彼女に対して怒りを覚えてしまう気持ちはわかった。

この作品に対して批判的な意見があるとすれば、結局のところは音楽のほうが主人公より大事だという薄い読み方であるか、良くも悪くも人の感情を大きく揺さぶる物語であるため、自分自身の経験やトラウマと重ねてしまうことがあるように思える。

私も昔の恋愛経験で7股した挙句、事情を聞こうとしても返信なく何も言わずに去ってしまった相手のことを思い出した。そして、無意識に主人公の心情と重ね、どんな事情があろうともなにも言わずに去られたときの気持ちは辛いものだし、読み手の性格やトラウマによっては怒りを覚えても不思議ではない内容だと考えていた。

しかし、星奏の音楽活動の事情を知っていくうちに、そこには確かな主人公への愛があり、それでも全力で自分がやるべきことに進んでいったことと、その事情に主人公を巻き込むわけにはいかないという気持ちがあった。それが、星奏が主人公に取った行動の真意であったことがわかったとき、星奏に非があるように思えていた気持ちは消えた。

そして、自分は自身の経験を無意識に重ねるほど物語に没頭し、心動かされていたことに気づいた。

普通のエロゲのエピローグで描かれるようなただ幸せになるだけではない、こんな恋のあり方もあるのかと思い知らされた。EDが流れた後に見られる1枚絵はさまざまな解釈があると思うが、物語の結末については読者に委ねるということなのだろう。

物語を読んだとき、単純に面白かっただとか良かったといえるようなゲームは星の数だけある。最近の商業的に売れるゲームは、人の心を大きく動かすことはないが、同時に大きな批判が出ることもないような無難な内容が多いように思える。

名前は忘れてしまったが昔、ゲーム制作を題材にした漫画でゲームの子供への悪影響が問い詰められるシーンでゲーム会社の人間が「ゲームに対して何十時間、何百時間と費やすなかで、心に影響を与えないゲームになんの意味がある」と答えた場面が印象的だったことを覚えている。

批判を恐れるあまり、無難な内容しか書かなくなってしまう。そんな状態では人の芯に響いて揺さぶるような心動かす物語は作れない。恋×シンアイ彼女は、確かに人の心に大きく影響を与え、物語を読み終えた後に覚える感情が感動であれ、賞賛であれ、怒りであれ、確かに人の心を動かす物語であった。

私は評価の高い作品であると考えているが、恋×シンアイ彼女を人に勧められるかは正直微妙なところではあるように思えている。なぜなら、絵の可愛さとシナリオの重さが合っていないという前評判はその通りだと考えており、ほかの3つのルートと星奏ルートの内容の温度差で風邪を引きそうな人がいてもおかしくなく、どんな人に勧めるべきかというターゲットが定まりにくいからだ。

だから、私は心を揺さぶるシナリオを求めており、すべてを受け入れられる度量を持った人にのみ全力で勧めるべきゲームだと思っている。