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sweets443さんの鬼哭街 The Cyber Slayerの長文感想

ユーザー
sweets443
ゲーム
鬼哭街 The Cyber Slayer
ブランド
NitroPlus
得点
83
参照数
50

一言コメント

「サイバーパンク+武侠小説」という独自の世界観とニトロプラスらしい迫力ある戦闘描写が魅力、シナリオは短いながら結末に対してさまざまな思いを抱かせる作品

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

近未来的な設定に、歴史ある中国武侠を思わせる登場人物達が登場する異色の作品。使い古された言葉ではあるが、「新しいアイデアとは既存のアイデアの融合」であり、アイデア同士の組み合わせが対称的であるほど、斬新なアイデアが生まれやすい。

私は2025年に鬼哭街をプレイしたが、近年の作品で同様のアイデア出し方で意外性を感じたエロゲであれば、AIと幽霊というアイデアを融合した『ムーンゴースト』があった。2000年代であっても、現在であっても斬新なアイデアの作品を生むためのロジックは変わらない。

意外性のある組み合わせと斬新さから心惹かれる設定であり、掴みは完璧であった。

実際に作品をプレイしても独自のアイデアから生まれた独特な世界観が素晴らしく、CGを大量に使った迫力ある戦闘描写から物語に引き込まれた。文章量は多くあるものの、演出が丁寧であるおかげで、流し読みであっても楽しみやすいだろう。

ボイス無しでどんどん読み進められる構成から、なにが起こったのかわからなかったときのみバックログを読み返せば問題はない。しかし、読み返したのも3回程度でわかりやすかった。通常のエロゲのようにすべてのテキストを音声付きで丁寧に咀嚼するのではなく、本に近い読み方で読むのが理想の作品であると思った。

ただし、エロゲやギャルゲのプレイ経験それなりにあっても、読書経験が少なく、すべての文章を咀嚼して読む読み方では、地の文の割合が多い文章量から鬼哭街は途端にハードルが高くなる印象を受ける。

故に虚淵シナリオのスプラッタな描写が問題なくても、一部の人は読むのがしんどくなるケースもあるかもしれない。

シナリオは結末まで読み切って初めて意味のある構成であった。魂を水に例え、5つの器に分割されてしまった妹の瑞麗の魂を再び一つの器に戻したとして、それは本当に妹といえるのか、主人公の濤羅は葛藤しながらも復讐を続けて魂を取り戻していく。

しかし、その葛藤は幼少から一緒に過ごしてきた兄妹であれば姿形は変わっても、魂が同じであるなら妹であると絶対にわかるという自信のうえに成り立っている。濤羅は瑞麗が兄に対する感情ではなく、一人の男に対する女の感情を向けた際に本当に妹であるのか疑ってしまった。

そして、ラストバトルの豪軍は「幼少から一緒に過ごしてきた兄妹であれば姿形は変わっても、魂が同じであるなら妹であると絶対にわかる」という自信を完全に打ち砕いたといえるだろう。

濤羅は瑞麗から向けられる感情がただの兄に対するものではないと理解することができなかった。あるいは、理解していても兄妹で結ばれることはないのだから拒んでしまっていた。

結果的に瑞麗の想いを理解できなかったことから、今回の事態を招いたため、すべて自分のせいであること、幼少から過ごしてきた妹のことを完全に理解しているという欺瞞を打ち砕かれてしまった。

しかし、豪軍が語るのはあくまで豪軍の視点から見た瑞麗の想いであるため、瑞麗が女として兄の濤羅と結ばれたかったという思いが真実であるとは限らない。最後の瑞麗と謝の対話でも、濤羅と豪軍が自分の最大の理解者であるという発言を見当違いであると言っているからだ。

結論から言えば、魂を分割して一つの器に戻した瑞麗が元の瑞麗であると確かめる術は最初からなかった。濤羅は自分が思う瑞麗を信じて、肉体の限界を超えて復讐を完遂した。結局のところ人は自分の信じたいものを信じるだけである。

そうでなくても人の感情は最初から一つではない。妹として最後まで兄のそばにいたかった濤羅が理想とする瑞麗もいれば、女として兄を愛するゆえに自分には振り向いてくれない豪軍が絶望した瑞麗もいるのだろう。濤羅が後者の瑞麗を豪軍が前者の瑞麗の一面を見れば、どちらも偽物であると断定するはずだ。

確かなことがあるのなら瑞麗はどちらの感情が強いとしても、結婚して嫁がなければならないといった、世間体を気にすることなく、ずっと濤羅のそばにいたかったことだけだと思う。

最後のシーンは瑞麗が見た夢であるのか、濤羅と瑞麗の意識の融合が奇跡的に成功した結果であったのかは不明ではあるが、思い出深い花舞う景色のなかで瑞麗の理想を示した終わり方であった。

魂のあり方に対して結末に対して感じることは人それぞれであるため、賛否分かれる作品であるとは思う。リメイクでフルボイス版があるらしいが、入手困難で購入できないため、ボイス無しでの評価になるが、個人的には賞賛したい作品であった。