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st.さんの紙の上の魔法使いの長文感想

ユーザー
st.
ゲーム
紙の上の魔法使い
ブランド
ウグイスカグラ
得点
94
参照数
1402

一言コメント

嘘と真実と幻想が複雑に絡み合う、キミと本との恋物語。 ネタバレありのルート感想追加。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

購入前に期待した展開にはなりませんでした。スッキリしない部分もありました。好き嫌いの別れる作品だろうなとも思います。
それでもこう言いたい。
非常に面白かった。買って良かった。
時間の都合がついたので久々にエロゲを予約買いしましたが、この作品を選んで本当に良かったです。



ミステリチックな物語ですが、推理要素は特にありません。あくまでもキャラクタードラマを楽しむ作品だと思います。
そのキャラクタードラマが秀逸でした。
全キャラが主人公以外とも密接につながっているので、キャラクタードラマがいくつも並行して存在しています。
そのドラマが複雑に、かつ丁寧に絡まることで、虚実入り混じった濃密なストーリーが出来上がっていました。
ここが本当に面白かったです。
ストーリーを進めながら伏線を無数にばらまき、それらに紛れて大きな伏線をいくつか忍ばせる。
その大きな伏線を回収した時のカタルシスが半端なく、めちゃくちゃ堪能できました。


単体では魅力がもうひとつなヒロイン達ですが、それぞれの絡ませ方に魅力がありました。
また、メイン回ではどのヒロインも魅力的です。
エロゲのキャラは「主人公のためだけに存在している」ということがちょくちょくあるのですが、
このキャラクターたちは別に主人公のためだけに登場しているわけではなく、きちんとそれぞれの人生を生きていました。

個人的には妃の魅力が凄まじかったです。次いで、かなたも魅力的なヒロインでした。
そのあたりはいずれ追加するネタバレありのルート感想にて。
あと、どのキャラも声優さんたちの好演ぶりが光っています。巧いというより、味があってキャラの魅力を存分に引き出している。

サブキャラの中では奏が好き。黒髪巨乳サバサバ副担任お姉さんがパフパフしてくれるんだから好きになるに決まってます。
奏の怒りとか暴力行為にはこれっぽっちも共感できませんが。でも黒髪巨乳サバサバ副担任お姉さんがパフパフしてくれるんだから全部許します。

また、立ち絵一枚絵を問わず、イラストがどれもこれも華やいでいます。
髪や衣装の躍らせ方がいいんですかね? 塗りも素晴らしいです。どこか幻想的な魅力がありました。


一方で、ややつたない難点も。
体験版でも感じましたが、全編とおして誤字が凄まじかったです。
その他にも、成熟しきっていないメーカーだという感じが散見されました。
立ち絵切り替えを間違えて衣装ごと変化させてしまっていたり、ト書きが文章として表示されてしまっていたり、
誤字を通り越して日本語として間違っている言葉がちょくちょく登場したり。口語で普段使わない言葉はとりあえず辞書を引くという癖をつけた方が良さそう。
まあそのへんはご愛嬌ということで。
ただ、「食道へと顏を出す」という誤字はSchool Daysの「中に誰もいませんよ?」状態なのでやめた方がいいと思います。
あと「最期」と言われると「この直後に死ぬのか?」と思ってしまうので、これもさすがに勘弁してほしかったです。


(個別ルートなどの感想については、年をまたいでから再度追加という形にします)


ごちゃごちゃっとしましたが、総括。
複雑な人間模様が織り成すキャラクタードラマが本当に面白かったです。
望んでいた結末はありませんでしたが、俺の安直な想像をはるかに越える物語がそこにはありました。
キャラ・イラスト・物語、その全てに満足です。
人を選ぶ作品だとは思います。しかし個人的には、今後もこのメーカーさんには期待させていただきます。

願いは叶わなかった。苦しくて切なくてやりきれない。
それでもこれは、良い恋だった。








(以下、発売一か月ほど経過後の追記)








それでは各ルートの感想と考察を。
考察の内容は、実物と【紙の上】に対する各キャラの認識について。
まず先に感想から。



この作品は基本的に一本道であり、本筋から途中で枝分かれして個別に入るというパターンだったので、
本筋を読み進めて、個別分岐が現れたら本筋より先に個別を読む、という形で読み進めました。


以下、ネタバレありのルート感想。ちなみに順番は個別分岐の登場順です。
一周+ちょっとしかプレイしてないくせにめっちゃ語ります。脱線もします。


なお、未プレイの人はネタバレ回避推奨。
展開が売りな作品なだけに、この作品に関してはプレイするならネタバレは見ない方がいいです。
まずは体験版をプレイするべきです。それで琴線に触れたならネタバレ前に本編をプレイするべきです。
その結果「つまんねーよハゲ!」と思ったとしても責任は取りませんが。
人を選ぶ作品なので、選ばれなかったんだと思って諦めてください。



































では行きます。
ちなみにキャラ愛の差のせいでルートごとの文章量の差が激しいです。





   《理央ルート》

主人公が妃への想いを過去のものとして振り切り、理央を愛することで分岐するルート。
「作中キャラは幸せだけどプレイヤー視点だとバッドエンドっぽいもやもやを抱えることになるのかなあ」と思いつつプレイ開始。

………………
………………………………
………………………………………………

…………作中キャラ視点でもバッドエンドじゃねえかあああああああ!!
これ俺が妃狙いだから良かったけど、理央が好きで理央ルートに突入してきた人にはきつすぎるんじゃね? てか許せないんじゃね?
プレイ後は「ひゃああすっげえ挑戦的な構成だなこれ……!」とビックリしました。およそエロゲでやる構成じゃないです。
んで、「ホントにこれで理央ルートとしては完結なの?」と心配になりました。
エロゲのルート分岐に対する思いは人それぞれでしょうが、俺はやっぱり攻略ヒロインの数だけ大団円が欲しいです。
たとえそれがそれほど好みではないヒロインであったとしても。





   《妃ルート》

本筋を進めるか妃ルートに溺れるか、という分岐が分かりやすく提示されて突入するルート。
俺がこの作品を買ったのは、妃ルートを見届けたかったからです。
ですので迷うことなく妃ルートに突入。

………………
………………………………
………………………………………………

妃エロかわえええええええええええええええええええええええええええ!!!!!

エロシーンの妃がエロかわいすぎです。
もういいっすよ……バッドエンドだろうがずっと妃に溺れ続けましょうよ……末永く不幸になりましょうよ……。
というか、ハッピーじゃないですけどハッピーエンドではあるんですよねこれ。ベストではありませんがベターです。
もともと二人が目指していたエンディングを迎えたわけですから。

結婚する時によく「二人で幸せになります」って言いますが、それは理想であって現実ではありません。
現実は「結婚は人生の墓場」ってやつです。幸せどころか不幸になるものです。
ですので結婚とは「この人と幸せになりたい」からするものですが、
実際に長続きするのは「この人となら不幸になっても構わない」と思い合っている二人です。
そんなわけで、男女は幸せを求めて結婚して、末永く不幸せに生きて添い遂げるわけです。

では、その結婚が許されない男女は何を理想とするのか?
幸せを期待することすら許されない二人は何を望むのか?
その答を妃が冒頭から言い続けています。つまり「ともに不幸になりましょう」です。

よく心中を扱った物語で「来世で幸せになる」とか「あの世で幸せになる」とかを目的の一番手に挙げている作品がありますが、
それだと単なる現実逃避にしかなってないと思うんですよ。
心中とは、幸せに添い遂げることのできない二人が、不幸せでも構わないから添い遂げたくて、最後に選択するものだと思います。
死後とか来世とかじゃなく、あくまで「現世を最期の時まで寄り添って生きる」ため。
一緒にいられないこと自体が不幸なのだから、どのみち不幸でしかないなら、一緒にいることによる不幸を覚悟を決めて選ぶ。
主人公と妃の恋物語とは、一貫してそういうものでした。

妃が『サファイアの存在証明』に触れることを絶対的な禁忌としなかったのもそのためです。
愛し合う相手は実兄。幸せに結ばれることなどない。結ばれたところで不幸になるだけ。しかし二人が結ばれないことも不幸でしかない。
何を選んでも不幸にしかなれない。
魔法の本を開かずとも、待ち受けているものは最初から不幸だけ。
だからこそ妃は、『サファイア』の物語を開いてしまうかもしれないリスクに対して抵抗が弱かったのです。

この妃ルートも理央ルート同様に短いルートでしたが、こちらは妃の言うとおり、ある種のハッピーエンドだと感じました。


ただ、俺がこの作品を買った一番の理由は「この二人の大団円が見たい」だったので、
ベターではありますが決してベストとは感じませんでした。
たとえ「二人で幸せになります」が理想であったとしても、物語なんですから理想を実現してくれるのが一番嬉しいです。
他人の「否定してはならないもの」を踏みにじっていない限り、ややご都合主義であろうと理想的である方が好み。
特にこの主人公と妃は、不思議な力による事件に巻き込まれて不幸のどん底に叩き落とされたわけですから、
その不思議な力によって、最後は万事うまくいき、事件前に抱えていた問題すらも解決されてほしかったです。
ご都合主義でもそういうのは大好物です。実際そういう結末を夢見て予約買いしました。
「二人が二人であるまま、不思議な力によって血のつながりなどの問題が失せて、結婚できるようになる」みたいな結末を。

それにしても、これはこれでめちゃくちゃ面白かったのですが、やっぱり残念です。
とんでもない破壊力を秘めた実妹ゲーであることを願っていたんですがね……




あと、脱線して解説みたいなものを。
某巨大掲示板で「なんで妃は『黒はバッドエンドが約束されている』と警告されてたのに黒を開いたの?」という感想を見掛けましたが、ちょっと違います。
奏が妃に「その本はサファイア(蒼)だ」と嘘をついていたために、妃は蒼のつもりで本に触れ、結果的に黒を開いていたのです。

更に言えば、いつもの妃なら、蒼だろうと本の封を開けるような真似はしないとのことです。
しかし、あの時の妃の精神状態は普通ではありませんでした。
あれがオニキス(黒)だと分かっていたら、あるいは妃が心神衰弱状態でなければ、
妃は本を入れていた封筒の封を開けることはなかったのです。


(「お前に言われんでも分かっとる」という方々は《夜子ルート》までスキップしてください)


ちなみにこの作品の場合、物理的な意味と魔法的な意味の両方で、本を「開く」という言葉が使われています。
魔法的な意味の本を「開く」というのは、
魔法の本に選ばれた者が魔法の本に触れることによって、魔法の本の物語が現実世界で始まることを意味します。
第一章で主人公が『ヒスイ』を物理的に開いても魔法的には開かれなかったとおり、
魔法の本に選ばれていない人間が物理的に本を開いて中身を読もうとしたところで、魔法的には本は開かれません。

で、妃です。
例の魔法の本は封筒で何重も封をされているので、妃がそれを教会で見つけた時には、中の本の色までは分かりませんでした。
ただ、奏からはサファイアの本だと聞かされていたので、そのつもりで本を読もうとします。
この時、封筒の中の本に触れた途端に本が消えて、かつ後で教会に戻ってみるとサファイアの本があったために、
妃はしばらくの間、自分が開いた本はやはりサファイアだったと思い込んでいました。
そして後に「サファイアではなかったのでは」と勘付いたところで、クリソベリルから実はオニキスだったと教わり、事態を把握するのです。
以下、そのへんの流れを詳しく。


十章冒頭の回顧録の四章で語られています。
奏は妃の破滅思想を不安に思い、妃が興味を持ってしまわないように、
本当は黒の本だというのに「封筒の中身は蒼の本だ」と嘘をついたとのこと。
そして本来の妃であれば、黒であろうと蒼であろうと封を開けはしないので、その嘘にあまり意味は無いはずだったとのこと。

しかし、一本の電話が妃の心を乱します。
父親からの電話で軽い心神衰弱状態にあった妃は、本来の妃ではありませんでした。

妃の不幸は両親との不和が元凶です。
両親との不和で、生まれ落ちた時から頼れる相手が瑠璃だけになってしまい、実兄である瑠璃を愛してしまった。
その実兄と両想いになったことで、妃だけでなく瑠璃まで未来には不幸が待つばかりになってしまった。
更に父に強姦されそうになったことで家庭が完全に崩壊した。
そうした過去があったうえでの、父による「父さんが妃を襲ったのは妃が悪い」という責任転嫁と現実逃避。

父からの電話の後、一人で教会に向かう妃の心には、責任転嫁する父への怒りや失望が渦巻いています。
父に限らず、娘を愛することをやめてしまった両親に対する嘆きや諦念も渦巻いています。
しかしそれだけではありません。
妃の胸中には常に、家庭崩壊を招いた自分を責める気持ちがあり、父からの電話はそれをも掘り起こしていました。

妃が例の魔法の本を見つけたのは、そんなタイミングでした。
そして、回顧録のナレーションでこう語られます。

 『だが、そこでオニキスだと知っていれば、その後の選択は変わっていたのかもしれない』

心と頭が弱っていた時に、封をされた魔法の本を見つけた妃は、サファイアのつもりで封を開けてしまいました。


この状況でなければ結果は違っていたのでしょう。
たとえ心が弱っていたとしても、黒の本を開かない程度の分別は、妃にもついていたのでしょう。
しかしこの時、全ての状況がクリソベリルにとって都合よく整ってしまっていました。

妃が魔法の本に触れたのは、黒ではなく蒼だと思っていたから。
「魔法の本に関われば不幸になる」と言われていたのに「黒以外なら」と本に触れたのは、
主人公と妃にはどのみち不幸になる未来しか待ち受けていないから。

愛し合う相手は実兄。幸せに結ばれることなどない。結ばれたところで不幸になるだけ。しかし二人が結ばれないことも不幸でしかない。
何を選んでも不幸にしかなれない。
魔法の本を開かずとも、待ち受けているものは最初から不幸だけ。
だからこそ、サファイアの物語を開いてしまうかもしれないというリスクは、妃にとってはリスクではなかったのです。

結果、黒の本ではないと思い込んで、妃はオニキスの本に触れ、開いてしまいました。
読もうとしただけで開こうとする意図はありませんでしたが、
蒼の本ならたとえ開かれても同じく不幸になるだけなので、もはや別に開いてしまっても結果は似たようなものだと思っていました。

そして闇子は、オニキスが開かれたことに気付きますが、夜子かわいさに事態を放置しました。


以上が、妃がオニキスの本を開いてしまった理由です。
上記の状況が何か一つでも違っていたら、妃が死ぬことはなかったでしょう。
そして、妃が死を選んだ理由がもう一つ。
『事態の深刻さを知らなかったために、魔法の本を壊せば本が閉じられることを、夜子が主人公と妃に教えなかったから』
状況が違えば、夜子はこのことを二人に教えていたことでしょう。
しかしこの時は、夜子視点ではそういう状況ではありませんでした。

魔法の本を尊重する夜子の感覚は、俺にはこれっぽっちも分かりません。
「本も生きている」ということらしいですが、やっぱり本は本です。そんな危険なものは即座に焚書するべきです。
理央がいるためになおさら「本は生きている」と思うのでしょうが、その理央も自分達にとって都合よく生み出した存在です。
結局、自己都合による自己弁護にしかなっていません。

ただ、夜子が魔法の本を尊重していなければ、幻想図書館の在り方はこうではなかったでしょう。
そもそも闇子が夜子を偏執的に愛していなければ、やはり幻想図書館の在り方はこうではなかったでしょう。
そして幻想図書館の在り方がこうでなければ、主人公と妃にはとうの昔に居場所がありませんでした。

夜子はともかく闇子には納得いきませんが、否定すればそれで片付くわけでもありません。
そのあたりの因果が複雑に絡み合っていて簡単に割り切れないあたりが、この作品の凄味だと思います。






   《夜子ルート》

え? 夜子ルート? かなたが先じゃなくて?
そんなことを思いながらプレイ。

………………
………………………………
………………………………………………

いっそ夜子にフられるバッドエンドで良かったのに、と思ってしまった。
まあこのルートは結局ハッピーなバッドエンドなわけですが。

理央ルートもそうでしたが、夜子ルートも没頭できませんでした。
もちろんこの作品の場合「個別エンド=バッドエンド」だからというのも没頭できない理由ですが、もっと根本的な理由があります。
だってこの主人公、個別に入るまでは、明らかに理央にも夜子にも惹かれてないんだもの。
「惹かれてない相手への恋」という意味不明の状態に陥っているので、その恋を応援できないんですよね。
もともと主人公が惹かれていた相手なら、たとえバッドエンドなルートでも、ある種のハッピーエンドだと感じていたと思います。


夜子については、個人的には特に好きでも嫌いでもないです。
物語がこじれたり妃や瑠璃が死んだりした原因ではあるのですが、
夜子のあずかり知らないところで闇子やクリソベリルが勝手にやったことの責任を負わせるのは筋違いだと思いますので。

仮に補欠のサッカー部員が「あいつがいなければ俺がレギュラーなのになあ」と思ったとして、
その部員をレギュラーにさせてあげたい別人が、元のレギュラーを勝手に殺したとします。
これ、補欠の部員には罪は無いですよね? 思っただけで、態度にも言葉にも出していないのですから。
これが罪になるなら、実在する人間をオカズにオナニーしてる奴は全員強姦魔ってことになるかと。
そもそも夜子は別に「妃なんていなくなってしまえ」と思ってたわけでもないですし。





で、最後は本筋、メインルートです。


   《メインルート》

妃かわえええええええええええええええええええええ!!!!

序盤でそんなことを思わされたというのに、その妃が序盤でいなくなるという鬼畜展開。
その妃を取り戻すぞ! みたいな感じに序盤ラストで盛り上がったのに、
中盤以降、いつまで経っても取り戻せそうな展開にならなくて焦りました。
ただ、その妃喪失という心の空洞を抱えたまま、こんな風に感じ始めます。

かなた、かわいい。

『アメシスト』の時はドン引きでしたが、それ以降のかなたの強さや明るさにじわじわと惹かれていきました。
妃不在時に、その喪失感を一番埋めてくれたのは間違いなくかなたです。主人公だけでなく俺もそう感じさせられていきます。
主人公と違って俺は妃への執着を捨てられませんでしたが、妃を引きずったままかなたにも魅了されました。
中盤以降のかなたちゃんマジ天使。
花澤さくらさんのかなたの声はかなり好きです。
特に「~なんですよぉ!」の「ぉ」の言い方がかなたの魅力をめいっぱい引き出しててかわいいです。


それにしても、本筋がかなたルートだったとは驚きです。ただ、作中での扱いを考えると当然のことでもあります。
虚実入り乱れた物語の中で、個別ルートを除いた場合の主人公の恋愛感情は、一貫して同じ姿で描き続けられていました。
攻略ヒロインは四人だというのに、主人公の恋心を刺激するのは二人だけ。
『妃』と、そして『かなた』だけです。
魔法の本の影響下に無い場面でも、妃のみならずかなたに対しては異性として惹かれかけている描写がちょくちょくありました。
途中から思ってました。「夜子に対しては惹かれてるような反応は無いのに、どうしてかなたにはそういう反応があるのかなあ」と。
まさかそれがそういうことだったとは。

かなたに惹かれてしまう理由についてもやられました。
ミスリード用の設定で終わるかと思ったものが、そういう形で回収されるとは。
かなた初登場時から立ち絵で思いっきり答を示してるあたりが憎いです。
一人だけ立ち絵で常に宝石を身につけているので体験版の時に少し気になりましたが、
「なんでヒスイ担当なのに宝石は青なの? 瑠璃? サファイア? まあ関係ないのかなー」と疑問を捨てていました。
違いました。思いきり関係ありました。
ああいうキャラデザだったのは、制作サイドからのちょっとした答の先出しですよね?
今にして思えば、予約特典の描きおろしエロ絵でも必ず身につけさせるほどの徹底ぶりです。
もしかすると、この展開を劇的に演出するために逆算して『魔法の本』という設定が作られたのかもしれません。
「最後で気持ちよく引っくり返してくれてありがとう!」という気分。
体験版をプレイした時に願った物語はありませんでしたが、おかげで「この結末をありがとう」と思える作品になりました。

この物語が面白かった大きな理由が、エロゲとしては珍しくクライマックスから逆算されて作られていることです。
そのあたりが「一本道ストーリー」や「単独ライター」の強みです。
逆に言えば、ルートを分岐させて複数ヒロインを攻略するというエロゲの魅力を犠牲にした以上、
そのくらいはしてくれなければ困るわけですが。
ただ、それにしても期待以上にうまく伏線をちりばめ、要所要所で重要な伏線を劇的に回収してくれました。
エロゲとしての魅力の薄い作品ですが、物語としての魅力は色濃く、キャラクタードラマを堪能させてもらいました。

とはいえヒロインとして妃ほど惹かれなかったのは、
妃のような「主人公に惚れる理由やエピソード」というのがかなたには無いせいだと思います。
かなたがそうまでして主人公を想い続ける理由が分かりませんし、主人公が妃以上にかなたに惚れる理由も分かりません。
特にかなたはこんな目に遭ってるわけですし、これで想い続けるのは無理でしょう。


そんなわけで物足りなさもありますが、かなたエンドだったのはわりと納得しています。
ですが、妃の最期の瞬間の真実は反則ですよ。どこまでも妃が魅力的なんですもん。危うい一途な小娘ぶりがかわいい。
かなたもかなたでヒロイン力爆上げで猛追してきましたが、やっぱり妃が圧倒的すぎます。
FDが出るような作品ではないと思いますが、それでもやっぱり、
どこまでも一途な妃が主人公と幸せな形で結ばれる、そんなハッピーエンドが見たいところです。


で。
メインルートの難点としては、「ラストがこれだとやっぱり盛り上がりに欠けるなあ」と個人的に感じてしまうところ。
「ようやく弱さと向き合いました」とか「結局みんな被害者だったのです」とかじゃクライマックスとしてはイマイチ……。
ここよりも第三章の結末や『サファイア』が閉じられる場面の方が遥かにピークに感じました。

成長譚は好きなのですが、他の人達がとっくに乗り越えてきたもの、やってきた努力を遅まきながらやったところで
それを「よく成長したね」とはあんまり思えないんですよ。
他の人がそれをやりとげた時には持ち上げなかったくせに、どうしてそういう人たちよりダメだった方を持ち上げるのか。
たとえば夜子はこの物語の終盤でようやく恋と向き合って失恋を受け入れたわけですが、
作中であまり描写されてないだけで、理央はその過程を第一章よりも前にやり遂げてきたわけですよ。
夜子の成長を褒めるのであれば、夜子よりも早く自分の想いを消化し、夜子よりも周りに迷惑をかけずに生きてきた理央を遥かに褒めるべきだと思います。

別に夜子は悪いことをしたわけではありませんが、極端な例でたとえると、
更生した不良よりも最初から真っ当に生きている人の方が立派だよねっていう話です。
だから「ようやく」成長する成長譚はなかなか琴線に触れません。
スポットライトが当たっている人だけでなく、視野を広げてみれば、他の人も精一杯生きているわけですから。

好きなのは、人並みのタイミングか人より早いタイミングの成長譚です。
あるいは、成長したことによって自分だけでなく不特定多数の他人にとっても大きなことを成し遂げる成長譚だったら、
このタイミングでも楽しめたかもしれません。

そんなわけで、ちょっとラストは消化試合感がありました。
もうこの先の展開は決まりきっていて、かつスカッとする内容も無いみたいな。
「主要キャラが死に追いやられました。もう取り戻せません」
そういう状況になってしまった以上、道徳論だけでは解決にはなりません。
とっくに「きっちり落とし前つけてもらうけぇのう!」な段階まで行っちゃってますよ。






   《予約特典ルート》

蛍とヒロイン達による振り返りでした。かなたがかわいくてぼちぼち面白かったです。
このルートでも俺は妃のエピソードばかり追いかけてしまいました。もう俺ホント未練たらたらですわ。
あと、蛍がクリソベリルを許さなかったことには少し救われました。
全員がクリソベリルを許してたら、13章の茶番が最後までただの茶番で終わるところでした。

ちなみにわざわざ予約したのは、このルートを含めて余すところなく『紙の上の魔法使い』を堪能したかったからです。
体験版で「ストーリー展開や構成にかなり実力のあるライターさんだな」と感じたので、
この物語について読み逃す部分を作りたくありませんでした。




以上、かなりとっ散らかりましたが、各ルートの感想でした。








続いて考察みたいなよくわからない何か。



   ≪実物と【紙の上】に対する各キャラの認識について≫


この物語には、オリジナルの瑠璃と、そのコピーである紙の上の存在の【瑠璃】がいます。
こういう【紙の上の存在】を本物と同一視できるかどうかが、この物語においてどのような結末を迎えたかに関わってくると思います。

ちなみに【紙の上】に対する本筋での各キャラの対応は以下のとおり。


 瑠璃: 【紙の上の存在】を知る前に死亡。
 【瑠璃】: 自分は瑠璃ではないと自覚しつつも瑠璃として生き、妃への想いを過去にしてかなたとの恋をやり直す。
 夜子: 瑠璃と【瑠璃】を同一視して恋を続ける。
 妃: 【紙の上の存在】を知る前に死亡。
 【妃】: 自分は妃ではないし、偽者である【妃】が生きることは受け入れられないので死亡。
 【理央】: 【瑠璃】の自由意志を奪う記述を抹消したうえで、瑠璃と【瑠璃】を同一視して恋を続ける。
 かなた: 瑠璃と【瑠璃】が別の存在だったことにショックを受けつつも、やがては同一視して、恋を続ける。
 汀: 妃と【妃】を同一視して自分の恋にけりをつける。瑠璃と【瑠璃】を同一視して親友関係を続ける。


ということで、かなり乱暴でアバウトな分類になりますが、
生存しているのは、実物と【紙の上の存在】を同一視できるキャラのみです。
ざっくりいえば、「姿とアイデンティティが同じなら同一人物じゃね?」みたいな感覚で受け容れているキャラのみです。
そういうキャラだからこそ、最後になんだかんだでクリソベリルを許すことができているのではないでしょうか。
(まあ俺も作中キャラと同じ立場になったら、相手に対して違和感が無いのに「実は偽者です」とか言われてもピンと来ないでしょうが。
 仮に頭で理解したとしても、接していて以前と何も変わらないように感じるなら、そのうち「結局同一人物じゃね?」と思うことでしょう。
 血は出ないけど射精はできるしへーきへーき。
 それに【瑠璃】が今まで自分が何なのかを自覚しなかったということは、出血はしなくても発汗や排泄とかはするんじゃね?
 ぶっちゃけそのへんについて突っ込んで考えたらダメなんでしょうけど)

で。
生存キャラ達の意識はそんな感じですが、俺はプレイヤー視点にあるので、基本的には同一視できません。
そんな俺は、クリソベリルを許すことなんてまずできません。
ただ、『瑠璃の自殺』がそのあたりの不満に対する落としどころになっているようにも思いました。

最終的にはかなたが想いを遂げたわけですが、その相手は【瑠璃】であり、厳密にいえば瑠璃ではありません。
しかしかなたは瑠璃と【瑠璃】を同一視できるキャラなので、同じ相手への恋を続けていると認識しているのです。
また【瑠璃】も【瑠璃】で、瑠璃の時の妃への想いを過去にして『サファイア』以前から続くかなたへの恋をやりなおしている、と認識しています。

【瑠璃】とかなたにとって、【瑠璃】は瑠璃の未来の姿です。
一方【妃】にとっては、【妃】は妃の偽者に過ぎず、未来の姿などではありません。
キャラ達のこうした認識の違いもあり、俺というプレイヤー視点では二つの恋物語が成立したことになりました。


   ・瑠璃と妃は、互いへの想いに殉じた
   ・【瑠璃】とかなたは、鷹山学園時代に芽生えた四年越しの恋を実らせた


俺が望んでいたのは『瑠璃と妃のハッピーエンド』です。
『【瑠璃】と妃の恋』や『瑠璃とかなたの恋』というものは受け容れがたかったと思います。
そう考えると、成立した恋物語があの二つだったことは、他の結末よりははるかに良かったと感じています。

展開がこうなった以上は『【瑠璃】と【妃】のハッピーエンド』が俺にとってはベストだったんですけどね。
しかしそこは、妃ルートが『【瑠璃】と【妃】のバッドなハッピーエンド』だったので良しとします。


ちなみに『夜子こそがこの物語の主人公だ』ということが何度も作中で語られますが、
そうするとキャッチコピーの『キミと本との恋』というのは、『夜子と【瑠璃】との恋』でもあるんだろうなと思います。失恋でしたけどね。
更に言えば、『俺と【瑠璃と妃のハッピーエンド】との恋』も失恋でした。失恋でしたが、良い恋をさせてもらったなあという感じです。
色んな意味の込められている、実によく出来たキャッチコピーだと思います。


以上、考察でした。








蛇足ではありますが、最後にネタバレありで『本城岬』というサブキャラについて長々と感想を。



人死にがあった以上、この物語には悪者が必要だと思いました。
で、体験版終了時に俺が悪者だと予想したのが『本城岬』でした。
ぶっちゃけ思いきりメタ推理であり、結果も大外れでしたが。


そうメタ推理した理由は、岬というキャラの立ち位置です。
岬は第一章でミスリード要員として登場するわけですが、正直「ミスリード要員の失敗作」でしかありませんでした。
彼女の他にモブキャラがいれば岬はミスリード要員になれたのですが、
他のモブキャラがいないので、彼女は「かなたに対するモブの評価をプレイヤーに見せる」という不可欠な役割を担うことになり、
第一章の犯人候補ポジションから外れてしまいました。

もし岬が犯人だった場合、岬の発言は全て信用できないものになるので、
「かなたが周囲からどう思われているのか」がプレイヤー視点ではハッキリしなくなり、
「インビジブルなイジメに対して周囲が黙認している」という前提が揺らいでしまいます。
そうなるとプレイヤーに提供する情報に不足が出てしてしまうので、
物語作法的なメタ視点で、岬は第一章の犯人になりえないのです。

こうして岬はミスリード要員の失敗作として登場し、以後はモブに近いサブキャラになっていきます。


こういう「ミスリード要員としての登場に失敗し、以後も完全にサブに見えるキャラ」だからこそ、
「その失敗すら実はストーリーの黒幕であることをカモフラージュするためのものだったのでは?」と思ったわけです。
「一度作中で疑われた人物は犯人ではない」というお約束を逆手にとったのかなあ、と。
疑われたのが他ならぬ「第一章」という点も、クライマックス用の伏線として使えば面白くなる要素ですし。

でも実際のところ、岬は最後までただのモブに近いサブキャラでした。
彼女が物語の中心に近づくことはありませんでした。


ですが、それだと逆によく分からなくなる点もあるんですよね。
岬はモブに近いサブキャラなのですが、それにしては言動が時々、メタに近い「作者目線」になるんですよ。
なんというか、物語の裏側を知りすぎているんです。

序盤では夜子に関して「物語の主人公というのは、遊行寺さんみたいな人のことを言うんじゃないかな」と評します。
これは終盤の、たしかクリソベリルが言ってた「実はこの物語の主人公は夜子なのよん」的なセリフに通じていて、やけに核心に迫っています。
しかし岬の視点では「夜子は主人公っぽい人間だ」と感じる理由は、全くと言っていいほどありません。
むしろ引きこもりなので「社会で起きているどの物語の舞台にも上がれない人」というイメージが真っ先に来るはずです。

中盤では岬が主人公が持っていた盗聴器内臓キーホルダーを不自然にかっぱらいます。
そしてせっかくかっぱらったというのに、それを割とあっさりと姉に渡します。
この岬の不自然な行動により、物語がやけに都合よく進展しました。

終盤では姉である奏が「過去に岬との接点があるなら、見落とすことなく思い出してくれ」的なことを言います。
一応これもミスリードっぽく処理されたのですが、ただのミスリードにしては意味深すぎるセリフですし、
第一章での妃の「良いミステリには無駄が無い」に反してしまいます。
いや、まあこの物語はミステリチックなだけで中身はシンプルなキャラクタードラマだったわけですが。


結局どれもこれも俺の深読みでしかなかったようですが、それにしても終始よく分かりませんでした。
岬というキャラクターは何だったのでしょうか?
ただのつたないミスリード要員でしかないのでしょうか? それとも実は色々と裏があるのでしょうか?
予約特典ルートで「最後まで徹底して脇役だった」みたいに言われているので、結局それが正解なのでしょうが……。
この作品は物語の色んな伏線を丁寧に回収し続けていましたが、岬というキャラについてだけは、もやっとした疑問が残りました。



そんなこんなで、次回作にも期待です。
長々とお付き合いくださってありがとうございました。