【『ななついろ★ドロップス』発売日15周年記念雑感】これは『疎外感』の物語だと思う。
【スモモの花言葉……『誤解』『困難』『甘い生活』『幸福な日々』】
1.はしがき
先月、僕の元に1つの吉報が届きました。
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特別な同人誌作っちゃうよー!!
全体公開日記なのでぜひ見に来てくださいな♪
ななついろ★ドロップス15周年記念!を公開しました!#sumomo_birth
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午後8:18 - 2021年3月29日
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3月29日。それは『ななついろ★ドロップス』のメインヒロイン、秋姫すももちゃんの誕生日です。
僕はあまりキャラクターの誕生日と言うのを覚えない頭の持ち主なんですが、自分と同じ日に生まれた『D.C.~ダ・カーポ~』のヒロイン「天枷美春」と、この「秋姫すももバースデイ」だけは絶対忘れず、今日までを生きてきました。
彼女等は自分に深い影響を植え付けてくれたという意味において、忘れたくても忘れられない、忘れられる筈も無い、忘れたいと思う訳がない存在達です。どちらも不動の立ち位置に君臨している事は言わずもがな。ただ、別に自分の誕生日でもない後者を覚えているってのは、中々に珍しい事態と言えるでしょう。
スモモの花の誕生花と同じ、そんな彼女の誕生日。祝いの気持ちを述べた矢先に、15周年記念同人誌発刊のお知らせ。自分にとっても良い機会だと思いました。愛し続けている事を伝えるチャンスだと思いました。
よって此処では、最近再プレイした感情を軸に、本作について想った事を語ろうと思います。結構容赦なく綴ると思う(特にすももルート以外のシナリオは)ので、酸いも甘いも受け容れられない方はバック推奨。ドンと来い!って方だけ是非どうぞ。
でも色々と悲喜交々を語る前に忘れてはいけない、最初の一言、祝福の言葉。
『ななついろ★ドロップス』発売からめでたく15周年。本当に、本当に、おめでとうございます。
2.サブヒロインルート感想
まずは本作の唯一にして最大の不満点。八重野撫子ルート、結城ノナルート両名の物語についての感想をはっきり申し上げましょう。
キャラクターが別に好きじゃないなら、やらなくて良いです。
すももちゃんを1番気に入ったなら、やらない方が良いです。
まず至極大切な事を申し上げるに『ななついろ★ドロップス』とは「=秋姫すももルート」の方程式が全てです。基本全てのシナリオに価値を見出すタイプ、全員攻略した上で感想を書き綴る者として、こんな事を述べるのは非常に心苦しいんですが、すももルート以外のシナリオにはあまり価値を見出せていません。正直に内面を綴るとすれば、僕の中では存在してない事にしているレベルです。
そう語る理由の一部については、共通ルートを読んだらすぐに分かるでしょう。「既に秋姫すももちゃんの事が気になっている石蕗正晴くん」の「他ヒロインへ移り変わる大したきっかけ」がまるで掴めなかったからです。
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「秋姫」
ほんの少しだけこげたような狐色もまじった、クッキー。
甘い匂いがまた鼻の奥をくすぐる。
「……ありがと」
「……え?」
「(なんでいま、俺、秋姫の笑顔とか、思い出して――)」
『ななついろ★ドロップス』共通ルート
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秋姫の焼いてくれたクッキーの形と、甘いにおいがふっと浮かんだ。
……同じ、だったよな。
……でも如月先生に渡している時、すごく嬉しそうだったし。
『ななついろ★ドロップス』共通ルート
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「じゃあ…ここでさようなら、かな?」
「――秋姫?」
振り返ってみても、教室の中には誰もいない。
今のは、空耳だったんだろうか。
「………」
秋姫はあの時。
本当はあそこでみんなと別れたくないって言ってたんじゃ――ないのか?
『ななついろ★ドロップス』共通ルート
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……俺は何にも手伝うことが出来ないんだ。
やっとそこに手が届くかどうか。
そんな風につま先立ちで震えている秋姫の、こんなにそばにいるのに。
『ななついろ★ドロップス』共通ルート
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此処で強く断言しておきましょう。本作は共通ルート時点で「どう考えてもすももルート以外行かねえだろ!!」って内容です。あまりに秋姫すももちゃん規定路線過ぎて、逆に他のヒロインへ靡く方向性が分からない仕様となっています。
すももちゃんの幻を頻りに思い浮かべたり、如月先生との仲を誤解してショック受けたりする片鱗を共通ルート時点で見せている主人公、石蕗正晴くん。彼は『第2話 あめのなかのともだち』時点で、秋姫すももちゃんの事が気になっている片鱗を見せており「メインヒロインはこの娘ですよ! すももちゃんが正史ですよ!!」と、重要情報を植えつけてきます。序盤時点からこれ程まで強く、主人公が相手を好きになっていく感情を赤裸々と見せ付けてくるエロゲは中々見た事がありません。
だから、僕は前々から疑問に思っていたんですよ。
どうして『ななついろ★ドロップス』ってすももルート一本道じゃないんですか?
もしくは、すもも攻略をTRUE ENDとした階段分岐形式じゃないんですか?
本当に不思議でしょうがない。他ルートへと向かう展開があまりに違和の塊過ぎて、逆に気持ち悪く感じた位で。
スタッフの方々が「メインヒロインは誰か」分かっているのは、キャラクター紹介の内容と物語の構築具合で重々承知。ただもう少し彼女へ優しくしたどちらかの形にしていたなら、間違いなく僕の中では殿堂入りの100点をつけていました。下手に好感度ルート方式でやっている為、かなり不都合の生じる展開を与えてもいるから考え物。下記からはそんな欠点を植えつけたシナリオの長短について、少し語ると致しましょう。
《結城ノナルート》
どうしてこの娘のルートを作ったのか、クリアした今も疑問をぶつけたい内容です。『第3話 ほこりあるスピニア』で「もう羊取らないから」と言っていたノナが、個別ルート初っ端から強奪していった時点で、何だか僕は嫌な予感がしたんですが、そういう不穏な気配程、意外に良く当たるもので。全体の調和から大きく外れた初恋物語にあるまじき不純の内容として、見事に君臨してしまいました。思い出しただけでも腹立たしく、正直あまり語りたくもない程に酷かった為、この度は不平不満しか書かないつもりなので、ヒロインとストーリーを好きな方はご注意下さい。
まず、結城ノナルートは「惚れ薬」が絡む内容となっており、個別ルート時点でノナは主人公にフォーリンラブ! キュンキュン!!って感じ。そんな彼女が「すももの成長」(+石蕗くんの正体がバレないように)の為、ユキちゃんを連れ去る顛末から、物語は幕を開けます。
ただ、僕はこの序盤時点で彼女――結城ノナにかなりの嫌悪感を抱いたんですね。まず「すももを強くさせる為」にユキちゃんを奪った行為と言うのは全て「すももと競争して対等に戦いたい」彼女のエゴによるものです。そして逆にすももはユキちゃんをぬいぐるみの国へと戻す……大切な相手へ手を差し伸べる利他的構造から力を貸している図式となります。本ルートで割を食う、不憫な目に合うのはどう考えても後者だと察せたから、この胸は至極痛くなったんでしょう。
そう、僕は相手の事情について全く考慮しないまま、自分の欲望だけを押し付けて、無理矢理フィールドへ引きずり込もうとするノナの強引さにかなりの苛立ちを覚えたんです。そんな彼女の自分勝手な行動に対する報いもまるで言及されない為、ストレスの溜まるばかりでした(すももルートをプレイすると、その溜飲も少しばかり下がるんですがね)
そして「石蕗くんの正体がバレないように」という理由も松田から打ち出されていましたが。そもそもこの従者、色々「お嬢様」の事を分かった様に語る場面が多いですけど、まるで主人を理解していない事が後で分かります。忌憚なき意見を申すなら、従者としては素晴らしく低レベルです。それはノナの説得シーンで十二分に分かる事でしょう。
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「さっきから黙って聞いてれば…秋姫、秋姫、秋姫って……!!!」
(中略)
「――どうせ、あなたが心配してたのはアタシじゃないんでしょう!」
「え!?」
「あなたが心配してたのは、アタシじゃなくて秋姫さんなんでしょう!!」
『ななついろ★ドロップス』ノナルート
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松田の「競争心を煽った方が良い」と言う助言からすももの事を口にしたら、見事に怒りを買ってしまった主人公。このお馬鹿なシーンから、本当にコイツの言っているノナの心境が正しいのか、僕は疑問を呈し始めるようになった次第。
それは「石蕗くんの正体がバレないように」ユキちゃんを誘拐した序盤にも触れていきます。強奪直後の様々な場面を見る限り、そう抜かした割にノナ自身は「正体をバラすぞ!」と彼を脅していました。その言葉が本気じゃなくなったのは後に助けてくれる場面で分かるんですけど、最初の時点で「その気があったのか」についてはまるで語られていないんです。ノナ本人も理由を口にしていないから、尚更。
だから僕としては、最序盤は「『惚れ薬』が絡んで石蕗君を好きになって、一緒に居たいから連れ去った」と考えた方がかなりの説得力を増すんですね。羊に大して思い入れもない彼女が盗む算段を打ち立てたのは「すももを強くさせる為」と「愛しの石蕗君と一緒に居る時間を増やす為」の2つだとしか考えられず。だから風呂場のシーンでは、予想以上の反発にショックを受けて黙りこくって、次第に嘘を本当にしていったと考えた方がまだ妥当なんです。
「惚れ薬は3日間位で効果が切れていたんじゃないかなあ?」と、如月先生は言いました。ただ、シナリオの流れを見る限りは明らかに3日以上経っていましたし、共通ルートで言っていた「2、3日で切れるかもしれないし、ずっと続くかもしれない」発言と矛盾してるし、そもそもどれ位時間が経ったかもどこで効果が消えたかも碌にわかんねえのに「もう切れていたんです!」とか言われても「だから何?」って話なんです。「すももちゃん応援の為に渡した勇気の薬」と言う先生の想いも、このルートでは見事にブレています。説得力が欠片も感じられない松田の言葉と言い、薬の効能を上手く使えていない展開と言い、如月先生のよく分からないキャラクター性と言い、物語を組み立てる構築力が只管に下手糞の極み。書いたのは絶対シナリオライター初心者だろうと、確信を持って断言出来る部分でした。
そして、僕に上記の事を思わせた理由は他にもあります。
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「そうやって落ち込んでいる暇があるのなら、きちんと練習したらどうですか?」
「元気をなくしたままで居続けても、何も進歩はありませんから」
『ななついろ★ドロップス』ノナルート
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これは、ユキちゃんを取られて落ち込んでいるすももに向けたノナの発言です。この言葉は単なる励ましではなく、すももが哀しそうにしている原因を担った事への罪悪感から発言したモノであり。見ていて負い目を感じざるを得ない自身のモヤモヤを消化する為に口にした、実に自分本位な発言とも解釈出来ます。それを単なる「励ましの言葉」と捉えて奮起する、すもも含めた皆の解釈があまりに優しすぎるんですが、そこは一先ず置いといて。
問題は、そう口にしたノナ自身が肝心要の自分の事となると「落ち込んだまま貝殻の中から出てこない」ってダブスタ極まりねえ展開へ至る事です。他人へどうこう言ってくる癖して自分の事は棚に上げるその姿、実に情けない光景でした。
「誰かに頼らないで自分で何とかしろ」と、すももに抜かしてたノナが、松田や石蕗には頼り切っているのが凄く気に食わない。
「落ち込んでいる暇があったら練習しろ」と、すももにほざいてたヤツが、自分がそうなると殻の中へ引き篭もって出てこない馬鹿かましてるのも、凄え腹立たしい。
その矛盾があまりにおかしかった為、これは成長物語として後々言及されるだろうと思い、粛々と読んできましたよ。何も回収されないままにエンドロールを迎えたので、沸々と苛立ちがこみ上げて来たんです。
「対等に戦いたい」とか言って、すももが強くなるまで余裕こいて偉ぶってた癖に、いざ強くなったら自分が吐いた言葉も忘れ、支えてくれる相手に当たり散らして落ち込む呆れた女を、一体どう好きになれって言うのでしょう。自分に厳しくしている描写も碌に描けておらず、ただの甘ったれ女としか思えなかった僕にとって、結城ノナは正に鬼門。「他人には厳しいのに、自分には甘いのかい……?」と、好感度がどんどん下がっていくのを切に感じました。ああ、なんで俺はこんなヒロインを攻略しているのでしょう? わたしが不思議。とても、わたしが不思議。思わず口ずさみたくなってしまった程です。
周囲から見た2人の関係性誤解から関係が進展していくのも「ええ、嘘だろ……」と、正直言葉を失いました。すももちゃんの心境を考えたら、どうしようもなく死にたくなります。誤解が本当になっていくとか、彼女にも攻める可能性が充分あったのに、勝手に事実だと思い込ませて意図的に諦めさせるなんて本当に酷過ぎる。書いた人は悪魔ですね。
「石蕗とノナが楽しそうに会話している」って皆が言っていたけども、石蕗自身は分からないって言ってるよ? 彼は自分の気持ちを上手く体現出来ない不器用人間ですが、ユーザーの俺も全然わかんなかったよ? 迷惑千万極まりなかったからね? 全く全然これっぽっちも、楽しそうには見えなかったんです。
だってさ、惚れ薬から急に恋愛関係始まって、色仕掛けで迫られて、勝手に連れ去られて、酒を呑んで迫られて、正体バラすと脅されて、一体どこに惚れろって言うんですか。2人の関係性が深くなる過程を描くなら、エロシーンで無理矢理納得させる抜きゲーの如き展開構造は、説得力を紡ぐにしてはあまりに浅慮。読んでいて怒りが湧くだけです。
要するに、2人が愛し合っている事に対して納得させるだけの描写力がまるで無いんですね。石蕗君は「自分の気持ちを上手く体現出来ない不器用人間」と前述しましたが、このルートでは「他者の意見に絆され、自分の気持ちを誤解したまま、理解したと語る呆れた図式」しか見えないんです。共通ルートがすももちゃん一筋だから尚更。関係性を誤解しているキャラクター達が「楽しそうだね!」「仲良しだね!」なんて2人の強引な繋がりをポジティブに語るから「そうなのかもしれない!」と、思い込まされている風にしか見えなかったんですよ。
松田に「お嬢様は同じように見えているかもしれないけど違うんです!」と、強く語らせていました。しかし、貝殻の対応を間違えた「主人を理解してもいない松田」がそんな風に分かったような事を言った所で、説得力は欠片もありません。そして何より、そういう台詞を言わせるんだったらそこの機微や相違をきちんと描こうぜ。一言一句しっかり読んでも僕にはまるで分かんなかったし、描けてないのをキャラクターに言い訳がましく言わせんじゃねえぞ。そういう姿勢は率直に申せばかなりムカつきますので、このルートを書いたライターさんが今後の作品では止めてくれている事を切に祈ります。
そして最後の最後。ノナが急にフィグラーレへ帰らないといけなくなったあからさまド下手糞シリアス。その時の話についてもかなり言いたい事があるんです。
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「ユキちゃん、ちゃんとお家に帰れるように、アスパラさんより遅くなっても、絶対絶対ななつ集めるからね!」
『ななついろ★ドロップス』共通ルート
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「その人を助けるのに、星のしずくが必要だって」
「だから、わたしの持っている星のしずくを分けて欲しいって……」
『ななついろ★ドロップス』ノナルート
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もう「何なんだお前はよ?」と、利己的すぎる物言いに僕の心は怒髪天を衝きました。「これまで自分勝手にすももへ迷惑かけておいて、どの面下げて頼み込んでるんだ!」と、傍に居たら猛烈に怒り狂っている所です。それにですよ、ノナの成長や魅力ってのを与えるなら、こういう場合は「自分の星のしずくをすももに与えて、ユキちゃんの為に使ってほしい」って、自分から渡す場面ですよね? ノナはユキちゃんの正体を知っているのであり、もう傍へ居られない自分の代わりに、すももへ星のしずくをあげて頼み込む。そういう風に描けていたなら、優しさから成り立つ本作全体の調和を乱す事なく、これまで自分本位に振舞って来た事を解消させる成長の長所として上手く聳えてくれた事でしょう。
でも、そうはならなかった。都合の良いよう気侭にノナを描いたのかどうかは知りませんが、キャラクターの魅力向上を描く際に必要な部分をまるで理解していないと断言せざるを得ないがっかり具合しか、そこには残っていませんでした。結局彼女は、残り僅かの時間においても自分の事しか考えておらず「アタシが石蕗を助けたい」と言うあからさまな欲望しかなかったのです。例え恋する女の子だとしても、その身勝手な移り変わりはあまりに好印象を齎さず。更にその過程は、唐突な帰還命令と自分勝手な物言いの過去に支配された作為的感動として仕上がっていた為、全く美しくありません。
でもすももは優しい女の子だから、遠慮なく星のしずくを与えるんですよね。「『ユキちゃんの為』集めてきたのに、そんな間単に渡すだろうか?」とも考えましたが、アスパラさんより遅くなっても集めるつもりだったんだろうと上記で察せられます。そしてだからこそ、最後の仕打ちに凄く凄く腹が立つんです。
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「俺さ、秋姫のおかげで自分の気持ちに気付く事が出来たんだ」
「俺、すごく秋姫に色んな事を教えてもらった気がするよ」
『ななついろ★ドロップス』ノナルート
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本作の主人公――石蕗正晴くんは結構好きな方なんですが、すももの元へと戻ってからずっとノナの事ばかり考えているこのルートの彼だけは心底嫌いです。すももは手前を取り戻す為に精一杯頑張ってたんだぞ? 7つ揃えてぬいぐるみの国へと返す為に。いっぱい練習して、またお前と星のしずく集めを達成させる為に頑張ってたんだ。それなのに、そんな優しい気持ちも考えず「結城の事が気になって仕方ない」とかさ……この娘に失礼だと思わないのかよ、ふざけんな。
そして、最後の種明かしですね。もうなんか如月先生が「粋な事するね、石蕗君も」とか言っていましたが、僕からしたら「酷な事しやがるね、石蕗君も」としか思えません。このシナリオを書いた方の価値観を正直疑いたくなりました。あまりに酷いオチだったんです。優しく相談に乗ってくれたすももが本当に可哀想で。ユキちゃんの為に頑張る事すらさせてもらえなかったすももの心境を思うと本当に悔しくて(その後の場面では出てこなくなるから尚の事)報われなさに涙が流れてしまう程、僕はこの物語が心底嫌いになりました。
唯一良かったと思えたのは、卒業試験でレトロシェーナへ来た際に出会って結婚した憧れの対象、秋姫カリンと同じ道を歩んでいるのを察知出来た部分のみ。最悪な片恋、胸糞悪さ満載の失恋を読んだ気分の悪さだけ遺し、すももへの恩を仇で返した挙句、彼女の前で平気に抱きついて閉じられた結城ノナルートだけは、この先も絶対許せないと思います。すももの気持ちを少しは考えて、この物語は紡がれて欲しかったです。すももルート後に読んだら間違いなく発狂驀地の酷いストーリーでした。ええ、本当に。
さて、先程も述べたように本ルートは、展開が安易且つ強引且つ全体の調和がまるで取れていない「汚い物語」です。このシナリオだけ見たら「酷いキャラゲー」と称さざるを得ない程であり、だから僕はこうして不平不満を口にしてしまった訳で。
それは上辺だけ取り繕って始まる異質な展開全て……惚れ薬から恋愛関係が始まったり、色仕掛けやお酒を呑んで迫ったり、正体をバラすと脅されたりと言った『ななついろ★ドロップス』としてはあまりに不純過ぎる汚さを全く許容出来なかった僕の落ち度とも言えます。結城ノナと言うキャラクターだけがこの『ななついろ★ドロップス』の世界ではあまりに異端、他キャラと上手く絡めずあぶれているから起こり得た事態でもあり、製作側はバリエーション豊富に物語を紡ごうと言う安易な考えから生じた内容だったのかもしれません。
でもね、本作のような物語において、これはやっぱり「無い」んですよ。普通のキャラゲーだったら全然良いです、思う存分にやって下さい。でもね……『ななついろ★ドロップス』でこういう展開に至るのはおかしいんですわ。優しさを齎す綺麗で純粋な初恋の御話から逸脱した物語。中身の出来も心底悪く、到底納得できないラブストーリー。この結城ノナルートを許容する事は、僕の中だと一生出来ないでしょう。ただ1つ、大切だと思えた女の子には、恩を仇で返す真似だけは絶対してはいけないんだと、反面教師の優しさを抱けた事のみに感謝しようと強く思えた読後感でした。
《八重野撫子ルート》
さて、ナコちゃんルート。予め言っておくに、前述した某ルートよりは遥かに出来が良いです。そこは確実に断言出来ます。
それはきっと『ななついろ★ドロップス』の雰囲気があまり崩れてなかったのが大きいと言えるでしょう。この物語は同じ人を好きになってしまった恋愛が主題の御話となっているんですが、撫子の優しさやノナ(アスパラさん)の気遣い、すももの想い等、比較的丁寧にキャラクターを描こうとしている直向きが強く感じられます。大切な人を想う気持ち、想うだけではどうにもならない苦悩、優しいヤツばかりなのにどうしてこうも上手くいかないのかを切なく描いた物語は、相手を認め合い許し合い受容し合う事の難しさと、そこから奮起していく彼女等の逞しさもきちんと描かれており、決して出来自体は悪くないと言えるでしょう。まあ、有体に申せば「普通の三角関係恋愛モノ」って感じ?
また、攻略対象である撫子の魅力もノナよりは上手く紡がれていました。第1話から登場しているからこその力を増した真摯な姿勢。真っ直ぐな心情から成る温かな気持ちの求心力。「秋姫すもも」を通して彼女の辛い心境を感じさせた過程もまた、一部ユーザーには思い入れを濃くしたシナリオへ変貌を遂げたと言えるでしょうね。
ただし、このルートが『ななついろ★ドロップス』において必須だったかと尋ねられたら、僕は「不要」と答えます。なぜなら本ルートもまた、本作で育まれた長所を僅かながらも貶めている事実に変わりなく、恋愛関係の展開へと至るだけの描写もすっぱり欠けていると言わざるを得ないからです。
まず、この物語も結城ノナルートと同じく、石蕗正晴が惚れたきっかけ&八重野撫子が惚れたきっかけの2つがイマイチ良く掴めません。片鱗があったのは、撫子の裸を誤って見た時位でしょうか(またエロシーンかよ) マジで全然分かんなかったから、石蕗君が撫子を抱きしめて愛を力説する場面もあまり心に響いてきませんでしたし、ナコちゃん可哀想だなあ、更に言えばすももちゃんはもっと可哀想だなあと言う感想しか、僕の不安定過ぎる感性は齎しませんでした。「結局撫子と付き合うなら、すももにエールなんて送るな、この羊野郎」と、理不尽極まりねえ事を思い浮かべたのもここだけの話です。
こう至ってしまったのも偏に、共通ルートですももを気にする感情を打ち消すだけのイベントが用意されていない事に原因があります。すももちゃんの場合だと、主人公はユキちゃん⇔石蕗正晴と言う二重存在になってしまった事により、彼女の新たな一面を知っていき、異なった時間と空間の中で共有出来た切なさや苦しさやぎこちなさを分かち合いたいと同調する気持ちが想いを明確にしていきます。その経緯の変化は至極穏やかに、優しい段階を踏んだ丁寧さで、充分過ぎる程に深く描かれていました。
ただ、そんなすももちゃんと違って、この八重野撫子と言う女の子は良い意味で全く変わらないんです。取り敢えず、すももが第一! すももが大切!!と、彼女を想う優しい感情がキャラクターの魅力の大半を占めており、その心は何時如何なる状況においても変わる事がありません。そして、そんな不動の撫子こそが本ルートにおける難点「二重存在となった主人公の物語における意義」へと疑問を抱く『必要性の根幹』に触れてしまうのが、実に皮肉な幕開けと言えるでしょう。
この八重野撫子ルートは「ナコちゃんを好きになる」過程において、本作の根幹を成す魔法や異世界設定って言うのが不要の極みなんです。関係性の構築・変化については、石蕗正晴パートにおける学園青春モノを見ているだけで充足な程に「普通のキャラゲー」と化してしまい、ある意味このルートも「ちょっぴり不思議な初恋物語」の調和を乱していると言えたりしちゃう訳なんですよ。
ユキちゃんパートの時に「石蕗といると、何故か分からないが居心地が悪いんだ」と、聞かされたシーンは確かにありました。ただ、あの場面よりも前に避けられているのを察していた石蕗君にとって、そこは疑念が確信へと変わるだけであり。それ以前に気になる気持ちを感じていた彼にとっては特段重要と言う訳じゃない、正直カットしても何ら問題ない部分でした。そして何より、そこ以外の恋愛面においてユキちゃんを有効活用出来ていない事から、主人公それぞれの姿で紡がれる心の移り変わり、二重存在となった物語の価値はあまり感じられないのが分かるんですね。
それは、明かされないユキちゃんの正体やアスパラさんを上手く処理出来ていない杜撰箇所からも強く感じられます。三角関係を主軸とする為にそうさせたんでしょうが、特に後者はすももの不調以降、全く姿を見せなくなると言うのが他ルートと比較しても違和感マシマシ(ノナはまだ出ていましたが)
石蕗君がすももを想う撫子の優しさに惚れた(のかな?)のは全然悪くないし、撫子とすももが分かり合う過程には魔法も役目を果たした事は分かっています。しかし1番重要なユキちゃんの部分だけ見たなら、この不思議設定はノナルートよりも生かせていない無意味性です。ユキちゃんとして、彼女に別の心を見出した部分が皆無の撫子攻略を『ななついろ★ドロップス』で紡ぐ必要があったかどうかは、激しく疑問を呈したい所でした(そういえば、仲直りのシーンもユキちゃんだけが気絶していました。もしかすると確信犯かも?)
後はまあ、これはあくまで僕の個人的感想なんでしょうがないんですけど、やっぱりモヤモヤは正直残るんですね。
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「お願いだから……その恋心、固く凍らせちゃわないでほしいの」
『ななついろ★ドロップス』撫子ルート
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いや、分かりますよ。ナコちゃんと石蕗君の関係を応援する為に自分を強く持って、彼女に素直な助言の言葉を与えたすももの成長。この発言を通した「秋姫すももの優しき在り方」こそが、本ルートにおける見所と語る人も確かに居るでしょう。
ただ、この励ましも「自分を疎外させた矛盾」として発言していると思うと、僕は悔しさで何も言えなくなります。上記2ルートで分かるように、すももは好きな人が別に居たり友人が同じ人を好きになったりしたら、潔く身を引くタイプなんです。こんな形になってしまった時点で、結局、自分よりも相手の事を考えた選択を実行してしまう優しい女の子。報われない人間の典型です。そういう少女程、世界は優しさを与えてくれませんし、自身を勘定に入れないで発言させたこの話は、ある意味彼女の優しさを都合良く利用したとも取れます(ノナルートもまた然り)
それは、僕が絶対に受け容れる事の出来ないパーソナリティです。確かに現実はそんな都合良くいかないし、そう上手くいく事の方が少ないし、この世はそんな公正世界じゃないし、優しくした分のしっぺ返しも来る場合があります。それこそが確かな世界の在り様で、そんな時空間に囚われた狭間で僕等は生きていると言えるでしょう。
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「すももちゃんの願い事も……叶うかもしれないよ?」
「えっ?」
「頑張ったらね!」
『ななついろ★ドロップス』共通ルート
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でもこの作品だけは、『ななついろ★ドロップス』の世界でだけは、そんな現実を他ルートの形で突きつけないでほしかった。すももちゃんが誰かの為に頑張って、その結果に決して妥協ではない幸せを得る。そんなありえない理想だけが見事に成就される世界であって欲しかった。はい、凄く我侭な気持ちを述べております。そしてそう想ってしまう感情こそ、僕が三角関係モノを苦手に思う理由の1つと言える事でしょう。
以上の内容を総じて鑑みた結果、僕はやっぱりこの物語も好きじゃない見解へと至ります。そして何より……
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「それでね、ほら、初恋は実らないって……よくいうでしょ?」
「でもハル君はわたしのこと好きになってくれた」
「…………」
「二回も、好きになってくれた」
「ありがとう、ハル君」
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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他のルートをプレイすると、すももルートの感動が軽減してしまうから嫌なんです……ってのはエロゲで言っちゃご法度なんだろうけどな。「すももルートだけやるべし!」って強く語る僕の本心は、きっと間違いなくそこにあるんでしょうね。
以上の事から充分御推察出来たかと思いますが、僕の中で『ななついろ★ドロップス』と言う作品は、ルートが増えていく程、評価が下がっていく作品です。それは何故か。すももルートがあまりに圧倒的に完璧すぎて、他のシナリオがこの物語の完成度を少なからず貶める結果になってしまう事実に、クリア後の馬鹿は気付いたからです。
思い起こせば初見プレイ時、友人に「追加ルートがあるからそっち買った方が良いよ!」と薦められた僕が遊び始めたのはPS2版『ななついろ★ドロップス Pure!!』でした。そして、何とか2人のヒロインを攻略してからすももルートを遊び終えた際、追加ヒロインの小岩井フローラと皐ユリーシアを攻略する気がまるで湧かず、今尚クリア出来ていないままと言えます。「これ以上はすもも以外攻略できない」と、偏に思っちまったからです。上記2ルートと似たような展開になる事を風の噂で聞いた為、更にやる気も湧かないまま、僕はコンシューマ版をリタイアしています(PC版は後にクリア済み)
本作は後継作品等で後付けや複数ストーリーも結構詰め込んでおり、そこも良いと思う人の方が大半なのでしょう。しかし、物語全体の調和を重んじる身としては、本作はすももルートだけで完璧になるんです。他ルートが好きな方には申し訳ないんですが、言ってしまえば僕の中で、すももと育まれる愛の物語以外は総じて「蛇足」になってしまう傾向と言えます(ラノベと漫画も最高に素晴らしいので是非!)
メインライターが手がけた訳じゃない「すももルート以外」をプレイする価値がまるで感じられない、この娘の心境を思うなら絶対にやりたくない。そう痛切に思わせた事こそが、僕の本作に対する心情の全て。自分勝手で大変申し訳ないですが、その気持ちこそ揺るぎなき嘘偽りなき本心なのでした。
次章からは、すももルートを個人的解釈に則って、感想を綴っていくとします。
3.初恋と疎外感
それでは、すももルートをこれから話していく……前に、この『ななついろ★ドロップス』と言う作品を紐解く上で、重要だと思われる内容をピックアップするとしましょう。そんなに難しい話じゃなく、物語当初からずっと一貫して述べられた事の再確認。僕も含めて本作が1番沁みるであろう対象「寂しさと切なさを感じてきた人」に向けて語られる再認識の時間となります。何卒どうかお付き合い下さい。
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「それなのにさ、石蕗ってぜっんぜん打ち解けてないだろ?」
「そう、なのかな」
新しいクラスになって、クラスメイトはほとんど入れ替わった。
だからといって、誰とも喋ってないつもりはないんだけど……。
「……うーん」
正直、よくわからなかった。
『ななついろ★ドロップス』共通ルート
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主人公――石蕗正晴は新しいクラスになって1ヵ月半が過ぎた現在、まるでクラスに馴染めていませんでした。自分では普通にしているつもりなのに、周囲の中からは浮いている。自覚出来ていなかった事を教えられる所から、この物語『ななついろ★ドロップス』は幕を開け、そこから彼はそんな「周囲とあぶれている?」感覚と向き合っていく事になります。
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秋姫と八重野が二人で帰る時はどうなんだろう?
やっぱり話すことが途切れたら、こうして無言のまま並んで歩くんだろうか?
「(俺がいるから……なのか?)
「園芸部でみんなと色々な事をするのは、楽しいと思ってる」
「うん」
「だけど、それをさ……壊してるのは俺なんじゃないかって」
「そんなっ」
「なんか、そんな風に考えちゃって、行けなかった……ごめんな」
『ななついろ★ドロップス』撫子ルート
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俺が話しかけることで結城が元気になるのは、もしかしたら、それは惚れ薬がまだ効いているからなんだろうか。
それなら、俺じゃなくても惚れ薬で好きになったら誰でもいいって事になる。
それは別に…。
「…俺じゃなくても……」
『ななついろ★ドロップス』ノナルート
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先程酷評した2つのルートでも、これから語るすももルートでも『ななついろ★ドロップス』の中では必ずと言って良い程に何回も触れている1つの感情、気持ちがあります。
それは、他者と分かり合えていないと考える『疎外感』です。
石蕗くんは最初からその問題――自分では普通にしているつもりなのに、相手を誤解させてしまう自身の振る舞い――について、独りで向き合い続けてきました。仲の良い友人同士が語らう中、自分以外が楽しそうに話しているのを遠巻きに眺めているような。同じ輪の中に居るのに、どこか上手く入れていないような。大切な人とあまり馴染めていない感覚。そこにもスポットを当てているのが、本作の大きな特徴と言えるでしょう。
ノナルート、撫子ルート共に、その解消法は「不器用ながらも自身の気持ちを素直に体現する事」から始まっていました。好きだという想いに『嘘』をつかず、その感情を真摯に伝えて形とする事。その変化した心から「恋人関係」に至れた事で、悩ましい感情を少しでも緩和させたんですね。
そして、それは共通ルート→すももルートへ至る過程においても変わる事はありません。ユキちゃん⇔石蕗正晴と言う二重存在になって、彼女の新たな一面を知って、もっと気持ちを分かち合いたいと思って、気がつけば好きになっている。そんな心境の変遷、心の在り様を描いていたのは、本ルートにおいても全く例外じゃありません。
しかし彼女の物語の場合、それだけで終わらないのが長所の1つ。そんな在り来たりな内容のみで紡がれる訳じゃなく、恋人関係へ至るまでの『疎外感』と同じ位、ユキちゃんとして接している事への『疎外感』や変わってしまった自分に対しての『疎外感』も、此処に関係してくるんです。
さて、前置きは以上で終わり。次回から本格的に共通ルート~すももルートの内容について語っていくとしましょう。
【ツワブキの花言葉……『謙遜』『困難に負けない』『先を見通す能力』『愛よ甦れ』】
4.そのままのあなたが好きだって
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この部屋にいる、普段の秋姫。
もう何度も顔をあわせてるし、秋姫はぬいぐるみの俺に向かっていろいろ話しかけてくる。
そして、教室で、廊下で――「普段の俺」の前の秋姫。
同じクラブに入ってからはだいぶましになったけれど……まだどこか距離が遠い。
俺はまだ、その二つの秋姫に慣れられないでいる。
『ななついろ★ドロップス』共通ルート
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さすがにもう、秋姫は八重野の後ろに隠れることはなかった。
けど、やっぱり教室や廊下でいきなり出くわしたり、こっちから突然話し掛けるとこんな調子だ。
(…ユキちゃんの時の俺に見せるような元気があったらなぁ)
「………」
(っていうか、秋姫が元気だったら何が変わるっていうんだよ……俺)
『ななついろ★ドロップス』共通ルート
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疎外感。どうしても自分と人との間に距離があると感じてしまう寂しい感情。人間はその切ない情景をマヤカシが如く夢に見る訳ですが、本作で描かれた『疎外感』の中で取り分け顕著なのが、すももちゃんとやり取りし始めてから続く石蕗正晴&ユキちゃんの想いと言えます。
まるで違う対応を見せながらも、同一の感情を内に秘めた少女、秋姫すもも。そんな彼女と触れ合っていく中で、彼は自らの想いに素直な気持ちで向き合っていく術を学んでいきます。ユキちゃんと言う『嘘』に塗り固められた状態で、別人格のように彼女と様々なやり取りを交わす中、「好き」と告げてくる自身の『本音』へ向き合っていく事になります。
僕は物語冒頭時点で結構石蕗くんに感情移入出来た方なんですが、それはきっと、この「相手と分かり合いたくても上手く分かり合えていない不器用な心情」が痛い程に理解出来たからでしょう。アットホーム過ぎるからこそ感じる、優しさを与えてくれる事へのありがたさと、上手く応えられない自分へのもどかしさ。そして随所に伝えてくる「馴染めていない現状の切なさ」を二重存在となった彼が上手く体現してくれた事で、強い共感を与えてくれました。すももとのぎこちない交流が、最初は何だか凄く苦しかったのを憶えています(センチメンタリストがこんな事を言うのはあれですが、本作が最も心に沁みるのは、寂しさや切なさを人一倍多く味わった人じゃないかと感じます)
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羊のぬいぐるみ――そんなたよりない姿でいる方が、俺は秋姫のそばにいられる。
人間のままの俺じゃ、例え肩を並べて歩いたって言いたいことの半分も伝えられない。
「(……ごめんな)」
『ななついろ★ドロップス』共通ルート
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取り繕った偽装人格によって、着々と変化を遂げていく彼の心。それは、すももと触れ合って生まれた恋心から気持ちが彩っていく移り変わりを指し示していましたが、同時にユキちゃんの時に出来た事が石蕗正晴の時には出来ない居た堪れなさも伝えてきました。何とかして気持ちを発したいと動く感情の発露を様々なシーンで強く見せてくれましたが、当人にとっては全く満足出来る代物じゃないまま過ぎていきます。その光景が時には苦しく、時には愛おしかった次第。
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「ごめん。俺、温室の方の水まきやってくるよ」
「(俺は何やってるんだろう……?)」
圭介の明るい口調は、誰だって笑顔になる。
それはわかってる。
「(俺は……俺はなんでできないんだろう)」
(中略)
「(ああ……そっか……俺、秋姫の笑顔知ってるからな)」
俺が「ユキちゃん」の時に見せる笑顔。
それは素直で、自然で、今さっき見たような笑顔だ。
「(どうして俺……俺自身の時はそういう風にできないんだろう)」
「(どうして秋姫……黙るんだろう)」
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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自分と居る時だけ笑ってくれないのは、自分が彼女をそういう風にさせてあげる事が出来ないからだと思い悩む懊悩の境地。受け容れて貰えてないと言う誤解から成る疎外感を一心に抱くこのシーンなんかもう堪らなく切なくて。何だか凄く泣けてきてどうしようもなかったんです。
けれどだからこそ、彼女が放ってくれる言葉に救われた感覚もまた、石蕗くんと共に強く抱けたんだと思えます。
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「温室の方までお水やりにきてくれたんだ」
「えっ……あ、ああ。う、うん……俺も一応園芸部だしな」
「一応だなんて!」
「!?」
「石蕗くんは、ちゃんとした園芸部の仲間だよ!」
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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「秋姫、俺と二人になるのって…イヤなのかって思ってた、ずっと」
「そ、そんなっ」
「………」
「そ、そんなことないよ、ち、違うよっ」
(中略)
「なんだかさ、秋姫にすごく気を使わせてたと思うんだ。今まで」
「え?」
「俺、ほんとに、いろいろ――うまく話したり誰かに気を使ったりとか、そういうの本当に苦手で、いつも……ごめん」
「ち、違うよっ。それは……あの、つ、石蕗くんのせいじゃなくて。わたしが、わたし……勝手に緊張…しちゃって…だ、だから、石蕗くんのせいじゃないの!」
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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それは、すももが放ってくれた発言の中で「今まで耳にした事がない程の力強い言葉」でした。「俺なんていなくても良いんじゃないか?」「こんな奴と一緒に居たってつまんないよな......」と、自分がそこに居ないような感覚を味わい、立ち位置が曖昧と過ぎた人間にとって、彼女が放った心強い気持ちはどれだけ嬉しく過ぎるでしょう。それは『疎外感』を飛び越えて届けてくる恋心として、自分の居場所を与えてくれる温かさとして、確かに世界の片隅で君臨を果たします。
その移り変わる関係変化は、読んできて本当に良かったと幸福を与えてくれるモノでした。すももちゃんの心情を鑑みてもそれは同じ。ずっと抱いてきた片思いが実り、初恋は実らないんじゃないかと悩みながらも、伝えてくれた彼の想いを通して、自分の心境を素直に出来たんです。彼の発した心強い気持ちを傍で肌身に感じられるのが、彼女にとってはどれだけ嬉しく過ぎるでしょう。それは確かに「初恋は実らない」と言う『疎外感』を飛び越え、ただ一直線に届けられた恋心として、世界の片隅で君臨を果たしたんです。嬉しくならない訳がないでしょうよ。
しかし、そこに1つ。石蕗くんにとってはそのような関係になれた事に対する『嘘』の賜物。ズルいアドバンテージによって成り立つ物があった事を忘れてはいけません。すももちゃんへの嘘から生まれた「分かり合えていない疎外感」は、彼の中で解消された訳じゃないんです。
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「大切な人の心に嘘をついちゃうことって……ダメ…だよね」
『ななついろ★ドロップス』共通ルート
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「ごめんな、俺今まで…すももにウソついてたんだよ」
「えっえっ!?」
「俺はすもものことを何も知らないフリして…ずっとそばにいたんだから」
「……う、うん」
「何でも話してくれたのにさ。すももはいつでも…いつもウソなんてつかないで、何でも話してくれてたのにさ…俺」
「ハル君」
「ごめん」
「……ハル君」
「俺、ほんとに、一番好きな人に、すももにウソついてたんだよ」
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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彼女にずっと隠してきたのは、彼にとってもしょうがない事でした。しかし、そうして騙す事自体が凄く赦せなかったのは嘘じゃありません。バレないままに、全てを終わらせていたらそれで良かった。嘘はバレなければ嘘にならない。しかし露見した暁には、嘘をついた事実が本当となり、大切な人に対しての想いすらも汚いモノへ代えてしまいます。だからこそ、自分で自分を赦す事が出来なかったんです。すももちゃんが大切だから。一番好きな人だから。
ある意味これは作劇的に見ると、大切な相手を騙した事への「ぬいぐるみ化による『罰』」と言う側面を与えていると取れるでしょう。これまでの時間で自分を騙って、彼女を利用して、勝手に知らない秘密を暴いて、それすらも手堅く利用した者への罰。石蕗正晴とユキちゃんは別存在なんだと感じていた『疎外感』から至ってしまった懲罰です。
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「ユキちゃんはハル君と一緒…一度もウソなんてついてないよ」
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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でも、すももちゃんにとっては、そんな違いなんて瑣末な事。彼女は何とも思ってなかったんですよね。ユキちゃんと一緒に居た時間もまた、ハル君と一緒に居た時間。別の存在なんかじゃないし、その事を気に病む必要も無いし、君を取り戻す為だったら何だってするし、それ位自分にとって大切な人なんだって。泣けてくる程に嬉しい行動の変遷が、僕の心に強く訴えかけてきました。そうして、彼を再度受け容れる為に頑張り続けた彼女の優しい気持ちこそ、確かな強さ。最も尊く畏く愛おしく映える純粋の全てと言えるでしょう。
そして、ユキちゃんの状態も含めた『石蕗正晴』(そのままのあなた)を受け容れた所で訪れる困難。ユキちゃんとして過ごした時間、石蕗正晴として過ごした時間の消失。育まれた記憶の消去と言う不可避の運命を受け容れ、最後の時間を過ごし始めるハル君とすももちゃん。その過程に、星を好きになった魚の御話が出てきましたね。
世界中の海を旅した魚が、もっと大きな海を探したいと空へ飛び上がって泳ぎ続ける中、色々な景色を見ていくと言う御伽噺。魚が星空へ飛び上がってから、彼がどうなるかを予想した時、ハル君は以下の如く答えてくれました。
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「そうだな……ずっとずっと、泳ぎ続けるかな……何かを探して」
(中略)
「わたし……そんな風に答えたハル君が、大好き……だよ」
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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どうしてこの場面ですももは「そんな風に答えたハル君が、大好き」と語ったんでしょうか? それは『何か』が「星 or 星以外」のどちらかで、2つの解釈に分かれると言えましょう。
前者の場合、すももはハル君とのサマーキャンプで「見えている星の光が最期の情景かもしれない事。見えている光景がもう無いかもしれない事」を知っています。それは愛しの彼から教えられた事であり、その知識を踏まえて読むと「消えてしまったとしても、存在しないとしても、変わらずに大切なモノを探し続ける」事を語った、彼の根底から湧き出た気持ちが見て取れます。だから、すももちゃんは「そんな風に答えたハル君が、大好き」と、返したんです。
後者の場合、ハル君の好きなものが「星」である事を知っているのが関係してきます。魚をハル君に準えて読んだら「自分の好きだと思えるモノ以上に、大切だと信じている存在を追い求め続ける」事を語った、彼の根底から湧き出た気持ちが見て取れます。だから、すももちゃんは「そんな風に答えたハル君が、大好き」と、返したんです。
要するに、答えはどっちでも良いんですよ。彼が彼女に向けて放った事は1つだけであり、そこに解釈の違いなんて無いですから。
「大切な何か――秋姫すももの事を探し続ける」ハル君の「恋しい」には、全く『嘘』なんて無いんですから。
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「俺、すもものこと。記憶がなくなっても、もう一度、好きになるから」
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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そして、星のしずくの薬を飲んで記憶喪失へ陥った事により、石蕗くんは物語当初の自分へと戻り、その当時とはまた異なった『疎外感』を手にします。クラスメイトに馴染めていなかった時間と「逆転」した世界へ放り込まれた中で、生まれた違和感。それは、ユキちゃんを通して彼が変化した事によって齎されたものでしたが、記憶喪失の彼にとっては、自分の立ち位置がよくわからない現状に対しての混乱しか浮かんできません。変化後の自分を別存在のように感じる傍観の立場として、石蕗正晴の『疎外感』はありました。
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思い出せない半年間の自分が、怖い。
その半年間の俺が、今の俺とは違ってるとしたら……。
今ここにいる俺は何なのだろう?
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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最初の頃とはどこか異なった何か馴染めない感覚。その起因は全て、秋姫すももとの関係に集約されます。これまでハル君はユキちゃんとしてすももに『嘘』を語ってきましたが、記憶を無くしてからは、すももがハル君に『嘘』を語って紡ぎ続ける「逆転」の構図となっていました。彼への配慮から成立させた偽りの関係。しかしその遠慮は、彼の気持ちに彼女が『疎外感』を覚えてしまった事で一気に崩れるんです。
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「俺…園芸部のこと何も思い出せないけど……ちゃんとクラブ来るよ。迷惑かけるだろうけど……よろしく」
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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「温室の方までお水やりにきてくれたんだ」
「えっ……あ、ああ。う、うん……俺も一応園芸部だしな」
「一応だなんて!」
「!?」
「石蕗くんは、ちゃんとした園芸部の仲間だよ!」
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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「わたし……大好きです」
「あなたのことが大好きです」
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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温室の中で全く同じ状況が繰り返された時、今度はすももの方から告白してキスをする「逆転」の構図となります。秋姫すももと言う少女もまた、この半年間で、ハル君を想えば強くなれる事を見事に示していました。恥ずかしがり屋の女の子、好きな人の前に出るだけで四苦八苦していた1人の少女が、大切な想いを伝えられるまでに成長を果たす。それは、彼女が弱い子じゃない証。その変化が、心の奥底に燻って飛び出せなかった彼の感情を開放していくんです。
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「私、嬉しいから」
「え?」
「石蕗くんが思い出そうとしてくれてる事が」
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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告白によって思い出そうとしてくれる石蕗くんの「心」の繋がり。記憶を無くしても、また取り戻そうと苦しんでいる「違和感」含めた彼の意思は間違いなく「もう1度好きになる約束」を守ろうとする衝動でした。最初からずっと。彼の中には彼しかいなかったんです。
約束は、今此処に果たされます。
その情動は正しく不変の心。全てを忘却し、想い出が分からなくなったとしても、その心だけは憶えている。ハル君は間違いなく、石蕗正晴としての変わらない意思、変わってない想いを抱いており。彼の中にはずっと変わらないものが秘められていました。
そしてそれをしっかり理解出来たから、彼女は『石蕗正晴』(そのままのあなた)を受け容れたんです。記憶以上に大切な想いが入っている事を知れたから。
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「焦らないで、石蕗くん」
「わたしは、ずっと待ってるから」
「だから、焦らないでいいよ、ゆっくりでいいよ」
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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そのままのあなたがすきだから。変わっていなかった頃からずっと、ハル君の事が好きだったんだから。
5.あとがき
結局の所、石蕗正晴の記憶は全て戻る訳じゃありません。今後のやり取りで、すももと共に歩み続けるに従って記憶が戻っていく可能性も示唆していましたが、まだ確実とは言い切れません。
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俺を映してるすももの目の奥には、不安はないだろうか。
俺が今、すももに感じている気持ちは本物だろうか。
この温室で、すももを好きといって、キスした俺と同じ気持ちなんだろうか。
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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それはつまり『疎外感』を抱えながらも生きていく他ない彼等の道を示唆しています。しかし人間とはそもそも、恋人になったから自身の苦悩が全て解消される訳じゃなく。寧ろそうなってしまったからこその痛みや悲しみ、苦しみの状況へ踏み入れてしまう生き物です。それが生きていく上で齎される人間としての懸念材料。不安や憂愁に過ぎません。
だから大事なのは、ハル君とすももちゃんのように不器用ながら自身の気持ちを素直に伝えた上で、そのままの相手を受け容れる事。変わってしまった中でも確かにある変わらないものを大切にし続ける事。存在が消えても、記憶を失くしても、どんな困難が訪れても、あなたへの想いを謳い続ける事。
それさえ守れていたら、人と人は仲良くなって、愛し合って、互いを大事に想う事が出来るようになると言う理想を、本作からは貰えました。ハル君とすももちゃんのように、変わらずに奥底へ潜んでいた気持ちを述べた事で生み出される「思いやりの心」は消滅しないと言う勇気を、本作からは貰えました。
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「もし…もしもハル君が空を飛べたら、どうする?」
「飛べた…ら?」
「うん、このキレイな星空の中を飛べたら……どうする?」
「そうだな。きっと何かを探して、ずっとずっと泳いでいると思う」
「ハル君。わたし、そんなハル君が――大好き」
『ななついろ★ドロップス』すももルート
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変わらないもの。その純粋性を大事にしようと思い至らせてくれた『ななついろ★ドロップス』は、だからこそ僕の中で今も燦然と輝き続ける星の光。優しくも温かくも力強い立ち位置をそこに示した最高のエロゲとして君臨しています。彼等の『疎外感』を乗り越えて紡がれる「恋しい」の強さが、この作品をずっと心に残る「変わらないもの」としてくれたんです。
今なら分かります。レードルにすももちゃんが選ばれたのは、やっぱり運命の導きによるものだったんだと。大切な誰かを想って、大切な誰かの為に頑張ったからこそ、彼等は乗り越えられる強さを手に出来たんだと。
この作品で描かれているのは、純粋な「恋」から「愛」への過程。そして本作は、そんな自分が「信じる強さ」を得る事の出来たきっかけの物語です。
すももちゃん、本当によく頑張ったね。
ハル君、戻ってきてくれてありがとう。
本当の恋と言うのは、誰かを傷つけずに周りの心を温かくするものなんだそうです。すももルートは正にその象徴。ユーザーの心もあったかくさせたハル君とすももちゃんの『初恋』から始まった旅路。ずっと何かを探し続ける星巡りが、この先もずっと続きますようにと沸き起こった情動は「ななついろの初恋物語」を未だに好きな現在も尚、息衝いています。そんな希望の祈りを捧げ続けたく思えた決意は、今でも僕の中で一生の宝物なんです。
ずっと、ずっと、忘れる事がない初恋の輝きを胸に。最後は綺麗な感謝の想いで幕を引くとしましょう。
『ななついろ★ドロップス』と言う素敵な作品に出会えて、本当に良かった。本当に、ありがとうございました。
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ぼくはきみの目のなかに
宇宙よりも深い空をのぞく
そしてそこに見つけるんだ
いままで見たこともなかった
それでいてひどくなつかしいものを
きみは 宇宙よりも不思議
だからいっしょにいたいんだ
いつか星の魚にもどる日まで
ずっと
ずっと いっしょに
寮美千子『星の魚――Memories of the galaxy』
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育んできた想いは無駄にならず。隣で君と共に生き続ける。何かを求めて、泳ぎ続ける。