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soulfeeler316さんの海と雪のシアンブルーの長文感想

ユーザー
soulfeeler316
ゲーム
海と雪のシアンブルー
ブランド
CUBE
得点
75
参照数
825

一言コメント

ああ!青春!――人は一生に一時しかそれを所有しない。残りの年月はただそれを思い出すだけだ。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

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すべての人間の生活は、自己自身への道であり、一つの道の試みであり、一つのささやかな道の暗示である。
どんな人もかつて完全に彼自身ではなかった。
しかし、めいめい自分自身になろうと努めている。
ある人はもうろうと、ある人はより明るく。
めいめい力に応じて。

ヘルマン・ヘッセ『デミアン』
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☆攻略順
松木衣良→清木琴羽→萩野夢→菜畑いなば→青野七
基本的にどのキャラクターから攻略しても問題ない仕様ですが、起こるイベントの全容やルート毎の対比も考慮して。
・衣良先生は、学園卒業へ至るまでの全体的なイベントの流れを把握する為、最初に。
・衣良先生ルートにて、卒業式の日に不思議な態度を見せていた琴羽を、次に。
・夢ルートは志音の旅立ちへと至る内容の本質、いなばルートは七ルートとの比較が感じられます。順番はどちらでもOK!
・共通ルートの不安を解消出来る、志音だけが行えた旅立ちが窺える、タイトル回収も感じられる七ルートは最後に攻略!










1.はしがき
サイン色紙が当たるアンケートの回答を見事に忘れた為、此方で深く吐露します。なんてこったパンナコッタ。



体験版でリタイアした『神様のような君へ』以来のCUBE作品でしたが、僕の中では意外と気に入った作品になれた事、大変嬉しく思うのです。
どうして好ましく思えたか考えるに、それはきっと、物語を紡ぐ際に生じる過剰な描写が少なかったからだと言えるでしょう。

基本的にキャラゲーってのは無駄なキャラ設定、無駄なネタ要素、無駄なテキスト描写、無駄なシナリオ展開と、無駄無駄ラッシュに支配されたものが多いです。そういった「無駄」をも『魅力』と捉えられる選ばれし者だけが楽しめる作品こそ即ち『キャラゲー』と言えるんですが、その過剰構築は一歩間違えたら「寒い笑い」しか齎さないゲームと化してしまいます。
僕個人の意見として、最近はこの「寒い」ゲームが矢鱈と多かったように感じていました。嫌いではないが、どこか食傷気味。人によっては何が面白いのか分からないギャグやパロネタを延々かまし続け、無駄にムカつく主人公と無駄に五月蠅いヒロインが無駄な描写で展開を引っ張り、物語として紡ぐ上で必要な要素も疎かにしてしまう。そんな竜頭蛇尾が『キャラゲー』としての本質だと分かっていても、流石に限度があると言いたくなるような産物ばかり、昨年は特に君臨していた気がします。
ただ、この『海と雪のシアンブルー』はそういった不快感を抱く事なく。作品としての本質を見誤らず。「描く部分」と「描かない部分」の塩梅が中々洗練されていたように思うんです。必要な箇所が物足りなく感じた欠点こそあれど、限られた時間の中で好感の持てる主人公が「自分に出来る事」と真摯に向き合い、可愛いヒロインと共に「新たな居場所」を作り上げていく過程を、実に安穏とした気持ちで見守る事が出来ました。
そして何より、ヒロイン達から齎された魅力にも驚きを隠せず。キャラゲーヒロインを全員好きになる事はまず無く、1人お気に入りが居れば良い方な僕ですが、本作は5人中4人がめでたくお気に入り、残った1人も決して悪くない具合となったので、これまた酷く脱帽したんですよ。

そんな『海と雪のシアンブルー』のテーマは「想い出の価値」「自分らしさ」「新しい居場所」=「青春」
有限の日常を丁寧に紡いだ好ましい箇所含めて、彼女等と大切なものを見つける為に必要な通過儀礼を描いた本作について、下記から紐解いていくとしましょう。










【シオンの花言葉……『追憶』『君を忘れない』『遠方にある人を想う』】










2.ルート別感想
①共通ルート
主人公、青野志音が新しき父と愛すべき妹、七を迎え入れて始まる今回の物語。まず前提として申し上げるに、彼が「想い出」を振り返るきっかけとなったのは間違いなく、七との交流を通して生まれた大切なモノでしょう。
自分に遠慮して、ぎこちない優しさの距離を振り撒く彼女。その大人びた姿に切なさと遣る瀬無さを感じた結果、生まれた想いこそ、彼の中で新たに大事と感じた気持ちで。「相手のことをなんにも知らない」からこそ、限られた短期間だとしても、相手の事を知りたいと思う。そんな分かち合いたいと希う心境の変化が、至極真摯に描かれていました。

そしてその点において重要なのは、あくまで「『自分自身』が作り上げた関係性」と向き合わなければいけないと言う事。上京するきっかけとなった元からの要素、子供染みた理由に区切りをつけて、彼だけの新たな『想い出』を作らなければいけないと感じた成長こそ、上京前に必要な通過儀礼そのものだったと言えます。
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「群青さんは、お兄ちゃんがやり遂げることに意味があるって言ってたよ」

『海と雪のシアンブルー』青野七
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「群青に任せればいい」と語る志音に対して、彼女が秘密裏に語った想いの言葉。それは、彼自身が元々享受していたモノから離れて、自分だけの大切なモノを掴み取ろうと動く行動のみが『想い出』として輝きを放つ事を告げています。昔の文芸評論家で「思い出のない処に故郷はない」と語った人がいましたが、彼女は彼だけが手に入れる「故郷」を大事に出来るよう、働きかけていた事が窺えるんです。

だからこそ僕としては、群青→志音に対する好意?は詳しく展開せずとも別に良いと感じました。彼は彼女の事が好きだった。主人公がようやっと見つめられた意固地の気持ち、その過去を認める事が出来た、それで充分。群青が志音をどう想っているかは掴めないままですけど、例えあちらが今尚好きだとしても、それは彼にとって昔の話に過ぎません。そこに独立しようと動く若人としての新たに紡がれる成長はなく。彼女におんぶに抱っこで振り返るだけの閉鎖的世界、閉鎖的時間からの脱却こそが、彼だけの『青春』として輝きを放つんですから(ただ、七ルートで群青視点から、彼に対する想いの区切りを見せてくれても良かったな……とは思います)

そして、そんな「青春の起点」となるのは、青野志音個人が接してきた関係性。クラスメイト、担任、後輩、そして妹と言った彼を取り巻くヒロイン達。共通ルートから振り返ってみると、やっぱり志音は七を大事にしている印象が頗る強いですね。それぞれのヒロインパートでも主人公と絶対絡んでいる親密の深さも然る事ながら、彼自身が心境を大きく揺さぶられる重要箇所に彼女は必ず控えていた事からも、立ち位置の絶妙を色濃く感じられます。
だから、彼自身が関係を深めるという一点において、読んでいて1番違和感を持たないのは七ルートです。ただ、それが決して他ヒロインを蔑ろにしている訳ではなく、歯車が狂えば別のヒロインにも足を向けるだろうと感じさせてくれる無駄なき展開構築だったと思います。そのバランスが、至極巧みに魅力を添えて映していた共通ルートでした。


さて、本作の共通ルートでは『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』『お熱いのがお好き』と言う2つの名作映画が登場しています(作中で実名は明かしていませんが)
内容を端的に纏めると、
前者は「自分達が旅立つ前にやり残した事を達成していく『想い出作り』のロードムービー」
後者は「相手がどんな人間だとしても、その『らしさ』を受け容れる優しさを2組のカップルで示したコメディ」
そのように考えると、本作の内容とどこか相似した部分も感じさせ。ライターが何故この2作を物語に起用したか分かる仕様となっています。
「完璧な人間じゃない」彼と彼女達が紡いだ「関係性の想い出作り」を、個別ルートで少々語っていくとしましょう。





②卒業(松木衣良ルート)
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「卒業する生徒へ贈る言葉は重要です。正確で、的確なメッセージを書くためには……内面に踏み込んだ交流が必要だという結論に達しました」
「内面に踏み込んだ交流?」
「はい。私がこれまで避け、してこなかった……雑談が必要なんです」

『海と雪のシアンブルー』松木衣良・青野志音
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個人的感想としては、最も「学園からの卒業」を色濃く感じられる物語じゃないかと感じます。卒業アルバム完成へと動く道中、衣良先生の仄かな決意と変化、卒業式の全員集合、そして最後の挨拶。そこへと至る道は決して平坦なものでなく、彼女が自ら変わろうと動いていった道程があって。その中で「変化した自分」もまた「自分」であると、肯定していく姿を随所で描写していく事で、衣良先生は主人公との関係も受容していきます。そんな彼女の絆され具合にも、なんだか癒されてしまうような感動してしまうような、不思議な心地に陥ったルートです。

「生徒に愛される自分になりたい」と思いながらも、そんな「完璧」を手に入れる事の出来ない彼女。『お熱いのがお好き』を観た後で感銘を受けていたのは、恐らくラストシーンの如き優しさを上手く相手へ与える事の出来ない自分と照らし合わせた結果、生じたものでしょう。優しさとは、相手に伝わらなければただの押し付けに過ぎない寂しき世界の構図。他者との間にある溝を埋められなければ、上手く伝える事の出来ない感情の一種。それを容易に体現していたオズグッド・フィールディング3世に、彼女も「こうなりたい」と思ったんだろうと感じられます。
そしてこの物語は、そんな人間になれるよう変化の尽力を重ねた先生と、そんな完璧じゃない彼女を好きになった主人公が、共に新たな心の『居場所』を掴み取る御話です。色々な要素が絡み合いながらも強く作用し、「学園」と言う場所から新たな世界へ向かうと言う視点で見たなら、本作の中で最も心に響いた物語です。
それが最も顕著に発揮されたのが、僕は教室での性行為だと思っていて。これまでの彼女だったら絶対認めないだろう振る舞いを赦す事自体が、ある意味本人の変化を如実に示していたと言えます。しかしそこには、卒業まで本番を我慢した主人公と彼女の「真面目」も含まれており。元々の長所も尊重しながら、新たな自分も好きになろうとする2つの意味における「愛の行為」も深く感じた次第。魅惑的女教師にジワジワ嵌っていく様は、思春期男子にとっては正に甘味な毒の如し。卒業するまで、教師と生徒の関係が幕を閉じるまで、SEXをしなかった志音は充分偉いなあと感じた僕なのでした。

ただ、だからこそ苦言を呈したい部分もあって。彼等が我慢した事による影響で、卒業の日以後からエロシーンが2回、消化不良のように続いたのは、実に勿体無かった次第。卒業式までの過程において素晴らしく感じた空気感の余韻が、このルートに限っては特に薄れてしまったような印象を殊更感じます。他ルートでは精精1回位だったので、尚更ね。
ついでを語るに、本作の不満点には「エロシーンを入れるタイミング」もあります。これはどのルートでも言えるんですが、ED後に生じる後日談にエロシーンは加えない方が良いですよ。なぜなら、物語の余韻を少なからず損ねてしまうから。もしやるのでしたら、ルートクリア後のおまけとして、EXTRAに加えておくべきでした。大切な人との再会を重視するなら、尚更ね。


そして、最後にヒロインの話。松木衣良先生、この人は本当に可愛い御方ですね。真面目堅物と称される女教師を攻略するなんて一体何時振りだろうと感じてしまう位、何だか久し振りに巡って来た攻略対象像でしたが、そこはあくまで現代的。真面目の中にも優しさを強く感じさせる、とても素敵な女性そのものでした。正直好きなユーザーが多いのも納得と言うか、ギャップ萌え破壊力抜群って前評が的を射た事に、僕は嬉しさなんかも感じちゃう訳で。
これだけ多くの人に愛されているなら、彼女が「自分を変えようと動いた」努力も報われたと言うものでしょう。「良かったね、衣良先生」と感じざるを得ない変貌振りを、序盤から通してじっくり見て来た身としては、甚く痛感させられた始末。クリアしてから最初の彼女が出てきた場面まで戻ると、声の違いがはっきりと分かるようになっており、「あれ、こんなに冷たく感じる声と表情だったっけ?」と思ってしまうようになったのは、彼女の変化に慣れてしまったからこその違和感です。そんな気持ちを抱ける程度に変わった彼女の心境変化が、僕は堪らなく嬉しく思っちゃう訳で。
そしてそれは、志音や他のキャラクター、そして生徒達に関わろうと真摯に動き続けた彼女自身の努力があったからこそ結ばれたもの。衣良先生が最後に語った教えの言葉、その気持ちを吐き出せた事が成長の全て。その紡がれた軌跡が、この先も大切な彼等と、これからも大切な生徒達と、ずっと続いていく事を祈ってしまう読後の至福なのでした。


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「大人になるなんてつまらないと思う人もいると思います。完璧じゃない自分に落ち込むこともあるでしょう。でもきっと、それでいいんです。完璧じゃない自分を見守ってくれている誰かを忘れなければ、なんだって乗り越えられます」

「だからどうか、周りにいる誰かを大切にしてください。私のように、独りよがりに見守っているだけではなく、双方向で向き合えるような関係を築いてください。私は完璧な大人ではありません。でも、みなさんの人生の一部に関わることができて……今、とても幸せです」


『海と雪のシアンブルー』松木衣良
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③清木さんは断れない(清木琴羽ルート)
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「私はたぶん……消えない居場所みたいなものが欲しいんだと思う。今まで、そういう場所がなかったから」

『海と雪のシアンブルー』清木琴羽
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幼少期に邂逅していた1人の少女との話。「期間限定の彼女」として過ごす中で、忘れていた過去を思い出して結ばれる御話です。
その前提となった行為は、偏に「想い出作り」の一環に過ぎず。自分の事を思い出せなくとも、少しでも彼との時間を作る事で、自身の想いにけじめをつけておきたいいじらしさを、琴羽からは強く感じられました。
そう、彼女にとってその擬似的な関係性は「想い出作り」でありながら「想いの区切り」の機会でもあり。しかしそれは「哀しい想い出も嬉しい想い出も受け容れた積み重ねこそが、1つの居場所になっていく」と考える人間性が齎した行動だったと言えます。
清木琴羽は、居場所が欲しかった。だからこそ彼女は、決して自身の関係を蔑ろにしません。頼まれたら断らず、人当たり良く振る舞い、円滑な関係を結んできた彼女の処世術はその証明でしょう。しかしその行動はまた、彼女が記憶に残らない証明にも成り得てしまう訳で。そんな不器用で上手くいかない所に、どこか寂しいものも感じてしまいます。
「薄い膜」から抜け出したいと希った行動の1つが、好きだった人と期間限定の恋人になる事であり。琴羽が「想い出を欲するからこそ」起こした行動に、志音が悩む所なんか共感出来るし、彼女の為にそこまで悩める彼の事を、僕は凄く良いヤツだなあと偏に思います。そんな関係性のズレを単純明快な告白で解消し、2人で新たな居場所を築き上げる事が出来た……「良かったね……!」と純粋に思う事の出来る光景だと感じられたのでした。


ただ、このシナリオは他ルートと異なり、ヒロインの問題については前半の恋人パートでほぼ解消されてしまうんですね。一応、琴羽が積み重ねてきた「努力」は無駄にならなかった……彼女は既に『居場所』を築き上げていたって話も後半に挿入されるんですが、青野志音と言う新たな居場所を手に入れた事を拝見したユーザーにとっては「分かるけどまあ、ふーんだよね」としか感じられず。
したがって、告白以降の展開は他ルートよりも聊か単調に過ぎ去ってしまいます。正直な感想を綴れば、本作で1番退屈を感じてしまった部分であり。だから実を言うと、お気に入り枠に入らなかった唯一のヒロインが、この清木琴羽嬢となるんですね。いや、全然全くこれっぽっちも悪い娘じゃなくて、寧ろ善性の塊みたいな優しい少女なので、これは物語にそこまで入り込めなかった俺が十中八九悪いでしょう、はい。
ただ、彼女自身の性格が齎す反応もとい会話のバリエーションが、他ヒロインと比べて少なかったように感じてしまうのも、魅力の引き出しとしては不十分だったと思う……とだけは、最後に述べさせて欲しいと思う次第。
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「私……自分がずっといられる場所が、欲しかったの。今日、世界で一番大好きな人が……ずっとずっと、大好きだった人が、それをくれた。私がずぅっと、いてもいい場所……。どこよりもあったかい、私の居場所……あなたの隣を」

『海と雪のシアンブルー』清木琴羽
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薄い膜から飛び出して、宙ぶらりんから「自分だけの」新たな拠点を獲得できた彼女に、末永く続く幸運を祈りたく思えた読後感でした。





④スケアクロウ(萩野夢ルート)
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「私、毎日が嫌だし、辛いし、死ぬほど落ち込むことばっかりだし、自分も他人も人間全般嫌いなの。それでも、『生きてて良かったかも』って思えた景色をカメラで切り取って、残しておこうとしてるのかなぁ、たぶん……」

『海と雪のシアンブルー』萩野夢
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一人は好きだけど、独りは嫌いな少女の話。大切な人の前でだけ自分を曝け出せる少女が、その活動範囲を広げていく御話と言えます。
僕が本作を買おうと思ったきっかけの1つには、体験版時点におけるこの娘の話も確かにあって。夢の発言に、昔プレイした田中ロミオ氏の某作品を思い出した事も起因します。会話の掛け合いが面白く進行される中で、明かされた彼女の想いに、それをプレイした当時を思い出して何だか切ない懐かしさを憶えた次第。思春期やモラトリアムを題材にした作品でよく語られるそんな苦悩を、彼女の行動にも見事垣間見えた事から、僕の中では酷く興味が湧いた瞬間となったんです。
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「君はちゃんと普通の人だから……必要なら、普通にできるでしょ。適度な距離感とか、そーゆー感覚、普通に持ってるんでしょ。私には、そんなのないから……ずっと、しんどいの。適度な距離感とか、空気を読むとか、わかんないし、分かろうとするのが普通の人より大変なの! だから、一人でいたいって言ってるのに……」

『海と雪のシアンブルー』萩野夢
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作中ではあまり重くさせないよう、この「普通」を維持する大変さは彼女の不器用な口調から語られるのみに留めています。しかし、その周囲と馴染める社会性を維持する為に、夢がどれだけ無理をしてきたか。相手に遠慮して、自分の気持ちを前面に出せないで、無理した感情でやり過ごして、その場凌ぎの愛想笑いを浮かべている。非情な誰かに色々言われても、分かり合えない淋しさで叫びだしたくなっても、じっと耐えて我慢して期待に応えたい一心で、その行動をずっと続けてきた少女の苦しさを分からない程、無情な人間ではないつもりです。「ありの~ままの~姿見せるのよ~♪」と、簡単そうに歌いやがってみてえな理不尽な心情でムカついた経験もある身としては、この娘の事は幸せにしてあげたいと強く感じていました。それは、会話が面白くて、動向も楽しくて、なんだかんだで頑張り屋の優しい彼女に惹かれた瞬間だったと思います。
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「いつもモヤモヤしてた……。――自分ってなんなんだろうって」

『海と雪のシアンブルー』萩野夢
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「自分だけ」が立てる地面を踏みしめて。前へ歩めるだけの『居場所』を手にしようと動く萩野夢。このルートは、その大切な地点を彼へ求めている事を自覚してからの彼女が最高に可愛いんですね。
コンビニに来てからずっと志音を監視しつつ、チョコ菓子を何度も購入して必死に会話の糸口掴もうとしている所とか。毎日のように来ても、彼に上手く話しかけられずシュンと立ち去ってしまう不器用加減とか。「相変わらず面白えヤツだなあ……」ってずっと思いながら読んできたんですけど、こういうずっと根が寂しがり屋だったからこそ陥る純粋な行動に、白雪碧さんの素晴らしき声も相俟ってもう夢中! 「この甘えたがりな可愛さを、是非ともプレイして体感してくれ!」と言わんばかりの変化を強く感じられました(そして何より、このルートだけブラコン七ちゃんが嫉妬してくるから、二重の意味の可愛さでやられるのです)


夢がそんな風に変わっていった事。それは彼女が志音から「人間嫌い」の称号を剥奪されていくきっかけであり。卒業アルバム委員の写真撮影活動を共に背負う事によって、夢は自分だけの「生きてて良かった」理由を痛感していく事になったと言えましょう。
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「うん……。嫌じゃ、なかった。嫌じゃなかったんだよ。楽しかった。楽しかったんだよ……私」
何かをこらえるように一瞬、息を詰める。
そして次の瞬間、静かに、夢の頬に透明なしずくが一筋、流れた。

『海と雪のシアンブルー』萩野夢・青野志音
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「夢はちゃんと前に進めていると思うし、自分が思ってるよりもずっと強くなってる。それにさ。俺がそばにいなくても、夢を支えてくれる人は他にいっぱいいるよ。清木さんとか、松木先生とか……。頼っていいんだよ」
「――君じゃなきゃやだ」

『海と雪のシアンブルー』青野志音・萩野夢
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本ルートは、決して「完璧な人間ではない」彼女が、それでも大切な人と共になら、前へ歩む事のできる成長の強さを見せてくれた物語であり、何かの為であれ、誰かの為であれ、変わりたいと頑張る事が出来るのは人間の強さの証だと思えた内容でした。だからこそ、そんな変化の中で夢が浮かべる事の出来たあの笑顔が、本作で最も美しく輝いて見えたんだと思います。


「生きてて良かった」と思える瞬間が写真を通して増えていった萩野夢。独りで撮影を繰り返し、決してそこに写る事なく、ただ只管佇むだけだった案山子の少女は「自分らしく」振る舞える場所を少しずつ作っていき、最後には自身の写真も含まれた『居場所』を皆に肯定されて、冒険の旅へ、虹の彼方へ、夢の第一歩へと足を踏み出します。
『王様になれ』と言う映画を観た事があるので、普通の人よりはカメラマンになる険しさを理解しているつもりです。ただ、誰かが語った現実と言う名の物語だけが答えじゃない。彼女がいつまでも彼の隣で、あの写真のような飛び切りの笑顔を、ずっと浮かべていますように。続いていく思い出と未来の行く末を、思わず祈った読後の願望なのでした。





⑤雛は卵の中からぬけ出ようと戦う(菜畑いなばルート)
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「先輩は、私にとってのデミアンですね」

『海と雪のシアンブルー』菜畑いなば
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嘘つきの秘密主義乙女。知的なアホガール。その実体は、世間と上手く折り合いをつけられないか弱き少女。いなばルートは、そんな彼女の少なからぬ支えとなりて、誠心誠意向き合い続ける御話です。
菜畑いなばは元々、僕が好きな純文学や花言葉のやり取り等で少なからず好印象を感じていた存在でした。ただ、松木先生や夢、七と言った他のお気に入りと比べると、その可愛らしい魅力が何故か今一つ及ばない。どこか惜しい魅力を持ち合わせていたヒロインだったのが忌憚なき個人的感想と言えます。
しかし、この個別ルート攻略において、僕の彼女に対する評価は爆上げしました。いつも馬鹿っぽく振る舞っているけど、本当は1番聡明で、気配り屋で、友達想いの常識人で。最初は志音に頼まれて始まった交友関係が、お兄ちゃん大好きの七に悪いと自分の気持ちを押し隠すまで、彼女を想う事が出来る優しい関係となっていました。その変化を嬉しく思うと同時に、想うからこそ全てを打ち明けられない心の弱さ、精神の強き壁には皮肉な哀愁も感じたのです。
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「図書館で……私の忘れ物を見つけてくれた、先輩と出会って。初めて……本当の自分でいられる居場所を見つけられたんです。だから、もっと先輩の側にいたくなりました。でも、あの頃の私のままじゃ……学校での私を知られたら、絶対嫌われちゃうじゃないですか。先輩の隣にいてもいい、先輩にふさわしい女の子だって誰からも思われる子にならなくちゃって思いました」

『海と雪のシアンブルー』菜畑いなば
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元々、無理する事が息をするように当たり前と過ぎ去る世界で、菜畑いなばは生きていました。自分の過ちから新しい過ちが続いて起こる事への恐怖により、彼女は「本当の自分」と言うのを隠して生活せざるを得ませんでした。
この台詞が登場するまで、ずっと考えていた事があります。どうしていなばルートで登場する文学――彼女が大好きと語る小説――がヘルマン・ヘッセの『デミアン』なのか? いなばの状況的には『車輪の下』の方が合っているんじゃないか? つまらん邪知をかましていた自分ですが、あの海辺のシーンで、真の意味で、僕はその理由を理解出来たように思います。それは、彼女が物語開始時点で救われていたからなんですね……ハンス・ギーベンラートと違って。
過去の抑圧からの解放を望んで試み、本来の自分が何なのか探っていくヘルマン・ヘッセの『デミアン』は、期待に応えるあまり見つけられず破滅した『車輪の下』の呪いから、目出度く解き放たれた作者の新境地的作品でした。デミアンと言うある種のデウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)を逆手に取り、絶対的存在である親や世間、キリスト教の神から与えられた「常識」に対して反抗を試みる物語であり。その内容は多くのティーンエイジャーに勇気と希望、影響を与え、僕もその限りではありません。いなばも、その限りではなかったんです。
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「先輩と出会う前の私は、どこにも居場所がなかったんです。家では、勉強ができるかどうかだけが大事で、私は知識を詰め込む空っぽの器みたいな存在でした。学校では、家で褒められることを頑張れば頑張るほど疎まれて……頭が良いのは良いことなのか、悪いことなのか分からなくて、ずっと苦しくて、家の内側にも、外側にも居場所なんてありませんでした」

『海と雪のシアンブルー』菜畑いなば
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夢の時と同じで、いなばが至った過去の苦しみは彼女の口から語られる程度で留められていました。しかし掴める事はあります。彼女は『デミアン』をバイブルとする事によって、ハンス・ギーベンラートにならない自分なりの「反抗」を試みていたと言う事。それは物語が齎した心の拠所であり、本作に影響された行為として、彼女は隠れて小説を書き始めたんです。それは『居場所』を求める為の立派な反抗精神。親の期待にも応えたいからこその、ささやかな反逆だったと言えましょう。
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「俺はお前の性格がねじくれてようが、勉強がちょっとできようが、友達が少なかろうが、そんなことで自分の気持ちを変えたりしない! みくびるな!」

『海と雪のシアンブルー』青野志音
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だからこのルートは、そんな彼女の背中を押して支えるまでに留まった話となっています。菜畑いなばと言う少女は、親の事も裏切りたくないまま、自分だけの『居場所』を見つけたいんです(「親の問題が解決していない」と語る方もいますが、限られた尺の中で彼に出来る事を踏まえると良い落し所だし、そして何より、それが本当にいなばの事を真に考えた上での選択となるかは疑問を呈したい所) 嘘と隠し事で彩られた自分を解放し、好きだと思える人や好きになってくれた人へ報いたい。そんな心優しき少女だからこそ、志音も支えになりたいと思った。残る有限時間のみならず、ずっと菜畑いなばのデミアン(=『居場所』)でありたいと思った。彼女の事を本当に想っているからこその心強き選択に、僕は意外にグッと来ちゃったりした部分もあった訳で。


作中でいなばは屡々「うさぎ」と称されていました。うさぎは孤独になると死んでしまう寂しがり屋の動物。そして、冬に失われた生命が復活する再生の春の象徴でもあります。そんな意味を込めていたかどうかは知りませんが、か弱き体温動物を示すその動物名は、いずれにしても、彼女を表すに相応しき一語だったと言えましょう。
でも、きっともう大丈夫。うさぎは最早ひとりぼっちじゃない。完璧じゃない本来の自分で、大切に想える人と、ワルツだってずっと踊れる。離れ離れになりつつも、そう確信出来た事が嬉しくも思えた読後の事。
どうかその「ひとりぼっちじゃない」が、この先もずっと続いていきますように。2人の今後を祝したまま、思わず祈りを馳せてしまう僕なのでした。


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「いなばは、もうどこでも自分のままでいられるな」
「はいっ。先輩のおかげです!」

『海と雪のシアンブルー』青野志音・菜畑いなば
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⑥想い出がいっぱい(青野七ルート)
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「……七はさ。どうして絵を描くんだ?」
無言の空気が気まずくて、なんとなくそんなことを訊く。
「私が絵を描くのは……描きたいと思うものは……」

『海と雪のシアンブルー』青野志音・青野七
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強がりの寂しがり屋。相手に遠慮して、自らの気持ちをおくびに出さず気遣える、性根の優しい女の子。七ルートは、そんな彼女と、家族になってくれた妹と、共に「不安」を取り除く兄妹の物語です。
まず初めに賛美を。登場する純文学の知識や、文章の書き方における適合性から察するに、七ルートはいなばルートと同じ人が書いたと思いますが、この方のテキストはどちらのルートも実に軽妙で素晴らしいですね。主人公の会話劇が飄々とテンポ良く紡がれており、特にいなばとの掛け合いはライターの方もかなり筆が乗っていたんじゃないかと思える程に冴え渡っていました。僕も思わず笑っちゃいましたよ。以下一例。
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都会の夜景をよく宝石箱なんて例えたりするけれど、地方都市の夜景なんて、せいぜいがビー玉の入ったおもちゃ箱だ。

『海と雪のシアンブルー』青野志音
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「今のが真面目だったんだとしたら、おまえはクリスマスにサンタから常識をプレゼントしてもらった方がいいな」

『海と雪のシアンブルー』青野志音
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「生まれてこの方、おまえを非難することはあっても非難されるいわれはないぞ」
「先輩はいなばを何だと思ってるんですか! こんな寒空の下に来てあげた可愛い後輩に向かって!」
「ああ、それは感謝してる。ありがとうな。正直、いなばには助けられてることも多いよ」
「またそうやってすぐデレる! 手の平返しが早いんですよ! 先輩の手首にはモーターでも入ってるんですか!」
「いなば、いなば」
言葉を重ねようとしたいなばを制止する。
「……はい? なんですか?」
「普通、人間の手首にモーターは組み込まれていないぞ」
「知ってますよ! どれだけいなばをバカだと思ってるんですか!」

『海と雪のシアンブルー』青野志音・菜畑いなば
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「悪かったって。機嫌直して、相談に乗ってくれよ。いなばだけが頼りなんだ」
「にゃはは。先輩もついに、いなばのありがたみに気づいたようですね。そういうことなら、助けてあげるのもやぶさかではないです。ふっふ~ん♪ ほんとに先輩は、いなばがいないとなんにもできないんですから。やれやれですよ。さあ、なんでも聞くといいですっ!」
「助かる。豚もおだてりゃ木に登るって本当なんだな」
「戦争だーーーーーー!」
「まあ、挨拶はこのくらいにしておいて、本題にいこう」
「休戦協定がおざなり!」

『海と雪のシアンブルー』青野志音・菜畑いなば
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そんないなばも役立った七ルートについて語る前に此処で1つ。振り返りチェックを行いたいと思います。
皆さんはいなばルートの冒頭を憶えているでしょうか? クリスマスパーティーをしていたシーン、彼の誕生日について触れていた部分。そこで青野志音のバースデイは10月25日。それを教えてくれなかった事に七が不満を漏らす、みたいな場面が作中でさらりと描かれていましたよね。
この話を聞いた時、その日に彼が何をしていたのか気になった僕は、また最初から通してプレイしてみる事にしたんです。そしてそれが中々に面白い事実をつかめた事を、この場で報告すると致しましょう。


作中における10月25日の誕生日、志音はその日、七と海を見に行っているんですね。登校日の前日、新しい学校へ行く事の不安を感じていた彼女にしてあげた兄貴らしい事。それは彼等にとって、1つ成長を重ねたと同時に、兄妹としての関係が始まった……記念すべき「想い出の誕生日」となっていたって訳です。何とも出来すぎた話ですよ!
そして物語全体を通して見ると、この日は青野志音が「新しい自分」としての生き方を始めた記念すべき「旅立ちの日」と言えます。空木群青に感化されて見定めた自身の「夢」を他者に初めて話し、自分の不甲斐なさを見つめ返し、このまま上京と言う形で旅立って良いのか考え直し、彼だけの「想い出」を通した『居場所』を作り上げていく。そのスタート地点は間違いなく、七と分かり合えた海の場面から始まったと断言出来る次第。
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「今はもう、昔憧れていた人でしかない。小さい頃の思い出だよ」
群青についての感情を口にすることに、驚くほど躊躇いはなかった。
それはきっと、あの日群青と二人きりで話した時に過去の自分にきちんと別れを告げられたからで。
七を前にはっきり口にすることで、それをはっきりと確認できた気がした。

『海と雪のシアンブルー』青野志音
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そしてだからこそ、そんな「青春の起点」となった少女との関係を描いた話が重要じゃない訳がありません。七ルートで酷く特徴的なのは、他のシナリオと違って空木群青に全く頼っていない所にあります。全てを七の為に……自分だけの力で彼女をサポート出来るよう働きかけていたのが強く感じられた内容は、彼が最も明確な自立を果たしている物語であり、徹頭徹尾2人の関係変化のみに焦点を当てた構成となっていたと言えましょう。
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「家族としての……兄妹としての思い出は、まだまだ少ないよね。だから……お兄ちゃんは、私のことから忘れちゃうんじゃないかって、不安なの。今日が楽しかったから……余計に、不安になったんだ」
七は、すがるような瞳で俺を見つめた。

『海と雪のシアンブルー』青野七・青野志音
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青野七と言う少女は、自分の感情をあまり面に出さず「遠慮」と言う形で他者と接する大人びた妹でした。そんな彼女が、自身の「不安」を曝け出す我侭を見せてくれたのが上記の場面――唯一感情を吐露してくれたシーン――と言えます。他ルートではそんな彼女の想いを悉く無視していた(いなばルートは「兄妹」と言う観点で見れば1番向き合えていましたが)ので、妹好きの僕としては微妙に切なくなったりしちゃった事もあった訳で。だからこそこの物語で、七が抱いた懸念を払拭させる為に立派なお兄ちゃんであろうと責務を全うし、様々な想い出を紡ぎ上げて且つ絶対に無駄にはさせないと息巻く志音の姿に心響く部分も覚えました。彼は本当に良い主人公だと、改めて強く思えた瞬間です。
七を喜ばせる為のクリスマスサプライズを企画したり、病気で寝込んだ七を不器用ながらも看病したり。その中で、七の色んな顔を見て、表情を知って、この娘の事を好きだなと思う。ふざけておちゃらける大雑把な部分もあれど性根が優しい兄と、そんな彼を呆れつつも大好きなしっかり者の妹。そんな彼等が、限られた時間の中で巡り会えた想いに蓋をせず寄り添えるまでの過程に、どこか仄かで温かな安堵も感じられたんです。
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普通であることと、それが俺にとって納得のいくかたちであるかどうかは関係がない。

『海と雪のシアンブルー』青野志音
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以前、七は夢へ語っていました。普通じゃなくても楽しく感じる事はいっぱいあると。普通と称される完璧な状態から逸脱してでも手に入れたいモノは、志音と七にとっての確かな『居場所』でした。
彼等の『青春』を掴むにおいて、自分の気持ちに嘘をつかないでいられる居場所は互いの隣にしかないと分かっているからこその決意と覚悟。普通じゃないからと言って、それを理由に相手と関わる行為を止める必要は無い。作中でずっと語られていたメッセージであり、それは2人の関係性においても同じ事が言えるでしょう。
人間が人間である限り抗えない気持ちに対して真摯に向き合い、彼等は自分達なりにその関係性を納得する事が出来ました。七は精一杯の気持ちで絵を描き上げる事によって。志音はそんな彼女を誠心誠意支え続ける事によって。罪悪感や不安感が生じても屈せずに、自分達の『居場所』を絵画と言う形で肯定する事が出来たんです。審査員特別賞と言うお墨付きのプレゼントも添えられて。
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「デッサンとしての正しさとか、写実的な表現を追求するんじゃなくて、心で見た光景を描いてるからこそ、こう……胸に響くよね」

「ここに飾られてる絵って、色使いは穏やかで優しいのに、その中にも寂しさを感じて……そういうのに、すごい惹かれるの」
「優しさの中の寂しさ……か」

「今日は隣で、一緒に絵を見てたけど、そうしてるとさ、七が見て、感じ取っている世界を、共有できるような気がするんだ」


『海と雪のシアンブルー』青野七・青野志音
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今だけは、この景色は俺たち二人だけのものだった。
そのまま、会話もなく時間が過ぎていく。
けれど、それは決して気まずい沈黙じゃなかった。
この景色を共有している間は、心さえも繋がっているようで、とても穏やかで、温かい気持ちだった。
「――描いてみたいな」
ぽつりと、七が口を開く。
「お兄ちゃんが見せてくれた、この景色」

『海と雪のシアンブルー』青野七・青野志音
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「好きなものを、いつまでも覚えておきたいから……それが、私が絵を描くようになった理由」

『海と雪のシアンブルー』青野七
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「万が一にも、可愛い妹の頑張りが報われないなんてこと、あってほしくなかったんだよ」

『海と雪のシアンブルー』青野志音
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七ルートは、紆余曲折色々な事があった数ヶ月間の想い出を、2人で1つの絵に、全てを込めて1つの絵に描き切るまでの話ですが、彼等にとってはそれだけの話じゃありません。これまでの想い出を、変わり始めた関係を、互いに感じ取った世界を内包させた1つの絵を、沢山の人に見てもらい、認められ、肯定されるまでの物語です。
「後、数ヶ月しかいない自分が仲良くなる事に意味があるのか」疑問符を浮かべていた彼はもういません。そこに居るのは新しい自分。そこにあるのは新たなる夜明け。決してなくならない繋がりを据えて、旅立ちを誓う彼の姿にはもう祈る必要もありません。
手を繋いで海辺を歩く2人の姿に、往年の名作漫画における最終回の兄妹の姿を幻視しつつ。彼と彼女が、ずっとずっとこの絵画と共に続いていく関係である事を祝っておきたい幸福の読後感でした。


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「ふたりで過ごした時間……忘れないでね。今日のこととか、料理を教えたこととか。他にも、私とお兄ちゃんが一緒に過ごした時間のひとつひとつ……そういうの全部、私にとってお兄ちゃんとの大切な時間なの。だから……お願い。ずっと、覚えてて」

「ああ……忘れないよ。七と過ごしたこと、七と話したこと……全部の想い出。絶対に、忘れない」


『海と雪のシアンブルー』青野七・青野志音
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3.あとがき
公式サイトに、本作の発売前に語られたコンセプトについて以下の如き文言があります。
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この物語では、誰も死なない、大きな事件が起きたりしない。
ただ、祝福されるべき出会いと、別れがあるだけ。

『海と雪のシアンブルー』
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僕はこれをずっと、主人公とヒロインだけの関係に終始した内容だと思っていました。青野志音が旅立って、それぞれの大切な人が見送る。そんな構図のみを示した言葉だと、ずっと思ってきたんです。
でも、その解釈はちょっと違っていましたね。決してそれだけの意味じゃないコンセプトでした。
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「この場所はいつでも君に対して開かれている。君がたとえ、都会の忙しさでこの町を忘れる瞬間があったとしてもだ」
「あ……」
「いつでも帰っておいで。でも、努力を怠ってはいけないよ。君はこれから、自分を好きになるための人生を歩まなくてはならない」

『海と雪のシアンブルー』空木群青
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群青は俺が広い世界に目を向けるきっかけを作ってくれた。
だからこそ俺は、群青の背中を追って走ってこれた。
だけどこれから先の人生に、群青の背中はない。
灯台のともし火のように俺を導く存在でいてくれた群青への、色んな気持ちを込めての「ありがとう」だった。

『海と雪のシアンブルー』青野志音
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この言葉は、昔の自分との「別れ」から、新しい自分への「出会い」と言う祝福の意味も込められていたんだと。全てのルートをプレイして、僕は漸く気付くことが出来ました。
そして、そんな「変化した自分」が手にした「想い出」と「居場所」は『青春』として、今も彼の傍にあり続ける筈。
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そう、青い春は君だ。

「青い春は君と。」
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大切な人が傍に居る限り、青春はいつもそこにあり、容易にその光景を思い出せるでしょう。


今のご時勢、郷里に帰る事自体が難しい世の中となりました。帰郷すると言う行為を普通に行ってきた者によって、1年以上続く現状の傾向に、うんざりしてないと言えば嘘になります。
しかし、この『海と雪のシアンブルー』をプレイした事で、心に少なからず安らぎを獲得出来たように思うんです。不安を抱える必要は無い。想い出を内に秘めている限り、いつでも故郷は傍にあって見守ってくれるんだと、励まされたように感じたんです。
本作もまた、僕の中に芽生えた『青春』として生き続けます。最近プレイしたキャラゲーの中でも、結構気に入った作品となれた事、深く感謝したいです。製作陣の皆様、ありがとうございました。


そして、ここまで拙文を読んで下さり、誠にありがとうございました。





P.S. 登場した書籍・映画
【書籍】
太宰治『斜陽』
ポール・オースター『ガラスの街』
室生犀星『抒情小曲集』(比較的1番新しい講談社文芸文庫は『愛の詩集』とセットになっている完全版)
森鴎外『舞姫』
アルバート・カミュ『異邦人』
池波正太郎『むかしの味』
夏目漱石『こゝろ』
川上弘美『センセイの鞄』
ヘルマン・ヘッセ『デミアン』
ジェイン・オースティン『高慢と偏見』
アガサ・クリスティ『クリスマスの悲劇』
ノーラ・ロバーツ『悲劇はクリスマスのあとで』
オー・ヘンリー「賢者の贈り物」

【映画】
『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』
『お熱いのがお好き』
『高慢と偏見』