あなたのような人が生まれた 世界を少し好きになったよ
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「本当だったらあたしが名探偵になりだかったのよ」
「そうかあ? だって全部わかるんだぜ。まわりの人間が何考えてるのか、とかさ」
「いいじゃない」
「全員がお前のことよく思ってるとは限らないだろ。お前のことを嫌ってるやつだっているかもしれない、でも表に出さないから学校で普通に付き合っていられるんだ。それが全部分かるんだぜ」
「そ、それは確かに……」
(中略)
「幸せなのは何も見えないからだ。友達も夫婦もうまくいくのは全部が見えているわけではないからだ――これはじいちゃんが言ってたんだけどな。月岡は、こいつは自分と一緒にいて楽しそうなふりをしてるけど、実は嫌ってるんだ、ということもわかってしまうんだ。不幸だろ」
確かに、そうかもしれない。
何でも見えてしまったら、嫌かもしれない。
まともでいられなくなるかもしれない――そうか、シャーロック・ホームズが少し変なのはそのせいなのかもしれない。
秋梨惟喬『憧れの少年探偵団』
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コンシューマ版が発売し、コミカライズ版も世に放たれた次第
だから好機として久しぶりに、自分が書いた本作の批評を読み返していたんですけど……
その初期批評は、今だと実に恥ずかし過ぎる位、読みにくかったし間違っていた。
したがって、多く内容を追加・編集して再考察・再構成したモノを改めて此方にお送り致します。
【PC版との違い】
①エロシーンが全カット、もしくはキスや別の行為に変換されている(4章のアレは首絞め) 因みにグロ要素は不変
②システム面が少々充実。ボイス発声時のBGM音量調整や、テキストの細部設定、ボイス登録機能が追加
③トロフィー機能追加
基本的に殆ど変化していませんので、個人的にはPC版をオススメします(①はやっぱり違和感あったし)
1.橘の心自己知らず
まず前提として書いておきたい事、一真は無自覚な感情や行動にこそ、真なる想いが隠されている事実
彼は読心能力に優れていても、そこから他人への想い、強いては自分自身が感じた真なる気持ちを分析するのが、堪らなく苦手です。
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『一真は、その子のことどう思うの?』
「え……?」
反射的に顔をあげて、夕陽のまぶしさに顔をしかめた。
ばあちゃんの「どう思う」には2種類ある。
普通の「どう思う」と、年頃の女子を対象とした「どう思う」だ。
桃園は年頃の女子だけれど、流れとしては「身体だけ育った子供」として扱われているわけで……。
「(??? どっちだ?)」
やはりこういう時、電話は不便だ。
ばあちゃんの発音も実にさりげなかったし、読めない。
「どうって言われても……。大変そうだな、って思うよ」
『……はぁ』
深いため息。
外してしまったらしい。
「なんだよ、そのため息。本当にそうとしか思わないんだよ」
『運命の子だと思ったんだけどねぇ……』
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』橘一真・ばあちゃん
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『だから、その筒子の娘さんも、一真にとっての運命の子じゃないかと思ったわけよ』
「桃園が? いや、それはないよ」
桃園には悪いけど、即行で否定してしまう。
俺の脳裏には桃園とは対極にある――寡黙で、おとなびていて、排他的な、雪本さんの後ろ姿が浮かんでいる。
思い出すだけで胃が裏返りそうな、毒々しく華々しい死姿が浮かんでいる。
無意識が言語化することを拒否したあの鮮烈なイメージ。
あの残酷な妄想を淡々と日課とする、謎だらけの彼女だからこそ、気になった。
誰にも気づかれないままひっそりと育てている彼女の妄想に、俺だけが感づいている――その優越感が興味を初恋に育てあげた。
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』橘一真・ばあちゃん
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物語が進むにつれて僕は、彼が心を読めても読めなくても、結果的に他人の思いや自身の気持ちに疎かったかもしれない結論に達しました。
いや、寧ろその能力があったからこそ、症状が悪化したと考えるのが妥当かもしれません。
論理的思考から導き出した「推理」は出来ても、そこから発せられる感情の考察及び自身の真情を理解するのは苦手
矢鱈屁理屈交えて筋道立てて考える彼も、この点に関しては「ほんとうのこと」へ蓋をしていた不器用な馬鹿であり。
思い起こせば、心の奥底に眠っていた「想い」は、彼が心の声でぼやくより先に口にした言動、露にした行動によって、証明している事ばかりと気付いた次第
今回は、それを雪本さくらへの「恋」と、桃園萌花との「恋」から検証していきたいと思います。
2.雪本さくらへの恋?
一真のさくらに対する感情は「恋」って形で多く表現されていますが、これは紛れも無く比喩です。
よくわかってない本人が「初恋」とか「恋心」だとか抜かしているんで「そうか!」と頷いてましたが、本当に恋していた訳じゃないんでない?って疑問は、シナリオを読み進めると多々感じられます。
「死への魅了」に支配されていた青年は、彼女に「憑かれて」いても決して「焦がれて」いた訳ではなかった。
自身が体感した事のない価値観に囚われて生きるその様は『未知との遭遇』の主人公、ロイ・ニアリーが如し。
お互いに、観察対象へ心を奪われて生きる事で見出される精神性が多く拝見された次第です。
そもそも「橘一真」が「雪本さくら」を「好き」になったきっかけは何だったか。
「彼女の抱えるミステリアスな心の意図、即ち、自らの死を頻りに空想するその『理想的死生観』に対して惹かれ、憧れた」ってのが、作中で語られていた事
しかし、ここで重要なのが、彼は雪本さんの「日頃考えていた理想的死生観における死への姿勢」に惹かれていたんであって、彼女自体に惚れていた訳ではない事実
それは、実に多くの場面で明確とされています。
(1) さくらとの繋がり
仮にも愛しの女性と結ばれて、しかし虚しさは拭えない。
そんな感情を宿させてしまった理由は、大まかに申せば2つあって。
①彼女が「自殺」へと至る道を止められないと、推測でありながら勘付いてしまったから
橘君がこの時、雪本さんに死んで欲しくなかったのは確かであり、それは彼の行動、言動が証明しています。
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雪本さんが屋上からの旅立ちを望んだとき、止めるべきか見送るべきか一緒に旅立つべきか――
想像や夢の中ではあんなに悩んだのに、身体は実に素直に動いた。
驚くほどあっさりと、雪本さんの生存を肯定していた。
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』橘一真
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前述したように、彼は無自覚な感情や行動に「真なる想い」の隠されている事が多い。
今回は、思考するより先に動いた身体が、彼の意思を示しています。
そして、彼女が自殺しないように、一真がした「助力」こそ、あのエロシーン
それは、意味不明な状況だけれども、彼女のお願いを聞き入れれば、自殺を止めた事への報いになるかもしれない。
もしかしたら、自殺もしなくなるかもしれない。
そんな意味での「助ける」「何でもする」が、彼が至った心情の片方です。
しかし、結局一真は、自身の考えていた意味において、さくらを助けられたと言えるのでしょうか?
彼が虚しい感覚を感じてしまっている事こそ、その疑問に対する解答と申し上げておきたい。
彼の考えている意味において、彼は彼女を助けられていません。
彼女が「自殺」へと至る道は止められないと、半ば予測めいた形で気付いてしまっています。
行為の最中は幸せそうだったのに、事後に人間味を無くしてしまった彼女の姿
それは、自身の行為で雪本さんの「死」に対する想いが断ち切れなかった事を示した次第
「『あの一瞬』幸せに『なった』」と「声」で語った彼女に「何故かズキリと胸が痛んだ」のも。
人間味を再度喪失した彼女が彼に対して、自分を見ていた事、知ろうとした事、自殺を止めてくれた事を感謝した事実も。
以下同上、いずれ同じように彼女が「自殺」を決行してしまう事を、予定付けている。
彼の努力が灰燼に帰した事の証明に過ぎません。
②ミステリアスな雪本さくらが「普通の人間」である事を知り、そこで彼女への想いが短時間でも消失したから
さて、①で橘君が雪本さんに自殺して欲しくなかった事を言及したものの、ここには大事なピースが欠けています。
それは、彼が彼女に対して抱いた、俗に言う「好意」と呼ばれる感情の形成理由
彼女の「日頃考えていた理想的死生観における死への姿勢」について。
実を言うと、①で証明した事って彼の本能的願望に応えるとしては、実に忠実な模範的解答なんです。
「自殺を止められない」ってのは言い換えるなら、自分の思い描いた理想をいずれ必ず彼女が見せてくれると言う事
雪本さんが見せてくれる死の姿は「自殺」と言う死亡形態によって、見事体現され、それが彼には悲しみと同時に心の潤いにもなるでしょう。
さて、そんな彼が、幾ら彼女に自殺して欲しくないと思っていたとしても、それだけでこんなに胸を痛ませるものでしょうか?
そう、この疑問に至った時点で、彼が感じた虚しさにはもう1つの意味が生まれます。
「自殺を止められない事への悲しみ」に準ずるもう1つの意味、彼が至ったもう片方の心情
それ即ち「さくらが純粋に抱いていた、類稀なる魅惑的思想に対する姿勢が一瞬でも消失した事への失望」です。
彼女は自らの抱いていた「理想的死生観」に対して、これまで「純粋」に対面していました。
それは1ヶ月間じっと彼女を見ていたからこそ、把握している事実であり、そこに彼は心酔していたと言えましょう。
しかし、行為の真っ最中において、一真はさくらの考えていたそれを消失させています。
その時生まれていたのは、彼女の人間味、詳細に述べるなら、息遣いや温もり、眼差し。
それらは人間が人間として生きているなら、必ず持ち得ている物ばかり。
しかし、そんな物は彼が熱望していた、ミステリアスで、意味不明で、何を考えているか分からなかった彼女にはそぐわない。
純粋に「死」のみを考えている、心を閉ざしたよく分からない存在の彼女にも、彼はずっと興味を抱いていたから。
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(ありがとう。一緒に帰ろう、か)
なんて人間らしい、フツーのやり取り。
普段の雪本さんが囚われている禍々しい「死」からは大きく隔たった、どこにでもいる女子の言葉だ。
俺は――人間・雪本さくらを目の当たりにして、ホッとしているのか、失望しているのか。
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』橘一真
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橘君とそういった行為をして「あの一瞬、確かに幸せになった」と心中で考えた雪本さんですが、それは裏を返せば、「日頃考えていた理想的死生観における死への姿勢」をその一瞬だけ無くした証明にもなる。
だからこそ、そんな考えへ至った時の幸せそうな彼女に、彼は「何故かズキリと胸が痛んだ」んです。
これはつまり、自分の考えていた、ミステリアスで、意味不明で、何を考えているか分からなかった彼女が只の「普通の人間」であった事を立証してしまったに過ぎません。
そしてまた、そんな一真に対して、さくらが自分を見ていた事、知ろうとした事、自殺を止めてくれた事を感謝したのは、嬉しくもあり苦しくもありましょう。
だって、自分の考えている雪本さんなら、死を止める要因に対して「声」で感謝等、してはいけないから。
「感謝」したと言うのは「雪本さくら」がミステリアスでもなく、意味不明でもなく、何を考えているか分からないと言うのも曖昧な「普通の人間」である事を補強する材料に過ぎないから
間接的ながら気付いてしまった、死へ臨む姿勢に対する「イノセンス」の消失
彼女の清廉な「自殺」に横槍を入れてしまって汚してしまったけれど、やはり自殺はして欲しくない。
自殺はして欲しくないけれど、彼女の清廉な「自殺」の姿勢が、自らの横槍で一瞬でも崩れてしまったのは悲しい。
上記のような葛藤が、事後に語る彼女の「声」を聞いた時にこそ生まれ、そんな2つが入り混じって生まれたのが、彼の生み出した気持ちだったんだろうと、今では思います。
この合体したよく分からない物に、彼は「感傷」を感じたのではないでしょうか?
以上の点は、雪本さくらに対して抱く橘一真の想いが、あくまで「死の世界観」に囚われていたからこその感情の動きで終始している証明の一部です。
しかし、これだけでは些か証拠に欠けるので、さっさと次の項目へ進もうと思います。
(2) 北上との会話
3章まで、橘は自分が彼女を好きである確信について、全く疑問視していませんでした。
しかし本当にそうなのか、自問自答する箇所が、北上とさくらについて語った会話以降に発生します。
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誰にもいえない秘密を抱えて苦しむ雪本を救いたい――
それってさ、雪本が好きなんじゃなくて、雪本のヒーローになろうとしている俺が好きってことなんだよな。
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』北上陽一
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ここで衝撃を受け、自己詭弁をしなければ、僕も彼女に対しての好意を疑う事は止めていたかもしれません。
しかし、彼は驚き、不思議に思い、言い訳をしてしまった。
それが逆説的に「雪本さん」でなくても良かった証明に達してしまうのは、随分な皮肉と言えましょう。
そもそも、本当に彼が彼女を愛していたなら、その疑問が衝撃を与える事は終ぞ起こり得ないんだから。
一真が聞かれてもないのに語っていた、心中の言い訳は以下の通り。
「彼女と自分は世界で1つだけの関係性であって、2人だけの美学を共有していた」
「ヒーロー願望でも何でもなくて、自分は彼女の世界に寄り添って、味わって、酔いしれていただけ」
その「関係性」は、雪本さん以外の人が同じような空想をしても成立する代物であり。
その「美学」は感づいてた北上の存在が示したように、決して2人だけで成立した概念では無く。
そして「ヒーロー願望」については、橘自身が自殺から彼女を結果的に1度救っているので、明らかに矛盾しています。
また、本章の殺人事件で彼が清川ひかりに対して怒ったのも、あくまで「雪本さくらの死」が汚された事によるもの。
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噂話の中の、同じ顔をした従姉妹のためにナイフを手にした清川ひかりは、苛烈に美しかった。
……その筋書きの美しさが、俺を荒ませた。
話を漏れ聞くたび、胸の中にどろりとした暗い気持ちが溢れた。
そんなんじゃない!と叫んで、何もかもぶちまけてしまいたかった。
清川ひかりの犯行が賞賛されればされるほど、雪本さんの死が汚される気がしたから。
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』橘一真
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しかし、この物語以降において、彼は自分だけが彼女を理解していたと抜かす独善的発想から目覚め始めます。
自分の心が、自分でもよく分かっていない事を痛感し始めます。
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たとえ人の「心」を読めても、自分自身の心の底にあるものがわからないなんて、皮肉な話もあったものだ。
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』橘一真
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――お前も雪本さくらを知らない。
――屋上で心の声に触れて、そのどぎつい光景に酔っていただけだ。
――それで彼女を、きちんと見ていたと言えるのか?
――お前は本当に、彼女を愛していたと言えるのか?
(黙れ……黙れ黙れ黙れ!!)
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』橘一真
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この疑念が、モモによる無条件の「声」で、裏表なく心配してくれる「心」によって、少しずつ溶かされて行く。
そしてそこで彼は、自身の真なる気持ちを少しずつ自覚していく。
その過程に、死んでしまった彼女への想いとまだ生きている彼女への想いで鬩ぎ合いが起こり、以降の素直になれなくなった主人公の顛末が始まるんです。
青春ミステリーにおける自己の「成長」がさらりと上手く繰り広げられている、実に素晴らしい特徴と言える事でしょう。
(3) モモと聖域
5章における、給水塔の裏側でモモとああだこうだやった場面について。
雪本さんの手紙が来た事で、橘君は彼女が持っている(と思っていた)理想的死生観が根本から崩れていたのを知り、苛立ちを募らせていました。
彼女の抱いていたモノは、自殺願望でなく純粋な殺意であった事に、動揺していました。
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受信能力で雪本さんの心の中を直接見ていたのに、俺は長い間、解釈を誤っていた。
ただ一緒にいて、雪本さんの友だちとして過ごしただけで、モモは雪本さんの人となりを掴んでいる。
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』橘一真
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だからこそ「さくらちゃんは自殺をしない」と断じていたモモに対して、自分よりも彼女を分かってしまうモモに対して、嫉妬めいた感情が生じて襲う事になるのですが……
ここで、自身の想いを彼は再認識する事になります。
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「こうしているのは、俺なんだ。俺自身の意思なんだ。別に誰かに操られたわけじゃない」
「橘、くん……」
「……モモを傷つけたいと思って……傷つけるつもりで……やったんだ」
懺悔みたいに聞こえるかもしれないけど、この告白だって同じことだ。
社浦に操られてこんなことをしている、というのがモモの望む筋書きで、唯一の逃げ場だから――奪ってやりたくて。
情けなく声が震えているのは、単に度胸がないってだけで。
本当はもっと悪役みたいに堂々と言いたいんだ。
俺の汚い部分をちゃんと知って欲しいから。
(中略)
「……どうしたの、橘くん」
静かな声で呼びかけられ、俺は思わず息を呑む。
どうして――今までの流れで、こんなに穏やかな声が出せるんだ。
『橘くん……泣いてる? どうして?』
(泣いてる……? 俺が……?)
俺はぞんざいに頬をぬぐった。
乾ききっているはずなのに、汗とは思えない雫が手の甲についた。
そういえば、さっきからほんのわずかに、視界が歪んでいる……。
(泣いてる、のか? 俺?)
意識した途端、ぽろぽろと、ぬぐってもぬぐっても湧き出る泉のように、涙は止めどなく溢れた。
おかしい。
雪本さんが死んだ時すら泣けなかったのだから、俺はそういう涙腺の持ち主なんだと思ってたのに。
俺、何に泣いているんだろう……わからない。
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『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』橘一真
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本シーンの大まかな特徴として、以下のような事が挙げられます。
①最初がレイプ紛いだったとは言え、初めて主人公からヒロインを襲うシーン→途中で彼女の優しさ、強さに焦がれ、雰囲気が甘く優しい物に変わる
②自らの嘘と最低な行為で、モモの「イノセンス」が壊れる事に涙を流すが(橘一真「……ああ、壊してしまったな……」)失くならなかった←→死生観が消失したさくらのエロシーンと対比
③雪本さんと、最初で最後の性交(コンシューマ版ではキス)を行った場所と同じ(=橘が「一種の聖域のように思えて」いた場所)
④このシーン以後、さくらよりモモについて考える機会の方が多くなる
上記4つを踏まえて考えると、以下の組み合わさった解答が成立するんです。
「雪本さんの『理想的死生観』が崩れてから、すぐに行われたシーンである」
「これまでの優先順位がこの時から、生きているモモ>死んでしまった雪本さんに逆変化している」
「死生観の魅了がモモによって『上書き』されて以降、一真の心中で描写される機会が減っていく」
=雪本さんに対して抱いていた想いは「死生観の魅了が大きい」と言う結論に至るでしょう。
無自覚な落涙が、彼の屁理屈を全て取っ払い、いたいけな本心を曝け出す。
最初の方で言いました、一真は無自覚な感情や行動にこそ、真の想いが隠されているって。
彼は論理的思考回路で導き出される「推理」は出来ても、他人への想い、強いては自分自身が感じた気持ちを分析する感情の見極めが、堪らなく苦手だって。
懺悔みたいに聞こえるんじゃない、懺悔です。
情けなく声が震えているのは度胸がないからじゃない、モモを壊すのが恐ろしいからです。
涙が流れたのは、理屈で押し留めようの無い彼女への想いが一気に溢れ出た証明でしょう。
橘一真という人間は、自分を理解して欲しい感情をモモにぶつける事で、彼女への想いをより一層強く再認識する事と相成ったのです。
(4) 崩壊
誰もが必ず至るバッドエンドで、明確な言及が八雲千草と橘一真から発せられています。
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『……橘一真は、無自覚だったからね。桃園萌花が、自分にとってどんな存在か』
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』八雲千草
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初めて恋をした雪本さんが死んだ時だって、俺はこんなふうにはならなかったのに。
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』橘一真
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彼女の死によって至った自己分析は、遅すぎたにしても的が外れてはいなかったと断じます。
(5) 不帰
ここまで多く語っておいてなんだけど、そもそもにして、さくら本人の口から明確な否定が為されているんですよね。
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「それは……恋じゃないわ。あなたは、ただ……」
「わかってる。俺自身を癒すために肥大していった……あれは結局自己愛だよ。でも……。……俺にとっては大切な感情だったんだ」
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』橘一真・雪本さくら
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北上の「声」に一真が動揺したのは、結局の所、そういう事だったんでしょう。
(4)(5)については、後で別枠を交えて更に詳しく語りますか。
もう良いでしょう。
個人的解釈として、雪本さんに「恋」をしていたって表現の真意は、彼女の死に対する価値観に囚われていた。
言い換えるなら、死の魅力を与えている亡霊に心を支配されていたと考えるのが大きいです。
あくまで彼女に対する「恋」は、「ほんとうのこと」が蔓延した世界から逃れる手段の可能性へ惹かれていた証明に他ならず。
タナトスに支配された彼の価値観が、現実逃避と共にどんどん強くなっていき、だからこそそこに死の完全性を求めたと言うのが僕の見解です。
何故「橘一真」は「雪本さくら」の事件を「追究」しようとしたか?
最初に述べたように「彼女の抱えるミステリアスな心の意図、即ち、自らの死を頻りに空想するその『理想的死生観』に対して惹かれ、憧れていた」からです。
だからこそ一真は、さくらが墜落死した時に、不満を感じました。
それが彼女の考えていた、彼の恋焦がれていた「理想的な死」とは大分離れていたから、完全なる逃避の形を成していなかったから。
だからこそ一真は、さくらが墜落死した時に、泣いて不登校になる程の衝撃は受けませんでした。
死ぬ事で現実から逃れられると言う魅力、それを「完全なる死」によって体現しようとしている彼女へ、自身の根底に潜む願望を照らし合わせていたに過ぎないから。
死の天使に惹かれていたのであって、雪本さくらに恋焦がれていた訳ではなかったから(「雪本さんとは全然違う気持ち」をモモに対して味わったのも根拠の1つ)
しかし「魅了」から解放された後の彼は、純粋にモモの為、仲間の為、そして自らの区切りをつける為に「雪本さくら転落死事件」の真相へ挑みます。
これらの事を踏まえた上で、改めて雪本さん個別END「不帰」を見ると、また違った見方が得られる事でしょう。
「これは『決別』へ到る為の物語」
EX-① さくらと千草
TRUE ED「帰還」で、雪本さくらと八雲千草は深い水の底へと沈んでいきますが、凄く納得だと思えた次第
大鳥百合子と雪本さくらの対比、橘一真と八雲千草の対比、そして見えてくる雪本さくらと八雲千草の対比
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『この時、ちょっと思ったんだ。橘くんとさくらちゃん、似てるなって」
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』桃園萌花
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「……今思うと、あんまり似てないかも? 一真くん、ひっそりしてないし」
モモが今そう思うなら、きっと俺が変わったんだ。
モモと――みんなと出会って、俺は少しだけ変われたんだ。
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』橘一真・桃園萌花
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変われたのが橘一真なら、変われなかったのは八雲千草
橘一真になれなかった八雲千草が、大鳥百合子になれなかった雪本さくらと似ているんは、至極明快な話です。
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「……あれは、雪本さんの死体じゃなかった――んだと思う」
「えっ……?」
雪本さんが夢想していた「死体」は、彼女自身のものではない。
「顔も知らない双子の姉」の姿だったのだ。
(彼女が抱いていたのは、自殺願望ではなく、殺意だった。自分とはまるで違う、幸せな人生を歩んでいる「もうひとりの自分」を、めちゃくちゃに壊してしまいたい気持ちだったんだ)
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』橘一真・桃園萌花
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一真は確かに当初、さくらと似ている部分があったかもしれない。
しかしそれは、彼が初期状態だった事と、死生観が噛み合っていなかった現実、そして八雲千草と言う存在を認知していなかった事実によって生み出される気休めの類似に過ぎません。
反対に、彼女と彼は境遇から性格面に至るまで、かなり似通っていた。
雪本さんが抱いていた死生観は、八雲千草が抱いていたモノと同種であり、「もうひとりの自分」に対しての殺意が、鬱屈を消化させる原動力として彼女(彼)の生存戦略になっていた。
殺す事への恨みで、自身を生き長らえさせてきた彼等だからこそ、あのTRUEルートでは共に深層へ潜って行けるのでしょう。
その沈殿は、一言で語るなら「同病相憐れむ」と称されし産物
しかし、同類と出逢えず憐れみ合う事すら出来なかった彼等が、最後は共に同じ道へ向かって消えて行けました。
それは、単に変わる事の出来なかった2人が共に消滅した、なんて端的な文章じゃ表し切れない深みを持たせる事が出来たと言えましょう。
消える事には変わらなくとも、そこに価値を与える事が出来た。.
彼と彼女の生と死はこの時、全くの無駄ではなくなったのです。
2.桃園萌花との恋
思い起こせば最初から、彼と彼女には相手へ対する好意の片鱗が存在していました。
最初から、本当に最初から。
一真が真に理解して欲しいと自分を無意識で見せているのはモモだけだし、一緒にいてずっと一真を信じ続けたいと思っていたのはモモだけです。
出逢って、好きになって、でも気付かないで、気付き始めて、離れ始めて、離れられなくて、想いを共有して、そして特別になっていく。
その過程は、とても尊い青春のダイアローグだったと、僕は妙に実感しちまいます。
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「あのさ、それ、俺も読みたいんだけど」
気がつくと俺は、手近な男子生徒に話しかけていた。
知っている顔にも知らない顔にも等しく緊張するこの俺が、この時ばかりは何故かどもりもしなかった。
(中略)
「……すごくうれしかったし、助かっちゃった。橘くん、頭いいんだなって思ったよ」
「……意外……」
「え?」
「意外……といえるほど、知っている人じゃないけど。いつもおとなしくて、ひとと関わろうとしない人、という印象だったから。必要があったとはいえ、その場の空気を変える提案をするなんて、意外だなと思ったの」
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』橘一真・桃園萌花・雪本さくら
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筒子であった事
他人の弱音は聞き慣れていたのに「助けてやりたい」と思えた事
誰かに話しかければ吃音の彼が、堂々と臆せず強い主張をした事
対等に話せた事
始まりから生じていた多くの「異質」が、彼にとっての彼女を「特別」な存在へと変えていったんです。
(1)類似点
思えば一真とモモは、元々の社会的配置がかなり似ていました。
最初のシーン以降、主人公が度々彼女へ感じていた自己嫌悪に近い苛立ち
それは「要領悪い」「頭が悪い」「とんちんかん」「話題についてこれない」「空気が読めない」「何かズレている」と言った、彼自身が元来持っていた性質、かつて向けられていた評価を改めてマジマジと対面させられているから。
「社会」と言う共同体にて「劣った部類」へ認識されていた彼等だからこそ、やられた時の苦しみもわかるし、彼女の想いも理解出来てしまう。
そんな人知れない共感が無意識に芽生えていたからこその「行動」が、本作では実に何度も描かれていた次第
あまり褒められない好みを打ち明けたり、班へ誘ったり、ぶつかったり、甘えたり、安らいだり……
ずっと、そんな彼女への想いが前面に出ていると感じたのが個人的印象でした。
また、好きな物や選択の傾向も、彼と彼女は同じ。
今回の「雪本さくら転落死事件」を追究していく姿勢についても、同様に似通っています。
曰く「事実よりも自分の思いを優先させて、世界を歪めて認識する」行為から、真実を追い求めていく過程
「探偵」としてはやっちゃいけない部類に入ります。
しかし、「橘一真」と「桃園萌花」が真相へ至るには、決して間違っていなかった。
これについては、最後までやった皆さんなら分かる事でしょう。
(2)相違点
彼と彼女は「人間が描けていない」推理小説が好き(橘君の十八番はスプラッタ系のサスペンスですが、ミステリーも好き)
しかし、その本質は互いに異なっているのがわかります。
一真は、作り物の世界でリアルに描かれる人の心、「ほんとうのこと」へ向き合うのは疲れるから、それがきちんと描写されてない作品を好むと言う消極的理由
モモは、その作り物染みた空間も「ほんとうのこと」と認識しているからこそ、心の中が分かりやすい話を多く好きになれてしまうと言う積極的理由に拠るモノです。
だからこそ、このちょっとしたスタンスの違いが、それぞれの思考体系に関与してきます。
一真は、論理的思考で導き出される「推理」は出来ても、感情の考察及び観察から他者や自身の真情を分析する事が苦手であり。
モモは、感情の考察及び観察で他者や自身の真情を理解する事は出来ても、論理的思考から導き出される「推理」が苦手となります。
一真が真に欲しかったのは、モモのように本質を見抜く事が出来る力
だからこそ、雪本さんの思いを、能力を使わずとも見通せるモモに嫉妬と羨望を抱いてしまう。
モモが憧れたのは、一真のように推理で論理的に答えを導き出せる力
「名探偵」に思い入れが深いからこそ、手がかりを繋ぎ止めて解を導き出す過程を、彼女は純粋に「凄い!」と思えるんです。
(3)価値観の合一
しかしだからこそ、相違点が徐々に強調されていく後半は、橘が離れていく事で次第に相容れなくなります。
そして、自分の事を全く分かっていなかった青年は、離れてしまった事で彼女への好意が無自覚にあった事、今までの育んできた交流が全て「モモが好き」と言う感情に繋がるものだった事実を感じる訳で。
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「……ねぇ。どうしてきみはそこまで壊れてしまったんだと思う?」
「きみはなにを失ったんだと思う? 失ったものは、きみにとってどんな価値だったと思う?」
「簡単な問題だよ。きみになら、すぐ解けるはず」
『シンソウノイズ~受信探偵の事件簿~』八雲千草
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ずっとずっと前から、もしかしたらモモより早く、好きになっていたんだよ。
『シンソウノイズ』橘一真
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都合の良い言い訳で、本心を覆い隠していた。
最初からその行動に、彼女が気になっていると察せられる箇所は充分あっただろうに、理屈を交えて気付かない振りをした。
モモと対面する事で生じる弱さを、愚かさを、「ほんとうのこと」を、彼は見ないで過ごしていたんです。
そもそも、一真はどうしてそんな「弱さ」を抱いているか。
彼の深層に迫ってみると、必ず出てくるのは水の描写、即ちそれは、幼少期に溺れた時の記憶残滓です。
自身の中でその出来事が禍根になってしまったきっかけは、溺れた事自体じゃなく、彼を助けようとした「母親」の真意を聞いてしまった事でした。
自分を1番愛していると想っていた母に、人知れず生まれた誘惑
育児ノイローゼとなっていた彼女にとっては一瞬の隙であり、本心からそう思っていた訳では無いとしても、「そう考えた」事実に変わりはない。
だからこそ彼は、そんな過去へ蓋をして、「ほんとうのこと」を無かった事にして、人生を歩んできたのでした。
逆にモモは、自身が知っている橘君の特徴を全て見た上で、彼を「格好良い!」「凄い!!」と声でも「声」でも語ります。
いつも噛んでしまう格好悪さ(これは全員見ていますが)、相手に対して悪意を曝け出す歪さ、自らの起こした行動に苦悩する打たれ弱さ、そのまま泣きじゃくる情けなさ、そして、人間に恐怖を感じて他人を信じられなくなっている源も。
不器用で、上手に生きられなくて……
嘘やインチキが嫌いで、でも自分もそんな彼らと同じ位に利己的で……
裏切られたくないと思っている癖に、自分の気持ちを明かす事はどうしても出来ない。
そんな、彼の人間としてはどうしようもない部分も知った上で、そんな全てを包み込んだ上で、彼女だけは彼に好意を抱いていたんです。
その行為は、母親に捨てられた忌まわしい過去を持つ彼にとって、自分の望んでいた、願っていた「母性」を一身に与えてくれる証明に他ならない。
だからこそ、彼女の存在は彼にとって「甘えたくなる」衝動にもなるし、自分を理解していないと断じて「反発したくなる」衝動にもなると言えましょう。
5章の終わり、一真が「自分の事をよく見ていない」とモモに豪語する場面があります。
それは、合っているようで違います。
なぜなら、彼女は彼の「ほんとうのこと」に目を背けていないから。
それも含めて、愛しているから。
逆に見えていないのは、そんな自分が大嫌いでクズだと思っている橘一真自身
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「自分のこと、悪く思いすぎるのもひとつの嘘なんだよ」
『シンソウノイズ』桃園萌花
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「自分」を歪曲して見ているだけ。
「自分」を1番見ていないのも、同じく「自分」(これは、最終章の風間やさくらにも同じ事が言えます)
だから、悪意に塗れていて、嫌な事だってしてしまう彼へ、彼女は「声」で語ります。
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『やっぱり優しい!』
『橘くんは、やっぱりすごいなぁ』
『シンソウノイズ』桃園萌花
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悩みながらも前に進み、噛んだり、嫌な所を見せたり、格好悪い場面を作ったり、苦しくてどうしようもなく泣いたりしても「ほんとうのこと」を掴もうとしている。
そんな姿を、等身大に生きるその姿を、モモだけは愛していたんです。
章の終盤になって、彼はやっと自分の過ちに気付きます。
自分は「母性を持つ桃園萌花」だから好きなんじゃなくて、それも含めた「桃園萌花」自体を好きになっていた事に。
これが、橘一真の人として歩んだ「成長」
他人をきっちり見定める中で、自分を見定めて考えられるようになる事
「反抗期」から「成熟期」へと至ろうとする、橘一真自身の「成長」
他ヒロインとのエロシーンは事故、もしくは合意の上で成立していたのに対し、モモだけが最初と2回目共に、意図的な悪意によって生み出された産物でした。
しかし、それでも彼女が彼の事を見捨てなかったのは、ある意味「当然の結果」だったのかもしれません。
モモの肯定が、一真の心に自信を与えてくれる、自分を好きにさせてくれる、「ほんとうのこと」を見れるようにさせてくれる。
他人の「声」にあてられて、自身の気持ちを信じられなくなった青年は、彼女の「声」と出逢った事によって、自らの気持ちを投影できました。
それは、彼女だけの名探偵として「ほんとうのこと」を導き出せる証
「ほんとうのこと」が分かっても理屈や根拠で証明できない彼女を、推理によって連れて行ける証
足りないものを補い合って、足りているものを分かち合って、共に「ほんとうのこと」へ歩める証
「筒子」は受信能力者にとって「運命の相手」なんだそうです。
「信じられる」と言うのは「ほんとうのこと」へ立ち向かうにおいて、唯一の武器なんだと再認識した読後感でした。
「これは『初恋』へ至る為の物語」
3.EDの感想
実を言うと、それぞれの個別ルートEDは殆どが「ほんとうのこと」から目を背けた結果、生まれたものばかりなので、然して語る事はありません。
EDの短さは、本作のテーマが「ほんとうのことから目を逸らさない強さ」だと言う事を証明する為の産物だと思っているので、雪本さくら転落死事件を無かった事にして逃げた今後なんて、そこまで語る意味は無いんです。
したがって、それぞれの語る分量には明確な偏りがある事を、ここで予めお詫びしておきます。
「柔らかな偽り」
清川ひかりを雪本さくらの代用として、「青春」の全てから目を背けたED
校内のあらゆる施設から遠退いた花見場所が好きになったのは、そこに第3班の面影を感じられないから心地良い。
寂しいと言う当たり前の感情を知らなかった彼が音楽を好きになった、それで自身の寂しさを紛らわせられる事を知る。
そこへ現れる「柔らかな声」をして現れたひかり
彼女との情景は、擬似的に雪本さくらと生きている証明
「光」にも「ひかり」にも目を瞑って生きる事を選んだ青年の姿だけが、そこには確かにあったのでした。
本作EDの中で、恐らく最も「ほんとうのこと」から遠ざかった生き方を選んでいるルート
だから、僕はこの終わり方がそこまで好きではありません、以上
「お弁当」
このルートEDだと、風間夏希は橘一真と付き合えた喜びから、雪本さくらの事件へ関わったのに目を背け、自殺する事無くずっと生きていけるんだろうと思います。
それは、彼女が幸せになれると言う観点から見ると凄く幸福に映えますが、僕自身の心情としては、とても卑怯だなとしか思いません。
まあ、この娘、要所要所で卑怯な部分はかなり描かれていましたからね、不器用だから全然上手く行ってませんけど。
「声」が聞こえなくなったのも、能力によって紡がれる恐怖から逃げた自分の「弱さ」によるもの
「知らない方が良い真実もある」と言うメッセージは分からなくもないし共感出来ますが、本作にとってそれは「体の良い逃げ」でしかないので、この場に限っては僕も認めたくない。
「本当の夏希自身を見せてくれる」と語っている一真の心境は、クリアした今考えると全て隠していた事が分かる故、実に滑稽でしょう。
ただ、分からない中で相手を想う事もまた「信じる」だと言うのは、全体のメッセージに通じるなと思いました。
「同僚を肩車」
メイズへ入って、黒月沙彩と行動を共にしていくED
雪本さくら転落死事件へ目を背けた事による負い目から受信能力は不調となり、黒月もさくらの幽霊が見えなくなります。
他ルートの反応を見る限り、受信能力が無くなる事はほぼ確定なので、能力が無くなって、記憶全部消された上でまた普通の一般人として、学生生活を送るんだろうな。
結局の所、事件の影響で橘君は黒月を真に信じられている訳じゃないし、この後風間だって自殺するかもしれない。
うん、よくよく考えたら、そこまでハッピーエンディングじゃないかもな、これ
そして、記憶を消された彼女の話
モモは自身のトラウマとなった傷も「ほんとうのこと」として刻み込み、真実を追い求める方向で生きる事を誓ったのに、一真はそれを「なかったこと」にして彼女の決意を無碍にしました。
優しいけれど、優しくない。
それは本人の申す通りであり、だからこそ「そうしてしまった事」の負い目をずっと抱えて生きていって下さい。
あ、でも記憶消されたら、そうした事の記憶も消えてしまうんでしょうか?
だとしたら、彼は途轍もなく卑怯なヤツに成り下がってしまうな。
EDを観終わった僕は独り、人間の弱さに哀れみを覚えるのでした。
「夜明けの誓い」
メインヒロイン2人以外のEDだと、僕はこれが1番好きですね。
新たな「ほんとうのこと」へ向かって、橘一真と大鳥百合子が立ち向かっていく展開
最後に神様へ希う一真の心情は、少々美しさを覚える仕上がりとなっておりました。
よく、ここまで語った上記4つのEDは、この後別の話が展開されれば良かったと言う意見を聞きます。
しかし個人的印象として、主軸となる事件から1回逃げた時点で、それは本作で語らずとも良い物語です。
雪本さくらの事件を突き止めると言う大木の幹がある中で、1度逃避した彼が元の位置へ戻る事はありえないし、また立ち向かえるかどうかも疑問に思います。
だから僕は、このルート以後における彼等の未来、今度は逃げずに立ち向かう事が出来るだろうかって疑問視する意地悪な視点もある事をお許し下さい。
そこまで幸せにはなれないだろうなって予感を胸に、僕自身ルートを終えました。
なんとか強く生きてくれるのを、この後決して語られる事はない物語に望むばかりです。
「墓参り」
このルートはある意味ヤバかった、僕自身も逃避してしまいそうになったから。
「これでも良いんじゃないか?」って薄らとした甘えが、正直湧いてしまったのを自覚した次第
最後の自殺シーンがなければ、少なからず満足していたかもしれません。
制作陣がその事まで見越して、アレをここまで取っておいたんだと思うと「いや。やられたな!」と思わず苦笑してしまいます。
先程まで僕は、一真が地の文で言っていたさくらへの「初恋」について「彼女の死に対する価値観へ囚われていた」と言う解釈で考えるのが妥当だと書いてきました。
その視点で読むと、このEDは凄く皮肉で。
今回の終わり方は、彼が彼女の死から紡ぎ出された魅了を離れ、前に進んでいくと決めた矢先に、受信能力その物が死んでしまうと言う、ある種、皮肉的な終わり方でもあります。
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ありがとう――さようなら。
『シンソウノイズ』?
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しかし、それは寂しくもありますが、どこかスッキリした印象を与えているから不思議で。
一真の心情的には、このEDが彼の成長具合を最も感じられて、僕は凄く気に入っています。
今の自分を信じて、肯定出来ている事が、死を目の当たりにしても前へ歩める証だろうと思えた読後感でした。
「崩壊」
本作で最もキツい終わり方、1番心が参った次第
こういうルートはあると思っていたけど、ここまで欠片も存在を示さなかったので、油断してからのこれですよ。
一真の心境変遷が丁寧に描かれてきたからこそ、此処へ至る流れが途轍もなく惨たらしくて、だけど理解出来てしまいます。
自分も同じ立場に立ったら、彼と同様の行動を取るだろうなって予感を、他人事ではない感覚として痛感しました。
しかも、演出がそれぞれのEDと比較しても頗る良いから、性質が悪い。ある意味1番ヤバかった結末と言えましょう。
モモをもう1度殺す事になるとして記憶を消す事を拒んだ一真が、彼女の幻想にしがみついて終わるってのは、これまた凄い皮肉で。
読んでみると、最初の方は無自覚に依存しながらも、モモの遺志を引き継がんとする彼の意思も少し内在しています。
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そうだ、もう一度、モモの声を聞こう。
その時だけはモモが生き返るから。
何度だって聞けばいいんだ。
モモが最後の力を振りしぼって俺に伝えてくれたことを。
『シンソウノイズ』橘一真
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しかし、痛いのも苦しいのも無かった事にしないと誓った彼が、やっぱりモモの「声」に縋ってしまうのは、彼が本質的に「弱い」人間だと言う証であり。
でも、これまで叙述した事を振り返るに、彼等は足りないものを補い合って、足りているものを分かち合っている関係なので、モモがいなければ「ほんとうのこと」へ辿り着ける事なくこうなってしまうのは、凄く納得なんですよね。
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もう何もかも分からないよ。
きっとモモがいないからだ。
モモがすごいすごいって言ってくれるから、俺はなんとか名探偵っぽく振る舞えたんだ。
俺を名探偵にしてくれたのはモモなんだ。
『シンソウノイズ』橘一真
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でも、彼にとってこれは、かなり幸せな終わり方だろうな。
誰もが救われていないけど、しかし一真だけは最後に救われていますから。
自分の気持ちって「ほんとうのこと」には辿り着いたけど、それ以外の「ほんとうのこと」を蔑ろにして生きる結末
それは歪んだ自己愛のみに留まり、あまり笑った顔を見せない彼が笑顔を見せてくれる程の幸福として過ぎ去ります。
その終着点は、彼女への想いを無碍にしていると言う点において「不帰」とそこまで変わらないと言えるかもしれません。
八雲千草が橘一真へ手を差し伸べたのは、同じだった彼への同情か、2人を馬鹿にした社浦への恨みか、この終わり方になる事を見越しての手解きか。
最後の本音を見る限り、もしかしてモモの幽霊も、一真の傍に付いていたのか。
色々な事が分かりませんが、とにもかくにも演出が上手すぎて放心した挙句、絶対に真の謎を解かなければいけないと決意を新たにさせてくれたEDでした。
「不帰」
これは雪本さくら唯一の個別ED、TRUEルートではないと、個人的には思っています。
なぜなら「ほんとうのこと」を追い求めると言う主題が、このルートに至ると果たされないまま消えてしまうから。
これまでの分岐を見る限り、それは他の個別展開同様、本筋ではありません。
個人的感想を述べるなら、このEDは最終章の流れを台無しにした酷い終わり方です。
矢鱈綺麗に見える分、尚更性質が悪い。
って言うかね、色々主人公は雪本さんへの想い語ってますけど、分岐した条件って詰まる所、下記が全てなんですよ。
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――ああ、怖いよ。
俺はきっとずっと溺れ続けてるんだ。
あの日から。
ほんとうのことなんて要らないと叫びながら、冷たい水の中を彷徨っているんだ。
『シンソウノイズ』橘一真
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結局、彼はあそこまでの展開に至ってもまだ、他ルートEDと同じく「ほんとうのこと」を見つめる勇気が湧かなかった。
だからこれは結局、雪本さんへの好意を盾にして逃げただけです。
分岐点が「ほんとうのこと」へ立ち向かうか否かの時点で、それは彼が自身の気持ちを利用して逃げた証明でしかありません。
この決断は、雪本さくらに対して「失礼」じゃないかと、僕は内心憤りを覚えます。
そんな形で好意を向けて、さくらの寂しさに付け込んで、彼女を利用した。
めでたく共にいる事を望む彼の行動にあるのは、相手へ対する「愛」じゃない、自分が救われたい為の「自己愛」だけ。
一途に恋愛感情を貫き通したと思えば、確かに聞こえが良いかもしれない。
しかし、ここまでの論証で「初恋」じゃないと確信した自分にとって、これは実に反吐が出る展開でした。
彼女と共に落ちると言うのは、自分が「八雲千草」と同じ存在である証明に過ぎず、最後の戦いにおける「敗北」の表れでしかありません。
「橘一真」が「橘一真」であると言う明確なアイデンティティを獲得するにおいて、雪本さくらの共感者と「決別」する為には「雪本さくら」との「決別」もまた必定
形だけ見りゃ綺麗に見えます、初恋のようなそうでないようなよく分かんねえモノを貫き通して消えたように見えます。
しかし視点を変えれば、このルートの一真は千草に負けて変わる事すら出来ず、「ほんとうのこと」へ立ち向かう覚悟から逃げて甘美な弱さに浸っただけでしかない。
だから僕はこの終わり方が好きじゃないし、寧ろ嫌いと断じてしまいます。
様々な反応を見ていると「帰還」より「不帰」の方が良いと言っている人も多くて驚きました。
「ほんとうのこと」を追い求めるテーマと対照的に、水底に沈みたいと語るユーザーの反応。それは、第2、第3と続く「八雲千草」が少しずつ増えている証左なのかもしれません。
「帰還」
「この人の手を離さない。僕の魂ごと離してしまう気がするから」って名キャッチコピーがあるけど、最後のCGで僕は思わずその謳い文句を思い出していました。
仲間達が一真に対して呼びかけるシーンへグッと来た中、最後のモモが伝えていた内容は特に息が詰まります。
何故、彼女が他の人と違って「声」で、平凡な日常風景やありふれた幸せを伝えていたか?
モモは元々そんな「普遍的日常」を体現している女の子だし、一真にとってそれは別段おかしい事でもないですが、もう少し深読みしてみると。
最後のCGと報告の延長スタイルで日々の日常を紡ぐシーンから考えるに、ほぼ毎日のように誰よりも早く、病室へ足を踏み入れていた可能性が考えられます。
いつ、目覚めるとも分からない空虚な日々の中、少しでも快方に向かう可能性を考えて、患者の姿を見に行く毎日
それは偏に自分自身との戦いであり、見舞う上で必ず発生する「葛藤」でしょう。
しかし「ほんとうのこと」から逃げない彼女は、それでも足を踏み入れます。
毎日彼のもとへ行って、日々の暮らしを独り言のように語ります、思います。
それを当然の事のように実行し、しかし他の皆のように「帰ってきて欲しい」本心を、彼女は「声」でも呟きません。
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「ずっとずっと……目覚めなくても、わたし、こうやって話しにくるね。ずっとずっと待ってるね」
「大好きって、なんべんでも言うね。しつこいくらいに言うね」
「好き。好きです。大好きです――」
『シンソウノイズ』桃園萌花
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なんて、この娘は凄いんだろう。
これこそが愛する事によって至った、彼女の「強さ」なんですね。
BGM「萌花の恋心」が流れつつ、紡がれる彼女のなんでもないようで、なんでもある「強さ」
ここを見た僕は改めて、この娘を好きになれて良かったと思えました。
世の中には、クソみたいにくだらなくてつまらなくてどうしようもない最悪な「真実」が溢れています。
雪本さくらの死の真相は、結果的に分かり合えたけれども、誰にとっても幸福なものは齎さなかった。
八雲千草と言う選ばれなかったもう1人の存在を知ってしまった事で、心に大きな傷がついてしまう。
そして、巷に溢れている「声」が紡ぐ残酷無慈悲な「ほんとうのこと」は、今も昔も変わらない。
世界には、そんなクソみたいにくだらなくてつまらなくてどうしようもない最悪な「真実」が溢れている。
でも、そんな場所でたった1つでも、信じられるものを見つけられたら。
自分にとって1番の「温かい理由」を見つけて、自らの生きる糧と出来たら。
このどうしようもない「ほんとう」に溢れた世界を、少しでも精一杯生き抜く事が出来る。
「帰還」の道へ入る事で、一真とモモの手は見事重なります。
その手がこの先、離れる事は決してないでしょう。
愛する人の手を離さないように、自分の魂も離さないように。
余韻を最大限、最後のCGへ閉じ込めて終わらせている、実に素晴らしいEDでした。
4.それぞれのキャラクターの感想
(1)雪本さくら
さくらの死から、本格的に一真が「受信探偵」として続けて行く事を誓った訳ですから、ある意味、物語最大の功労者
もう出てこないと思ったら、3章で偽者が出てきたり、手紙パートがあったりと、意外に出番が途絶える事が無かったのは好印象でした(本人としての声は結構少ないんですが)
最初に死んでしまう立ち回りでしたが、彼女は確かに3班のメンバーとして過ごした中で、大事なものを手に入れられたし、その価値が揺らぐ事は決してないでしょう。
彼女の死とそこに伴った寂しさとそれを押し隠した決意を胸に、人間は「ほんとうのこと」へ立ち向かわなければいけないと切に思えました。
ありがとう、そして、どうか心安らかに。
(2)桃園萌花
僕はどちらかと言えば「橘一真」寄りの人間であり、要するに「ほんとうのこと」から逃げてしまう、自分を信じられない弱いヤツなので、彼女の凄さがとても強く染み渡った次第
惚れちまったなあ。
思わず嘆息してしまう程の「愛」を、僕はモモから受け取ってしまいます。
高潔な精神が遺憾なく描かれていたこの娘に、1番魅力を感じたのは必然だったかもしれません。
「橘一真」と言う存在を、真の意味で「純粋」に見ている唯一の少女であり、彼へ与える優しさと、自身に持っている強さから成る気高い精神は、私の心に深く刻み込まれた次第
解決へ導いた事件には全て、モモの助け、支え、心の声があり、彼女は「ほんとうのこと」を追究する内、数多くの苦難を経験していきます。
しかし、桃園萌花は決して橘一真のそばを離れませんでした。
嫌な事も、苦しかった事も全て受け入れて、彼と共に前へと歩んで行く。
「その汚さだって大事」と割り切って、記憶を消す事も無く、純粋無垢な感情「イノセンス」を揺らがせる事無く、彼と共に生きていく。
その強さと優しさと愛らしさに、僕が好きにならない訳はなかったんです。
よく「純粋無垢」を代表するヒロインってのはこれまで、数多のエロゲ、ギャルゲーで挙げられてきましたが、そんな彼女等だって本心では何を考えているか、判別しようがありません。
それこそ、本作のように「受信能力」なんてモノがなければ、理解しようがない。
だからこそ、最初から「イノセンス」を持っていると確信出来たモモが、最後までその意志を貫き通した事に、僕は酷く感銘を覚えたんです。
最後まで彼女を信じ抜く事が出来て良かったと、切に思えたのです。
プレイ後は、そんな事を「純粋」に思う事の出来た、正しく最高のヒロインでした。
2人のささやかな未来に祝福を。
幸せな実りと豊饒の日々が、これからもずっと続きますように……
(3)風間夏希
雪本さくらが事件の被害者でしたが、彼女も見方を変えれば、超能力と言う未知の存在に囚われた被害者でしょう。
今回の真相を知った時、ふと思い出したのが「雪本さんの代わりでもいいから……」と言って、主人公に告白をしたシーン
僕は当時、雪本さんの代わりとして自分を選ばせようとする行為に、死者を利用した冒涜且つ卑怯な事をする随分な女だと感じていました。
ただ真実を知ると、自らの感情を隠す為に必死で告白したのかもしれないと、ある種、同情的な意図も汲み取れます。
あくまで「同情」であり、メンバーの中で1番好き!とは断じて言えませんが。
そして、風間はこんな事も言っていました。
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あんたが背景の打ち合わせで舞台に立った時、証明が落ちてきたの…
あたしがやったんだよ!
あんたに当たればいいと思って!
あんたがいなくなれば……一真の隣に行けるかも、なんて思って!
『シンソウノイズ』風間夏希
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しかし、風間はたとえモモがいなくなったとしても、彼の隣にいる事が不可能なのは「崩壊」を読むと如実です。
彼女の想いが真に報われる事は、終ぞ起こらないでしょう。
しかし、たとえそうなっても「ほんとうのこと」から逃げず、強く生きて欲しいと思います。
貴女はあまりにも「人間らしかった」だけ、自分の気持ちに「正直」でいられなかっただけ、それだけなんですから。
(4)黒月沙彩
モモの次に好きになった少女
会話のスムーズさ、面白さも然る事ながら、同じ能力者同士である大きなアドバンテージも含めて、強みは十二分に描かれていました。
もしかしたら、一真が持つ苦悩や葛藤について対応する事も、彼女なら出来たかもしれませんが、如何せん、行動力が足りていなかったですね。
死神3班の維持や調和に尽力したり、メイズ関連の取り組みでてんてこ舞いだった彼女が、一真にだけ目を向ける事は不可能に近いでしょうし、だからこそ、彼自身の「ほんとうのこと」へ辿り着くまでには至らない。
事実、最終章で八雲千草が見せた幻覚に黒月がいても騙されていましたし、「崩壊」でも、彼女は彼に対してどうする事も出来ていなかったようです。
とは言ってもやはり、魅力を色濃く感じた人物であった事に変わりなく。
頭の回転が速くて、能力についての理解もあり、他人の事も適切に対応できるし、思いやりがあって優しい。
素晴らしいキャラクターだったと、僕は内心思ってしまうのでした。
(5)大鳥百合子
凄い人です。
ここまでカンペキな人でも、報われない事象ばかりだなんて、世の儚さが如き無常を感じます。
しかし、愛すべき妹への想いがある限り、その頑張りが潰える事は無いでしょう。
これからも大鳥家の疫病神「好奇心お化け」として、悪評をどんどん垂れ流していって下さい。
5.後記と言う名の戯言
3班以外のメンバーで1番心に残ったのは、謎の少年、八雲千草でした。
何故なら彼も、橘一真であり、そして「俺」だったから。
上手くモモと関わろうとしなかった「橘一真」に苛立ち、世の中へ絶望し、希望を見出せず、愚痴を吐きまくって何とか生き長らえている存在
気付いた時は、鳥肌が立ったのを憶えています。
最後に行った「自分との戦い」は、殺し合いの癖にどこか「青春」染みた爽やかさを感じました。
それはきっと、彼等が初めて己の想いを吐露し続けていたから。
能力によって、これまで自身の純粋な感情を発揮出来なかった似たもの同士に、少し遅れて訪れた青い春だったから。
俺も、そんな遅まきの「時間」を確かに味わっていたんです。
『シンソウノイズ』と言う「物語」で、与えられる事のなかった「青春」を体感出来た。
それは、とても幸せな時間であり、大事な事を教えてもらった次第
最後に栄光へ向かって立ち上がり、血塗れになったプライドを強く握りしめ、半身の自分を捕まえに行った一真
シンソウへ至って帰還を選んだ時、彼は漸くもう1人の自分との区切りをつけ、前へ歩む事が出来たんだと思います。
思い出は思い出のまま、シンソウはシンソウのまま。
風化される事なく純粋なまま、青年の中でそれは「青春」と言う名の時間に囚われない概念として、生かされていく。
「橘一真」は「橘一真」として、これから先も青い春を生き続ける。
傍らにある周囲の笑顔がある限り、彼が彼女だけの「名探偵」である限り。
3班メンバーとの「青春」が、2人だけの「青春」が、永遠に終わる事はありません。
だから、俺にとって本作は『決別』へ到る為の物語であり、『初恋』へ至る為の物語
そして、青春時代を謳歌出来た人も、生憎そんな経験一切無かったであろう人も、等しく体感出来る半年間の『青春』の物語
「ほんとうのこと」へ立ち向かわせてくれる決意の寓話、再読しても心へ響いた次第
最後に3班が集った場所は、「イノセンス」の広がったすばらしき新世界
誰もが純粋で、無垢で、想いを伝えるために生まれた理想郷
「ほんとうのこと」を知ったその先へ、歩み寄り、慈しみ、理解し、許せたのなら……人は、世界と和解出来る。
コンシューマ版が発売した1年後の今日、それを決して忘れる事無く、新たに立ち向かおうと思えた読後感でした。
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僕が死のうと思ったのは まだあなたに出会ってなかったから
あなたのような人が生まれた 世界を少し好きになったよ
あなたのような人が生きてる 世界に少し期待するよ
amazarashi 『僕が死のうと思ったのは』
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EX-②『シンソウノイズ』裏話 備忘録
①当初は萌花だけメインヒロインで、後はサブキャラ扱い。一真はモモと結ばれる展開しかなく、他ヒロインは高永や北上とくっつく予定。完全悪役の夏希は最後まで独り身。メインルートと同時にサブキャラ同士のエロシーンを楽しませようとしたが、トクナガPに反対された。
②1章から推理パートのBAD ENDを考えていて、女の子が……展開も考えていたが、断念
③さくらも事件の最初に死んじゃう女の子だけの設定であり、一真も彼女と行きずりで性交したものの思い入れは特になく、立ち位置はモブになる予定だったが、トクナガPが広報展開で色々頑張って人気になった。
④したがって、不帰ENDは元々存在しなかった。
⑤原案だと、百合子とさくらは二卵性双生児でなく一卵性双生児。闇を背負ったさくらそっくりな双子という設定で、百合子が闇を抱えたキャラだった。よって、原案にひかりは存在していない。
⑥能力者大量発生バトル展開は、DMMからの要求によるもの。
⑦最初期案では、夏希は殺意を持ってさくらを殺し、追究を逃れる為、自分の意思で記憶を消していた。ラストも橘と夏希が戦う予定(植物状態になるのも彼女)
⑧これでは救いが無いと言う事で、夏希の闇の部分を全て肩代わりさせる八雲千草というキャラを作った。
⑨橘の祖母は、八雲がオルゴールを悪用して能力者を量産している事を知っていた
⑩帰還ENDで、橘がその後意識を戻したのか、萌花の手に橘の手が乗っただけ(植物状態が続いた)のかは、プレイヤーに解釈をゆだねる演出
⑪主人公は最初「かがみ」と名付ける予定だったが『なないろリンカネーション』と被るので変更した。
⑫萌花ちょこさんとかわしまりのさんの選定&指定は、海原氏の御指名(「モモ」と呼んでいたので名前被りには気付いてなかった氏)
正直言って、この原案(最初期案)通りのシナリオにしてたら、もう+5点加えていたと思います。