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soulfeeler316さんの加奈 ~いもうと~の長文感想

ユーザー
soulfeeler316
ゲーム
加奈 ~いもうと~
ブランド
D.O.(ディーオー)
得点
50
参照数
1600

一言コメント

いざ泣こうとすると、泣けないことってあるだろ?

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想


本批評は、最後のgggrrrさんとのやり取りまで読む事を推奨します。
偏った意見が実に深みのあるモノとなったので、これが本作に対する一考えとなって頂ければ幸いです。



皆さんはありますでしょうか、私の場合は多々あります。
「泣きゲー」と呼ばれるジャンルをプレイする際、私は結構準備と言うか、余念を欠かさなかったりします。
「涙なしでは見られない」「全米が泣いた」はシャットアウト
感動的な他媒体のモノは「泣きゲー」をプレイする前に見ない、聴かない、触らないが定石です。
夢中にプレイする必要があるのに、他作品に思い入れを持ちすぎて集中出来ないなんて事になったら、本末転倒
その結果、見事に期待値を超えてきた作品もあれば、思った程ではなかった作品もある訳です。

しかし、これまではそのどれもが、製作側が伝えたい一定数の「感動シーン」で、心を動かされる事の多かった次第でした。
なんせ、超感情移入しやすいタイプですから、私
しすぎちゃったら、何万字とか平気で書いちゃう人間ですから。
泣けなくても、感動はしょっちゅうしているのです。

そして、本作はそんな私の数少ない経験の中でも、実に貴重な機会でございます。
「泣きゲー」と分類されるこの作品ですが、泣く事は全くなく、心も全く動かされなかった。
主観的にプレイした場合は「無」と呼ばれる感覚こそ相応しい。
私にとって、今回の作品『加奈~いもうと~』は、正しくそうだったと言えましょう。
いや、これが超駄作とか名前も知られてない無名作品とかなら、まだ分かります。

しかし「加奈」ですよ?

『加奈~いもうと~』ですよ?

自分が話に聞いた事のある有名作でも、こういう感情に陥る事もあるのだなと、今回は至極勉強になりました。
「泣こう」とするまでの手順をきちんと踏み、準備万端の態勢を整えてから本作を進めていったんだけれど、全くと言っていい程、泣けないし響かない。
ごめんなさい、凄くぶっちゃけた暴言を吐きます。
「こんなの」で、当時のエロゲプレイユーザー達は大号泣していたんでしょうか?
上記の失礼な疑問ばかり、プレイ中には浮かんでしまう始末でした。
おかしい、妹大好きを公言している人間がここまで感情を揺り動かされないなんて……
私はついに好きなモノを好きなモノとも認識出来ず、頭がいかれて狂うたか。
と思って、本作と超良く似ている漫画『Sweet pain little lovers』をゲームクリア後、読んでみました(正直、本作の大学生編はこれ一部パクってるんじゃないかと考えている)
その結果……

何回も読んでるのに私はまた感動してしまいました。

うん、やっぱり。
そう思いたくはなかったけれど、この作品に何らかの問題がある。
と思い、自分なりに考察を深めていって辿り着いた欠点を、今回の批評では紹介しようと思います。
ここからはネタバレなので、まだプレイして無い方はご注意下さい。





①「禁忌」が足りない
「近親相姦」の醍醐味って「禁忌」だと分かっているけれど、好きと言う感情には抗えない「純愛」に真価があると、私は思っています。
だからこそ、死と言う逃れられない運命に抗う「愛」の試練が重要であり、それが報われるにせよ報われないにせよ、時には涙を流すものだと考えていました。
そして、本作はその選択を見事なまでに誤ってしまっています。
おいおい「妹」じゃなくて「義妹」かよ!!
タイトルは「いもうと」で間違ってねえけどさあ!!
これなら「実妹」とはっきり公言している『Sweet pain little lovers』(再登場)の方がもっと心震えるぜ山田さんよう!!

「妹(兄)を好きになってしまった。でも、実は血が繋がってなかった」
上記の展開は諸刃の剣、余程上手く紡がなければ一気に興醒めしてしまうオチでしょう。
仮に、これがお兄ちゃん大好き妹のキャラゲー、抜きゲー、もしくはそういった「禁忌」のシリアスってのがないシナリオゲーなら、私もまだ充分許容できます。
いもうと好きを名乗るのであれば、義妹でも当然大好物
他の方がどうか分かりませんが私はそうです、大好きです。
しかし「近親相姦」の問題が少しでもシナリオに関与するのであれば、やはりそれは「義妹でした、問題ないね」に逃げるのは酷いように感じるのです。
せめて「義妹」であった事を許容したとして、その事に葛藤する時間と言うのを本作はより長く与えるべきでした。
結局、ハッピーエンドでは簡単に恋愛してやがりますからに……問題なくはないでしょう。

さて、こうした安易な展開に逃げてしまうと、1つの問題が生じる事に皆さん、お気付きでしょうか?
それは、妹キャラとしての「加奈」に存在価値が消失してしまうと言う事
妹がメインヒロインである必然性と言うのは、この作品では、全くなくなってしまっているのです。
例えば病弱幼馴染の「加奈」でも話は通用するし、入院がちな後輩の「加奈」でも全然問題ありません。
「俺には幼馴染がいる」
「俺には後輩がいる」
「俺には先輩がいる」
「俺には不倫相手がいる」
何でも通用します。
そして、それが結果的に、加奈と言うキャラクターが持つ要素の一部を無駄にしている事に、どなたも気付いていないのが滑稽です。
ただでさえ、基盤となるキャラクターが弱く、作り物めいた印象を感じられた「加奈」
そんな彼女を構築する数少ない重要要素「妹」が、全く意味を為さなくなっているのですから、これは実に悲しい話と言えましょう(他の要素と言ったら「病弱」「物静か」位か)
こんな形に落ち着くのなら、それこそ幼馴染とかでも良かったのではないかと。
私は思ってしまうのです。

「いもうと」が大好きだからこそ「いもうと」である必要があったのかを疑わせてしまう本作に、私が好感を持てる筈がありませんでした。
頭がいかれて狂うた訳でもなくて、本当何よりでございます。



②現実的だからこそ、粗を目立たせずに物語を膨らませろ
全体的に本作は、ご都合主義が目立つ内容となっております。
本批評におけるご都合主義の定義ってのは、オチをつけさせる為に無理な展開や安易な手法で煙に巻く事
他に上手い言葉が思いつかなかったので「ご都合主義」なんて言葉を使いましたが、一般的な意味とは少し異なっていると言えましょう。
それは、幸せに至る事が出来るたった1つのハッピーエンドは当然の如く。
そして、残り5つのバッドエンドも中々どうして際立っています。
POVでは趣旨と違うので言及しませんでしたが、本作は「ネガティブご都合主義」の宝庫
安易に悲劇的展開へと持って行き過ぎてる、有体に言えば「やりすぎ」な印象を強く感じました。

取り敢えず、腎臓移植の話が物語も終わりの段階で初登場と言うのは明らかに遅すぎます。
真っ先に思いつく筈でしょう、慢性腎不全だったら尚更です。
こういった遅すぎる唯一の解決案と言うのは、もっと早く出せば彼女を救えたかもしれないのにと言う「糾弾」しか浮かびません。
ミスマッチゼロ、血縁でもないのに移植出来るという展開も安易且つ強引
もしかして両親は、兄妹が血縁同士でない事を知っていたから、やっても無駄だと思って、何も言わなかったのでしょうか?
だとしても、本当に彼女を大事に想っているなら、1回の血液適合検査位、藁にも縋る思いで主人公にも受けさせるのではないかと、私は感じます。

最初から薄々思っていたんですけれど、この家族ってどこか必死さが足りないんですよね……
家族と医者は、加奈の病状やら兆候やらをちゃんと考えて判断していたのか?と言う疑いが上記によって生じます。
主人公の隆道は、あれだけ加奈を大事に思っていても彼女の詳しい病状やら、病気を治す事の出来る医者やらについて調べるシーンがまるで無い。
ただ、精神的に支えているのだから、それで良いのだろうか?
それはもう、死を受け入れて生きている「諦観」に他ならないのではないか?
「病弱」であったからこそ成り立つ物語全体の構成そのものに、私は疑問が生じてしまうのでした。

まあ、両親とか医者は幼少時にきちんと考えていた節もあったし、これだけで安易に批判するのは流石に酷い。
と考え、一旦本件は保留
ただ、加奈が死んでからその肝臓を香奈に移植したオチについては、思わず私も首を傾げてしまいました。
いや、肝臓移植は脳死直後でないと提供が認められない筈でしょう?
生体部分肝移植と言う方法もあるにはありますが、それは事前に、生きている健康状態の人から肝臓の一部を取り出して移植する手術です。
死んでから提供するって、どういう事?
と思い、調べてみました。
うん、やっぱり肝臓は脳死臓器移植(脳死の方から提供される移植) or 生体臓器移植(生きている人、主に家族から臓器の提供を受ける移植)が主になっています(参考:http://www.asas.or.jp/jst/general/introduction/qa2.html)
肝臓の心停止後臓器提供(心臓が停止した後に提供される移植)は不可能(参考:http://medipress.jp/doctor_columns/97)
そして、明らかにこの移植は、1999年当時の臓器移植法では出来ない。
本人の書面による意思表示とか、家族の承諾とか、色々あるけど全部意味は無い。
ここから導き出される結論は1つ、つまり……

香奈は絶対、助からない。
よしんば、強行的に施行したとしても、予後は確実に悪化している。

この事実を知った時の方が、正直プレイ中よりも胸に響いた次第
「俺には妹がいた」からの一連の流れとか、知的ルートED3つとか、もうこれ全部主人公の夢なんじゃねえのとか、考えてしまいました。

矛盾を書き連ねるのはもう良いでしょう。
私がここで述べたいのは、根底から「現実的」である作品に重要なのは、その粗をどれだけ気付かれないようにするかと言う事
作るなとは言いません、上手く隠して下さい。
現実味があるとどれだけ感じられるかで、本作のような作品は泣けるか泣けないかが大きく左右されます。
①で「義妹」だった事に興醒めしたなんて書きましたが、②で言いたい事も結果としては同じ
根底が揺らぐような事態に陥った時、人は感情移入から一気に目が覚めてしまうのです。
一箇所でも歪が生じると、舞台を目の前で繰り広げられるフィクションの世界として認知
その世界は切り離された異空間であり、現実味がなく、私達はお芝居を観ているが如き客観性で以って、その先の物語を追い続けます。
そこに、主観的な感情移入が再度投入される事は、余程、他の副次的要素が上手く機能していない限り、不可能と言えましょう。

そしてその結果、本作は、上記2つのような描写「外」に思いを馳せる箇所の方が多くなってしまったのです。
至極残念でした。
要するに、私が考えすぎちゃってるだけの話でもあるんですけどね。
それは、自分が本作に没入する事の出来なかった証明となり、その所以は、上記のような矛盾や妄想を見つけてしまった私の落ち度と言えましょう。

ただ、これだけは言わせて下さい。
この作品を高尚なモノと見立てている方の一部には、物語上の「ご都合主義」を否定している意見と言うのも数多く見られます。
ぶっちゃけます。

『加奈~いもうと~』も充分「ご都合主義の産物」です。



③私が他の「感動作品」を知りすぎた
全てが予定調和、思った通りに話が進む。
本作を俯瞰して発せられる感想は、正しくその一言です。
盛り上げるために取り入れられた数々の偶然は、あまりに必然
シナリオを読む際の驚きや感慨はまるで無く、読み終えた事への達成感よりも思った通りだった事への疲労感ばかりが形に浮かびます。
最初に出てきたボイスレコーダー、当然オチの感動に使われます。
夕実と家でSEXに励む、当然妹に目撃されます。
そんな彼女の父親は、当然病院の偉い医者
言ってしまえば、最初に加奈が登場した時の「あ、この娘死ぬな」と言う予感は覆る事なく終焉を迎えるので、始めから終わりまでそうとも言えましょう。

ここで間違えないで欲しいのが、私は別に予定調和を批判している訳ではないと言う事
言い換えれば、予定調和とは「王道」の否定形
こうなるだろうなと分かっていても、面白い物語と言うのは、いつの時代も確かにあるのです。
事実、本作に限っては、ありきたりな設定を登場人物の心理から徹底的に描き、上手く物語を組み立てていた事に高評価を与えている感想も多々見受けられます。
『加奈』と言う作品に「王道」を見出した人の方が多いのは確かな話です。

しかし、私が本作を駄目と感じたのは、そういった「王道」を、こんな自分の如き捻くれ者には「予定調和」と捉えられてしまう程の「無難さ」へ落ち着けてしまった事
所謂「甘え」の部分が多く感じられた所にあるのです。
例えば、男キャラの扱い方、これが私としては非常に不満でした。
馬鹿三人衆はもっと上手く、物語の中に織り込む事が出来た筈です。
加奈と幼少期に遊ぶ場面や、主人公と共にお見舞いに来るシーンなんか付け加える事も出来たでしょう。
加奈に対するスカート捲りで、雅敏が彼女に嫌われてしまった時の話
それとか、後から言及されるなんて形にしていましたけれど、そういった日常風景を多く盛り込む事で、キャラクターにもっと深みを増す事は出来たと思います。
まあ、彼についてはまだマシ
育郎は勇太の素性知りのための良い材料でしかなく、智樹なんか、小学生編が終わってからは高校卒業前にぽっと出の登場だけですからね。
分子生物学の分野に進むとか云々言ってたので、卒業後にこれは再会するフラグ立ったと思ったら、全くのお門違いでさっさとフェードアウトしちまっただけでした。
これを無念としか言いようがなくて、一体何だと言えましょう。

彼等より目立っている男キャラってのは、流石に勿論本作にもいますが、そいつの扱いについても不満は大きい次第
加奈の事が好きな元クラスメイト、伊藤勇太君です。
彼奴の使い方が「失敗」でなくて、果たして何だと言えましょうか。
兄妹の「禁忌」を際立たせるために作らせた癖に、全く上手く活用出来ずに、主人公との殴り合い後は消失してしまいますから、もう偏に可哀想なヤツ
そう、勇太は1人の人間としても、1体のキャラクターとしても、シナリオのせいで全体的な彼自身のクオリティー自体が低くなってしまった、実に哀れなピエロなのです。

個人的感想として彼は、ファーストインプレッションで失敗しても、彼女に不器用ながら接し続けた頑張り屋と言う印象
なので、寧ろ簡単にこいつを批判する主人公に、私は嫌悪感を覚えた次第です。
取っ組み合いをした日、主人公は勇太より遅く病室に到着していましたけど、これ相当遅いですよね?
部外者の彼に連絡が行く筈も無いし、近親者の主人公が連絡を受けて「すぐに」向かった時に居たって、それ「すぐに」じゃねえじゃん。
まあ、これについては偶々、勇太がお見舞いに来ていた可能性もありますから良いとして、問題は殴り合いでの言葉
加奈は「人間なんだ」「人の半分も経験しちゃいないんだ」「普通に生きて欲しかった」→「……それで近親相姦かよ……」→主人公ブチ切れて殴る
明らかに、間違った事に対して図星だった故の応答に他ありません。
そりゃ、近親相姦なんて普通に生きている人間には、中々経験出来ない経験でしょう。
人間を「人間」として捉える方法の中には、SEXが出来ると言う基準も確かにあるでしょう。
大好きな人との性交は出来たから、加奈は少しだけ経験出来ない事が出来たでしょう。
彼女は、一般人に絶対出来ない経験を行えて、心の赴くまま、安らかに死んでいける事でしょう。
良かった良かった。


アホくせえ。


そもそもにして、加奈が勇太を嫌いになった理由が不明瞭だから、私の中でこんな解釈になったのだと思います。
彼女があそこまであいつを嫌う理由、終盤で出るかと思ったのに最後まで出ず、本当に拍子抜けでした。
その癖、勇太は自分のやってきた事を反省し、猛省して加奈に臨もうとしていますから、私としては彼の良い面しか見ていない事になります。
そんな中で加奈は、そんな風に真正面から接しようとする彼に対して、全く向き合おうとしていない。
愛しのお兄ちゃんで、逃げて、隠れて、避けて、変わろうと動く彼に何も返答を行っていない。
実に卑怯な娘だなと思いました。
最後の告白だけは、彼女自身も真に向き合ったようですが、描写は省かれているし、変遷過程がまるで描かれていないから突拍子もない。
恐らく勇太と向き合えた理由だって、自分はもうじき死ねるからと言う逃避故の予防線を張ったから出来た事なのでしょう。
「死ぬと分かっていたら、なんでも出来る」
「死ぬ気になれば、なんでも出来る」
実に嫌いな言葉です。

伊藤勇太と言う存在を邪魔、もしくは嫌いになれていたら、こんなに天邪鬼にはならなかったのです。
ってか、伊藤勇太と言う存在を嫌いには思えなかったからこそ、こんな事態になってしまったのです。
勇太と言う存在の受容、これが本作を楽しめなかった根底に潜んでいると言えましょう。
勇太が加奈と付き合えている世界
加奈が主人公の「恋人」ではなく「妹」として全うに生きている世界
作ってくれたらよかったのになと思いました。

そして、他に取り上げるべき「甘え」としてあるのは、私の良く知る有名感動作とは異なり、シナリオの緩急が平坦の極みと言う事
展開が読める事以上に駄目な問題「展開速度の一定さ」が、そこにはありました。
上記で述べたように「妹が死ぬ」と言うオチを生み出すのであれば、それまでの過程に何かしらの揺さぶりをかける必要があると思うのです。
本作にはそれが無い。
加奈は何の捻りもなく、徐々に死んでいきます。
物語の深刻さだけは高まっていくのですが、向き合う私の感情は鬱屈した状態で変わらずに直線を歩んでいるので、心の動きがまるで生まれないのです。

ここまでの自分を振り返って、私が本作を楽しめなかった最大の敗因がやっと分かりました。
「死にあまりにも触れすぎたから」
現実世界でも、架空世界でも、私は「死」と言うモノを数多見てきました。
祖母、親友、友達の飼っていたペット、両親、幼馴染、妹 etc……
数多くの生と死を、数多くの場面で、見てきた次第
そして、その結果、私はいつも「死」について思いを馳せています。
メメント・モリ、忘れられる筈がありません。
で、そんな私が今更「普通の死」について謳っている作品に触れた所で、それ以外何も無い作品に接した所で、心動かされる訳が無いのです。
だから、本作にはもっと「付加価値」
有体に言うならば「無駄」をつけるべきでした。
キャラクターに愛着を持てるエピソードとか、病気関連とは何も関係の無い日常話とか、そんな物語

例えば、妹の病状が安定して家に帰ってきた際は、よりエピソードを膨らませる事は出来たでしょう。
折角帰ってきたのだから、主人公が意気揚々と加奈を楽しませようとして、でも上手くいかなくて、最後には「お兄ちゃんと居るだけで楽しいよ」と言う加奈の笑顔で2人の大団円とか、悪くないと感じます。

例えば、デートをするにしたって、選択肢で何処へ行くか決めるのではなく、全部1つに繋げて展開させるべきでした。
その際に病気を忘れさせられる程の楽しい時間や空間を演出したならば、感動の際の思い入れは更に増すでしょう。
どこかで買ったお土産が後の重要な伏線になるとかも、悪くないと思います。

例えば「生きていて良かった」と加奈が純粋に感じたシーンを、もっと増やす必要を凄く感じました。
そんな類の内容が初めて把握出来るのは死ぬ直前、ってあまりに遅すぎます。
ささやかな日常に幸せを感じる延長線上に「生の肯定」を伝えるエピソードをもっと作って欲しかったです。

上記のはあくまで一例
私のを真似しても、ずぶずぶの素人意見
恐らく取り入れても上手くいかないでしょうから、ここら辺で潮時と致しましょう。
良く言えば本作、展開に「無駄」がありません。
それぞれの時期で一文箇条書きに纏められる程、展開の要所要所は掴みつつも進行しています。
しかし、私としてはそれを、一文で纏められる程の内容にはして欲しくないんですよ。
物語同士は、関連し合っていて欲しいといつも感じています。
だから、親戚のおばさんの話は結構好きなんです。
あれは、ちょっとした小咄が上手く膨らんで、シナリオ全体に作用した好例となっています。
海へ一緒に行くシーン等の、思い出話ももっと作るべきだと思いました。
あそこで、オチの日記閲覧が際立つわけですから、それ自体の出来はあまり悪くないんですよ。
だからこそ、粗筋一文箇条書きで容易に纏められる箇所の多い本作は、勿体無いとしか私には言えません。

生きた物語を作ろうという努力の跡は伺えました。
しかし、それを構築する上でのキャラクターは、リアルであるからこそ、そのまま印象深さに繋がる訳ではありません。
こういうストーリーは物語と言う膨大な世界を俯瞰したら、幾らでもあります。
それらと戦うには、本作はあまりにも無難且つ安易
だからこその対抗力と言うものを、この作品にも持っていて欲しかったのです。

余談ですが、上記の点は、山田一氏後作の『星空☆ぷらねっと』や『家族計画』では見事に改善されています。
人は、成長する生き物なんだなと感じた、プレイ後の一時なのでした。





【後書き】
本作の感想を見ると、どれもまあ、血気盛んに語ってる人が多いです。
加奈に感情移入しすぎて、主人公の夕実に流される行動が許されないと感じる人
加奈に感情移入しすぎて、対照となる夕実の行動に嫌悪感を覚える方
加奈に感情移入しすぎて、両親の対応に疑問を覚えてしまう者
これらで低評価を与える加奈パワーは相当です。

ただですね、上記の方達は何だかんだ言っても大丈夫
製作側の手中に嵌る事の出来た、実に喜ばしい人達でしょう。
私は1ルートクリアして気づきました。
本作は、タイトルが示す通り「加奈への感情移入」がないと、絶対に楽しめない産物なんだなと。
こういった事を批判している人は、私の中では「楽しめた人達」
なぜなら「加奈への感情移入」と言う、本作を受け入れられる第1段階は、文句無しに突破しているから。
正直、どの方も凄く羨ましい。
そこまで熱く本作を語る事が出来るのなら、それだけでもプレイした価値ってのは生まれているでしょう。

そして、この第1段階すらも突破出来なかった人間こそが、真にこの「泣きゲーの金字塔」への導入を阻まれた証と成り得ます。
要するに、面白くなかったと純粋に批判出来る人間のような気がするのです。
全く、キャラクターに好意的感情、悪意的感情を持てなかった私(特定のシーンにムカッと来る事はありましたが「嫌い」には繋がらなかった)
この先のシナリオに、あまり興味を抱く事が出来なかった私
客観的にしか読む事の出来ない「泣きゲー」ってのはかなり悲惨なんだなと、酷く実感した次第でした。

ただ、最後には情熱的反論を少しばかり。
夕実に敵意とも呼べる程の怨嗟を撒き散らしている人、君達は一旦落ち着いた方が良い。
彼女は良い娘です。
それは客観的にプレイした私だからこそ、断言出来る事であります。
確かに彼女は、主人公を愛し、主人公に愛されたいと言う想いの強さが前面に出ている女性なので、加奈を1番に感じたユーザーから「邪魔」のレッテルを貼られても致し方ない部分もあるでしょう。
しかし、それは幼少期の事件後、ずっと話をしなかった期間中の想いが溜まりに溜まって、恋人同士になった時に溢れ出しているから。
言わば、小学生時代から真に主人公を好きだった事を、大学時代で示している証明となっているのです。
お詫びに植物園へ誘おうとしていました。
何度も彼に話しかけて謝ろうとしていました。
ルートによっては人形をあげて、仲直りしようとも働きかけていました。
生きている人間同士なら、許し合うことが出来る、そして彼女はその努力を怠らなかった。
逆に、それを受け入れようとしなかった、主人公の根に持ち過ぎていた点が、このような「邪魔」の事態を引き起こしているとも捉えられましょう。
言ってしまえば、彼が齎した「自業自得」

また、夕実は病院長の娘ですが、例え父親でも患者の素性をそんな簡単に実の娘へ伝えられる訳が無い。
しかも、その相手は娘の友達の妹なのですから、そんな境遇を易々語るのは、普通の人間なら慮るでしょう。
つまり、彼女は加奈の病気なんて終盤まで知らなかったし、主人公と加奈の関係なんて考えてすらもいなかったのです。
恋人関係止めろ→主人公の近親相姦願望自体をそもそも知らないのに、夕実に批判してもしょうがない。
もう少し兄妹に気を遣え→加奈の病気自体をそもそも知らなかったのに、夕実に批判してもしょうがない。
実に的外れな指摘、言っても仕方が無い駄目出しです。
夕実以上に最悪な女性なんて、星の数ほど居るのにね、この娘は良い女ですよ。
そんな私は、彼女の愛情深さ、かなり伝わって良かったと思います。


泣くってのは気持ちの良い事
泣けばすっきりします。
現実の方が架空より100万倍も辛いけど、そこで悲しいから、辛いから泣くと言うのは、人間関係やら何らかの繋がりで必ず支障をきたしましょう。
だから、私はフィクションの世界に自身を投影して泣きます。
そして、だからこそ「泣ける」と思っていた作品が泣けなかったら、結構なストレスです。
「泣こう」と思って泣けなかったら、更にストレスです。

その結果、出たのはこの点数
「泣ける」と言う謳い文句に流されず、理性的に読んでみると、本作も悪い訳ではありません。
「凄く良い」と絶賛する程でもありませんが、そこそこ。
アポトーシスとネクローシスが織り成す細胞死の理論的相違とか、聖書の引用から生死全てを肯定する展開とか、見所も無くはありません。
そういった「考えさせる」要素をお望みなら、本作の点数は私が提示したモノより少なからず上がるかと思われます。

ただ「泣ける」を期待した私はこの点数
確かに、悲しくはなりました。
しかしそれは「感動」と言う名の心の震えではなく、「泣け! 泣け!!」と言う作品の空気感に気圧されて発した、偽りの感情です。
もっと受動的でありたかった、プレイ後に思う私なのでした。





P.S.
兄妹モノのオススメ紹介
これらの愛に心が動かされなかったら、私とは恐らく趣味が合わないので、本批評は鵜呑みにしないようお願いします。
『Sweet pain little lovers』…1つ1つ、兄への想いを語る真摯な描写に心打たれた。最後の儚げな横顔は未だ胸に残る。
『おにいちゃんのハナビ』…近親相姦で結ばれる事以上の愛が、この作品にはあると思う。兄妹愛映画の最高傑作
『腐り姫』…樹里の魅力が分からない人は、恐らく私の「妹愛」は理解出来ない。究極の純愛を示した最高のエロゲ
『鬼哭街』…兄とは斯く在るべしを示した傑作。妹の為に死地へと歩んだ彼を迎える最高のオチは、必見の一言





P.S.S.
最初に「泣ける」を期待して出した点数は40点でしたが、下記のやり取りによって、それ以外の要素も大きく鑑みるべきだと言う結論に落ち着きました。
したがって、『加奈~いもうと~』に現在提示する点数は上方修正の50点
本作への個人的認識に一石を投じる結果と相成った事、gggrrrさんに深く感謝致します。