わたしは死を左のポケットに入れて持ち歩いている。そいつを取り出して、話しかけてみる。「やあ、ベイビー、どうしてる? いつわたしのもとにやってきてくれるのかな? ちゃんと心構えしておくからね」
『ハードボイルド』
それは1つの「生き方」を示した指針である。
感傷や恐怖などの感情に流されない。
精神的もしくは肉体的に強靭であり、尚且つ妥協しない。
自分の信念に対して土足で踏みにじろうとする者(物)には、影響力の強い権力者であれ、巨大な世界的組織であれ、相手となる。
しかし、仄暗き他者に対しては深い愛情と思いやりの強さで優しく対処していく。
そんな男の理想形態、誰しもが思い浮かべる格好良い生き方を実践していたのが、これまで外国で語り継がれてきた私立探偵達だった。
原初の存在であるサム・スペードやコンチネンタル・オプを描いたダシール・ハメット
代表格として相応しいフィリップ・マーロウを作り上げたレイモンド・チャンドラー
御三家中、最も繊細な心理描写と感情表現を持つリュウ・アーチャーを生み出したロス・マクドナルド
ハードボイルドとは、そんな彼らの作品を筆頭にして始まり、現在までも続いている彼らの軌跡だった。
それは後に新ジャンル『ネオ・ハードボイルド』へと受け継がれ、ローレンス・ブロック、マイクル・Z・リューイン、ジェームズ・クラムリー、マイクル・コナリー、デニス・ルヘイン 、ジョージ・ペレケーノス等の優れた作家群が未だに自らの理想をキャラクターと物語に込め続けている。
今回紹介するエロゲも、正にその理想の1つが体現されている作品だ。
このゲームの主人公である根越栄太は、上記で紹介したフィリップ・マーロウと最もハードボイルドらしくないハードボイルド探偵、ニック・ビレーンの融合体と言って良い。
仕事はしない(出来ない)、金も無いのに洋酒棚を埋める、コーヒーとタバコがお気に入り、女好きと見事にダメ人間のレッテルを兼ね備えている(合体させられている)彼
既に有名な海外小説の彼らは他者への暴力描写が目立つ節も多々見受けられるが、このエロゲはハードボイルドを目指している社会不適合者と言う設定を根底に加えて話が進んでいる。
なので、上記小説の登場人物達と比較したならば、根越はややコメディチックに描かれているのが特徴と言えるだろう。
暴力もあまり得意ではないのか、愛用のマグナムメガホンで口に放った言葉によって、精神攻撃を行うだけである。
・・・・・・いや、そっちの方がきついのか?
ストーリーも例えるなら、それこそ上記で取り上げたニック・ビレーンが登場するヘンリー・チャールズ・ブコウスキーの遺作『パルプ』が如く。
まさに何でもOKがまかり通る世界で、本業、私立探偵、副業、恋愛交渉人の中年、根越栄太が事件を解決?していく物語だ。
『パルプ』を一読した事のある方なら充分想像がつくと思うが、読んでない方の為、敢えて話しておくとしよう。
この物語、本当に何でもOKである。
幽霊になった助手(ツンデレ女子高生、決して幼女ではない)
一ヶ月に数十回死亡する元相棒
いつも喪服姿の大学生大家さん
同人活動を行っているヤクザの跡取り娘
鐡甲仮面なるヒーロー
黄金マントなる怪盗
女性版ホームズ(決して、アイリーン・アドラーの事ではない)
彼女に付随する人形のワトソン
オカルト系美少女電波巫女クラリス(正ヒロイン待った無し)
etc……
そもそも、こんな奴等の織り成している物語に普通さを求めるのが筋違いだった。
事件も解決こそするものの、「何だそりゃ(笑)」と言った帰結で終幕してしまう事も屡々
しかし、それでも私は許せてしまう。
なぜなら、このエロゲが作り上げている唯一無二のコメディワールドと面白い掛け合いにこちらが嵌ってしまったから。
そして、そんな終わりに慣れてしまっていると、最後に思わぬ感動が待っている事、請け合いの内容だからである。
そう、確かにこのゲームには重厚なストーリー展開や伏線等欠片もない。
ギャグとコメディ9割、その他1割で出来ている、シリアス求める奴には悲劇の作品故、それは当たり前
しかし、ここで間違えないで欲しい。
決してそれが「つまらない」と言う結論に至る訳ではないと言う事を。
印象に残るシーンを挙げろと言われちゃ、私は少なくとも3つ位普通に挙がる。
心に残った台詞を挙げろと言われたら、それは数えきれない程多くなる。
気づいた方はいるだろうか?
そう、こういった構成は正に、歴年の戦士たちが紡ぎ上げてきたハードボイルド小説と同じなのだ。
全体の内容を覚えていなくとも、印象に残る名台詞、名シーンを挙げろと言われたら、読破した方は基より、全頁読んだ事の無い人まで知っている。
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強くなくては生きていけない。やさしくなくては、生きている資格がない。
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撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ。
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さよならを言うのは、わずかの間死ぬことだ。
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ギムレットには早すぎる。
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これらは全てレイモンド・チャンドラーの著作の中で登場人物達が口にした台詞の数々だが、もし、読んでいたならそのシーンが自然と思い浮かぶ足掛かりとなり、読んでいなくとも心に残ってしまう味わい深い存在だ。
主人公である根越栄太もそんな偉大な先人達には負けていない(と、個人的には感じる)
上記では良い所を全部取っ払って悪い所だけ組み合わせたと言うような印象を語ってしまったが、そんな彼もハードボイルドの極意だけはきちんと受け継いでいるのだ。
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上司思いも結構、そのまた上の上司に忠実なのも結構!
だが、俺の事務所でそういったうざってえ上下関係を持ち込むんじゃねえ!!
命令なんざ、10あったら8か9は守らなくたって、世の中回っていけるんだ!
グダグダうるさいんだよ!!
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報酬はプライドだ。
貧しかろうが飢えていようが、安値で売っちまえば、俺の言葉全てが安っぽくなっちまうんだ。
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公私共に順調だと…?
そんなもん、端から見てりゃそうかもしれないが、心の中で実際どんなこと考えてるかわかるものか!
火遊びがしたかったのかもしれない!
順調すぎる人生に刺激を求めていたかもしれない!
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肉体という物質の中に、人間は唯一にして最大、不可解な感情と言うものを抱えてるんだよ!
感情や愛情を推理されてたまるか!!
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ノーリーズン、ノーゴール、人生は常に理由もなくあてもなく……
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俺は人に使われるのはごめんだが、だからといって、人の上に立ちたいとも思わない。
奴らには奴らなりの苦労も不幸もあるもんさ。
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夢に踊らされるのは幸せと言えるのかね……
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道はまだ続いてるんだ。
戻ったところで結果が分かっているのなら、まだ何があるか分からないところに、進んだ方がいいだろう。
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いくつか根越のセリフを引用してみたが、気に入った台詞はあっただろうか?
他の探偵達に比べたら些か直情的、熱情的
徹底したハードボイルドになりきれていない部分は多々あるが、そんな彼だからこそ心に響いた台詞も多くある。
もし、1つでも琴線に触れた言葉があったのなら是非ともプレイして欲しい。
このゲームの主人公は社会不適合者且つカーストの底辺を行き交う、孤高の一匹狼
現代風の言葉でいえば「はぐれ者」「負け犬」と揶揄されるべき存在だ。
しかし、そんな私立探偵で恋愛交渉人の根越栄太だからこそわかっている人生哲学が、このゲームには隠れている。
普通にプレイしていたらギャグ要素、コメディ要素が前面に出て彼の言葉は隠れてしまうかもしれない。
だからこそ、このレビューを読んでプレイしてみたいと感じてくれた素直な方こそ、出来るならじっくり遊んで欲しい。
ゲーム内で彼に心を救われる依頼人の如く、君も疲れた時、苦しいと感じた時、救われてみても良いはずだ。
この少しばかり狂気を孕んだ現実世界において、少しばかりの清涼剤となる事を心から祈っている。
P.S.
自分の使っているWindows7だとBGMが1回限りしか流れなかった。
ここで使って欲しいのがショートカットキーであるTabキー
これは既読した文章をスキップする機能を備えているのだが、押す事で次の文章に移りもう1回BGMが流れる仕様となっている。
ただし、2回目以降だと使えないのがネックである。
しかも、ほんのたまに既読でない文章をスキップする事もあるので、その時はバックログやまたロードして読んだ。
まあ、上手く使って欲しい。
P.P.S.
このエロゲ、直接的描写こそないものの、ホモルートがある。
まあ、ホモルートと言うよりギャグパート、コメディパートの延長線上にある物なのだろうが、私はこれを読んで1週間ばかりプレイを断念してしまった。
ヒロインの誰かのルートに行きつくと思っていた私の甘い考えが、その話の衝撃で粉々に打ち砕かれてしまったからである。
あの時の衝撃は恐ろしく、自分の今までの苦労は何だったのか…と自問自答してしまった次第だ。
よって、そういった物があるとだけ、まだプレイしていない諸君には分かっていてほしい(自分が2回目以降に見た攻略サイトにも載っていなかった)
分かっているだけでも、このルートは大分面白味が違うからだ(事実、2回目に見たときは大爆笑だった)
幕間にEpisode of NEGOSHI EITAが来た時にはそのルートへ突入するので、心してかかるように…
☆店舗特典
ソフマップ
『劇場版ラブネゴシエイター』のパンフレット、と言う体で出演者や製作スタッフの生の声が書かれてる。
ただし、そこはライアーソフト、正直言って、かなり馬鹿にしてます(笑)
メッセサンオー(現トレーダー)
ラブ・ネゴシエイタースペシャルディスク
オリジナルのネゴバトルとシナリオがつくCD-ROM
「作った人の神経を疑います」「男達の熱い生き様を見て欲しい」等、賛否多数の内容
個人的感想:超、くだらねえ(笑)