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sighさんのBALDR HEARTの長文感想

ユーザー
sigh
ゲーム
BALDR HEART
ブランド
戯画
得点
90
参照数
1167

一言コメント

ミームが力を持ち、認識が法則を作る。神話と神話の狭間で揺らぐ幻想再帰のBALDRHEART。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

神話に始まり神話へ収束していく歴史の玉響。
今作BALDRは終わりへと流れゆくお話。


バルドシリーズの正統続編の名に違わずスカイのように数十時間ワープしてしまう面白さです。
相変わらず好きな要素がいっぱい出てきてハッピーでした。

エンディング曲のIn this Worldが好きです。月詠ルートのエンドロールで出会ったこの曲とムービーは始まりを感じさせてくれました。
エンドロールにこういうタイプのアップテンポの曲が流れるとなんだかすごく劇場版っぽい。

以下思ったことを書き散らすため文章が増えたり減ったりしそうです。


・前作と今作の差

今作HEARTは前作SKYとは違う傾向が多々見られます。
もちろんアクションパートは前作同様に高いレベルで楽しむことが出来、仮想世界の発達したサイバネティックな世界観、徐々に開かれていく真相など没頭させてくれるシナリオは健在です。

ではどのように違っているのかを端的に表すならば、SKYがシナリオが良いアクションゲーだったのに対しHEARTはアクションを楽しめるシナリオゲーと言ったところでしょうか。


SKYは面白い設定と舞台が用意され、向かうべき結末を見渡すことが出来る目的がしっかりとしたシナリオをベースに、要所要所でテキストによって非常に盛り上げられた勢いそのままに(バトル直前にロードが無くセリフから流れるようにバトルへ入る点などが高評価)バトルシーンへ移行し、更にはラストバトルの挿入歌などの熱い演出もありアクションゲームとシナリオが非常に高いレベルで融合していました。
これらの要素によりSKYは(おそらく)小説や通常のエロゲなど活字に触れることの少ない人達にとっても非常に馴染み易い作品となっていたはずです。


一方今作HEARTのシナリオはSF好き、活字ジャンキーな自分がほいほい引き寄せられる要素を多分に含んで構成されていました。
前作までで用意された仮想世界の発達した未来という舞台設定を十二分に活用し、人の認識により造られるもう一つの現実としての仮想世界、AIと繋がった脳インプラントによりミームが現実に干渉、アカーシャ、地獄の門etcと仮想のある世界の一歩進んだ先を書きだしていくことになり、新しい形の生命、仮想の冥府を知ることによる終わりの形に気づくこと、発展していく人類の歴史の結びに向かっていく様が描かれとてもSFしています。

要するに今作はSFとしてのシナリオが上手く作られ過ぎているのです。アクションゲーとしてのシナリオより高練度なSF物のシナリオとなり、結果シナリオとアクションの主従が入れ替わっています。
シナリオよりも先に出来上がったゲームシステムとなる兵装少女でさえ妖精という形を通して、SFとして上手く根幹に接続されています。シナリオライターとして素晴らしい腕。
代わりに前作のこれ以上ないほど熱いラストバトルと比べて今作は挿入歌も無かったりと燃えを犠牲にしていたり、前作と同じ空気を纏いながら風向きが変わったため評価が今一つ伸びていない現状を引き起こしているのでしょう。



・始点のSKY、終わりゆくHEART

SKYは作中でも触れられているようにナノアセンブラによる黄金期/黄昏期の始まりに当たります。
甲は目的を追い、各ルートで深度の差こそあれ辿り着きアセンブラの流出を止め世界を救い未来に進みます。この主人公の能動的な要素はSKYが始点として存在する故かもしれません。
己に従い未来を切り拓く甲は時代そのものです。
主人公やヒロインの存在は広く世界に関わっています。


HEARTの時代はSKYより二世紀程過ぎ、ナノアセンブラにより変化した後の時代です。
その時代の中、企業間戦争に負け、ただ衰退していく海神が本作の舞台となっています。
衰退の象徴的な海神を中心としてが展開されやはりその内容も終末へ向かう道を歩く歴史の物語となります。
天本博士によりもたらされた輪廻と管理の神話世界を退けることに成功しましたが、人の認識を参照した冥府すら作り上げる仮想世界を持つこの世界はやはり神話の時代へ流れ行くこと不可避であるだろうと認識する―という大局的な流れを透かして見ることの出来る本作はその広がりに非常にワクワクしますね。凪ルート終盤、特に地獄の門辺り、世界に言及しだした所からは想像で脳がぐいんぐいんと広がっていきます。
基本的にこの作品は背景が広く、主人公やヒロインが狭いのが特徴ですね。
それも蒼たちの出自が原因で、彼らは複製体としてではない自分自身、信じられる本物を求めます。本作が向かうのは世界の結末ではなく彼らの安住の地です。蒼の繰り返すところの家庭を持ち子供を作ることですね。
その蒼たちは様々な虚構、陰謀に振り回されながら信じられる本物を探します。これは大きな流れの中終わりへ向かう時代と、その世界が求めている終わり行くものの意味かもしれません。

個人的には仮想の神話世界という結末に辿り着かず宇宙へ広く、拡がっていってほしいものですが…開拓者としての人類を思い出し、良い記憶を地球に。


ともかくバルドシリーズの続編が今から待ち遠しいです。世界は更にどう変化していくのか。





・BALDR HEART

府海戦争の中散っていった甲華学装隊絢、茉緒との結末おけるバルドルレプリカを失った海神の行く未来。
夢と消える凪の居た風景。
これらは終わってしまえば、消えてしまえば意味の無いものになるのだろうか。
答えは否、紡がれた時間は存在し、想いは確かに心に残り記憶は確かに刻まれている。

月詠、茉緒、ユーリ、凪、そして蒼。彼らの身体は0と1で構成される、秩序だった機械より生成された。
純粋に人ではない彼らに必要なのは生まれる前より定められた宿縁だろうか。
答えは否、彼らの過ごしてきた時間が、繋がりが、機械より造られたその心、BALDR HEARTに本物を宿す。