永遠という安堵、明日という不安。安堵の中にある退屈、不安の中にある熱中。
【シナリオの流れ】
時系列順
タイラが病院で入院しているミアと出会う(おそらく小学生の頃)。タイラは自分の宝物である恐竜消しゴムをミアに渡す。
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ミアが恐竜消しゴムを手放すも、ジオハンティングの宝物として色々な人の手に渡ってゆく。
たくさんの人が恐竜消しゴムを手にし、集団心理に作用するとともに、ミアの「明日なんか来なければいい」という願いが時の渦を生む。
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まず最初にサイモンが時の渦に巻き込まれる。それから次々に他のルーパーズも加わる。
少なくともサイモンは15年間8/1を繰り返している。
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レオナはヒルダのいない世界に気を病み昏睡状態に。ほかのルーパーズも幾千と繰り返される8/1に精神を病み、疲弊。
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ここまで後に分かる設定、および伏線
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タイラとヒルダが時の渦に巻き込まれる。
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タイラの提案で、ルーパーズのみんなで宝探しを始める。これにより、ルーパーズの疲弊した精神が回復し、毎日が楽しくなる。
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ヒルダは目覚めないレオナを気に掛けるも精神を病み始める。しかし、タイラの提案で小学校の時のタイムカプセルを宝探しすることでレオナ復活。ほかのルーパーズの個人的な悩みもタイラが宝探しを通して解決する。
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ルーパーズの宝探しの位置情報と時間から、サイモンが時の渦の出口の出現を予測する。
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みんなは時の渦の中で最後の余暇を楽しむ。ミア・タイラはデートを通して互いを好きになる。
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時の渦が出現し、ミア以外の全員が元の世界に戻る。ミアはタイラに時の渦は自分が作ったものだ、自分は病気で明日への希望がないと教える。
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恐竜消しゴムが時の渦の原因だと知ったタイラは、おまじないを解く方法が恐竜消しゴムをタイラの元に戻すことであると考え、ミアを救おうとタイラやルーパーズが奮起する。
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時の渦に残ったミアは自分の選択が間違いだと自覚する。時の渦を抜け出したいと思うと、時の渦は崩壊を始める。
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ギリギリのところで恐竜消しゴムを見つけたタイラは、時の渦ごと崩壊しかけたミアと再開し想いを確かめ合うも、最後はミアは消滅する。
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ミアが永い眠りから目を覚まし、ルーパーズのみんなと再開、祝福され、タイラと将来を誓い合う。
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という幸せな夢を見続けてEND
【雑記】
ミアの罹患して睡眠障害はクライネ-レビン症候群(反復性過眠症・周期性傾眠症)とのこと。
実際、以下のような質問を投げかけられたら自分はどう答えるだろうか。
”あなたは明日から一生寝たきりで目覚めません。しかし、まだ意識のある今日という1日を永遠に繰り返すことはできます。どうしますか?”
ミアの考えは一貫していて、まだ意識のある今日という1日を永遠に繰り返すことを選択している。
しかし、タイラと出会い、宝探しを通して恋をしたミアは、タイラと時の渦で別れてから、
今日という1日を永遠に過ごしたい→タイラと一緒に居たい≒明日を迎えたい
と自身の願いが変わる。
しかし、
ミアが明日を迎える≒もしかすると永遠に目覚めないかもしれない
というリスクを負うことになるが、それでもミアが明日を選んだ理由は、「宝探しは見つけるまでの過程が楽しいんだ」というタイラから教えてもらった価値観が強く作用していると考える。
たとえ、目が覚めようが覚めまいが(宝物が見つかろうが見つからまいが)、探し求める過程に意味があるのだ、
と。
この考えは現実世界をの我々にも活きてくるマインドセットである。
例えば、ビジネスでも趣味でも勉強でもなんでも、新しいことにチャレンジするときは結果は当然分からないが、とにかくやってみる。そして藻掻いてみる。意外とその過程が楽しかったりするよ、と。
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そういえば、サイモンは時の渦は「明日を迎えたくない」という集団心理が強く働くと発現すると言っていた。
実際、ルーパーズのメンバーはそれぞれ何かしらの悩みを抱え、明日を生きることを辟易していた。
もちろん、僕だって今の現状に不満はあるし、明日を生きることに不安を感じないと言えばウソになる。
そんなときの考え方として、宝探しを覚えたルーパーズのマインドにもある通り、
”明日に進まなければ得られない楽しさや幸せ=宝物がある。
そして、その宝物を探すこと=明日を生きるは何より楽しいものであり、希望である”
そう考えていれば、明日という不確定な世界を生きることが幾許か楽に感じられよう。
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ミアの永眠ENDはバッドエンドだろうか。
そりゃ、目が覚めてタイラと会えないんだから不幸だろ!という見方もある。
しかし、僕はそうは思わない。
認識論的に言えば、穏健な基礎づけ主義 (modest foudationalism) のもとで、
ミアにとってのタイラとの幸せな人生≒時の渦内で経験したタイラとの日常
であるわけだから、プラトンによるJTB定式では、「ある信念」を正当化するための何らかの基礎を認めることができると、基礎づけ主義では言っているので、
時の渦内で経験したタイラとの日常がミアにとって確かに幸せなものであるのならば、
ミアの想像する=創造する新しいタイラ(という信念)
ミアの想像する=創造する幸せな人生(という信念)
も須らく肯定されるべきである。
もちろん、何らかの外的・内的要因によって目下の幸せ(と認識しているもの)が偽りであると認知したときはこの主義は成立しないが、
少なくとも、ミアが永遠の覚めない眠りの中という閉じた世界を生き続けるという仮定の下では、自己に内在する「愛」とか「幸せ」(≒本作では宝物と呼ばれていた)は、真に宝物である=幸せであると言って良いと思う。