ダークな嵩夜節は新鮮で面白かった。ただやはり内容があっさりしすぎているのと一般的なシステムの不便さが足を引っ張って名作には届かなかったという印象。
作品やキャラクターの雰囲気はいつもの嵩夜あやといった感じでファンである自分にはとても楽しめた。
ただやはり肝心の描写が足りない。これもいつものことだったりするのだが、今作は特に顕著に現れていたように思う。
映瑠ルートでの愛生の叔父が逮捕されるところなど、「その後、愛生の叔父は逮捕された」の一文で終わらされたときには目を丸くするしかなかった。
他の人が書かれているようにシステムの不便さも最悪だった。
攻略後半にもなるとクソ遅い既読スキップをしながらネットサーフィンし、選択肢で止まったら該当をクリックして再びネットに潜る…という苦行に近いプレイまでする始末。
誤字脱字も妙に多い。現在修正パッチ(?)が2回ほど出ているが、それを当ててもまだ多い。
まぁ『高階』直緒を『高橋』、愛生ルートでデレに入り、下の名前で呼び始めた次の瞬間には「速水」(音声では「玲児」)には大いに笑わせてもらったが。
『ストーリー不足』『システム不便』『誤字脱字過多』からするに、やはり開発時間が足りなかったか。
これらがちゃんとしていれば間違いなく名作になれていただろうにと思うと物凄くもったいない。
しかし後述するように、物語の根幹はちゃんと練られていて裏設定を読み解く『考察』はできそうなので、そういうのが好きな自分はどうしても高評価してしまう。
それが更に「もったいない」に拍車をかけてしまっているのだが。
各ルート別評価(攻略順)
塔子(85) 直緒(70) 善BAD(90) 愛生(80) 芙美香(70) 映瑠(65) 悪BAD(80) 平均:77
BADはどちらもなかなかの後味悪さで、久々に「うわぁ…」と声が出てしまうほどだった。特に善BADは終わった後引き続きプレイするのをやめてしまったほど。
個別は綺麗(あっさり)に微笑ましく終わった塔子を高評価に。直緒は愛生に対する葛藤を、芙美香は救出シーンをもっとしっかり書いてほしかった。
愛生は可もなく不可もなく、普通に終わったので普通の評価。映瑠は…もっとどうにか出来んかったんか!!!
これらルートを全部見た後に唐突に挿入されるグランドフィナーレは一見の価値アリ。回想やセーブもなく、一度しか見れないそうなのでまだの人は録画してみてはどうか。
システム(10点中)-3点 BGM(5点中)+4点 その他おまけで +1点(愛生の中の人の演技のうまさ、考察できる余地がある等)
合計 79点
(個人的な不満だが、なぜ百合エロシーンがカットされているのか意味がわからない。キス+パイタッチで強制終了するものを回想シーンに入れないでほしい。っていうか最後まで描写しろよエロゲだろこれは!)
---------------------------------以下、グランドフィナーレを見た後の自分的考察(という名の妄想)------------------------------------------------------------
本作は『作者:安納塔子が過去に体験した実話に『フィクション』を織り交ぜた物語』である。つまり現実世界で起こった『セミラミスの天秤』と、本作の小説『セミラミスの天秤』の2つあるわけだ。
どれだけのフィクション=嘘が盛り込まれているかは見当が付かないが、一箇所だけ明らかに嘘だとわかるところがある。それは
『実際にこの小説を書いた作者:安納塔子と作品に出てくる安納塔子は同一人物』
というところだ。なぜそれが嘘だと思うのか。順を追って説明していこうと思う。
作中の安納塔子はペンネームを持っている。『雪井燈花』だ。塔子ルートのラストでは実際に彼女が執筆した、小説『セミラミスの天秤』が登場する。
その小説を手にした主人公がこう付け加えている。
「雪井燈花の最新作、セミラミスの天秤だ」 と。
だがよく考えて見てほしい。もしこのシーンがノンフィクションならば、スタッフロールやOHPに記載されている原作者の名前は『雪井燈花』でなければおかしくないか?
『雪井燈花の名前で出版した』という部分がフィクションである可能性もあるだろう。
しかし、『原作者の安納塔子という名前自体が作者のPNである』と考えれば、グランドフィナーレで作者と思われる人物が口にした謎の台詞(「PNにPNをつけるのは面白かった」)もつじつまが合うのである。
原作者の本名が雪井燈花でPNが安納塔子という、逆のパターンも考えられる。しかしその場合、台詞は「ペンネームに名前をつけるのは~」となるだろう。
つまり『雪井燈花』自体が全くのデタラメで、『安納塔子』共々実在しない名前と考えられるのだ。
ではこのPN:安納塔子の正体は一体誰なのか。
小説『セミラミスの天秤』が作者の実体験を基にしている以上、作中の登場人物の誰か――ということになる。
思いつく人物はたった一人。『神尾愛生』である。
実際、作者と思われる謎の人物(CV塔子と同じ)が話している途中で段々二重音声になってくる演出がある。その『もう一つの声』はどう聞いても愛生の声なのだ…。
愛生がこの作品を書いていたとしたら。物語が愛生中心で展開される理由も納得できる。
作中の『神尾愛生』という名前はおそらく偽名だろう。「カミオもアミも古代の王様が召喚した悪魔の名前」なんて偶然は現実にはありえない。
作者の愛生(本名不明)が、作中の自分自身にではなく別人に己のPNをつける。そうすれば読者(プレイヤー)に『作者は主人公の幼馴染』だと錯覚させられるというわけだ……。
??「あなたは、誰にこのペンネームが付いてたら良かったのかしらね?」
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過去に実際に起きたセミラミスの天秤とはなんだったのか? 幻聴の正体は? 作者はなぜこんな回りくどいことをしたのか? 等まだまだ解らないことだらけではあるが、正解発表などは必要ない。
ここまで考察できて楽しかったし、この結論に至った瞬間に感じた言い知れぬ不安感と鳥肌はこの先も大事に取っておきたいものだ。
願わくば他の方たちの考察なども聞いてみたい。 では、最後はもちろん、この言葉で〆ようと思う。
「――ようこそ、悪魔の織り成す『優しさ』の牢獄へ」