一体、誰の為のエピローグだったのか。
ミステリー風作品、を作りたかったんだろう、多分。
主人公の存在について明かされる一章ラストは、驚くことは驚いたものの、シックス・センスと同じオチで、その分かなり肩透かしでもあった。
しかもあの映画と違い、こちらは幽霊の存在が主題としてあらかじめ明示されていたわけでもないので、余計にアンフェアな気分が増す。
一章はいってみればただフリで、たいして面白みの無い部分であるが、雰囲気だけは好きだった。
しかし、全てをプレイし終えて感じるのは、一章が謎やその真相のためのフリに過ず、それ故作品の構造上の位置付けが決定されてしまい、それ自体としての魅力をどうしても減じてしまわざるを得ず、もう同じようにはその雰囲気を楽しめないだろうという残念さだけである。
さて一応この物語には、城崎朝陽という人物が主人公にすえられてる。
主に彼の視点で話が進む一章は、謎を振りまくための踏み台のようなものだ。
それが踏み台であることによって、真相はその効果と価値を増す。
問題は、この主人公自身も、真相ないしは真相を担う人物の踏み台になっているのではないかということである。
作中で扱われる、連続失踪事件の真相において、主人公の存在は本質的に重要ではないからだ。
以下はごく簡単な経緯。
日加賀未来(富裕な家の娘。主人公とその恋人であるヒロイン日乃葵が所属する新聞部の先輩であり、葵とは親しい)が自殺をしようとしたところを、葵が阻止し、交流を持つことで未来を心理的に救う。
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日加賀未来が日乃葵に感謝と共に、好意を抱くようになる。
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千里氷雨(富裕な家の娘。事件の犯人。主人公のクラスメイト。葵の友人。未来の従姉妹。過剰に自己中心的な性格。未来に強い憧憬と好意を持つ)が、未来が葵に奪われたと捉え、氷雨は葵を憎悪する。
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その憎悪から、千里氷雨が葵に似た女性を何人も殺害する(最終的な標的は勿論葵)。
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作品開始時点より一年前。主人公と葵が付き合い始める。
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主人公と葵が幸せそうに過ごしているところを氷雨が目撃し逆上(葵の幸福は氷雨にとって苦痛である)、葵の殺害を謀るも、主人公が葵を庇い死亡。
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葵、絶望し廃人同然になるも、幽霊として現れた主人公を認識し回復に向かう。
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周囲の人間には主人公が認識できないにもかかわらず、葵は主人公に普段通り振る舞い、周囲に正気を疑われていく(主人公は自分が死んだという記憶もなく、またそのような現実も認識することが出来ないとされている、これが主人公へ、周囲の人物が真相を明かさない理由である)。
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未来、葵を周囲の目から守るため、親から一軒の建物を貰い受け(!!)、それを学生寮として主人公、葵、自分、昴健一(主人公の親友。未来の付き人?)の四人で住むことを提案し、葵はそれを了承する(未来と健一には主人公が見えている)。
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それから一年後、作品開始。新聞部に所属する主人公と葵は、葵の好奇心(驚くべきことに本当にただの好奇心からであるらしい)から連続失踪事件の調査を始める。
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調査が進んだ結果、被害者女性達の写真から、犯人の真の標的は葵であると主人公は確信する(このあたりの理路の導出の仕方が論理も何もあったものじゃない)。
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主人公、そのことを未来だけに告げる。未来はその指摘を受け、氷雨が犯人と気づき彼女に自首を勧めるも、氷雨はそれをスルー。
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氷雨、真の標的たる葵殺害のため、葵、未来、健一の三名を拉致。
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主人公、不在の三人を捜索。その途中で自分が幽霊だと気づき、死ぬ直前からの記憶を取り戻す。
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主人公、葵を救出すると共に消滅。
こう見ると、主人公はほとんど、副次的派生的な関わりしか持っていないことが分かる。
この話で枢要なのは主人公ではなく、葵、未来、氷雨の三者でありその関係である。
氷雨は未来を慕い、未来は葵を慕い、それ故氷雨は葵を憎悪する(葵がクラスの中心だったことも彼女の嫉妬の一因であるらしい)。
この三角関係(それは最早、半ば同性愛的でもある。氷雨は言わずもがな。未来などは、葵のためと言って親から家を一軒得るほどなのだから)が事件を生み出し、動かしている。
そしてまた、事柄の真相を語りうる特権性を持つのもこの三者であろう(そして葵はその中でも別格だろう。未来の好意と、氷雨の憎悪の二種の志向性の対象となることで、彼女は事件の唯一の動因となる)。
主人公の正体についてのトリックの描写や経緯の描写は、あくまで劇作的効果のみについての問題であって、事件自体にはなんの関係もない。
この主人公のしたことは、葵を守って死に、一年間幽霊として存在し、また葵を守って消滅した、それだけである。
事件の側からみれば主人公は全く重要な存在ではない(氷雨に殺されてこそいるが、連続失踪事件の被害者ではない)が、主人公からすればその事件は重要な意味を持ちえ(自分を殺した犯人の手になる事件なのだから)、そして彼の観点からその意味を語ることも出来たであろうが、それはなされぬまま彼は消滅する。
また彼は己が幽霊であることに、悩み苦しむことも出来たはずであるが(それは彼にとって一種の権利ですらあったろう)、彼が幽霊であることは葵、未来、健一に秘匿され(知らされるのはラスト付近。未来の残した情報によって間接的にである。彼女はその文面の中で主人公に謝罪する。自体が既に終局に近いから、顔を合わせなくても良いから、彼女は謝る事が出来るのであろうか)、彼は消滅する。
彼は当然、葵、未来、健一に守られていたのだ。
彼に真相を告げない(告げても認識しないだろうし、認識したら消滅するそれがあるから)のはその一環だろう。
それを良いものと捉えて良いかは分からない。
作者は本作を、「シリアス」、「残酷」と評しているが、単に気持が悪いと感じることの方が多かった。
ラストの独白でサナ(主人公と同じく幽霊。未来の姉であるが幼くして死んだため、外見も幼く、未来の妹として振舞う)は、傍観者である現在の自分と違い、主人公は幽霊ながら自分の人生を生きていた、という趣旨のことを述べる。
そうだろうか。彼は生前に行った、葵を守るという役割を再び履行して消滅しただけにも見える。それが人生なのだろうか。
健一は、親友であったと悲しむ。具体的に親友らしい描写はないし、その経緯も具体的には触れられない。親友である、親友であった、といわれるだけだ。
未来は、主人公に代わり自分が葵を守るから安心して欲しいのだそうだ。この期に及んでも、自分と葵の関係の話をしている。
葵は、主人公の遺書(習慣的に一年ごとに新たな遺書を書いていたらしい)を読み、未来を生きると誓う。葵を慮る遺書の文面が示されるだけで、主人公が本当にどう思っていたのかは分からないままだ。
これら四者の独白は、早朝の太陽に向かってなされている。
主人公城崎朝陽は、最早、語るところもなく、彼らの拝む、彼らの背景となってしまう。
これを感動的な場面と見るべきなのだろうか。
驚くべき真相と真相を担う人物達のために、前景として覆されるための日常と、唐突でヒロイックな活躍を負わされ、自らの語るところを持たない主人公。
思ったことを適当に列挙
・唐突で不自然な遺書の登場。違和感があったが、これはどうやら作者の好みらしい。
作者の二次創作で、生者と死者が手紙によって媒介される、というモチーフが出てきていたので、それがお気に入りなんだろう。
不可能なコミュニケーションが、手紙という素朴な媒体によって、実現されたかのように見える、という表現がなにがしか琴線に触れるのだろうか。
・幽霊周りの設定や世界観の感触が、渡辺僚一さんの冬は幻の鏡やIndigoになんとなく似ているように感じた
異様に自分の作った設定を大事にしすぎているようなところも似ている。
・急展開恋愛ノベルと銘打たれているが、主人公と葵の恋愛模様が奥行きをもって描かれるということはほとんどない(作中の二人が可愛らしくも睦まじく付き合っていると見るか、小心翼翼と付かず離れずの距離を保っていると見るか)。
二人が何故好き合っているのかが具体的に描かれているわけでもない。
恋愛とはもしかして葵←未来←氷雨の関係のことをいっているのか?
・なんか叙述トリックとかが好きなんだろうか。ミステリーとか詳しくないので全然分からないが。
主人公の正体や、おまけの短編のやつとか。
なんか子供が新しく知ったばかりの遊びではしゃいでるみたいな素朴さを感じたけども。
でもちゃんと成立はしているんだろうと思う。