リメイクの出来についての点数。原作は個人的に100点近いほど気に入っているという上で
長文感想がなかったので参考になればと思い。
これは個人的な話になるが、実は本作のCS移植版(PS2版)が、人生で初めて私がプレイしたノベルゲームであり私がオタクの世界にどっぷり傾倒することになるきっかけとなる作品であった。以降約20年の間に数百本のエロゲをプレイすることになると思うとまさに人生を狂わされた作品といえる。
この20年の間、ふとした拍子にこの「水月」を再プレイしたい衝動にかられ、実際にそうしたことも何度かある。当たり前だが後年の再プレイになればなるほど、他の作品のプレイ本数も増え徐々に目も肥えていっているというささやかな自負もあったりするのだが、その都度この作品からは新たな発見や考察が生まれ、後年の名作群にも引けを取らない完成度であることを再確認することとなった。
先に述べた思い入れのことを抜きにしても、その幻想的な世界観や魅力的なキャラクターは間違いなくエロゲの歴史の中でも名作と呼べるだろう。
とはいえ、古い作品ではある。グラフィックの解像度やUIなど現在の環境でのプレイでは不便が生じることも多々あるだろうし、そもそも原作はOSや相性の問題もあり現在の私のPCでは起動さえできなかった。PS2、PSP、DVD-PGなど複数回にわたってローカライズされている作品でもあるが、それらの媒体も時代遅れと言わざるを得ない。
再プレイ、もしくは若い世代のプレイヤーが評判を知って新たにプレイする際にどの媒体を選んでも一定のストレスがかかるのが、作品の素晴らしさを知る者としてはもどかしいところであった。
そういうわけで、リメイク版の発売というのはファンとしては望外のサプライズで大いに期待するところだった。
ところが、これは点数や一言感想を見てもらえば分かる通りだがこのリメイク版に関しては期待に大きく及ばない出来だったと言わざるを得ない。以下要点を箇条書きにしていく。
・グラフィック面
立ち絵一枚絵に一切変更なし。これは全然いいと思う。☆画野郎氏のグラフィックは、本人の画風の変遷的には当然現在とは異なっているが、当時の他作品と比較した場合の美麗さ、清新さは飛びぬけている。現代のエロゲと比較しても一切古さや見劣りを感じることはないので、ここに手を加える必要はないと思った。
しかし、一枚絵のレイアウトに関しては難しいところだ。本作は通常のノベルパートに関してはいわゆる16:9のワイド画面で進行していくのだが、一枚絵画面になると16:9表示か4:3表示かをコンフィグで選択する形となる。前者は元が4:3形式である一枚絵をワイド表示するためにトリミングが行われる。要は絵の上部分と下部分がカットされて表示される。これによって元のレイアウトが崩れるため、例えば顔のアップのスチルとかだと本当に画面一杯に顔が表示されたり頭や顎が切れたりする。複数のキャラが一堂に会しているスチルだと画面の隅に映っているキャラが完全に消えたりする。
一方4:3を選択すると原作のままのイラストが表示されるのだが、当然元が4:3なので画面の両端が黒塗りになり、昔のゲームや同人ゲームをプレイしているのと同じ状態になる。
私は絵が見切れるよりはこちらのほうがましかと思い4:3状態を選んでプレイしていたが、ノベルパートは16:9で固定なのでスチル表示のたびに画面形式が切り替わるという珍しい体験をすることになった。正直没入感の妨げにはなっていたと思う。
これに関しては元の絵が4:3であるというところに端を発している問題なので、一朝一夕に解決するのは難しいのはわかるがもう少し何とかならなかったのかとは思ってしまう。とはいえ、これから挙げる問題点に比べれば、欲を言えばレベルの指摘なのでグラフィックに関してはギリギリ及第点かと思う。というかもとのイラストが神がかりすぎる。
・システム面
一番の不満点。端的に言うと現行のOSに対応するようになったという『だけ』で、原作から何一つといっていいほど手が加わっていない。
エロゲというフォーマットがそもそもシステム的に進化の余地が少ないとはいえ、この20年でそれなりに新たなシステムが発明されユーザビリティの向上に寄与してきた。ボイス再生中のBGM音量変更、バックログジャンプ、シーンジャンプ、フローチャ-ト、お気に入りボイス、タイトルスキップ、ほかにもたくさんある。
そういった諸々の機能はこのゲームには一切搭載されていない。なんならクリック時もボイス再生を中断しない機能も、キャラ毎のボイス音量設定機能も、クイックセーブ&ロードの機能さえない。きょうびツクール製の同人ゲームでももう少しユーザーライクだと思う。いわゆるアドベンチャーゲームでなくノベルゲームであることを加味してもこれはひどい。
リメイクの際によく、当時の雰囲気やプレイ感覚を体験していただくためにあえてその時の仕様をそのまま残しました、という話は耳にするがこれはそういった問題ではないと思う。モンハンでホットドリンクやクーラードリンクや調合書を持ち込む不便さを、当時ならではの味として楽しむのとはわけが違うのだ。少なくともエロゲユーザーはそういった不便さをありがたがったりしないだろう。減点の大部分はここに当たる。利便性が上がってないならリメイクの意味がない。
・ボイスに関して
これに関して完全に個人の見解なので反対という人もいると思う。
本作はPC版の水月としては初めてキャラクターボイスが実装された。とはいえ、水月に声がつくこと自体はこれが初めてではない。
まず、PS2移植に際してボイスが追加されている。これは当時のコンシューマー移植としては珍しいことだと思うのだが、わざわざ追加で実装するにも関わらず起用されている声優の面々はエロゲユーザー的になじみ深い声の方々だったりする(こういったことに言及するのは好みではないがいわゆる生き別れの妹と呼ばれる人達だ)。おそらく声をそのままに名義だけ変更してPCに逆移植する予定だったが、何らかの事情で頓挫したのではないかと邪推する。個人的には初めて聞いたのがこのバージョンであったこともあり気に入っている。もはやレジェンド級の面々である。
次にDVD-PG版を出すにあたり、上記のCS版とは名実ともに声帯の違う声優陣が起用されている。こちらは当方未プレイだが、DVD-ROMの容量の都合でか本編の内容がところどころカットされていて原作ユーザーからはおおむね不評だったと聞き及んでいる。
今回実装されたボイスの声優陣はこのDVD-PG版のほうだ。おそらくDVD-PG版の収録の際に、カットされたシーンに関しても録音だけはしていてそれをそのまま流用したのではないかと思われる。
これに関しては繰り返しになるが個人の見解で、今回の声優陣に対するネガティヴな感情は一切ないうえでの意見であるが、新たに声優を選んでもよかったのではないかと思う。今のユーザーにとって馴染みのある若手中堅を起用することで新規ユーザーの導線になったのではないかと。
リメイク版での声優変更は必ず賛否を生むデリケートな問題ではあるが、水月の場合はそれでイメージが損なわれるという人は少ないのではないかと思う。原作がまずボイスなしだし、CS版はともかくDVD-PG版をプレイしたことのある人は極めて少数で、キャラのイメージにこちらの声優陣を当てはめている人はそう多くないと思う。だったらフレッシュな面子で装いを新たにするのもありだったのではないか、と。極論気に喰わないという人はコンフィグでボイスをオフにすればいいのだし。
・その他
ファンディスク「みずかべ」未収録。ボイスを撮ってないからでしょう。
シナリオには加筆なし。トノイケさん、生きておられますか。
結論。現代の環境でプレイできるようになっただけでも嬉しいということでギリギリ赤点回避の40点としていますが、それはひとえに原作の素晴らしさゆえです。リメイクの有り様に関してはほとんど評価に値しないといっていいと思います。
とはいえ、序盤に大いに期待していたなどと書いておいてなんですが、こうなることは薄々気づいてもいました。F&Cという会社がしばらく新作を出していないことや公式の作品紹介の熱量のなさなど、不安にさせる要素はたくさんありましたが、原作への思い入れ故に一縷の望みを捨てきれなかったのです。
しかし実際に発売された本作から感じるのは、当時のユーザーに快適に再プレイしてほしいという思いでも、新規ユーザーに水月の面白さに触れてほしいという思いでもなく、既存の名作の素材を使いまわして楽に小銭稼ぎをしようというメーカーの浅はかな魂胆でした。
もちろんお金を稼ぐのが商業ブランドの至上命題だし、過去作のリメイクはどこのブランドもやっていることではあるのですが、そこには多少なりともユーザーライクの精神があるものです。本作にはそれが全くと言っていいほど感じられないのが問題なのです。水月の名前を冠せば内容に関係なくファンがお布施してくれるだろうとでもいうような居直り、ユーザーを舐め切った姿勢が感じられます。
はっきりいってF&Cというブランドが潰れようが私は一向にかまわないのですが、水月というコンテンツを語る上で、限られる(現実的に考えておそらく最後になる)リメイクの機会をこのような形で無為に空費してしまったことへの憤りを感じます。そこまでの需要があるかはさておき他社に権利を買い取ってもらってリメイクしたほうがずっと良かった。なにより、興味はあるけど古さゆえに手が出せなかったというユーザーに対して、自信をもって「今プレイするならリメイク版一択だよ」と言えないのが悔しい。
私の感覚にはなりますが、今後水月をプレイしようとするなら総合的に見て一番バリューが高いのは依然PS2版かPSP版になってしまいます。声優陣の好み、みずかべの有無等からそういう結論になりました。あまり大きな声では勧められませんがそれらをエミュレーターでプレイするのが一番快適な気がします(ちゃんとディスクからISOを吸い上げる分には合法のようですし)。
どのバージョンをプレイするにも不便さが伴う不遇の作品ですが、内容は本当に素晴らしいので気になった方はどういった形であれ手に取ってほしいと思います。