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saint19さんのスワローテイル -あの日、青を超えて-の長文感想

ユーザー
saint19
ゲーム
スワローテイル -あの日、青を超えて-
ブランド
NIKO
得点
85
参照数
954

一言コメント

後悔と自暴自棄と青空

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

今作はNIKO(そして確認できないが、おそらくMOREブランド全体の)の最終作である。
今作のテーマは後悔であるが、そこにはこの作品を以てゲームブランドを畳むこととなった北澤氏を始めとしたスタッフの悲痛な悔恨の叫びが織り込まれているように思えて仕方なかった。既にいくつかの指摘があるように、どのルートでも終盤は駆け足気味だったことは否めないが、それは自暴自棄の賜物ではなかろうか。というのも、元々MOREグループのメインとなるMORE、pure more、そしてNIKOはMOREのヒマワリと恋の記憶以降、男性向け18禁ゲーム(要するにエロゲー)ユーザーの好みからかけ離れた作品を送り出し続けてきたからで、自分、自分たちが作りたいものと受け入れられやすいジャンルとのギャップに常々悩んでこられただろうからだ。今作は完全少女論のOPアニメーションを始めとしてありきたりのエロゲーに寄せているのをみて、なんとも言えなくなったものである。一方、シナリオをトータルで見れば宮城(東北の田舎)と東京都心部(深谷、十三軒茶屋近辺)との対比に始まる「青」の使い方はどこまでも美しく、丁寧な心理描写も相まって、フィナーレを飾る作品として不足があったかといえば決してそうではないというのもまた…。

さて、今作は過去と現在を行き来する…というより、過去に何があったかを知ることで現在の登場人物達の心情を慮る構成になっている。下手をするととっちらかってかえって分かりにくくなるものだが、さじ加減は丁度良かったようで、読みにくくはなかった。もし、過去編・現代編といったように時系列通りにやられていたらそれこそ分かりにくかったのではないかと考える。また、この細切れの構成自体が物語の真相のヒントになっているのもまた面白い。

今回の舞台は東京はいつもの渋谷区(渋谷駅周辺)と世田谷区(もっといえば三軒茶屋及び駒澤大学、駒沢公園周辺)、宮城は塩竃市(本塩釜駅周辺)。どちらもかなり分かりやすく描かれているので、近くに立ち寄った際は巡礼してみるのも面白いかも知れない。まあ…地下鉄といっているが、あれ東急田園都市線の地下区間なだけだろうとツッコミを入れたくもあるとかないとか。(半蔵門線と直通しているので地下鉄と言ってしまってもそこまで間違いではないのだが…)

今回も例によって登場人物の姓はM県S市…いや違った、宮城県仙台市の地名から。興味のある方は調べてみてもいいだろう。

曲について
非常に良い。特にイオンの尾、離心率、空がお気に入り。ボーカル曲はナツノヒ一本でよかったと思う。この恋、青春により。のMissingに勝るとも劣らないほどテーマと合っていたのに。

画について
総じて良い。特に、萌え絵において乳袋(衣装等が胸の形でくっきり潰されている様子)は萎えるポイントでしかないので、そこを描かないだけでも安心出来る。

キャラクターについて
紗江子
すぐに翔に身体を預ける印象しかないが、これは彼女の実家との関係が強く影響しているのではないかと考えている。
いいところのお嬢であり、実家の束縛の強い彼女からすれば、翔はそこから連れ出してくれる「ヒーロー」(王子でもいいが、ここは敢えて「ヒーロー」としたい)に写ると思われるからだ。また、彼女は過去における翔との別れ方を悔いており、終わったものだと割り切れなかった(当時の彼女では、割り切ってしまえば実家に囚われてしまうことは目に見えていたため、終わらせることが出来なかったとも言える)のだから、ある種仕方ないだろう。ただ、もう一度別れた後での再会シーンはとってつけた感が強く、正直なところ、必要だったのかとは思ってしまう。エロゲーユーザーから大ブーイングが来るだろうからやむを得ないにしても、曖昧にしてくれていたらこれ以上ないほど綺麗な終わり方だったのだが…。

有華
別ライターが担当(習作?)していることもあってか今ひとつ印象の薄いルートだが、一度離しかけた手を掴みなおしたという手法はこれまでのMOREブランドのやり方そのもので好感は持てた。それにしても、いくらスペックがいいからといっても翔は女途切れんなあ。

えりな
彼女の後悔とは、言わなくて後悔したこと。これは言って後悔するよりよほど悔いが残るものとされる。
翔にそこまで気があるのに、下手に遠慮するから運命を引きよせることが出来ないのだ。
そんな彼女を振り向かせるには、彼女を本気で心配したことをアピールするしかない。そうすれば、翔に見切りをつけた理恵が「応援」してくれるだろう。それは理恵にとっても過去を断ち切り、新たなスタートを切る為に必要な儀式なのだ。その意味で、彼女は理恵にとってもなくてはならない存在だと言えるかも知れない。
勿論、彼女自身ただのギミックでは終わらない。特に彼女と結ばれるルートでは彼女は自分を偽ることをやめ、本当に自分がやりたかった、あるいはなりかったものになれる。全てを剥ぎ取った裏にある素顔は実に良いものだ。
ただ、本人が嫌がっているのに「芋」を連発したのはマイナスポイント。

理恵
貧乏くじを引くかと思いきや、最後の最後に美味しいところをかっさらっていった(というよりは与えられた)不遇なんだか優遇されているんだかよく分からないヒロイン。彼女もまた翔を信じ切れずに距離を置くのだが、彼女のルートとはいえヨリを戻すのは今ひとつ納得出来なかった。というか、翔くんが豆腐メンタルの上に優柔不断すぎるのが悪いのだが、それに律儀に付き合わんでも…とは思う。ぶっちゃけ、あなた補欠合格ですよ、それでいいんですかと言いたくはなる。もっとも、ベタ惚れなのはどちらかといえば理恵の方なので、その気持ちさえ薄れなければ問題はないのかも知れないが、どうにも(いくら決着がついていなかったとはいえ)彼女に甘えきっていた翔との今後の相性はかなり悪いようにしか思えないのだが…。勿論、それを含めての人生ではある。

優奈
ヒーローと結ばれる役回りという意味でも、物語の中心となる女性(ヒーローの女性形)という意味でも「ヒロイン」と呼ぶに相応しいのは彼女だが、ここでは後者は置いておく。
人を好きになるの理由はいらないという言葉がこれほど似合うヒロインもそうはいないだろう。
それだけに、彼女のある選択はとても傷ましかった。それが彼女自身の絶望の始まりであったことと併せても。

架純
彼女の最後の選択は、不本意な別れ方をさせられた彼氏が他の女とどこまでもいちゃつく様を見せつけられ続けたことに疲れたのではないかとしか思えない。実際、彼女が陥ったシチュエーションを考えれば、地獄以外の何ものでもないし、恋心が摩耗していくのは当然のことだろう。(その意味で、彼女ともやり直せると思っていたらしい翔の気楽さにはなんともいえない) そもそも、彼女は(正直役に立っていたとは思えないものの)翔と理恵のヨリを戻すことばかり考えていたので、そこから考えても行動原理は終始一貫している。彼女とのEDがクレジットすらないものだったことからも、色々な意味で想定外だったことがよく分かる。果たして、彼女はいつまでも嘘をつき通せるのか、真実を翔に知られた時、彼女はそのままでいられるのだろうか。話を戻せば、彼女の心残りは後悔のやり直しが行われる可能性を見ることであり、それは(作中でも指摘されているように)果たされている。そして、傷つき疲れた彼女を癒すのは新たな物語だけなのだろう。願わくば、その新たな物語が彼女に祝福を与えますように。



最後に。
ジョジョの奇妙な冒険でも触れられているように、3.11は宮城を語る際には避けて通れない…というよりも何を語るにも折り込み済みとしてあるテーマである。今作のタイトルイラストや重要なシーンに使われている陸橋は震災の後に港の前に建てられたものだし、過去の回想でも2000年代は年代がぼかされている。言い方を変えれば、震災前の出来事は現実感がやや薄れているのである。直接語られているわけではないが、それだけに意図的に無視している様にも感じられる。だが、意図的な無視はそれを強く意識していることの裏返しに他ならない。改めて、あの惨事がそこに住まい、生き残った人々の生活を大きく変化させたこと等を思い、決して風化させてはならないと誓うものである。