あなたのいない世界は多分つまらないから~MOREブランドの正当な進化~
MORE社のMOREブランドといえば、『ヒマワリと恋の記憶』で大化けしたブランドだが、NIKOブランドはその正当な進化型であることを示してくれた一作だった。
今回のシナリオは青春にSF(少し不思議、藤子・F・不二雄が提唱したもの)な要素を交えた良作であるが、各ヒロインのルートではそれを思わせるものは断片的というよりはほんの僅かしか語られず、夏未、そしてTRUEのユキルートでようやくそれが形になるといったものである。
各ヒロインは各々がそれぞれの理由で主人公の雄也に気があるというエロゲではスタンダードなものだが、その理由がなかなか分かりにくい作品も多い中で比較的しっかりとした理由付けがなされているのは感心した。
トータルとして、メインシナリオ担当の小西氏の力量が存分に発揮されており、所謂泣きゲー(※私はこれを良い意味で使わない)とは異なった綺麗なシナリオを書き上げられており、とても満足出来た。CG、楽曲等全て含め、次回作へも期待が出来る。
それぞれのヒロインのルートについて。
瑠璃・すず(・リサ)
今作は天才には周囲がどれだけ力を尽くしても追いつくことが出来ないという描写が為されており、これが雄也と手塚、すずとリサの関係の描写に該当する。実際、すずルートのマネージャーとしての雄也は全ルートでもっとも生き生きとしており、とても眩しい。それだけに瑠璃ルートのあっけなさは、人一人に対して責任を負うことの残酷さと当人達にしか分からない幸福が表現されていてとても興味深いものである。何せ、瑠璃ルートは全ての結末の中で、唯一子どもが産まれているのだから。この両者のルートは(元々エッチシーンを除き、全体として男性向け要素の弱い作風ではあるが、その中でも)比較的少女漫画的な要素が強く、ブランドこそ刷新されているが事実上の前作にあたる『この恋、青春により。』の凛ルートのこれまた正当な進化型と言えるだろう。
また、それとは別に、手塚は雄也がどうあっても叶えることの無かったプロサッカー選手への切符を手にしているし、リサはリサでBAD扱いながらEDが存在するというのも、凡才は天才に追いつくことこそ出来ないものの、凡才なりに天才を出し抜くことが出来るという描写になっており、これはこれで興味深いものである。
余談ながら、瑠璃は雅史と淡い関係になっていることが夏未ルートから窺える。新たなスタートを切ることが出来た彼女とそれを支える誠実な男を示してくれたことに、心より安堵した。
まりか
MORE社は基本的に「一度離した手は二度と掴むことが出来ない」シナリオを好む傾向があるが、一度離した手を再び掴んだ…というより、運命を踏みつぶして強引に引きよせた感のあるシナリオである。それだけに、二人の肌の重ね方は悲壮感すら漂わせるものの、最後の最後で覆した展開は、他のヒロインにはない重ねた年月故だろうか。
ともかく、さりげなくではあるがこの会社にしては珍しいヒロインである。
夏未・ユキ
彼女らの容姿がそっくりであることの理由はユキルートで判明するのだが、ユキが表面上もっとも願っていた夏未ルートの告白シーンで、彼女らが重なりながら片方の存在が消失してしまう演出は本作でも飛び抜けた出来である。未練と満足と贖罪とが折り重なった「大事なこと」を「忘れて」しまうのはとても残酷で、そして幸せなことである。それだけに、ユキルートの「本来あるべき姿」「忘れてはいけないもの」そして、彼女の「存在理由」が回収されたのは喜ばしい。最後の一枚絵もまた、彼ら、彼女らにとって、もっとも「正しい」ものなのだ。それがどのような形であれ、昇華されたことも。
CG等について
これも素晴らしいの一言。
南浜よりこの描くヒロインはどれも魅力的だし、エッチシーンの艶っぽさもそれだけで引き込まれてしまうほど。
音楽について
これも素晴らしい。
インストゥルメンタルの楽曲で特に印象に残るのはInsomnia、Fumikiri、Route246、Neon Sign、そしてNatukiである。
特にInsomniaとNatukiの表と裏のメインテーマ、合わせ鏡になっているであろう構成は実に見事としか言いようがない。また、Insomniaは「不眠症」を表す単語だが、安らかに眠らないという意味合いで使われていることには背筋が震えた。タイトルのゴールデンアワー(逢魔が時)もそうだが、今作のタイトルセンスは近年の全エロゲの中でも飛び抜けて良いと言えるのではないだろうか。
ボーカル曲も全てうっとりとするものである。夢乃ゆきの安定した歌唱力もさることながら、hanaの質も格段に上がっており、これぞMMEブランドと言えるものである。
ところで、今回の舞台は東京の渋谷近辺及び東急のホーム(駅は失念)で、ロケ地もかなり分かりやすい。
ある意味、隠れたご当地ものと言えるだろうか。
もっとも、登場人物の姓は殆どが仙台市及びその近郊の地名で、雄也(と千尋)のそれだけが福島県のものとなっている。
プレイした後なら、これがある種の隠喩となっていることに気づくことが出来るのだが、なかなかの隠し要素だと言えよう。
追記
ヒマワリと恋の記憶の天使もそうだが、この世界観(コンビニポスターに同作のヒロイン荻原茜のライブイベント情報があり、同一の世界観であること、作中の時系列が分かる)の天使や悪魔は人間が好きなようで、彼らを見守る視線がとても優しいことに気づく。
追記2
北澤氏のツイートによれば、pure moreとこのブランドは女性スタッフが中心となっているらしい。これならば、激しいエロの割にそれ以外の男性向け要素(というか「萌え)」)が比較的控えめになっていることも理解できるし、その方が個人的には好みである。
追記3
もっとも大事なことを記入し忘れていた。
この作品で最も演出の妙を感じたのは、勢いに任せて取り返しのないことをしてしまった夏希の後悔、焦燥、恐怖といったある意味で当たり前の感情を「プレイヤー」(≠雄也)にすら殆ど見せていないことだ。(もっとも、≠雄也としているものの、そもそも雄也に見せている弱みも「プレイヤー」と大差はない可能性も低くはないのだが)
彼女がやたらと献身的なのは「存在理由」を探し当て、特に妹への罪悪感に償いを示すことで恐怖や焦燥を紛らわせようとしている様子が透けて見えるし、タイトル画面にも僅かな変化が見られるように決してそれらを想定していないわけではない。にも関わらず、「プレイヤー」にはその存在を匂わせるだけに留める、描かないことによって表現する(浮き彫りにする)手法は実に好ましい。それだけに、他のルート(特に夏未以外)での彼女の落胆と呆れと安堵は、それはそれで救いになっているのもまた面白く、夏希でのある意味で絶望的な、そして別の意味で救われた描写も興味深く、何より最も強い救いとなった彼女のルートでのラストのCGに「プレイヤー」である我々も「救われる」のである。どこまでも優しい話ではないかと指摘したところで今度こそ筆を置く。
メモ
・交差点は明治通り(都道305号線)の神宮前六丁目交差点
・通学路は見た気がするが、思い出せない。