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s15100223zさんの未来ノスタルジアの長文感想

ユーザー
s15100223z
ゲーム
未来ノスタルジア
ブランド
Purple software
得点
80
参照数
609

一言コメント

泣きました。伊織の切なさに。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

克さんの絵に惹かれて購入。
はじめてパープルソフトウェアの作品をプレイしましたが、環境周りも快適で非常に好感が持てます。
かなり期待していたエロに関してもこれはもう見事なクオリティ。絵買いした甲斐があるというものです。まあシーン数は一人当たり3回、主人公が連戦することも少なめですし、テキストも隠語がなく控えめです。ですが、絵はそんじょそこらの抜きゲーのそれよりも遥かに質が高いかと。

お話に関しては感情論抜きで言わせてもらうと読みごたえがあってよかったと思います。
勿論、トゥルーエンドを採用するゲームというのは、「トゥルー」と「それ以外」のルートの格差をどれだけ減らせるかが作品の鮮度を保つ上でも大事なのですが、姉妹ルートはよろしくないですね。キャラゲーとしてならともかく本来なら絡むべき杏奈との要素もほとんどなく、ここだけ浮いている感覚が否めませんでした。

しかしトゥルーとそれを支える伊織(+詩?)ルートについては過去(現在)と未来の各キャラクターの立ち位置がぶれることなく丁寧に描写されており、お話に深みを与えられていたように思います。こういうタイムリープものはご都合主義な側面や矛盾が目立ってしまって興ざめすることが往々にしてありますが、そうした手抜きはあまりなく、それぞれの時間軸においてこの人物はどのような思いを抱いていたのか…など細かに肉付けされており最後までお話に触れることが出来ました。

以下、稚拙な愚痴です。多分にネタバレを含みますが、お付き合いいただければ幸いです。

最後までお話を読み切って思ったのが、「伊織はどうなったのだろう。彼女の陽一に対する思いは結局なかったことにされたのだろうか」ということでした。
このお話は「陽一に対する杏奈の一途な愛情」を軸に構成されています。主役は杏奈であり、伊織は杏奈の過去改編の契機を与えるだけの存在にすぎません。
ですが、愛情の深さであれば伊織のそれは杏奈と同等、いやそれ以上のものなのではないでしょうか。
病院で過ごした幼少期から陽一に対する恋慕を抱いており、高校生になってようやく再開を果たせた。そして一山二山超えてようやく結ばれて、超能力者と言う共通する間柄を通じてその中をより深めていく…。伊織の愛情は、陽一という「一人の男性」に対する情愛の念でいっぱいだったと思うのです。
この想いの深さは未来編で陽一が何度も亡き伊織に対して言及していることからも明らかです。そんな彼女の想いが、トゥルーでは初めからなかったことにされ、伊織という存在も「陽一と杏奈のカップルをお祝いする友人の一人」に位置づけられていたことにどうにも自分は納得することが出来ませんでした。

解釈しようと思えば、結局そのルートにおいては伊織も陽一のことを「昔病院で話し相手になってくれた男の子」程度にしか思っていなかった…とも割り切れるのかもしれませんが、入院生活を共に過ごしたという事実はどのルートでも不変なんですよね。となると、伊織ルートではあれだけ入院時代の陽一の存在が大きかったと感じている描写がなされていながら、他のルートになるとそれだけの想いが鳴りを潜めてしまったのはどうしてなのか?という疑問が浮かんでしまうんですよね…。

他にもコントロール力が足りないため、愛する人への想いが強くなるといつしか超能力も制御できなくなる…という要素も「これ、じゃあ伊織は一生一人で生きていけ、ということなのか?」とも感じましたし、お話を辿っていくにつれて伊織の置かれたどうしようもない境遇を知ってしまい、それに涙してしまいました。

杏奈の場合、未来に帰ることになったとしてもそこで嘗て過ごした陽一との6年間の想いは残りますが、伊織はどうでしょうか。陽一と結ばれたとしても、自身の超能力という「癌」によって彼女は若くして命を落とすことが既定路線となってしまいます。生き延びるのであれば陽一への想いに蓋をするしかない。もうここまで来るとただの屁理屈ですけれど…自分には伊織ルートのエンディングが一番皆を幸せにしていたのではないのだろうか、と感じました。

トゥルールートが備わる場合、それ以外のルートが多少劣化するのは最早致し方ないでしょう。ですが、自分には伊織の想いが「それ以外」のルートに収まる程度だったのだろうか、と疑ってしまいます。帰りたくないと陽一に訴えかける杏奈の悲痛な思いは勿論伝わってきました。ですが、伊織ルートで語られた彼女の陽一に対する想いの深さだって決して杏奈に負けてなんかいないと思うのです…。

結局、伊織ルートがお気に入りの自分が彼女の存在をどのルートでも正当化しようとする無駄な試みをしているだけなのかもしれません。ただ、トゥルールートは杏奈の想いだけでは成立せず、それを埋めるポジションとして伊織は用意されたのですが、ただ「既に亡くなった陽一の彼女」というあまりにパッシブすぎる扱われ方に辟易しただけなのだと思います。