人物・背景共に最高級のグラフィックと、優雅で繊細な落ち着きのあるBGM。そして、完成度の高い組曲のようなシナリオ。全ての素材が高い品質で保たれ、その足並みを揃えた結果、統一感を持った見事な雰囲気が作品から漂ってくる。『瀬里奈』以来の、アトリエかぐやから久々に生まれた快作ではないかと思う。
以下、各シナリオにおけるエンディングの考察。
リディアENDが示すのは、未来。
描かれることのない、二人の行く先にあるのは希望か絶望か。未来だけは決して、誰にもわからない。
ヒルダENDが示すのは、現在。
二人で紡ぐ今という時間は、喰われる絶望を増幅させるだけもの。
間違いなくノーラは最後の最後に極悪なシチュエーションをもってヒルダに感情を返すだろう。
その日が来るまで。芽生え始めた感情が美味しく育つまで、二人は現在をただ過ごす。
この先でクロードとヒルダを待つのは最悪の結末しかない。
全ルートを通して、最も残酷なシナリオといえるだろう。
エレノアENDが示すのは、過去。
ノーラの術中とはいえ、クロードが犯してきた罪は重い。彼は自らの存在の抹消することをその罪滅ぼしとした。
そんな中、彼はエレノアとそのお腹にいる子に希望を見出している。故に、自らの消滅に絶望は生まれない。
絶望を齎さない者ほど、ノーラにとって不必要な存在はいないだろう。だから彼女はクロードを縛っていた鎖を断ち切る。
作中でクロードがノーラに打ち勝った、ただ一度きりの瞬間である。
過去に立ち向かった結果、エレノアから新たな命が誕生する。
父にとっては喰われる為だけに存在した絶望と希望を、その子は自分だけのものにした。
それは、ほんの僅かな時間だけクロードに宿った心が我が子に受け継がれた、『虜ノ姫』で語られる唯一のHAPPYENDだと言ってもいい。
各ヒロインのBADENDについては、ヒルダBADのみ、通常ENDとの相互作用があり、その価値が高い。
ノーラがヒルダに感情を返すタイミングはまさに悪魔的といえるだろう。
しかしこれは、あくまで通常ENDの余韻を深める伏線であり、リディアとエレノアのBADについてはダーク系における極ありふれた結末で、二人それぞれの通常ENDにも殆ど作用していない。
ただ、いずれのBADもクロードが心を否定する事に因る結果であり、ノーラENDへの布石になっているとは言える。
そんなBADENDを網羅することで見ることが出来るノーラEND。ここで示されるのは、永続。
淫魔の調律が“また”成功した証であり、彼女が戯れに飽きるその日まで、輪廻は終わらない。
「NEVER END」が示すように、悪夢は覚めない。
そしてハーレムENDが示すのは、終わり。
クロードは自身の悪魔の血にノーラの力を完全に加え、彼女と同じ絶望を喰らう存在へと変貌した。
そして、いつしか「魔王」と呼ばれるようになった彼の元へ女が持ち込まれたところで、このシナリオは締められる。
リディア・ヒルダ・エレノアを彷彿とさせる、新たな三人の姫君。
嘗て淫魔を脅かした「勇者の心・隠者の心・殉教者の心」を彼女たちが持っているかどうかは不明だが、永遠にリピートされる筈だったノーラによる調律は終焉を迎えている。
恐らく、黄金の魔王にも永久は当て嵌まらない。
クロードは過去に98人の調律を完遂させている。
たとえ己の意思が封殺されていた事実があろうとも、それだけ沢山の尊厳を踏み躙ったこともまた事実。
罪を犯した者は、償わなければならない。
故に、エレノアシナリオでは自らを命を差し出し、それを過去の過ちの清算とした。
しかし、それは決して褒められるべき贖罪などではない。
何故なら、エレノアとその子は救われたが、過去に調律された女たちへの罪が赦された事にはならないからだ。
だから、クロード自身の未来は閉ざされた。
クロードが愛する人と共に幸せな時間を過ごせる可能性を残したのは、リディアENDのみ。
十字架を背負い、人々の為に戦い続けた先に、罪が軽くなる日が来るかもしれない。しかし、より不幸で辛い現実が待っているかもしれない。
希望も絶望も、綯い交ぜに。それが心を持つということであり、生きるということ。
BGM「Histoire d′0 (○嬢の物語)」に耳を傾けていると、それぞれのエンディングがそんな示唆だったのではないかと、つい深読みしてしまう。