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ryomarkさんのScarlett ~スカーレット~の長文感想

ユーザー
ryomark
ゲーム
Scarlett ~スカーレット~
ブランド
ねこねこソフト
得点
85
参照数
882

一言コメント

いつか、夢が現実になる日を願って。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

「渋め」かどうかはともかく、私はこの作品をプレイしていて、楽しかった。
では、何が楽しかったのかと聞かれれば、それはテンポの良い、軽妙な展開に他ならないです。

世界が狭く感じるほどに目まぐるしく移ってゆく舞台や、数ヶ国語を操り、様々な特殊技能を持つ主人公たちが、直面する非常識的な問題を解決してゆく様は、さながらハリウッド大作映画。
それに、多岐にわたる専門用語を用いた会話が、その「臭さ」に拍車をかけていました。

ドラマティックな展開を描く為に、コンピューターや医学等、専門的な要素を取り入れつつも、それらを極力浅いレベルで取り扱うことで、また、作中で簡潔な解説を施すことで、専門知識のない常人をその世界観に引きずり込むのは、ゲームに限らず、シナリオを書く上での常套手段の一つといえます。

そういう意味で、私のようなミリタリーをはじめとした、その他諸々の知識が皆無の人間にも理解できるように「Cyclopedia」を入れたのは上手いと思います。と言うよりも、これはもう演出の一つといっていいでしょう。

それらに後押しされれば、ストーリーは、登場人物たちは自由自在。穿った(歪んだ)見方をすれば、シナリオの端々でネットや専門書数冊の知識で描かれたかのような薄さを感じますが、これは当然かもしれません。軽快で解り易いことこそ、万人に受けるエンタメとなりうるでしょうし、長々とした薀蓄は専門書や学術書で、もしくは一つの分野に特化した物語の中だけで必要なものでしょうから。

だから、♯01、♯02、♯04のような、いかにもハリウッド的で非日常的な展開は、瑣末な問題を気にしなければスピード感がありましたし、逆に♯03は、日常こそが大切だ、幸せだという普遍のテーマを描き出しただけに印象深かったです。


…が、問題は♯03が本作にとって本当に必要だったか、ということです。

単体でみるといい話だと思います。また、日常がいかに大切かというのを描き、ラストで明人としずかが日常に帰ることを、見る側に納得させるための布石としてもいいと思います。
しかし、それ以外にあまり意味がないとも感じました。

何故なら、エレナから始まる、しずかのバックボーンを描いたのかと思いきや、しずかは病魔とは無縁の上、クローンのこともその後の展開に繋がらない。
これには、首を傾げてしまいます。

本当、♯03はいい話だと思うんです。年代とか、東ドイツなど、雰囲気が妙にリアルでしたし。
ただ、本作において、ここまでの量を割く必要があった話なのかと。
♯04以降で、しずかを病魔から守るとか、クローンであることによる弊害が発生、なんて展開があれば、この話がもっと生きただけに、この部分は少し残念でした。


後は、少し批難を受けている主人公の一人、明人についてでしょうか。

彼を常人とはかけ離れた九郎と対比させて、プレイヤーである私たちにより近しい存在として認識させ、日常と非日常を描くのはいいのです。
しかし、学業で極めて優秀な成績を修め、親は官僚。英会話もそこそこ、腕には数十万のロレックス。さらには、16歳で一年間のテント放浪生活へ出発。
私から言えば、別に♯02以前の彼も十分非日常です。

視点を別けるなら、もう少し違う立場、環境の人物が必要だったのではないでしょうか。


さて、上のようないくつかの問題点を感じたにせよ、私は大いにスカーレットを楽しみました。それこそ、娯楽映画を見るように、難しいことを考えることなく。
明人としずかが日常の中で暮してゆく結末にも納得しましたし、ラストチャプターの演出も凄く良かったです。

しかし、思いました。



これは、スカーレット「第一部」が終わっただけなんじゃないか、と。



かつて八郎が父のやり方に反発を覚え、それを変えたように、九郎もまた、現行の制度に疑問を抱く。
明人が無実に近い罪を着せられる原因の一つにもなった、身体に流れる深紅の水を、なによりも重視する高級諜報家とそれを厚遇する世界。
それらに対し、別当の名を捨て、美月と共に変えていこうとする九郎。


こんな夢想をしてしまうほど、もっとこの世界を見ていたかった。



…いつか、夢が現実になる日を願って。お疲れ様でした。