時流に乗っかった題材で導入部分は面白かったですし、大筋も燃えと感動の文脈に沿っていたとは思いますが…うーん、微妙に刺さらなかったです。良くも悪くも話が道徳的といいますか、お行儀良すぎましたね。正義とは何かというテーマの表現が物足りない、主人公の目的意識と葛藤が弱い。これでは争いの構図に感情移入できません。
まず本作の要旨と良かった点などを軽く語りますね。
なろうタイトル風にあらすじをまとめると『異世界転移した平凡高校生がチート装備を手にして美少女と仲良くするついでに救国の英雄になっちゃいました』といったところでしょうか。“いかにも”なあらすじですが、ラノベ業界からは周回遅れだとしても、流行のジャンルに目配せして今の読者の嗜好を掴もうとする試みはクリエイターとして評価すべきなんじゃないかと思います。今風のスピード感を感じるストーリー展開にも関わらず、物語の冒頭からすんなり世界観に入り込めたのも長所です。
内容の見どころとしては「かつて大切な人を守れなかった主人公が今度は間違わず守り抜く切実さ」や、ルーやシェリーのように「他人に認められなくても自分の中の信念を貫くヒロインの純真さ」などが挙げられます。コミカルな会話劇と鈴平ひろさんの美麗なイラストにも満足しています。立ち絵の人数も豊富で視覚的には充分楽しめる作品でした。
また本作はアルディリアやリディアやリロやマリスなど悪に見える登場人物にも彼らなりの理念があるという表現を用いて「異なる理念が衝突した場合どうすればいいのか」という論点を描こうとしていたのではないかと受け取りました。絶対悪が存在しないことで、全てのキャラクターに魅力を感じられる造りとなっています。
ここからは不満に感じたポイントを列挙します(本題)。アクションパートと分岐方式については省略します。 ※ネガティブ感想ご注意ください
・主人公の秘めた想いを引っ張りすぎ
永羽の行動原理が「大切な人を守りたいから」なのは序盤でわかりますけど、なぜ?誰を?を明かさないまま進むので、彼の心情に共感しづらかったですね。妹が事故にあったから強くなると決意したという過去は、後半まで引っ張るほどのネタだとは思えませんでした。ヒロセという女性名らしくない名で何をミスリードさせようとしたのかも意図がわかりません。
・葛藤が弱い
一番引っ掛かったのはここでした。守るべきもののために現世に帰らなければならない、しかしこちらの世界でも大切なものが出来つつある、一体どうすれば…という心の揺らぎがないこと。電車が来たみたいなので帰れるなら帰ります、でも帰れなかったのでここで命かけて戦います、ってそれじゃいくら何でも軽すぎる。妹を守るという誓いと命をかけた戦いへの恐怖、両方への真剣味が感じられない。もっと異世界で生きるという現実に悩んで迷って葛藤してください。そうじゃないと戦いの構図に感情移入できず、主人公を応援する気持ちが湧きません。総じてこの作品は永羽の主人公性が低くて、流されるままの傍観者になっている印象です。同ライターの直近作『アインシュタインより愛を込めて』ではしっかり書けてましたので、今作は主人公の色をなるべく出さないようディレクションがあったのかもしれませんけど。
・叙景文がほぼない
これについては長所と短所があるので不満だけというわけではないですが。異世界の文化・生活様式や植生、街並みや戦闘描写など、違う世界からやってきた(と思っている)主人公の視界にこの世界がどのように映ってるのかという描写がもっと欲しかったです。特に戦闘に関してはエフェクトと効果音に頼りすぎな傾向があります。しかし会話劇をメインにすることで可読性を高めるメリットもあるので、必ずこうであってほしかったというほどではないです。
・恋愛描写の不足
これははっきりダメでしょう。確かにさほど恋愛の必要性が高くない作品も中にはありますけど、守るべき妹を残してまで異世界で戦い続ける理由に愛する人の存在は不可欠です。それを獲得する過程のドラマを描かないでどうするんですか。ヒロインとの日常イベントをこなしていたら突如両想いになってて即Hシーン、その前後以外で恋愛模様が描かれないというのは不自然すぎて作品の質を損なっています。
・主人公側の理念が綺麗事に聞こえる
永羽とアルディリアは喪失を経験して大切な人を守るための強さを求めたという点で似ています、でも目的が一緒なのに二人の正義は相容れない。未来でより多くの人を生かすために今生きる大切な人を犠牲にするという「幸福の最大化」を図るアルディリアに対して、周囲の大切な人を守るという「道徳的正しさ」を掲げる永羽。その対立の図式は興味を引くのですが、アルディリアの正義を断罪する永羽達の言葉に重みを感じられませんでした。ここでも葛藤と思慮が足りてないんです。無限に等しい時間の中で幾度も絶望を味わい今の境地に辿り着いたアルディリアに対して、ろくに考えもしない主人公に「あなたは間違っています」などと軽く言われても共感出来ません。自分たちの正義が理想すぎやしないかとか、アルディリアの語る正義にも一理あるんじゃないかとか、そういう迷いや葛藤が戦いに厚みを生むと思うんですけどね…。正しい主人公たちが正しい行いをして敵が改心しました、ではあまりにもカタルシスがない。功利主義を批判して道徳心の滋養こそが正義だと言い切れる論拠は何か、もっと主人公達の言葉で語ってほしかったです。ちなみに道徳感情が腐敗した人間の私はクライマックスでずっとアルディリアを応援してました。「頑張れアルディリア!お前は間違ってないぞ!」って(負けて悲しかったです)。
〇終わりに
物語を振り返って感想を書いてみたら、グチグチ言いながらもなんだかんだで楽しんでたのかもしれませんね。
私は人物の心情を考える方が好きなので作品構造の考察ってあまりしない(出来ない)んですけど、明かされてない裏設定はありそうな気はします。ヒロセが異世界を「懐かしい感じ」と語る台詞や魔術の素養があったこと、主人公の名前が「長い永遠」で時を操る力を与えられた存在であることなど。ただそういう設定は本筋が面白くて初めて効いてくる要素なので、もしFDや続編があるとしたら、今作よりも一層頑張って頂きたいです。
<余談>
永羽があの世界に一冊だけ持ち込んだ本のタイトル『今から正義の話をしよう』は、マイケル・サンデル著『これからの「正義」の話をしよう』のことですね多分。テーマはここから引っ張ってきたんでしょうか。