普通の主人公とカッコいい主人公
エロゲの主人公にはカッコイイやつらが沢山いる。自分のエロゲデビューにあたるG線上の主人公もそうだし、有名どころでは暁の海、グリザイアの雄二、ハローレディの真理があるだろうか。また、空間90点超えの神ゲーたちの主人公はほぼ間違いなく魅力に満ち溢れていてカッコイイ。では本作の主人公はどうだろうか?
市松央路は極めて普通の主人公である。少なくともスタート地点では。
いや普通の人間は金髪美人をお姫様抱っこして黒服から逃走したりしないだろうが、あれがなくてはそもそもこの物語は永遠に始まらないので許して。お姫様抱っこでがんばった以降は10年前のしがらみに流されただけだったし、共通ルート終盤で寮生に認められたのもその人格と行動力のおかげであり、特別な主人公の才能・能力を使ったわけではない。逆に言えば、ここまで平凡な主人公で飽きること無く読み進められる日常パートを書くさかき傘さんの実力には脱帽である。この一作でファンになりました。
共通後の玲奈ルートでは身分的にも近い位置にいる(この「身分的に近い位置」がこのゲームでは比較的貴重)ヒロインとの恋愛があり、そして過去の因縁への決着がある。ここはまあ王道でありザ・エロゲーのようなシナリオ展開だっただろう。
ハイスペック姉妹のルートでは、やはり壁になってくる身分の問題。だが、このゲームでは身分の差により主人公に降りかかる問題は全体的にマイルドだったように思える。それは身分問題でのいざこざは物語としてありふれているというのもあるし、主題から逸れているし、なにより愛の力で結局は解決してしまうのだ。
この3ルートで主人公は「カッコつける」を覚えた。とはいえここでのカッコつけは一般的なものに近く(それゆえ考えさせられる点も多分にあるが)やはり愛の力の前にどうしても霞んでしまう。
そして待望の理亜ルート。各ルートに散りばめられた伏線を余さず回収した点は見事だが、このゲームで注目するべきはそこではない。
特別な才能のない普通の主人公が、普通にして最大の壁「恋人の死」に立ち向かわなくてはならなくなった。
自分の勉強不足かもしれないが、メインヒロインが物語終盤で「普通」に死ぬゲームはなかなか見られない気がする。大抵はヒロインの死でさえ主人公の能力、あるいは愛の力で回避してしまう。したくなる。しかし、これまでのルートで思い知らされたのだ。主人公には特別な能力などなく、愛の力で乗り越えられるのは身分の壁までであると。
「え、このまま理亜死んじゃうの?」とルートを進めていくとユーザーは途中で咎められる。
”オレを死ぬものだと思って見ないで。いまちゃんと生きているオレだけ見てて”
反省した。筆者はどこか理亜の死を一つのイベントとして捉えていた。よく「自分を主人公だと思ってプレイするか、それとも読み手としてプレイするか」という話題がある。筆者は間違いなく後者だが、前者でありたいと思っている。そして死をイベントなどと考えることは前者としては間違った行いである。反省しなければならないだろう。
理亜の死期が迫る最中、普通の主人公がとった行動は「カッコつける」ことだった。この行動は「普通」だろうか?それとも「能力・才能」だろうか。
筆者はどれにも該当しないと考えている。「カッコつける」ことは誰にでもできるが、最愛の死を前にカッコつけることは普通ではないし能力・才能ですらない。好きな人を振り向かせるためにカッコつけることもある。愛がもっとほしいとカッコつけることは誰でもできる。だが、最大限の愛を貰いながら、それでも最愛の人のためにカッコつけることができるのは彼だけであろう。
市松央路は普通でありながら最高にカッコいい主人公である。
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全ルート解放後のEXTRA、おそらく多くの人が涙を流したことだろう。筆者もその一人である、はい。
だけどあれは、なんかダメだと思うんですよ。こう「これはゲームなのでこういうCGも用意できます!」みたいな感じがしてしまう。筆者がひねくれているだけなんですけどね。
なので敢えて拡大解釈をしてみると、「箱が渡る時のループの中で、理亜と結婚する時間が存在する」となります。
(ああ、理亜が結婚するまでのルート見たかったなぁ)