「水月」の雰囲気そのままの淡い色調が印象的な、良質の癒しゲー。ボイスも凝った画面演出も無いし、あらゆる意味で小説的な作品。それでも退屈せずに引き込まれるのは、ライター氏の実力の賜物だろう。
ボイス無しでも充分に可愛い桜と紅葉に、まずは拍手。
桜を中心に進むストーリーだが、良き兄の主人公、良き姉の紅葉、
良き保護者の可憐・・・と桜を取り巻く人々の優しさが印象的。
シナリオ面では、特にバカップル前の紅葉シナリオは癒しゲーの最高峰。
会話の暖かさは言うに及ばず、
長年連れ添った夫婦のような空気感は幼なじみキャラならでは。
散髪中のプロポーズシーンなど、何度もロードして見たくなるほど味がある。
「観念・常識という名の化け物」というテーマから見ると、
桜シナリオが最高の出来。
桜の甘えっぷりは、可愛いを通り越してむしろ怖いほど。
主人公の葛藤の描写も上手く、曖昧に逃げずに深いところを付いてくる。
一方の可憐シナリオは、化け物の正体も最後まで明確にされていないし
大事な部分をはしょってしまった印象があり、今ひとつ。
他の方の感想を見るにいろいろな事情もありそうだが、
ここまで勿体つけて引っ張っておいて、あのエンドはないだろう。
本来このルートで語られるはずだった「化け物」の正体とは何だったのか、
その真相が知りたい。
全体的に平坦な印象のシナリオだが、
一気に読ませるモノローグと会話のセンスは見事。
画面いっぱいにテキストを埋め尽くす「水月」の雰囲気そのままのビジュアルノベルスタイルは、
小説家タイプのこのライターさんに良く合っていると思う。
プレイ後にボイス無しで正解だったかな、と思えるということは
それだけそれ以外の音楽・絵・文章が優れていたということなのだろう。
決して派手ではないが、こういう作品がもっと評価されて欲しい。