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puipuimalさんの終のステラの長文感想

ユーザー
puipuimal
ゲーム
終のステラ
ブランド
Key
得点
95
参照数
112

一言コメント

終末AIものでこれ以上の作品は生まれないのではと思うほどの傑作

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

パケ絵に惹かれて購入。
近年よくある終末AIものであるが、頭一つ以上飛び抜けた完成度であった。遠い未来を細部まで想像し描く想像力と登場人物の感情を掘り下げて正確に描写する文章力の高さが伺える。
やはり、シナリオゲー界が誇る伝説級ライターの実力は健在であった。







以下、ネタバレあり感想。
〇プレイ時間
まず、物語の長さが絶妙であった。フィリアとジュードの関係のみを描いたと言っていいほど2人の会話が物語の7割くらいを占めていたが、2人の旅をもっと見ていたかったと思う文量であった。物足りなさを感じるくらいがちょうどいい。

〇物語の構成
構成が整っており、物語の全体像を理解しやすかった。
文明が滅び、運び屋という古代の科学文明の遺物を運ぶ職業が重宝されている時代であること。運び屋である主人公に謎の公爵から依頼があり、フィリアを発見して、フィリアを届けることになる。ここまでおよそ1時間、テンポが良い。
旅では世界に潜む危険と遭遇しながら、ジュードとのふれあいを通じて成長するフィリアが描かれる。
公爵が指定する場所に近づくにつれて、ジュードとフィリアにわだかまりが生じ、どうなってしまうのだろうと思っているとそのままクライマックスへ。退屈に感じる時間が全くなかった。
SFの性質上、舞台説明は必須であるが、小出しに情報を開示することにより、最後までワクワクしながら読むことができた。舞台設定が明らかになった後は、フィリアとジュードの関係性へ話が移り人情に語りかける物語へ変化した。
最初から最後までずっと心を奪われたままであった。

〇舞台設定
現代からジュードが生きる時代までの変遷は、ぼやかされており、予測すると次のとおりか。高度な科学文明が発達→人類は外界から遮断され巨大な建物内で生活するようになる→人類はAIが定義する人類から外れる→シンギュラリティマシーンが活動していない地域のみに人類が居住するようになる(舞台となる時代)。
人類の繁栄を支えるAIであるシンギュラリティマシーンが、人類を見失うという話は奇抜な設定で面白い。
また、この設定がフィリアの正体に繋がるのが素晴らしい。フィリアのようなAe型アンドロイドは、人類と関係を深めることで心が発達する。発達程度が一定以上となると、Ae型アンドロイドはAIの定義上の人類として認識される。そして、AIは発達したAe型アンドロイドを通じて、間接的に人類の存在を認知することができる。ここら辺の設定はものすごく練られているなと思い、理解した時の脳汁のプシャり具合がやばかった。

〇公爵の企み
ウィレム公爵は最高のラスボスであったと思う。物語の流れからすると、胡散臭い依頼主の爺さんが最後に立ちはだかるのは明確だろう。このジジイはいつになったら本心を見せるんだと楽しみにしていたら、単なる下衆ではなく、人類の復興に命を捧げた崇高な科学の信奉者であった。こちとら、フィリアとジュードにズブズブに感情移入しているため、彼の行動を悪と捉えたが、純粋に人類を再興するための善意に満ちた行動であった。人類にとっては彼は正義である。もし、ジュードがウィレム公爵の要望を飲み、フィリアがAIの統率のために利用されたらどうなっていただろうか。再び人類は繁栄することが出来たかもしれない。
ウィレム公爵が下衆ではなく、崇高で一貫した人物であったため物語に厚みが増している。ラスボスはかくあって欲しいものである。

〇ジュードの感情の揺れ動き
初めの頃はフィリアに心の中に入られまいとしており、非常に冷淡に感じられた。まーた、key産の非人道系冷徹主人公の系譜かと思ったが、そんなことは無く実にウェットでナイスな男だった。
荷物として丁重に扱い距離は詰めないという態度から公爵から仰せつかった教育という使命にかこつけて愛着を持って接する態度に転じた。デリラの一件の後は明確に娘としての愛情に変化している。フィリアに心を溶かされていく様はなんだかニヤけてしまった。
そして、最終目的地での車内のシーンには完全にやられてしまった。人生をかけて守り続けてきた運び屋としての矜恃を選び、心にもない罵声をフィリアにぶつける姿には胸を締め付けられた。ジュードは家族を護れなかった自分を正当化するために運び屋という職に殉じることを選んだ。そんな過去があるからこそ、ジュードは公爵にフィリアを届けるという仕事を全うしたいという考えを持っていたのだろう。そんな強い覚悟があるにも関わらず、ジュードが公爵を撃ち、フィリアを選んだシーンは衝撃的であった。
そしてジュードの最期のセリフ「やっぱりお前のこと、娘と思っちゃだめか」はボロ泣きしそうになった。

〇エピローグについて
公爵にとってフィリアは人類の希望であった。しかし、ジュードにとってはそんな大それたものでなくただの娘だ。ジュードが未来に運んだのは人類の希望ではなく娘としてのフィリアなのである。
これを裏付けるエピローグが秀逸であった。
エピローグでフィリアは運び屋をしている。するとAe型アンドロイドに暴力を振るう人々を見つけ銃で撃つのである。人に危害を加えるという行為は、人類の希望であるAe型のアンドロイドとしてはありえない行動だ。そして、フィリアは暴力を振るわれていたAe型アンドロイドに名前は欲しくないかと問い名前を授けた。父であるジュードがしたように。
このシーンはフィリアがAe型アンドロイドの役割から解放され、人間(ジュードの娘)として生きていることを明らかにしている。そして彼女は人間のように親から子へ生き様を継承していくのである。
AIからの庇護がなくとも、彼女や彼女に育てられた子のように豊かな心を持つ者が居れば、荒んだ終末であっても、人類は心の豊かさを取り戻し再興できるのではないだろうか。

〈その他細々とした所感(妄想)〉
〇デリラの真相
デリラと運び屋の話はデリラサイドから聞くといい話だ。また、デリラの往生は父と慕う運び屋の亡骸と会うことができて、本人が望む形であったと考えられる。しかし、公爵からは弾除けにされていたという発言や発達が不十分であったという発言があり混乱した。
色々な状況から推理すると、悲しいが、公爵の発言が真実であると予想できる。デリラの瞳孔が紅く光った(発達が一定の水準に達した)のは、運び屋に会うために冒険家崩れを殺そうとした時であった。運び屋の亡骸の状態やデリラの話しぶりから考えると、運び屋は冒険家崩れに殺されたのであろう。そう考えると、なぜ、運び屋が殺された時に発達が一定の水準に達しなかったのか疑問が残る。
恐らく発達の一定水準というのは、Ae型が人間と敵対したいという感情を抱くことなのだろう。運び屋を愛しているのであれば、運び屋を殺された憎しみから発達が完了するはずだ。
非常に悲しい話だが、デリラは壊れており、運び屋との悲しい日々を幸福な日々に塗り替えたと推測できる。デリラの往生の際に、フィリアが不自然なタイミングで発した「デリラはもしかして...」に続く発言は、「壊れている」であり、彼女はデリラの嘘に気がついていたのかもしれない。

〇フィリアの夢
彼女が発言した人間になりたい以外の夢は「運び屋になりたい」と「ジュードの娘になりたい」である。どちらもジュードにより叶えられている。ジュードは本当によくできた主人公である。
ついでに述べておくと、フィリアはAIの定義上は人間になれており、こちらの夢もある意味叶っている。

〇フィリアの花飾り
フィリアはジュードのお墓にこれまで付けていた花飾りを供えた。その後に表示される「人に愛されるための証、人のために生きる機械であることの証。それはもう、フィリアにとっては不必要な機械の花となった。」、この数文が気になるのである。ここからはただの邪推になるが、人に愛されるための証という言葉から、花飾りには人がAe型を愛するような暗示をかける効果があるのではと考えてしまった。そうだとすると一気に冷めてしまうから馬鹿の誤った解釈だろう。
冷静に素直に受け止めると、この数文はAe型の使命から解放され、自分のために生きることができる(自由を得た)という意味だろう。
田中氏の作品は裏がありそうで疑い過ぎてしまう。

〇フィリアの言葉遣い
フィリアの言葉遣いは特徴的だ。何が特徴的かと言うと「りょ」や「フッ軽」など、現代の私たちにわかる若者言葉を使うのである。フィリアは読者である現代人のことも懐柔しようと思っているのかもしれない。というのは妄言で単純にかわちい。

以上のように妄想を垂れ流せるほど考察の余地のある作品であり、この謎が少し残る感じの読後感もたまらない。
短い時間であったがいろいろな意味で心を揺さぶられる名作であった。
終末AIものでこれ以上のものは創られないのでは?と感ずる傑作だった。

ジュードは自由を使って過去の遺産を探し、フィリアは自由を使って未来の希望を探す。そして私は自由をただ浪費しているのである。