総合力のある作品。創作への真っ直ぐな情熱が眩しい。
評価が高いことからやってみたいと思っていた作品。
新ブランドなので新進気鋭の製作陣だと思っていたらまさかの大御所だった。主人公とゆめみの部屋のポスターで主張がすごい。
主題歌名から名作感が出ており、奇跡なんかいらないとはどういう意味か楽しみにしながら読んだ。
独特の読了感が清々しく、やって良かったと思える作品だった。
適当に作品の良かった点とうーん点を記載していく。
○良かった点
・キャラクターの掘り下げが深く、一癖も二癖もあるヒロイン達が魅力的
・立ち絵がコロコロ変わり視覚的にも楽しい(ゆめみの顔芸や女性キャラのジト目すこ)。服装も季節で変わるので凝っていてよき
・物語の構成が独特で共通が長く、ヒロインのことをよく知ってから各ルートに移るので趣き深い
・共通ルートでのヒロイン同士の絡みが良い
・全キャラが創作活動に対する矜持を持っており、創作を中心に話が展開されており主題が一貫していた。ヒロインの創作に対する考えを中心に物語が組み立てられている。
・大人組が良すぎる。学生時代の友人と社会人になっても励まし合える関係は羨ましい
・各ヒロインのシナリオの出来がバランスが良く、所謂ハズレシナリオがない
○うーん点
・主人公の心情や行動に理解できない点あり。意図的に好意に気がついていない振りをしたり、ナヨナヨしていたり、創作ファースト(ヒロインに過度に優しくしない)だったり、これまでのエロゲにはいないタイプかも?
・主題が一貫していただけに、各ルート似たような展開がありワンパターンに思ってしまう。
・叡智シーンに疑問あり。各ルート3回目の叡智シーン絶倫寿季くんは、1人目の攻略ではぇ〜と思い、2人目の攻略で笑ってしまい、3人目の攻略では来るぞ‼︎と楽しみにしてしまい、4人目の攻略の時はドン引きした。逢桜ルートは心配になる。
・逢桜ルートの結末とアペンド逢桜ルートの結末の解釈をどうすれば良いかモヤモヤする
◯共通
ボリュームの6〜7割を占めるので、エロゲの構成だと珍しい気がする。短編集のような感じで読めるのでテンポが良い。共通と言ってもそれぞれのヒロインにフォーカスしたエピソードがヒロイン×2の計8章ある。各ルートに入ってから、長くキャラクターを掘る作品はダレる印象があるので、個人的にはこの構成を称讃したい。主人公と恋仲になった2人の関係性を描くだけでなく、友人としての絡みや他ヒロイン同士の絡みを濃く描いている。こちらの方がよりヒロインの人間性が伝わるため良いなと思った。
ちょいと不満になるが、おじさんには理解できない部分がいくつかあった。他人のプライバシーに関わる話をバンバン相談するので、ジェネレーションギャプのような感覚に陥った。わかる人おりますでしょうか?また、主人公の性格についてもかっこいい系でもなく、やれやれ系でもなく、ナヨナヨ系鈍感主人公という感じでお世辞にもかっこいいキャラだとは言えない。自己投影する読み方ならこのキャラもありなんだろうか?こちらも今風の主人公といったところであろうか。
内容への感想については、キャラごとの感想の中で記載します。
◯ゆめみ
本人公認のロリ枠。引きこもっていた理由が年頃の女子らしいものでリアリティがあった。外に出たいけど怖くて出れない、でも外の世界へ踏み出したいという葛藤が痛々しく、応援しながら読んでいた。ゆめみ共通ルートは過去にトラウマを払拭するために、勇気を持って行動する彼女の強さが描かれており、主人公に過去のトラウマを乗り越える勇気を与えた。
ゆめみの創作の原動力は現実からの逃避で、現実世界の悩みを忘れるために創作を行っていた。そんな、ゆめみが結菜や他のASメンバーとの友情を深めたり、主人公と恋愛したりして現実世界で充足してきたらどうなるか。創作活動を行う原動力がなくなり描けなくなるという結果を招くのである。スランプに悩まされたゆめみが再び絵を描き始めるにはどうすればよいかというのが本筋である。
ゆめみがスランプを抜ける方法は2つ。再び現実世界に不安を持つか新たな原動力を見つけるかである。
姫子の提案は前者、主人公の行動は後者であろう。俺に好きでいてもらうためには創作を続けろという、主人公の俺様発言にゆめみは救われて新たな原動力を得た。
おそらくだが、姫子も現実での負の感情を創作に昇華するタイプだったのではないだろうか。姫子と学生時代に良い感じの関係になっていた人がいたが関係を発展させなかったことと、姫子の著作物エンラブの登場キャラの台詞「私が私でなくなってしまう」からも考えて、恋仲になってしまったら創作活動を行う原動力がなくなるというという状況に陥り、創作活動のために仲が深まることを拒絶したのかなぁという考察である。
あと、ゆめみについては立ち絵の顔芸?がいい。悲痛な泣き顔、だらけきった顔(*´ー`*)が好き。
◯エレナ
天才シナリオライターであり、天才である自分を嫌う少女。彼女の正体は主人公がスランプに陥った直接的な原因の天才colorlessであった。
エレナが創作を行う理由は楽しいから(初めはドスケベビッチ名義での活動のみ)であり、他のどのキャラよりも単純である。主人公はエレナとの触れ合いにより、創作を楽しむというシンプルで根源的な理由を思い出し、スランプから抜け出せることができた。
エレナルートでは、なぜ天才である自分を嫌うのかというところにフォーカスされる。エレナは天才であるが故に「普通」であることに憧れている。才能に人が集まり、才能意外の自分を見てくれないというのが彼女の悩みであった。また、圧倒的な才能は凡人な同業者の精神を蝕む。つまり、最愛の主人公を自らの才能により苦しめることになる。それを悟ったエレナは断筆しようとする。しかし、主人公はエレナを追い越すと言って宣戦布告する。一つのことに熱心に取り組もうとすると、必ず才能の壁にぶち当たるものである。才能の壁は厚いかも知らないが自分の良さを生かし、正攻法で挑んだ主人公は格好良かったと思う。エレナは、主人公の先を歩き続けるという目標を持ち、コンプレックスとなっていた才能は主人公の前向きさで肯定されたのであった。凡人と天才という題材となることは予測できていたが、天才であるが故の苦悩が描かれる作品は珍しいと思った。
キャラクターとしては、変なことはするけど普通の価値観を持っており、意外と乙女というギャップが良かった。ドスケベビッチ名義で作品が発表されるに際して、本人が恥ずかしいと思っているシーンは思わず笑ってしまった。あの透き通った声で堂々と言うドスケベビッチは破壊力がある。
◯桐葉
このキャラを生み出しただけでもとてつもない功績だと思う。ただの腹黒キャラかと思えば、人情味があり、噛めば噛むほど味がでるキャラクターだと思う。恋仲になった後の主人公に対しても、デレデレにならない感じが本当にいい。ここまで一貫してストイックで泥臭くて芯を持っているヒロインは、他のエロゲを探してもなかなかいない。
共通ルートでは、憧れのあの人との疑似恋愛で本心が見えてくるという少女漫画の様な展開であった。自分の成長のために他人と付き合うというのは、まぁ腹が黒いがこの行動力も桐葉らしい。目的達成後に主人公をドライにリリースしているのもポイントが高い。主人公に惹かれ始めていても、自分の目的の達成には不必要なものとして、恋心を意識的に排除しようとする不器用な生き方は彼女らしいと思った。「めんどくさいは可愛い」という言葉を彼女には贈りたい。
桐葉が声優業を行う原動力は、自分のことが嫌いだから、自分意外の者になれる声優業が好きというものであった。強い憧れがあるから、家業を継ぐというレールがあるにも関わらず、声優業界のトップとなることを目指した。何度か実家に帰るイベントがあるが、このイベントは彼女の幼さや甘えが描かれており、自分の感情を整理し成長していくという描写がよかった。共通ルートでは自分の生まれ故郷を「甘い毒」と称していた。心の中では愛している故郷でさえも、桐葉は声優業界のトップになる目標のために捨てようとしている。そのぐらいの覚悟が必要だという考えは必要だとは思うが、自分の気持ちを偽って目標を達成する頃には心がボロボロになっているだろう。桐葉ママはこの不安定さを見抜いており、声優業は心から楽しいか?という部分にこだわったのだろう。そのため、桐葉から声優業は好きだし楽しいという言葉が聞けたため、声優業を続けることを許した。この作品で度々登場する、クリエイターであるために全てを捨てられるか?に対しての一つの回答であると思う。心が壊れるほどに全てを捨ててはいけない。
桐葉ルートについて、共通が練られていた分こちらは薄味に感じられた。声優やアイドルなどの人気商売に生じる理不尽なファンの感情が原因で、熱愛発覚からの人気低迷、しまいには傷害事件と現実でも見たことあるような内容であった。声優×恋愛ということで避けては通れない問題かもしれないが、個人的な感想としては、リアリティを追求しすぎて冷めてしまった。主人公が刺されたショックで桐葉が失声症となり、桐葉が演じてみたいと思うシナリオを桐葉のために書くという、エロゲでありがちな愛の力でなんとかしました感が強く出てしまっていた。好きなキャラであった分、期待しすぎて読んでしまったかもしれない。
キャラクターとしては本当に好きなキャラであった。結婚については目的達成のための手段と捉えていて、セックスについては成功報酬と言っていたのは度肝を抜かれた。それでいて、自分の成功とは全然関係ない他キャラへのお節介や、成功への道ではなく自分の気持ちを優先して主人公と付きあったことは、非道になりきれない優しさや人間臭さが引き立ち、魅力的に映った。アクは強いが考え方が一貫していて好きなキャラである。めんどくさ可愛い。
◯逢桜ルート
常識人だが一癖あるキャラクターで良かったと思う。オタク趣味に全く理解がなく、一定の距離を置こうというスタンスも良かった。野球やオシャレが趣味というのも、オタクくんが近寄りがたい、キラキラした女性感があって良かった。
EP1では、初恋相手である主人公と今互いに抱いているの感情は恋愛感情はなく、友人でありライバルとしての感情と互いにグータッチしたシーンは爽やかな青春で良かった。自論として、初恋は引きずると怖いと思っているので、さっぱりと関係を清算できて良かったと思いましたとさ。ただ、この爽やかさにどれだけのエロゲユーザーがついていけたか、あの甘酸っぱさに感情移入できた人は自分を誇ってもらいたい。良い青春を過ごしていたと。私は感情移入できなかった。
共通ルートでは、ちょいちょい達観しすぎている発言や体が動かないという発言があり、これはもしや…と思っていたら、ただ留学するだけでしたという感じで凄く安堵した。が、桐葉ルートのエピローグで「今はいない友人」発言に不安を覚えた。桐葉を3人目にやって本当に良かったと思っている。この発言が気になりすぎて逢桜ルートをやりたくて他のルートが頭に入ってこないところだった。
そして逢桜ルート、やっぱり重篤な病気を患っていた。留学という嘘をついてまで、クリエイターでない自分を見せたくないという思いや遺作であるASに影響を与えたくないと考えて、死の間際で友人達を遠ざけたのは彼女のクリエイターとしての誇りを守りたかったからだろう。逢桜ルートでは主人公の祖母が倒れ、偶然に逢桜を病院で目撃して事態が発覚する。余生は平穏に生きてほしいという両親の願いを受け入れ、断筆していた逢桜であったが、主人公に本当はクリエイターとして最後まで生きていたいという思いを吐露する。たとえ死んだとしても最高の作品を描きあげたいという思いだ。この発言を肯定するか否かの各キャラクターの反応はそれぞれの性格や背景が反映されていて良かった。最高の作品を作りあげるのはクリエイターとしての優先事項と考える主人公や紫音、生きている方が大切だと考える両親や悠真、クリエイターとしては執筆を優先すべきと理解しながらも反対する姫ちゃんなどそれぞれの考え方がぶつかった。
そして、逢桜が選んだ行動はクリエイターとして最後まで生きることであった。徐々に病に蝕まれているけれども執筆を続ける逢桜の姿は見ていられなかった。AS愛姫ルートのクライマックスで、彼女は思いを乗せた。「この結末はハッピーエンドだと思うか」、「それを決めるのは私たちだよ」「少なくとも私はさ、この結末で幸せだったよ」。最後までクリエイターとしてあり続けられた逢桜は幸せだったのである。逢桜ルートは結末だけ切り取ればバットエンドであるが、逢桜にとってはハッピーエンドであった。奇跡なんか起こらずとも、自分の力で幸せを掴み取る。奇跡が起こらないから最後までクリエイターでいられたと。
クリエイターとして真っ直ぐ駆け抜けた逢桜が描かれていて清々しい読了感であった。
さて、アペンドルートの話をしましょう。
逢桜アペンドルートはbad end afterとされている。bad endなのは、逢桜に奇跡が起き、クリエイターとしてはASを描き切って死んだが、逢桜本人が生き残ったためであろうか。逢桜の創作の原動力は、自分は死んでしまうから世界に残る文章を描きたいというものであったと思う。そのため、生きながらえてしまえば、その原動力が無くなるのは明確だ。しかし、主人公の助けもあり、創作活動に再挑戦することとなった。短い話ではあるが、逢桜が生きた場合どうなるかを突き詰めていたシナリオだったと思う。
混乱しているのは、このルートはifなのか純粋に本編の続編なのかということである。本編ラストを何度か読み返してみると、逢桜が生きているようにもとれるし、死んでしまっているようにとれる。公式に解釈を求めたが、探した限りでは明言はされていない。ただ、本編は逢桜にとってハッピーエンドだったことから、やはりアペンドはifなのかなと予想する。
※感想サイトなど読んでみましたが、ifルートと明言している人が多いですな。
○大人組について
お姉さん4人組が強すぎる。現行でもクリエイターであり続ける姫ちゃん、クリエイターであることを諦めきれない芽衣、クリエイターであることを辞めたエリカさんとちなみさん、それぞれ味が出ていて良かった。この4人の飲み会の描写は強すぎる。歳を重ね自分という人間に嫌気がさしている人間には効く。
本作で桐葉に続き好きなキャラである姫ちゃんについて触れていきたい。彼女を好きな理由は「クリエイターでいるためには全てを捧げなければならない」と言っているが、行動が矛盾しているというところである。昔からの友達を大切にしたり、教師をしていたり、逢桜に生きろと言ったり、行動が矛盾しているのである。天才(天花寺)に追いつくために、作品にだけストイックに向き合うべきだと考えているが、それができない。それは、彼女が優しいからである。自分は凡人だと自覚しながらも天才に追いつこうとする彼女をみんな応援したくなるよな。
もしかしたら、天花寺は姫ちゃんの想い人かなと思っている。そう考えるといろいろと辻褄があう。
キャラもシナリオも強い作品であった。演出、イラスト、BGMもよく、隙がない作品だったという印象である。
アクはあるが強すぎないという感じで、初心者におすすめしたい作品だと思った。
何かに熱心に取り組んだことのある人は共感できると思うし、私のように平凡に平穏に生きてきた人間には、別の意味でブッ刺さるかもしれない。生み出す側になってみたいという気持ちが湧いたかも?
奇跡なんかいらないという言葉は、本気で物事に取り組んできた人間だからこそ出てくるもである。自分は神様に願って奇跡が起きて良いことがあればなと毎日思っている。
こんな感想を抱く人間になる前に出会いたかった作品だった。