サイコホラーとしては名作だがエロゲ・純愛モノとしてはいまひとつ(でも短いし名作には違いないから教養としてやっておくべき)
クリア日:2021年5月4日
総プレイ時間:5時間ちょい
〜プレイ中の感想〜
ヒロインが精神的に錯乱する話かと勝手に思っていたが、錯乱するのは主人公だった。
認知の歪みによる現実の相対化というギミック自体はありふれているが、このギミックを核としてエロゲにパッケージングする手腕が素晴らしい。
流石に名作と言われるだけはある。
上手いのは、主人公を完全な狂人にはしていない点だ。
完全な狂人を主人公として描くのは不可能だ。なぜなら、完全に狂ってしまっては視点人物として一人称の語りが出来なくなるからだ。
医学生で、あらかじめ自身が受けた手術による副作用の知識を仕入れていたという設定から、おぞましい認知の歪みを認識した後も、なんとか狂わずに耐えることが出来ている。(もちろん、耐える上で沙耶の存在も大きい)
主人公だけでなく、沙耶側も主人公を受け入れて親しくなるバックボーンも説得的で、2人の関係には強度がある。
この時点で、純愛ゲーとなるのであれば大まかにシナリオの予想はつくが、仮に予想の範疇だとしてもかなり面白いと思う。
〜全ルートクリア後の感想〜
沙耶との純愛もさることながら、耕司との男-男の関係もなかなか熱くない?
親友だからって、警察や公的機関に任せずに自分の手で殺したいって相当重い感情なんじゃ。
主人公死亡ルートで耕司のみが全てを見届けて生き残る役目になることからしても、影の主人公は耕司であると思う。
いつでも自殺できるよう一発だけ弾を込めた拳銃を大切に握りしめているという最後の終わり方、なかなかハードボイルド
結局、沙耶の「本物の」姿はプレーヤーにはあらわにならなかったな。
化け物状態の沙耶とセックスするシーンが絶対あると思ってた(それでも"抜けるか"というエロゲへのアンチテーゼ)んだけど無かった。
地球支配ルートで明かされるオウガイ教授の手記で、
繁殖を前提とした生命体である沙耶は人間の性質を吸収しすぎて、逆に繁殖に至上の価値を見いださないところまで学んでしまった、とあって、反生殖主義っぽくて興味深かった。(人間は本能にのみしたがって生きるわけではない。リベラル思想)
まぁ結局は主人公と出会って愛される喜びを知ることで、本来の使命(地球-人間の乗っ取り)を遂行しちゃうんだけど。
反生殖主義からしてみれば、性愛規範に敗北するいつものパターンですね。
ある意味で人間性ファシズムか?しかし沙耶は生命体として人間を模倣する特性を持っているが故に、人間性を得ても本来の生命体らしさは少しも損なわれていないどころか、むしろ"本能"を見事に体現した結果だとも言える。
最終的な方向性としては、クトゥルフ的な「真実」は平凡で幸福な人生にとっては毒でしかない(純粋な酸素の喩えは言い得て妙)という、真実をナイーブに定置した上でのニヒリスティックな態度に落ち着いた。これだけ読むと全然エロゲじゃねえ
サイコホラーとしてよく出来ていたと思う。エロゲとしては……うーん、「純愛モノ」と揶揄するにしては沙耶との積み重ねが少ない気がする。やっぱり化け物状態でのHシーンが欲しかった(それでも愛するという気概を見せてほしかった)が、そういうことがしたかったんじゃないんだよねきっと。
最後まで主人公にとって沙耶はか弱い少女で「美しく」て、非常にナイーブな(エロゲ的、セカイ系的な)恋愛関係だった。
いやほんと、他の誰からも理解されなくていいから俺だけはこの娘を愛する!2人で一緒に生きよう!vs自分が死んでも主人公が大手を振って生きられるように惑星乗っ取ります ってすげえセカイ系じゃない? 少女がセカイに直接の影響力を有している時点で。
だから、本作を「純愛モノ」と称揚するのは、セカイ系を純愛モノと呼んで称揚するのと同じだけの滑稽さというか、1周遅れ感があると思う。(純愛なのは当たり前で、むしろそれを批判すべきなのでは?)
斧で頭を割って自死した主人公に沙耶が這いずり寄って息絶える(感動的な)シーンをあくまで耕司の視点から描くのは良かった。
やけに難渋な文章は海外古典文学っぽい
女医のお姉さんもキャラ立ってて良かった。最後まで銃を向ける相手が自分に斧を振り下ろす主人公でなく沙耶なのキマりきっててカッコいい。