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oku_bswaさんの僕はキミだけを見つめる ~I gaze at only you~の長文感想

ユーザー
oku_bswa
ゲーム
僕はキミだけを見つめる ~I gaze at only you~
ブランド
インレ
得点
80
参照数
1160

一言コメント

構図としては佐原拓実と風早永遠を中心にしたボーイミーツガールで、特別珍しくもないありふれた形なのだが、そこに「殺害予告」や「マフィア」など他にはない要素を加えることで独自の色を出し、また物語としての面白さを構築している。最後は出来過ぎなくらいお膳立てされた結末ではあるが、それ故に分かっていても素直に心に響く。細かく見ていけばおかしな点や(物語としての)都合が良い展開も散見されるが、とにかくエンターテイメント性に優れ、プレイヤーを熱中させる強い吸引力を持った作品。長文部分では同人版との違いを列挙しつつそこから新しく見えてきたもの、改めて感じたことを中心に。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

インレ三作目は前身にあたる同人サークル・れいんどっぐ時代の処女作『僕はキミだけを見つめる ~I gaze at only you~』のリメイク。元は2006年に発売された作品だが古臭さを感じることは全くなく、むしろ学園を舞台に繰り広げられるのではなく、そして冒頭から息も吐かせぬ緊迫感がある展開でプレイヤーを物語に惹き込んでいく形は、最近の作品ではあまり見ないものだし逆に新鮮だった。

自分は数年前に同人版をプレイして大まかなストーリー展開や結末を既に知っていたので、今回は作品に対する純粋な感想ではなく、同人版との違いを列挙しつつそこから『僕キミ』という物語に対して新しく見えてきたもの、改めて感じたことを中心に書いていきたいと思う。


▼同人版とリメイク版どちらが良いのか(そして自分が思う同人版ならではの魅力)
作品としてのクオリティが段違いだし、今からやる分には文句無しに今作をお勧めしたい。実際自分も同人版では75点だったのに対して今作では総合的な完成度を比較して80点を付けている。物語の中で歌が一つの大きな鍵になっており当初からボイス有りでプレイしてみたいと強く感じていたので、有名声優によるフルボイス化(しかも永遠の声優は三代眞子さん!)は嬉しい限りだったし、演出も『ChuSinGura46+1』レベルになったことで戦闘シーンは勿論何気ない場面でもより見る楽しみが増えた。同人版の難点として多くの人が挙げていた序盤のテンポの悪さも改善されているし、あらゆる面でクオリティが引き上げられている。どこをどう見ても今作の方が間違いなく出来が良い。
ただし、同人版にも独自の魅力というか、右も左も分からぬ新規サークルが全力で打ち込んだ当時だからこその熱量みたいなものがあったのも確かだと思う。

同人版の『僕キミ』はとにかく怖いもの知らずで、製作者が思うままに作った荒削りな作品という印象だった。今作では「お隣の大国」と濁してはいるが同人版ではそのまま「中国」と表記していたし、今の時代に合わせて「スポーツの祭典」と「賭博」を持ち出すことで上手く話を繋げているが、当初は永遠が中国人と日本人のハーフという設定だったので今作以上に嫌中発言や公僕批判とも取れる過激な部分が多々あった。完全にカットされているが極道に関する話も多かった。あとは同人とはいえエロゲであるのに序盤数時間は女の子が殆ど登場せず変な老人との漫才が大部分を占めるし、エロゲとしてのセオリーなんていうのも全く気にしていなかった。
作品を構成する要素のクオリティも低く、背景は写真の加工だし黒塗りの何も表示されていない中でテキストが進行することも少なくなかった。今と比べるとグラフィックも粗いしテキストだって拙かった。昔の作品とはいえ、これは同人だからこそ許容された甘さだったと思う。(なにせ2006年は商業からは『マブラヴ オルタネイティヴ』という今発売されても通用するといっても過言ではない超クオリティの大作が発売されたのだから。)

それでも読み手を熱中させる吸引力や展開の面白さがあの作品にはあったし、アフターストーリーを最後まで読み終えた時にはこれが自分たちのやりたかったことなのだと、『僕キミ』という物語はこの結末の為だけにあったのだという製作者の強い想いが伝わってきたて、その時自分は粗は多いけどそれを踏まえてもこの作品を評価したいという気持ちにさせられた。
……これは単なる思い出補正かもしれないし、既に自分が『僕キミ』という物語を知っていたからどうしても新鮮な感動は得られず、初プレイだった同人版を美化しているだけなのかもしれない。ただ、何と言うかこう荒削りで不格好ながらもとにかく自分たちがやりたい物語を全力で表現して、そこに読み手も思わず感化されてしまうような情熱みたいなものは、今の流行りに沿った可愛らしい華やかなグラフィックや整えられたテキスト、そして商業作品であることを意識してサービスシーンが追加(特に同人版では男性だったナツが実は女性で~という展開に変わっているのには驚いた)された今作には無い、同人版ならではの魅力だったのかなとも思う。(別にこれを嘆いている訳ではなく、作品を重ねていく内に洗練されていくのは普通の事だし、ユーザーが望む要素を意識して盛り込むのも商業では当然の事だ。)


▼序盤の改善 ~教授のリストラと新キャラクター視音の登場~
細かな設定や表現の変更を除けば、同人版とのシナリオ上での大きな違いは序盤の展開とマルチエンド化の二つ。マルチエンド化については後半詳しく触れるので、ここでは前者について書いていきたい。
先程少し触れたが同人版では序盤のテンポに難があった。そこは製作者も認識していたのか、今作では序盤の展開(具体的に言うと唯ママの課題を経て拓実が永遠のボディガードを引き受けるまで)が殆ど異なっている。

同人版ではサーベルタイガーを壊滅させられた拓実が行き場もなくホームレスになり、そこで出会った「教授」と呼ばれる同じくホームレスの老人との掛け合いを中心にして物語が進行していく。その教授が実は昔凄い人で…という流れで唯ママと繋がっていくのだが、今思うとその展開は流石にこじつけすぎる。しかもこの教授、かなりクセが強いキャラで平気で下品な下ネタをバンバン飛ばすので見ていて結構キツイし、その上拓実もそれにノリノリで突っ込みを返すものだから、親友二人を殺され自分の軍団が壊滅させられてホームレスとなった男の、出会って間もないよく分からん老人に対する反応としてはかなり違和感があった。

ところが今作では教授をリストラし、その代わりに新キャラクター視音と加えて『僕はキミだけを見つめる 外伝 サーベルタイガー編』が初登場だった市東亮子をこちらにも登場させる事で上手く場を繋ぎ、同時に欠点も改善している。ホームレスの老人との掛け合いよりは謎めいた美少女ロリと女教師の方がどう考えても見ていて楽しいし嬉しいし、たまたま出会った老人が実は凄い人で~という流れよりもこうして何者かに手引きされて巻き込まれていく方が展開に説得力もある。視音に対する拓実の反応も最初は随分と素っ気ないし、全てを失い傷心状態である様子も感じ取ることができる。
教授には申し訳ないが、物語の完成度としても自分自身の満足度としてもこっちの方が数段良い。

ちなみに今作ではまるっきり登場しなかった教授だが、一応本編最後のCGでそれらしき姿を確認することができる。プレイ者は見て頂けると幸いだが、向日葵を持って最前線で永遠を待つ観客は殆どが若い年齢層の男女だ。そうした中で右から三、四番目に明らかにその場にそぐわない、くたびれた老人の姿を確認することができる。しかもこれは鉢巻を巻いて手ぬぐいを首に掛けるというお馴染みの格好だ。残念ながら今作では拓実と縁がなかった教授だが、あの作品世界では変わらずに永遠の熱狂的なファンでいることを思うと少し嬉しくなった。


▼九年経っても色褪せない永遠の魅力
シナリオだけでなくグラフィック面でも同人版との違いが確認できる。一番大きいのは莉亞と郁乃のキャラデザの変更だ。サブキャラクターはともかくとして、永遠に次いで出番が多い莉亞と郁乃のキャラデザの変更は思い切った決断だと思ったが、そこから美少女ゲームヒロインの時代における変化と、それでも変わらずにあり続ける良さというものを少しだけ考えさせられた。

莉亞と郁乃のキャラデザの変更は、有り体に言えば昔の流行から今の時代に合ったデザインへの変更だ。同人版では恐らく莉亞のキャラデザは2005・2006年に映画化され当時大ブームを巻き起こした『NANA』のメインキャラクター・大崎ナナの影響を受けていたように見えるし、郁乃もキャラデザは元より「~系」という口癖が追加されて、ユーザー受けが良い新しいキャラ付けがなされている。これは折角リメイクするしルートも追加するので今のユーザーをより楽しませようとする狙いがあったのだろう。

それでも永遠は変わらなかった。キャラデザは勿論、時代劇鑑賞が趣味ですもも好きという細かな設定ですら変わっていない。勿論それは永遠というヒロインが作品の根幹を為す象徴的な存在であり、これを変えてしまったら『僕キミ』という物語ではなくなるという理由もあるだろうが、そもそも変える必要がなかったのだと思う。
永遠はそのままでも十分に可愛いし魅力的なのだ。天然だし恥ずかしがり屋で拓実に対してはすぐに赤面してしまう。普段は可愛らしい一面だけを覗かせるが時として強い意志を発揮し、凄惨な過去を持ちながらそれをおくびにも出さずにただ前を向いて歌を歌い続ける。そうした姿に拓実だけでなくユーザーもまた、永遠の魅力に惹き込まれていく。今作ではボイスが付いたことでその一挙手一投足がより実感を持って伝わるようになった。

美少女ゲームに限らず二次元文化ではその時代の流行りに合ったヒロイン像が形成されていく。例えばKey作品が全盛だった頃は変な口癖を持つ不思議系ヒロインが一つの地位を獲得していたし、ツンデレや(これは最早確実に死語だろうが)タカビーなお嬢様ヒロインがブームの時代もあった。最近では中二病を患っているヒロインもその数を増やしている。
それでも時代を超えて変わらずに良さを見出させる物、語り継がれる物はあるだろうし、永遠はその部類に位置するのだと思う。


▼マルチエンドで改めて思う拓実と永遠の繋がりの唯一性
リメイクに伴いマルチエンド化すると知った時は自分としてはかなり疑問だった。『僕キミ』という物語は一貫して拓実と永遠の物語であり、そこに他のルートが介入する余地はあるのかと。実際プレイしてみると莉亞と郁乃のルートは30分程度で終わりルートと呼ぶのも怪しいボリュームだし、単に取って付けただけのようにも思われた。

しかしマルチエンドであるからこそ見えた事というのもあったと思う。莉亞・郁乃ルートでは拓実との繋がりが傷の舐め合い、罪の意識からの逃避ということを殊更に強調している。今後この二人の繋がりがこれから先も続いていくとは到底思えないし、近いうちに決定的な破局を迎えることは想像に難くない。永遠がいなければ、二人だけでは無理なのだ。
カズとヒサを失い、誰かと深く繋がる事を恐れるようになった拓実にこの先永遠のような存在との出会いがそうそうあるとは思えないし、仲間と呼べる莉亞と郁乃とでさえこうなのだから、拓実が生涯を共にできる存在は永遠でしか有り得ない。マルチエンドによって複数の結末を見ることができ、そこで与えられた結末が破局を容易に想像できるものであったからこそ改めて『僕はキミだけを見つめる』というタイトルの意味を、拓実と永遠の繋がりが唯一無二であることを再認識することができた。

本作に限らず、物語というのは一本道である方が間違いなく完成度が上がるし読後感も良くなる。ただし選択肢を使用したマルチエンド形式は映画や小説では難しい物語の見せ方だし、自分としてはその利点を捨てて欲しくない。
今作に対しては莉亞と郁乃を目当てに買った人からすれば期待外れも良いところだし、最初に永遠ルートをプレイして残りのルートを後回しにすると読後感の良さが薄れてしまうかもしれない。それでも拓実と永遠の繋がりの唯一性を改めて認識することができたという点で、自分はこの形を評価したいと思う。


▼フルボイス化で新しく気付いたこと
作品の中で歌が一つの大きな鍵になっていたので前からボイス有りでプレイしてみたいと強く思っていたが、いざプレイしてみると様々な場面からボイスがあることの恩恵や製作者のこだわりというのを見ることができた。ライブシーンもそうだし、演出の力もあるが戦闘シーンもより迫力が増し、特にナツが女性だと露見して以降はっきりと声色が変化した時はその演技の幅にゾッとさせられた。 

そして何よりアフターストーリーで永遠が喋れなくなる展開だ。エロゲでヒロインが盲目になる展開はすぐに何作か思い浮かぶが、途中から喋れなくなる展開は殆ど記憶にない。これは場のもたせ方が難しくなるし物語も運びにくくなるからだろうが、今作はそういうエロゲ向きではない題材を描写としては短いが上手く取り入れ表現しきっている。
また同じ「……」という台詞であっても耳を凝らしてみると一つ一つの発音が微妙に違う。こうした部分からも製作者の作品に対する並々ならぬこだわりが感じられた。

あとはやっぱり声があると終盤の感動もひとしおだった。元々『僕キミ』という物語は冷静に見ると展開に粗は多いし都合が良すぎる点も多いが、それでもプレイヤーを惹き込み熱中させるエンターテイメント性の高さが売りの作品だったが、今回のリメイクを経てより上質な作品に生まれ変わったと思う。


▼終わりに
インレというブランド名は初心(initial resolution)からきているらしい。商業デビューでいきなりヒット作を飛ばしその次は同人時代の処女作をリメイクというのは、エロゲ製作者ならば誰もが羨むサクセスストーリーだしそこで満足してもおかしくない。それでも今作からは、同人時代から追求していた豊富な表情差分や演出に対して、立ち止まる事のない更なる進化や追求を見て取ることができた。(例えば立ち絵で莉亞が指をトントンしたり永遠が眉をピクピクさせるのは今作が初めてだろうし、しかもこれは別にあってもなくても物語の進行に何の支障も来さない。)

同人ゲームに殆ど触れていない頃にひょんなことから『ChuSinGura46+1』シリーズをプレイして「同人ゲームってこんなにも面白いのか」と衝撃を受けて以降このサークル(ブランド)に惚れ込んでいるのもあるが、早い段階から体験版や特典イラストを公開し、発売一ヶ月前後にはマスターアップして延期せずにしっかり出すという当たり前の事をやり、且つその中でプレイヤーを楽しませ驚かせようとする妥協なき姿勢が作品から伺えると、やっぱり心情的には贔屓にしたいし応援したくなる。

ただ一つ注文を付けるとするならば、ここまでインレはれいんどっぐ時代の作品の完結編・FD・リメイクと、どれも同人時代の作品を下地にしているので次こそはそろそろ完全新作を見せて欲しいと個人的にはヤキモキしている。それでも同人時代の処女作のリメイクを経て今一度初心に立ち返ったインレが、次はどんな一歩を踏み出すのかこれから先も注目していきたい。


▼余談
ちなみに外伝にあたるサーベルタイガー編は時系列としては本編の後で、永遠と共にカズとヒサの墓参りに赴いた拓海がそこで過去を回想するという形。本編以上にシリアス色が強く緊迫感のある中で物語が動いていき、少なくとも自分は本編と同じくらい面白いと思っているので興味のある方は是非。(某通販サイトでは今かなり高騰していますが…。)

また外伝クリア後に本編キャラクターの掛け合いで語られる舞台裏では、冗談混じりではあるだろうけど当時から将来的には『僕キミ』のマルチエンド版、フルボイス化した作品を作りたいという製作者の想いを確認することができ、今見返すと感慨深くなったりもします。(それでもまさか商業化して本当にリメイクする事になるとは製作者とはいえ露ほども思っていなかったはず。)
ちなみにその時は永遠の声優は栗林みな実さんにお願いしたかったようです。

折角なのでその部分をスクショしてきたので見たい方はどうぞ
→http://p.twpl.jp/show/orig/SaIe4
→http://p.twpl.jp/show/orig/vEajZ
(一枚目の左が郁乃で真ん中のキャラが莉亞)