ErogameScape -エロゲー批評空間-

oku_bswaさんのセミラミスの天秤の長文感想

ユーザー
oku_bswa
ゲーム
セミラミスの天秤
ブランド
キャラメルBOX
得点
70
参照数
2440

一言コメント

一人の蠱惑的な少女に振り回されるダークな雰囲気の学園物。このライターお得意の薀蓄や小難しい語句が、登場人物の頭の良さや得体の知れなさを上手く表現している。そこから繰り広げられる議論や巧みな話術に、主人公と同様に振り回されるのが一つの楽しみだと思う。扱っている内容も興味深くて色々考えさせられたが、全体的にあっさり終わっているように感じてしまい、読み終えた後に自分の心に強く残るものがなかった。もう一つか二つ盛り上がる場面があれば大きく変わっていただろうし更に良くなったと思う。あとは分岐が複雑なのは望むところだけどスキップが壊滅的に遅いのは頂けない。何度もやり直したので流石に最後の方はしんどかった。長文感想の前半はバランスプレイ者に向けた簡単な攻略の手引き。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

映瑠→直緒→愛生→芙美香→塔子の順でプレイ。バランスプレイで攻略。
全キャラ攻略後にグランドエピローグ。基本的には好きな順でやって問題ないが、タイトルとエピローグとの関連が強い塔子を最後に回すのが一番しっくりくると思う。
ただバランスプレイだと塔子ルートに入るのは結構難しいと思うので、特に意識していない限り塔子は最後の方になるはず。(というか初回プレイで塔子ルートに入るのはまず無理だと思う。)

攻略が面倒な人の為にダイジェスティブプレイが用意され、それを使えば一度選択するだけで望んだキャラのルートに直行することができる。昔の作品だとまず有り得なかった機能だが、同日発売の『こいなか』にはフルコンプ機能、或いは今年発売された作品だと『12の月のイヴ』にもシーン回想解放の機能があるし、こうしたユーザーにストレスを与えず楽できるように配慮した機能というのも一つの時代の変化なのかもしれない。
これを気の利いた配慮と見るか行き過ぎた配慮と見るかは人それぞれだし、ここでその是非を論じるつもりはないが、使いたい人は使えばいいし使わない人は気にしなければいいと思う。

ただ、正直な話ダイジェスティブプレイを搭載する前にシステム面のもっさりした感じをなんとかして欲しかった。特にスキップが壊滅的に遅い。分岐が複雑なのは望むところだし試行錯誤してルートに到達するのもノベルゲームならではの楽しみだと思っているが、システム面でそのやる気を削がれることになったのは残念。「次の選択肢に飛ぶ」機能もあるがそれでも時間が掛かる&未読既読の関係なしにとにかく次の選択肢に飛ぶ仕様なので使い勝手が悪い。

先にHシーンについても軽く。
全18枠で内訳は愛生6枠、映瑠1枠、塔子2枠、芙美香2枠、直緒2枠、その他5枠。
映瑠は愛生と並ぶもう一人のメインヒロイン扱いだが、シーン数にはかなりの開きがあるので期待していた人は注意。
またヒロインが若干アヘっている表情を見せるシーンもあるが、作中の雰囲気を考えると浮いているような気がしたので個人的にはいらないと思った。(特に愛生の最後のシーン。)


◆バランスプレイ者に向けた簡単な攻略の手引き
バッドエンドはエンド名が表記されるものだけ記載。
芙美香・塔子ルートはちょっと分岐が複雑なので個別で詳しく。

・ロウルート(天秤が青寄り)
倫理の鉄槌(バッドエンド)…全部青寄りの選択肢
氷解(映瑠エンド)…六章の選択肢のみ赤寄り
機械は蝶の夢を見るか(芙美香エンド)
おかえりなさい(塔子エンド)

・カオスルート(天秤が赤寄り)
私と[あなた]の物語(直緒エンド)…全部赤寄りの選択肢
幻惑の果て(バッドエンド)…四章最後の選択肢(高階が可哀想だ)→青 五章カオスの選択肢→青 六章の選択肢→赤 最終章カオスの選択肢→赤
いつか明日があるならば(愛生エンド)…四章最後の選択肢(高階が可哀想だ)以降全て青寄りの選択肢

芙美香・塔子ルートはロウルートからの分岐なので、基本的には青寄りの選択肢を選びつつも、ところどころで天秤の振れではなく芙美香(塔子)を意識した選択をしなければならない。つまり、場合によっては好感度を上げるために青寄りではなく赤寄りの選択肢を選ぶ必要があるということ。
以下は自分がルートに入るまでに選択した赤寄りの選択肢。これ以外は全て青寄りの選択肢を選んでも問題ない。

・芙美香ルート
二章 どこかで休む
四章 いや、ちょっと眠いかな
五章ロウ 電話をすれば良い 昼寝する

・塔子ルート
二章 どこかで休む
三章 塔子の為だ、仕方ない
四章 それは読まないとな
五章ロウ 電話をすれば良い
六章 今日のところは帰る


・内容について
これまでの嵩夜あや氏の作品とは一転してダークな雰囲気の学園物。氏の持ち味である薀蓄や小難しい語句が登場人物の頭の良さや得体の知れなさを表現する上で大きく役立っている。難しい言葉や例えを用いているとそれだけでなんか賢い人物に見えてくるのはよくあることだろう。

例えば愛生のしている事は道徳的には許されないが、もっともらしい例えや論理を並べてさも当然のような態度を取られると正しいことのように思えてしまうし、主人公や周りの人間は知らず知らずのうちに愛生が意図した方向へと流されている。或いはプレイヤー自身が愛生の主張に納得出来なくても、耳を傾けて正否を検討している時点で、作中の言葉を借りるならそれは既に愛生に囚われているのだろう。映瑠の倫理観や社会規範を至上とする主張も正論ではあるし、彼女たちの意見はどちらも正しいように見えるからこそ考えさせられる。そして結局は主人公と同じように愛生に振り回されるのが本作の一つの楽しみだと思う。

バッドエンドは展開が性急で行き過ぎている感じがしたが、愛生と映瑠の異質さを際立てたという点では良かったのだと思う。自分が初めて到達したエンドは倫理の鉄槌で、これを見た時に「こいつらほんと恐ろしい女だな…」と思わず身震いしてしまった。こうした感情を抱いた時点で自分も主人公と同じように翻弄されていたのかもしれない。

本作のテーマ(キーワード)は「優しさの牢獄」。閉じ込められていることを気持ち良い、心地良いと感じてしまえば、牢も檻も、獄ではなくなる。
愛生は言葉を巧みに扱い、人の心を読み、人を操る。そしてクラスに様々な影響を及ぼしていく。それは利己的な理由で、結果的に上手くいったに過ぎない。ただ、真実を知った直緒が愛生を糾弾しなかったように、例え思惑や方法がどうであったとしても、当人にとってその状況が好ましいものであればそれは牢獄ではないし、自覚していても抜け出せるものではない。愛生の支配はとても優しく、心地良いものだ。

愛生の行動は露悪的で、傍にいたからこそ知り得たのであって、人を縛る牢獄はいつだって存在し得るしそれが優しいものとは限らない。水城がサッカー部員にレイプされたように。そして人は例外なく牢獄に囚われている。
例えば我々は社会(法律)という牢獄に囚われている。ただ、多くの人は法律を縛るものではなく守るものと考えているし、抜け出そうと思わなければ囚われていると感じている人もまずいないだろう。社会もまた優しさの牢獄なのだ。個人差はあるが我々は幾重もの牢獄の中で生きている。

個別ルートではそうした個々人を縛る檻からの解放が一つのテーマになる。
愛生は叔父への復讐、映瑠は母の呪い、直緒は愛生という少女、芙美香は両親から受けた物同然の扱いから、それぞれ解放される。
玲児が主人公足り得るのは、彼だけがそうしたものに縛られていないからだ。だから愛生は冷児をフラットと評価し、物事を判断する天秤としての役目を担った。

さて、先程は塔子の例を挙げなかったが、彼女だけは他とは毛色が違う内容になっている。彼女だけは解放ではなく、日常という新たな牢獄に囚われる様が描かれる。日常を守るために自身が非日常に身を置くことをよしとするなんて本末転倒である。だが、塔子はこの矛盾に気付いていない。どうして彼女だけが違うかというと、それはこの「セミラミスの天秤」という物語の作者だからなのだろう。

全キャラ攻略後のエピローグで現実の安納塔子が登場する。そこでは色々情報を匂わせながら意味深な終わりで幕を閉じる。安納塔子はペンネームで本名は雪井燈花?玲児の幻聴の正体は雪井燈花の声だった?ならばその意図とは?…正直さっぱり分からない。
(このエピローグは一回限りでしかもセーブ不可なので読み直すことができない。自分は塔子エピローグの続きだと思い油断していて流し読み状態だったので、出来るならもう一度読み直したい。)

自分が本作に対してあっさり終わってしまったと感じてしまったのは、個別ルートはあくまで前座で、ここからペンネーム「安納塔子」の現実編みたいなグランドルートが始まると期待していたからだ。エピローグのような全てが完全に明かされない得体の知れない終わり方も良いが、ここから更に山場となる場面が欲しかった。

そもそもこの「セミラミスの天秤」とは何を伝える物語だったのか。それは冒頭で説明されている。
→心にも単子というこれ以上分けることができない最小単位があり、それだけでは観測することは出来ない。だけど全体を観測していくと物質と同じように予測することが可能になる。これを「予定調和」という。それは訪れるべくして訪れる未来。

それは愛生がやったことに近いのだろう。人の心を読み、言葉を操り予測通りの行動を取らせる。愛生はそんな自分の事を悪魔と称した。
だが、全てを読み終えた今では本当の悪魔とは「安納塔子」のことを指すのではないかと思う。彼女は自分の過去、現実を物語にしたのだから。

塔子が経験してきた過去とは勿論一本道であって、「セミラミスの天秤」のように複数に分岐するものではない。だから彼女は幼馴染である玲児を主人公に見立て、場面ごとに選択肢を設定(その時々で心がどう動くのかを予測←天秤の振れ幅は塔子が設定した玲児の心の動き?)し、その結果訪れるべくして訪れる未来を形にしてみせた。そんなことが出来るのは神か悪魔くらいのものだろう。

では、どうして「セミラミスの天秤」を書いたかについても少し考えてみたい。彼女にとって現実を物語にすることは日常を取り戻すことだったのではないか。塔子が小説家を続けるかどうか迷っていた時に愛生が説明した「AではないBの死体」で喩えるならば、現実では打ち捨てられたBの自分も物語であれば再び形にすることが出来る。恐らく彼女が囚われ頑なに守ろうとしていた日常は既に失われていて、Aである自分にはもう手にすることが出来ない。だから過去を物語にすることでこれまで打ち捨ててきたBの自分を生き返らせ、そこから彼女の望む日常を取り戻そうとしたのではと思う。(完全に予想だけど。)

結局のところ幻聴の正体や意図なんてものは塔子自身に聞かなければ分からないし、現実ではどうなっているのかも分からない。だからこそ、全てを明らかにする雪井燈花視点での現実編を入れて欲しかったと思わずにはいられない。


・総評
一筋縄ではいかない二人の少女と送るダークな雰囲気の学園物。キャラクター同士の頭が良さそうな会話も楽しいし内容も中々興味深いというか考える余地が多い作品なので興味がある人はやって損はないと思う。
ちなみに今作にもいつもの「nkmr」があります。