『アザナエル』以来、約二年半ぶりとなるニトロプラスの新作“エロ”ゲはまさかまさかの王道学園物!?…と、初めて知った時は何よりも驚いたし、正直期待よりも不安の方が大きかった。だが次第に公開される情報から普通の学園物に留まらない何かが仕込まれていると感じ、そこに期待していざ実際にプレイしてみたら…。本作はニトロ史上最も挑戦的で、人を選ぶ作品に仕上がっていたと思う。その挑戦はユーザーと現在の市場の流行に真っ向から対立するものであり、人によっては受け入れ難く非難の対象にしかならない可能性もある。そういう側面があるにしても、作品に込められたメッセージとゲームとしての数々の仕掛けが素晴らしく、これまでに無い美少女ゲームを楽しむ事が出来た。個人的には文句無しの傑作。――これは、「 」が「ヒロイン」を愛す作品である。※長文の前半はネタバレ無し、後半はネタバレ有り
凄い作品だった。一言で言うならばこれに尽きます。そしてよくここまで挑戦的な作品を出せたなと。従来の美少女ゲームとは真っ向から対立する構造・システムで「純愛」を描いた本作は、今後プレイヤーの美少女ゲームの見方に影響を与えると言っても過言ではない程、強烈なメッセージが込められていました。
田中ロミオ氏がプレイレビュー企画のコメントで「ユーザーの反応は楽しみというより率直にこわい」と発言していましたが、今ならこの気持ちが痛いほど理解できます。幸いにも自分はこういったプレイヤーを試す挑戦的な内容・システム、メッセージ性のある作品が好みなので思う存分楽しむことが出来ましたが、人によっては受け入れ難い展開に憤りたくなるかもしれないし、「そもそもこの作品は美少女ゲームとしての面白さを放棄している」と感じる人もいるかもしれません。どう感じるかはまさにそれぞれがプレイしてみなければ分かりません。
そのため、本作がこのエロゲー批評空間という場で最終的にどのような評価を得るかは全く予想出来ないし、同時に楽しみでもあります。
プレイレビュー企画についても少々。本作は発売一ヶ月ほど前に、企画・シナリオを担当した下倉バイオ氏がクリエイター限定で先行プレイヤーを募集して感想を募りました。これはその時は作品の出来に自信がある現れと斬新なマーケティングくらいの印象しか持ちませんでしたが、そういうのを抜きにして下倉氏はまず同業者の反応を見たかったのだと思います。
関連:「君と彼女と彼女の恋。」先行プレイレビューまとめ (http://togetter.com/li/507203 )
Twitterに挙げられた感想だけでも、『恋と選挙とチョコレート』で原画を担当した春夏冬ゆう氏、『処女は乙女に恋してる』シリーズで有名な嵩夜あや氏、『Ever17』を始めとするinfinityシリーズで有名な中澤工氏、知る人ぞ知る超プレミアゲー『書淫、或いは失われた夢の物語』のシナリオを担当した深沢豊氏といった、錚々たる顔触れが確認出来ます。そしてどの感想も好意的(勿論リップサービスもあるでしょうが)で、ニトロプラスの挑戦を歓迎しています。
恐らく本作はクリエイター視点からの受けは非常に良いと思います。実際に美少女ゲームの制作に携わってその中で様々な苦悩を経験してきたからこそ、近頃の学園物でタブーとされている展開を平然と用意し、システム自体にもプレイヤーを試す要素を組み込んだりした、現在の市場で好まれる美少女ゲームとは対極に位置する本作は刺激的で、思うところが多かったのではないでしょうか。一ユーザーとしてはよくこんな内容の作品(最高の褒め言葉)を出せたなとただただ驚くばかり。
◆プレイする前に踏まえておくこと
良くも悪くも従来の美少女ゲームとは異なる点が多いので、プレイするにあたってはある程度美少女ゲームがどういうものであるかを知っている事が望ましいと思います。少なくとも美少女ゲーム数本目とかの段階で本作をチョイスすると痛い目を見ます。
あとは幅広いジャンルに理解が有ることも必要でしょうか。ここで言ってしまうとネタバレになるのであれですが…、普通の三角関係物だとは思わない方が良いです。多くの人は「ニトロだし何かあるだろう」と予想しているでしょうが、その上を行くと思います。
そして攻略サイトに頼らず(そもそも攻略ページは作られないと思いますが)、内容に関しての情報もあまり得ずにプレイして欲しいです。本作はまさしく「ゲーム」であり、各々が試行錯誤し、大いに悩んで結末に辿り着いてこそ意味があるからです。
かなりハードな内容になっていますが、ヒロインと真剣に向き合い、最後までプレイし終えたならば何かしら感じ入る点があると思います。
ネタバレを控えた作品の感想はここまで。少しでも参考になれば幸いです。
以降は物語の本質に関わるネタバレを含み、後は色々と話が脱線しがちの感想になっているので注意して下さい。『沙耶の唄』についてのネタバレもあります。
「アオイは、こうりゃくヒロイン」
「このセカイは、ゲームなの」
「くろかみロングおさななじみが、メインヒロインなの」
「アオイこうりゃくは、あとまわしなの」
開始直後からこんな台詞がポンポン飛び出してきたのですぐ理解したが、本作は非常にメタい。この時点で普通の学園物、三角関係物ではない何かが仕込まれていると確信した。こういったメタな発言はプレイヤーが画面の外にいる存在である事を強く意識させ、時には主人公ではなくプレイヤーに直接言葉が投げかけられるのでメッセージ性の強い作品になりやすい。
本作もその例に漏れずメッセージ性の強い作品に仕上がっていたが、そのメッセージがやや先行し過ぎていた嫌いはあると思う。三角関係物で重視される両ヒロインの恋愛描写、特に恋心の動機はかなりあっさりしている。美雪の場合は繰り返し囁かれる「好き」という言葉に引っ張られる形で、自分が好かれていると自覚するというか…、少なくとも繊細な心情描写とその変化を楽しむ作品ではないと思う。
また、世界観設定もメッセージを表現するための舞台という印象が強い。登場人物の少なさ、学校を中心とした狭い世界という事もあり、これまでのニトロ作品のような徐々に広がりを見せる物語ではなく、最後まで狭い範囲に留まっている。(狭くはあるが十分な深みはある。)
個人的には狭い作品であるが故に、親友ポジションにいる雄二郎とのやり取りを面白いと思えなかったのが悔やまれるし物足り無く感じた点でもある。日常会話にそこまで面白さを感じられなかったので序盤はやや低調に感じた。
また最初の美雪エンドを迎えるまでは、冒頭で印象付けられたアオイの存在に思考が引っ張られて、美雪との幸せな日常に陰りばかりを感じてあまり身が入らなかった。先は気になるけど面白いかどうかはまだ何とも言えない、こう思いながらプレイしていた。
ここまでは少し否定的に述べてきたが、ある地点からは急激に面白くなる。二周目以降アオイを優先する選択肢を選んで進めて行くと…。そこからの展開はまさに怒涛の一言。アオイは主人公が外出したのを見計らって他の男とエッチするし、戦慄のハッピバースディからの最後の展開といい、プレイしていて笑いと震えが止まらなかった。今のご時世に学園物で寝取られ展開とか絶対やらないよ…。なまじ事前告知無しだから余計に質が悪いけど個人的には最高だった。最後に『君と彼女と彼女の恋。』がアップデートして再起動する演出には声を上げて驚いたし、以降の展開はまさに美雪との真剣勝負。
冒頭で強烈なインパクトを残すカミサマとアオイの正体が明らかになってからが本番。カミサマはヒロインの象徴的存在(イデア)であり、アオイはその一部から派生し、本作の世界に最適な形で生み出されたヒロイン。アオイの目的は多くの主人公とエッチしてイベントCGを集めること。そこからアオイと美雪は画面の向こう側にいる、ここまで選択し導いてきた「君」に語りかける…。
最初に不満点を中心に書きましたが、あくまでプレイ中に感じていた印象であって今では殆ど気にしていません。作品の性質上しょうがないですし、中盤以降の展開と作品が持つメタ性が本当に自分好みでした。こういうプレイヤーであることを強く意識させられる作品は大好物なんですよね。メタフィクションはHAIN氏が低価格抜きゲで幾つか作品を出していますが、普通の学園物によく仕込んだなと感心してしまいました。ましてニトロプラスという超大手ブランドが。そしてそれを際立たせる数々の演出はもう色々凄いです。
次は作品テーマとかそういうのに関して。
◆「プレイヤー」が「ヒロイン」を愛す作品
公式インタビューにもあるように本作で描かれるテーマは「純愛」である。ニトロプラスの純愛と言えば『沙耶の唄』が印象深いが、あちらは脳に障害を負った主人公・匂坂郁紀が唯一人間の姿と視認できる地球外生命体・沙耶と、世界を犠牲にしてでも愛を貫く物語であった。
では本作の場合はどうか。そもそも本作で描かれるのは主人公とヒロインの純愛ではない。プレイヤーとヒロインの純愛である。向日アオイと曽根美雪の両ヒロインは主人公ではなく、画面の向こう側に居るプレイヤー(=君)に向かって幾度も言葉を投げかける。
プレイヤーはアオイと美雪に真正面から向き合い、最終的にどちらを愛するのか考えに考え抜いて決定しなければならない。途中からセーブとロードは出来なくなるし、選択には全て責任が付き纏う。軽々しく好きと言ったらと永遠に好きと語り続ける羽目にもなる。
ヒロインの言葉に真剣に耳を傾け、意志を持って選択し、実際に行動しなければ先に進む事すら叶わない。
アオイは初めて人を愛することを教えてくれた君に恋をした。
ゲームのヒロインとしてイベントCGを回収するだけだった彼女を変えたのは君の選択だ。
美雪は選択肢に動かされた結果ではなく、意志によって本当の自分を理解してくれた君に恋をした。
最初に永遠の愛の誓いを破って彼女を狂わせたのは君の選択だ。
最後にはアオイと美雪のどちらを選択するのか迫られる。この選択の場面は今までプレイしたどの作品の選択肢よりも悩ましく、心に刻まれた。
本来ならアオイと美雪の両方に責任を負わなければならない立場だし、心情的には当然だが両方の幸せになる結末が見たい。だが、本作はそれを許さない。
セーブ&ロードによる繰り返しは出来ないし、一人を選択したらもう一人との結末を見る事は叶わない。僕の場合は美雪を選んだので、アオイとの結末を見ることはもう二度と出来ない。
同じ三角関係物であっても、『WHITE ALBUM2』なら小木曽雪菜と冬馬かずさの両方の結末を見ることが出来る。『君が望む永遠』なら涼宮遥と速瀬水月の両方の結末を見ることが出来る。主人公とヒロインの恋愛模様を客観的に眺める作品なのだからいつでもセーブ&ロードでき、必要とあらば好きな場面を何度でも見返すことも出来る。これは上で挙げた二作だけでなく、ほぼ全ての美少女ゲームに共通している事だ。
ところが『君と彼女と彼女の恋。』はゲームの主人公ではなく、現実にいるプレイヤーがヒロインを愛し、どちらかを選択しなければならない。心一や美雪が散々アオイに対して「現実はゲームじゃない」「ゲームと違ってやり直しはきかない」といった旨の発言をしてきたが、最後の最後で現実に生きるプレイヤー自身がそれに従わなければならない。本作の公式ジャンルはAlternativeADVと銘打たれているが、まさしくAlternative―二者択一―の、究極の選択をプレイヤーに要求する。
この選択で選ばなかったヒロインに思いを馳せたり後悔したり、ましてや何が何でももう一つの結末を見ようとするのは禁忌と言って良いだろう。アオイと美雪の想いの冒涜であるし、やり直しが効かない現実、選択の重さを突きつけた本作のメッセージを何一つ理解していない事になる。
アオイと美雪のどちらを愛しているかと聞かれたら僕は迷わず美雪と答えるし、アオイを選ばなかった事に後悔も抱いてはいない。
考えに考え抜いて最後に選んだのは美雪だから。でも、アオイの事は絶対に忘れないし忘れてはいけないと思う。
僕が選んだ美雪が3の30乗―205891132094649通りの内―たった一つの性格であるように、僕が出会って恋心を向けられたアオイもまた唯一無二の存在なのだから。彼女を覚えていられるのは自分以外に有り得ない。
ニトロプラスの純愛とは、愛すると決めた者を、全身全霊を傾けて―あらゆる代償を厭わずに―愛し抜くという事に帰結すると思う。
『沙耶の唄』では世界と沙耶を天秤に掛け、『君と彼女と彼女の恋。』では責任を負うべき二人のヒロインを天秤に掛けた。
『沙耶の唄』の方が選択対象の重要度の差がはっきりしており、例え脳に障害を負っても世界を犠牲にするのは容易ではないだろう。そこで郁紀は沙耶を選んだからこそ、彼らの恋愛は美しく純愛足り得るものであった。
『君と彼女と彼女の恋。』はプレイヤーに覚悟を持った選択を要求する。郁紀と近い事を今度は自分で行い、一度選択したら後ろを振り返らずに邁進しなければならないのだ。郁紀は沙耶の為に親友を裏切ることも厭わなかった。本作では選択したらもう一人との結末を永久に封印する必要がある。自分で選択しなければならないこちらの方がプレイヤーに掛かる負担は遥かに大きいし、『沙耶の唄』のように美しさを感じる余裕も無い。
愛する者の為に全てを犠牲にする覚悟と、その中で輝く純愛の美しさを描いた『沙耶の唄』。プレイヤー自身に覚悟を持った選択を要求し、純愛の難しさを伝えた『君と彼女と彼女の恋。』。アプローチは異なるが、どちらも等しくニトロプラスの純愛を描いた作品である。
◆美少女ゲームで表現されてきた理想郷を打ち砕いた作品
本作は途中からセーブ&ロードが出来なくなり、最後の選択に至っては選ばなかった結末は二度と見ること出来ないといった、従来の美少女ゲームとしての利点を捨てたと言っても過言ではないほど挑戦的なギミックが用意されている。
「セーブ&ロードでいつでも好きな場面に飛べる利便性や、一人ではなく複数のヒロインとの結末を楽しめるのが、美少女ゲームのアニメやラノベといった他の媒体には無い魅力じゃないか!この作品はゲームとしての利点を放棄している!」
こう感じる人も勿論いるだろう。また、度重なる選択肢に詰まるし攻略サイトも無いしでプレイするのが面倒と感じる人もいるかもしれない。
この辺りの面倒と思われるシステムは、自分はこういう独自性のある作品が好きなので無条件で歓迎出来たし楽しめたが、どう感じるかは人によりけりとしか言いようが無いし仮に否定的な意見でも仕方無いと思う。異質なのは明らかに本作の方なのだから。
だが、本作は紛れもなく「ゲーム」として面白い作品である。思うに、美少女ゲームにある他媒体にない魅力は大きく三つに分けられる。
① セーブ&ロードを駆使した自由な場面跳躍
② 選択肢を用いた物語の広がり
③ プレイヤーの物語への能動的関わり
この中で①と②に関しては大部分が失われている。だが同時に、③を最大限に表現するために為に①と②を意図的に排除した、と言い換える事も可能だろう。
これまで述べてきたように、本作は現実にいるプレイヤーがゲームの中のヒロインを愛し、どちらかを選択する作品である。選択するにあたってプレイヤーは覚悟を持って、真剣にヒロインと向き合う事を要求される。我々が本当に真剣になるには①、②を排除するしか他は無かった。美少女ゲームで当然とされている常識、我々が享受している利便性を打ち砕く必要があった。
「人生に、『IF』なんてない」
心一がしばしば口にしていた言葉だが、これが本作が最も伝えたいメッセージを端的に示していると思う。選択することの重さ、現実はやり直しが効かないものであることを本作はプレイヤーに改めて突き付ける。ただ、当然ながら現実がゲームと違ってやり直しが効かないものであることは常識だし言われるまでもない。
アオイのように現実とゲームを混同する重度のゲーム脳に囚われている人なんてまずいないだろう。我々は現実とゲームをしっかりと区別しているし、その上で現実では不可能なIFを実現出来る美少女ゲームを楽しんでいる。だがその共通認識、美少女ゲームが実現しプレイヤーが楽しんできた理想郷は、本作をプレイしたら脆くも崩れ去る。セーブ&ロードを駆使してやり直す事も出来なければ、IFであるもう一つの結末も決して見ることが出来ない。これではゲームであるはずなのに現実と変わらないではないか!
プレイヤーがやり直しの効かない現実のような恋愛を、IFがまかり通るはずのゲームのヒロインと行う本作は、まさしく従来の美少女ゲームが表現してきた内容と真っ向から対立する作品である。本当に良くこんな挑戦的な作品を世に出したと感心してしまった。
そしてセーブ&ロード出来ない、一つの結末しか辿り着けないといった致命的とも言える不自由を抱えているからこそ、逆説的に従来の美少女ゲームで表現されてきた理想郷の素晴らしさ、システムの利便性を確認出来る作品でもある。
プレイレビュー企画で多くのクリエイターの方々から称賛されたように、本作の挑戦が今後の制作に何らかの形で参考にされる可能性はある。今後これを受けてどういう美少女ゲームが作られるのかは怖くもあり楽しみでもある。
◆その他感じた事を幾つか一言で
・プレイ時間はそこまで長くないし、最近のニトロ作品にしては短いほうですが、ボリューム対する不満は殆ど有りません。構成的に長くしようがないし、何より読むのに体力を使う作品なのでこのくらいの長さが丁度良いと思います。
・『装甲悪鬼村正』では正直使うに耐えないレベルだった高速スキップが大きく改善されていたのは好印象。
・本作のようなヒロインとプレイヤーが直接干渉するメタフィクションと言えばやはりHAIN氏の『甘えむっ♪ ~おかあさんのかぞくけいかく~』の印象が強いです。あちらも一般的なヒロインではなく一人の「ヒロイン」として、プレイヤーとの干渉を試みる…なんて話があったと記憶しています。
・予想はしていたし覚悟もしてたけど、実際にアオイと美雪のどちらを選ぶのかは悩みに悩みました。決め手になったのは美雪のプレイヤーとのHシーンでの台詞。
「選択肢次第で態度が変わる、ただの人形――
あんなのとセックスしても、ダメなの」
「セカイの向こう側にいる貴方と――
直接、一緒になりたい――そう思って、たの――!」
こんな事を真に迫って言われたら彼女を選ばずにはいられません。
・パッケージの中を探して8桁の数字を書かれた紙を見つけた時の興奮はやばかったです。現実がゲームに干渉する、今までにない斬新な演出でした。本作の演出は新鮮に感じる物ばかりで面白かったです。
・この感想を書いた後に気付きましたが、クリア後にOPを見たらまた来るものがありました。他は最初の番号入力でアオイの番号を入れてみると…。物凄い細部まで徹底して作られた作品である事が分かります。一回きりの作品であるのでその拘りを全て把握する事が出来ないのが残念でもあり、同時に本作の底知れぬ凄さを思い知らされます。
・アオイってある意味プレイヤーを映し出す鏡のような存在だと思います。アオイがイベントCGを回収するために他の男性とエッチ(別なルートへ以降)するのは、プレイヤーが毎月発売される新作を手に取り、即物的欲求に従ってヒロインを消化(Hシーンを楽しむ)するのと大差ないように思います。ここでは敢えて「消化」という悪意的な表現を選びました。
ただ、アオイはヒロインとしてのロジックから逃れ、最後は一人の「ヒロイン」としてプレイヤーに愛を叫びました。最後の選択は美雪を選んだ人が多いと予想していますが、アオイを選ばなかったことはプレイヤーがどんなに真剣に「○○可愛い」と口にしても、その想いは対象のヒロインには決して届かないものであると、他ならぬプレイヤー自身が肯定する事になるのではないでしょうか。
◆総評(と言うよりも雑談に近いです)
僕は本作にほぼ最高評価である90点を付けました。点数は独善的なものと思っているので自分の点数含め、他のユーザーさんの感想を見る時も点数はあまり気にしないんですが、そういう自分にとっても90点という点数は重く、特別な物です。
勿論震えが止まらないくらい面白かったら90点も付けますが、面白いだけなら良くて85点止まりなんですよね。それプラス自分にとって特別な作品であることが90点を付ける漠然とした条件になっています。そしてその条件を満たすためには、作品内容だけでなく外的要因も大きく関係してきます。
例えば『WHITE ALBUM2 ~closing chapter~』はWA2icを予約購入してすぐプレイしたので、WA2ccの発売日が決まるまでは本当に出るのか不安でしょうがない気持ちを味わいました。待っている間にWA2icを何週したのか覚えてないですね…。なので発売日が決まった時は物凄く嬉しかったですし、発売前日は予約してるのに我慢できず、雪の降る中深夜販売に行ってそのまま徹夜でプレイしたのも良い思い出です。
『古色迷宮輪舞曲 ~HISTOIRE DE DESTIN~』の場合は体験版が難しいという触れ込みに惹かれて軽い気持ちで手を出してみたら、2012年最大のダークホースと言えるほどの作品で、その独自性のあるシステムとシナリオとの合致が最高でした。あとは発売後批評空間でも大きな盛り上がりを見せて多くの興味深いレビューが投稿され、議論が交わされていたのも、そこで作品の良さを再確認出来た自分としては作品を語る上で欠かせません。
少し長くなってしまいましたが…、要するにリアルタイムでプレイして波に乗ったかどうかも評価基準の要素になってくるんですよね。
本作『君と彼女と彼女の恋。』は約二年半ぶりとなるニトロの新作ということですが、正直な話自分はこの期間ニトロに対しては失望に近い感情を抱いていました。(これは自分がアニメを全く見ないのも大きいです。)
アニメ制作の活動が中心になり、公式サイトを開いてもエロゲブランドなのにエロゲに関する情報も殆ど無い。アニメの制作スタッフにニトロプラスの名前を見て「どうしてそれをエロゲでやらないんだ…」と嘆く事も。ニトロはもうエロゲ事業から撤退するのかなと不安に思いもしました。エロゲをプレイしたての時に『Phantom』で衝撃を受けた自分としては正直辛かったです。
なので本作の制作が発表された時は不安もありましたが、ニトロのエロゲがまたプレイ出来るだけで嬉しかったですし、内容もこれまで書いてきたように、“ゲーム”でなければ、“18禁”でなければ表現出来ない、非常に挑戦的なものでした。少し前に美少女ゲーム業界の衰退云々の記事が話題になりましたが、そういう背景もある中でニトロプラスがこういった作品を出してくれた事が本当に嬉しいです。本作は自分に美少女ゲームの新しい可能性を見せてくれました。純粋に優れた物語を楽しみたいのなら小説だけで事足ります。それでも、ゲームでなければ表現出来ない、ゲームという枠組みだからこそ伝えられる物語ってあると思うのです。自分はそういう作品を求めてこのジャンルに足を踏み入れました。(勿論可愛い女の子とイチャラブする作品も大好きですけどね!)
今の市場は初動(=予約本数)が全てだし、購入の大きな判断材料になる体験版を発売前日に公開するなんてもっての外。ユーザーの評価は買取・販売価格に直結し、悪ければすぐ安価で溢れかえる。こうした業界全体としても保守的にならざるを得ない中で、ここまでユーザーの反応を恐れない、リスキーな作品はニトロプラスというブランドだから出せたのかもしれません。それでも、叶うならば本作に続く形で、野心溢れる挑戦的な作品を出すブランドが現れて欲しい。自分はそう思っています。
どうやら次回作、次々回作のエロゲの制作も動いているようで、ニトロは変わらずエロゲでも勝負していくのだという想いも感じ取りました。(パッケージに入っていた広告チラシだと一つは『NECROMANCER ネクロマンサー』というタイトルのようです。今度は従来のニトロらしいハードボイルドな作品になりそう。)
こういう色々な要因も重なって、自分にとって本作は傑作と呼ぶに相応しい作品でした。
やはり美少女ゲームブランドのトップにはニトロプラスありですね。素晴らしい作品を有難うございました。