ErogameScape -エロゲー批評空間-

nvcoianf@vさんのひなたのつきの長文感想

ユーザー
nvcoianf@v
ゲーム
ひなたのつき
ブランド
ko-eda
得点
95
参照数
1217

一言コメント

哲学的な超傑作。 エロゲ史に残る名作なのに誰一人気がつかない。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

本作は凝った設定こそないものの哲学的に重要なテーマが多く提示されており、エロゲーというより哲学書みたいな作品。対人関係主体の哲学のみならず、わかりにくいが人間を人間たらしめる要素がふんだんに盛り込まれたまさにCROSS†CHANNELの完全上位互換作品。(哲学的な観点からという意味で、シナリオとしてのレベルが高いわけではない。シナリオ面も考慮すればCROSS†CHANNELのほうが圧倒的勝者)

言われてもピンと来ない人も多いだろう。何点かをピックアップして説明する。

①学問は人間の生命を救う。
本作のテーマでもっとも重要な設定は周りの人間が『勉強するやつは馬鹿げている』と思っている点である。
本作の周囲の人間は勉強するよりも、畑を耕して食料を得る人間こそ尊いと考えている節があるが、主人公は学問を通して最小の努力で最大限の成果を得たり、死が迫ったとき死亡した人間の経験を書物を通し、身に降りかかる危険を察知、回避し一命を取り留める。これは非常に人間的であり人間以外の動物にはできない芸当だ。
その1「知らないということはいかに無防備でいつ死んでもおかしくない危険性をはらんでいる」
その2「文字を読めることは前時代に死者が経験したことを生者が直接活用できる唯一の方法」
その3「一般的に無意味だと考えているものでもどのような力があるかわからない」
その1の答えはなぜ我々が学ばなければならないのかという答えであり、「『知る』ことに罪はない。それを兵器や武器にする人間が悪いのだ」という認識が間違っていることを如実に示しており、フランシス・ベーコンの『知は力なり』つまり「知識自体が支配力を持っている」という証明に他ならない。誰しも「なぜ勉強しなければならないのか」と一度は思ったことがあるだろうが、本作はその答えが明示されており、大きな爪も牙も持たない人間の唯一の武器は究極の理性である『学問』であり、死、或いは人生の危険から自らを護るのだと説いている。
例えばあなたが詐欺まがいの話をされたとき、漠然と儲かりそうだという手を出すのではなく、数学や統計学を駆使し「お前が間違っている」と証明できれば騙されずお金を奪われないで済むのと同じなのである。
そのように学問は身を守るためのものであるというシーンが本作は『これでもか!』というほど出てくる、現代版『啓蒙の弁証法』のような作品である。
その2は「人類の現代」の成り立ちを示している。西暦1054年に観測された超新星爆発が藤原定家「明月記」や宋(当時の中国の王朝)の歴史書に記載されているのだが、超新星爆発が起きた時地球でどのように観測できるのかということを知る方法は、通常我々が直接観測する以外方法はないのだが、このように過去の文献を辿ることで間接的にどのように見えたか知ることができる。このような芸当は人間以外できる種族は存在しない。
『人類という種族』は書物を通し一個人の生命を超え繁栄させている。現代とは過去人類が誕生した数万年を『文字』という媒体で記憶し土台になり現代が成り立っていることを示しているのである。

②人は集団でしか生きていくことができない。
本作が哲学的に面白い点として主人公は食糧を村人に頼っていることが挙げられる。
主人公は文字が読めることが村人と軋轢を生み廃小屋へ住み換え書物に没頭するのだが、同時に農耕や牧畜をする時間を削ることになった。主人公は書物を用い効率的に食物を得ようとするが1人でやるという行為自体非効率的であることに気づく。これは文明を持った社会において知を食物生産に還元する活動は専門的かつ大規模に実施した方が効率的であり、個人で生きるのであればむしろ知識収拾の方がかえって遠回りである。またそれは学問が存在しうる文明社会においては食料生産を誰かに頼らずに生きてはゆけず、演繹的に人が群れながら生活しなければならないことを迫られているということなのだということを示している。

③迫害する、迫害される、迫害し合うエルフ。
このテーマもついては割愛する。他の民族迫害された経験を持たない日本人にはとても異質で理解しがたいテーマだからだ。ここで私が説明してもおそらくこれを読んでいる人には伝わらないだろう。ただ本作は日本人が書いたのだろうか?と思わせるほどこのテーマを鋭く切り込めているのは称賛に値する。

一見キャラ萌えに見える作品だが、本作の持ち味はテーマ性だ。
やったことない人でも、もうやったことがある人も、私のような観点からぜひプレイしていただきたい作品である。そして考えて、感じてほしい。
ただ面白いだけではない。本作から得られる考え方はあなたの人生に絶対有益にするだろう。
本作は私が自信を持っておすすめすることができる傑作である。