出来の良い素材の使い方が、期待してたものとは全く違う方向性で端的に言うなら期待外れだったけど、良いところもあったのでそこまで悪い作品ではない…と思います。
前作「ヒマワリと恋の記憶」のような作品を期待していた身としては、なんだかんだで期待外れだったと言わざるを得ない。
ただ繰り返しになるが、この作品の全てが一概に劣っていたというわけではなく、こちらはこちらで考えさせられる部分もある。
そうはいってもヒマ恋には勝てんのですが、ヒマ恋と比較しながら色々書いてみたいと思います。
ヒマ恋のネタバレを含みますがご容赦ください。
・シミュレーションパートについて
これは多くの人が感じているのかもしれないが、個人的には正直余計だった。
別に会話の内容がつまらないとかそんなことを言いたいのではなく、それぞれが独立したエピソードなので、恋愛としての積み重ねに生きてこない。
時間的な積み重ねの量は、そのヒロインに対するプレイヤーの愛着だとか感情移入度に大きく影響してくると思う。
「このヒロインこそがメインだ」と自分が感じることが出来たならばそれが正義だし、それだけの描写を見せてくれる作品は本当に素晴らしい。
例えば「ヒマワリと恋の記憶」なら、恋愛同盟を結び集会を開く中で茜との仲が深まっていく様子が丁寧に描かれている。
「乙女理論とその周辺」なら、パリでのりそなと朝日のコンビとしての生活が順番に描かれている。
「恋×シンアイ彼女」なら、所々に挿入される過去編などを通して、ヒロインとの長い時間を経た繋がりを感じることができる。
シミュレーションゲームを通して同じヒロインをひたすら追いかけ続けることを演出したかったとしても、それは感覚の問題にすぎない。
読んでいるテキストからそういった積み重ねを感じることが出来ず、総合的に見て付き合うまでの過程がおざなりになっているように感じられてしまう。
特に京子と千春の後半のシミュレーションパートの、2人の生の感情が感じられる展開は良かっただけに、
もしも普通のADVならば、もっと時間的な積み重ねとか他のキャラクターとの横のつながりを感じられたのかもしれないと考えると最高に勿体ない。
・描写不足
描写不足には2種類あると思っている。
一つが「必要な部分に必要な描写がないタイプ」で、もう一つが「あえて描写をしないことで余韻を感じさせるタイプ」である。
結果的に後者の方の描写不足に至る場合には全く問題ないし、むしろ後者の方は大好きで喉から手が出るほど好きなのだが、
今作の場合は、欲しい場面に欲しい一言が足りない!と感じることが多かった。
これは先程のシミュレーションパートとも絡んでくるのだが、主に千春との活動を後押しした後の京子の心情だとか、
Missing挿入後の京子の行動だったりとか、一言でも良いので何か描写があるだけで感じ方が変わる。
それは何気なく窓を外を見るとか、心の中でのちょっとした悲しみを表現するとか、そういう些細なことで構わない。
他のヒロイン攻略時における些細な心情描写(主に失恋)の積み重ねがメイン√に昇華された時、
それが2人が結ばれた瞬間の感動に変わるのであり、(一応)京子をメインにする以上、これを徹底してほしかったのである。
ヒマワリと恋の記憶ではこういった失恋描写や亜依の後押しが非常に魅力的で、茜のことが好きな限り評価せざるを得ないような展開づくりが出来ていた。
シナリオ
上記のような不満が感じられ過ぎた前半は置いといたとしても、後半はどの√も(展開運びがかなり似ているが)それなりの仕上がりになっている。
特に千春√と京子√は前作で言う亜依と茜のような関係を感じることが出来た上、微妙に違う展開がまた新しいことを考えさせてくれた。
奈央と凛の個別の話は省きます。
・千春√
流れで付き合い始めた勝也と千春がそのまんまゴールインする話。
京子√とは対比の構造になっていて、千春との関係をどうするか、という部分に今作一番の焦点が当てられているように思われる。
とにかくエピソード補正がずるい。こちらがメインでもおかしくないと思える程。
というか最後までやっても千春がメインでもやはりおかしくないと思ったが、その話はまた後々。
後々判明するアメリカへ引っ越すこと、初恋であること、とにかく勝也のことが好きだということ…
勿論野球部のマネージャーなので勝也ともそれなりに親密だし、前作の亜依と比較しても中々に素材が揃っている子である。
恋人として付き合い始めてから贖罪的な意味を込めて体の関係を作ってしまうのは18禁ならではの良さだし、このヒロインの√でしか出来ないことでもある。
勿論、千春的には切るに切れない関係を作ってしまうのが自分にとっても都合が良いとは考えていたと思うが、
この1回があるかどうかで京子と結ばれる道が閉ざされてしまうと思うと、凄く繊細な部分も感じる。
体の関係を作ってしまえば後は単純で、表面上の付き合いから2人で一緒にいる時間が長くなり、そのまま2人はお互いに対する恋愛感情を知ってゴールイン。
千春は千春で京子に対する負い目を感じていたと思うし、勝也も京子を完全に諦めきれてないのはあったと思うが、そういったしがらみを全部時間で解決してしまうのである。
けれども最後までアメリカに行くという「2人の関係を作る上で一番大事なこと」を勝也に報告できなくて、そういう意味では最後まで千春の弱さを感じることになる。
ただそのおかげで空港でのワンシーンに繋がるなど、プラスの部分もあるので、「これが青春」という括りで見るなら、悪い展開運びではなかったのかもしれない。
挿入歌「Missing」の一部の歌詞を千春に重ねてみると分かりやすい。
「さよならはきっと届かないから、ありがとう君は初恋の人、もう一度なんて夢はいらない、君に恋した僕が悪いから」
邪推かもしれないが、少なくとも1番の歌詞の多くは京子よりも千春の方があてはまるのではないか。
2番以降は思い出などの単語が出てくるので、むしろ京子によくあてはまる。
そんなこんなで千春の心情を推察してみると、お互いに傷つけ合うだけの関係を勝也と持ちつつも、やはり今の状況を諦めきれないという末路に行きついてしまう。
千春の初恋にはそれだけの力があって、少なくともこの√においては京子の持っているものを凌駕するだけの何かを持っていたのだろう。
これだけの心理描写を積み上げておきながら、この先に幼馴染の京子が待ち受けているのがこの作品。
そのくせ千春√における京子の描写は、先程も述べたような欲しい一言が悉く足りず、描写不足を感じる。
むしろ千春がメインでもいいのではないかとすらこの時は思ったが、やはりCV橘まおを諦めきれない気持ちもあって、上手く感情移入が出来なかった。
お気に入りは自転車で2人乗りする場面と京子に叩かれる場面。
前者は王道青春として求めているものを享受できたし、後者は千春と京子両方のけじめとして、お互いが別々に歩き出すための良いきっかけになっている。
失恋描写として特に印象的に感じられたものがコレだが、そもそも失恋描写自体は沢山あって、それがあまり繋がってないというか印象に残っていないのが辛い。
京子√
ここまででひたすら京子に対する負い目を積み上げてきて、この√で放出するのが理想の運びだったが、今作の場合は(自分が悪いのかもしれないけど)それが出来なかった。
夏祭りのワンシーンで千春と付き合う所から始まって、結果的に京子に落ちつくのがこの話である。
それにしても夏祭りのシーンはCGも挿入歌も含めて最高に演出がズルい。
おそらくここで(作中で)初めて「Missing」を聞いていれば印象も変わったのだろうが、凛や奈央のEDでもMissingを流していたのが少し残念だ。
破壊力を持った挿入歌だと思うので、EDはもう少し恋を推したような曲を用意して、失恋の挿入歌としてこの曲を特化させていればもっと評価は変わったのかもしれない。
あんまり贅沢は言いたくないけれど、曲を放出するタイミングは非常に大事だと思う。
話を戻すが、千春とのギスギスした関係がいつまでも続かない原因になるのが、今回の場合奈央である。
嫌なことを嫌だと言える人間なので、遠回りしたがる人間が多い今作ではキーマン的扱いだし、キャラクター的には最高の脇役である。
(むしろ奈央と結ばれてしまう話も実は結構好きなのだが、一応千春と京子に絞って考えたいのでこのあたりで)
あそこで直球を投げていなければ千春√的な展開になることは間違いなしだし、本当は当事者3人の問題なのだろうが、今回ばかりはよく考えさせられる1シーンとなった。
奈央も少なからず勝也のことは見てきたはずなので、性格上あのようなことは言うだろうというキャラ付けにしても、
他の野球部の男ではなくて敢えて奈央にあの役回りをさせたことは本当に評価したい。
その後の大崎を始めとする女子たちの千春に同情するような展開は完全に不要だった。
俗に言うクソシリアスの体現で、本人たちの問題に外野が口を突っ込まないでほしい。
奈央みたいに分かって言ってることなら話は別だが、完全に勘違いしたまま噂を広げて勝手に嫌ってくれるので、見ていて不快でしかなかった。
一途でブレない共通パートの大崎さんは好きだったが、この場面での大崎さんは全然好きじゃないです。
その先の幼馴染の距離感をなんとか保ちつつも少しずつ恋を実感していくような展開運びは良かった。
散々見てきた展開に飽きつつも、その展開がまた2人の中を深めてくれたりもして、特に誕生日の1コマなんかは幼馴染ならではの良さを感じたものである。
他に好きなシーンで言うなら何も見えない覗き穴を覗く京子とか、自販機で買ったコーヒーを京子が勝也の頬に当ててくる場面とか。
そういう漠然とした青春らしさを感じられるシーンは本当に好きで、1コマ1コマで見れば確実に名作たるだけの満足は得られたのだと思う。
最後の演出は絶対にどこかで来るだろうと分かってはいたがやっぱりズルい(2回目)。
ヒマ恋でも薄めの塗りで回想を表現する場面は要所で挿入されていたが、まさか京子√のEDと共に組み合わせてくるとは思わなかった。
この演出は本当に好きで、これだけでも10点程度加点したいレベル。
はっきり申し上げてMissingの破壊力と合わせてこのシーンだけ少し涙を流したが、冷静に考えるともっと感情移入していれば更に感動できたのかもしれない。
余談だが、今作も過去作のBGMを取り入れてくれるというファンサービスがある。
特に印象に残ったのがあやめの町の「Flower」とヒマ恋の「また君に恋をする」で、
どちらもヒマ恋でも同様に使われていたので、また当時のことを思い出して鳥肌が立ってしまった。
千春√での京子と違い、京子√での千春は失恋描写を大いに感じることができる。
自分の恋が叶わないことを理解しながらも京子を頼ってしまったことに対する謝罪や、その後2人の関係が行き詰まると大切なところで後押ししてくれる。
しかも本人の初恋話付きであることが多く、失恋描写だけで見るなら京子よりも数こそ少ないが印象には残る。
空港で千春が最後に念押ししてくれる場面も最後の勝也の決断に繋がっているだろうし、
付き合ってないヒロインが美しく見える法則なのかどうかは分からないけれども、この√での千春は個別以上に確固たる意志があるように映る。
ここまでやってようやく考えたのが、なにも京子に拘る必要はなかったということ。
千春には千春のエピソードの積み重ねがあって、実際にメインヒロインになるだけの材料を持っている。
そのくせこの作品は千春と京子両方を平等に贔屓しようとするので、ヒマ恋みたいな「茜が絶対メインヒロイン」という選ばれし者感を出せていない。
冷静に謎の分析をしている時点で何者にも感情移入できていない証拠だが、ヒマ恋を意識するなら、個人的には千春を踏み台にするくらいの気概は欲しかった。
まあそのおかげで千春と京子どちらでもメインになるだけの条件はあるので、一概に悪い話ではない。
正直自分も京子のED演出を見るまでは結構千春に傾いていたというか、今も結構迷っているみたいなところがある。
・まとめ
求めていたものは手に入らなかったし本当に勿体なく残念に思う部分も多々あったが、考えさせられる部分もあったので、結果的には悪くはなかった。
感情移入の失敗が今作を楽しめなかった理由の大半を占めているが、これはシミュレーションパートのブツ切り感が主な原因なのと、
もしかしたら千春と京子で迷い続ける自分にも責任があるのかもしれない。
1つ1つの素材を断片的に見るなら全然悪くないし、むしろ良い。
これぞMOREの描く青春と言えるような描写は所々で見せてもらったし、その点については満足している。
とかいいつつ不満点が目立つような感想になってしまったのは申し訳ないが、やはり自分の中でヒマ恋の影を引きずり続けているのが原因である。
CV橘まおがメインだとか、恋愛同盟の積み重ねだとか、そういう謎の期待さえなければ、この作品も1つの青春として完成はしているのだと思う。
まあ同じ青春だと言っても、これがヒマ恋と同じかと言われたら全然違うし、
MORE作品でライターも同じではあるけれども全く別物として考えられるならそれが一番幸せなのかもしれない。
このブランドの作品はこれが最後になるみたいな話を小耳に挟んだが、それが本当なら少し悲しい。
北澤さんは姉妹ブランド(?)で音楽を作り続けるだろうし、完全にMOREというものがなくなるわけではないが、
この作品がそうであるとは一概には言えないにしても、青春路線の作品をもっと見てみたいなとは考えてしまう。