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nezumoさんの私が好きなら「好き」って言って!の長文感想

ユーザー
nezumo
ゲーム
私が好きなら「好き」って言って!
ブランド
Chuablesoft
得点
85
参照数
1024

一言コメント

今作(特にリンカ√)で描かれる、夢と恋愛を両立することの難しさについて。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

「本当に大切なのは、料理人になることなのか、それとも意中の相手を愛する事なのか。」
夢と恋愛を天秤にかける話は今まで何度も見てきたし、いくつかの作品はそれぞれの形で完成させたシナリオを展開してきた。
(自分のオススメは「サクラノ詩」と「恋×シンアイ彼女」です。何が凄いってこの作品を含むこの3つが同じ月に出たのが凄い。)
この作品のテーマの集大成がリンカ√に詰まってて、その完成度の素晴らしさについて自分なりに書いてみます。殆どリンカ√の話しかしてないです。


主人公:料理人になりたいという夢を持っている
リンカ:歌手デビューしたいという夢を持っている

ここでいう夢というのは、そう簡単に捨てられるものじゃなくて、願わくば全てを捨ててでも叶えたい程のもの。
2人がそれぞれどれだけ夢に向かって一生懸命かというのは本編全体を通して感じられた。
特に主人公に関しては友希通常エンドでの夢の叶え方なんかを見てれば分かるように、どんなに小さくも自分の店を持てる料理人になりたいというのが第一にある。
これだけ夢に一直線になれるのも本当に羨ましいですけどね。
料理食べたらその料理に一瞬で惚れて、もう次の日からはバイトしてるって、それだけの熱意をもって取り組めるということがもう既に凄い。

この2人を語る上で大事だと思うのは、お互いに鏡のような考え方の持ち主だということ。
主人公が考えていることはリンカも考えていることだし、夢の大切さも自分と同じくらい分かってる。
だからこそ成り立つお話なのかもしれないし、この2人だからこそ出した結論には本当に説得力がある。


リンカ√通常エンドでは「夢は何物にも代えられないもの」として描かれる。
2人は8月中だけの恋人ごっこという名目で精一杯愛し合ったし、勿論その気持ちは本物だろうけど、それとこれとは話が別。
いくら相手のことを大切に思っていても、それだけじゃ自分は生きられない。
なりたい夢が一番だから。夢を追いかける自分がいて、お互いに夢を追いかける相手の姿を好きになったから。
ここには普通の恋愛とはかけ離れた、お互いの夢に対する一生懸命さが感じられる。

ただ、夢を追いかけてるのはどちらか1人というわけではないから、どちらかが片方を支えるということをしていない。
自分が夢に向かって頑張ってる時、相手もまた夢に向かって頑張っていると実感することが時々あるんだと思う。
だからじゃないけど、心の中のどこかでは相手の存在が生き続けてて、世界のどこかで頑張っている相手の存在が夢を実現するための一部になってるのかもしれない。

ラストシーンには主人公とリンカはリンゴの樹の下で再び出会う。
夢を叶えなきゃいけない身からすれば、こんなところで油売ってる暇は勿論ないんだけれど、
どこかでちゃんと報告しとかなきゃいけないって気持ちもあったんだろうね。
「夢に向かって精一杯生きていますよ」って、過去に愛した、今でも愛している人への報告。
絶対に付き合おうなんて口にしないのが一番良いところだし、互いの温もりを感じつつも成果を知りたがってるところが割り切りが持てていてとても好き。

ただ、通常エンドに関してはすごく後味は良いんだけれど、妙にフィクションっぽいなって感じてしまったのがここだけの話。
偶然バッタリリンゴの樹の下で出会っちゃうのがロマンチックで好きですけどね。
けれどもどうも夢に対する決意の重みとか恋愛に対する向き合い方の掘り下げが薄かった気がして、告白エンドと比較しちゃうとどうしても冷めた目で見てしまう。
夢に向かってはちゃんと全力で歩き出せてるわけで、でも恋愛は向き合わなかった分だけキッチリ犠牲になってるから、そこは通常エンドとしての代償なんだろう。


リンカ√告白エンドでは「一度恋愛してみた上で、それでもなお夢に向かって歩き出したい2人の気持ち」が描かれる。
主人公が歩けなくなるどころか料理人の命である味が分からない段階にまでなっちゃうって、ここまでどん底に突き落とすことはなかったと思うんだけど、
彩雨√で彩雨が死にかけたように、まひる√で2人が死にかけたように、清々しいまでの逆境が今作の魅力をさせている部分も少なからずある。
ここまでの逆境だったからこそリンカは一度夢を諦めかけたわけだし、主人公も一度どん底を見て自分の料理人への想いを再認識させられた。
逆に言えば、このくらい強い出来事がないと恋愛に傾かないくらいには、2人の夢に対する想いは強いものだったということ。

恋愛が本気で出来ないとは言わないけれど、やっぱり夢のことが頭のどこかにチラついてしまう。
一度この人に尽くすと決めたけど、どうしても諦められないからこっそり練習するっていうリンカの葛藤が凄く印象的だった。
確かに主人公のことは好き、死ぬ気で愛したくなるほど好き。けど歌の話となるとそれとこれとは違うっていうか。
言い方は悪いけど、2人にとって恋愛はどうしても一番にはなれなかった。主人公が一番恋したものは料理だし、リンカが一番恋したものは歌だから。

ここでやっぱりなと思ったし、同時に凄いなとも思ったのは、主人公はちゃんとリンカが夢を諦めきれてないことに気づくということ。
自分としては勿論リンカに傍にいて欲しいけど、自分が好きになったリンカは夢を追いかけてる時のリンカだってはっきりと自分で分かってる。
なにも生涯別れようって言ってるんじゃないと思う。自分を気にするあまり夢を中途半端にしか追いかけられないリンカの姿が見てて苦しいんだろう。
俺ももう一回頑張るから、リンカも絶対夢を叶えて欲しいっていう切実な気持ち。
こういう感情が沸いてくるのも、一度2人で恋をしなきゃいけないような状況に追い込まれて、どん底で恋愛してみたからこそ分かったことなんだよね。

終わり方は本当に美しい。
主人公はもう無理かと思われる程のハンデを乗り越えて、リンカも歌手としてある程度の知名度を上げる。
夢を追いかけてる相手が好きだから、こうやって間近でその姿を感じながらお互いに叶えたいものに向かって成長できることそのものが奇跡なんだと思う。
リンカからしたら妥協した部分もあっただろうけど、色々あった上で今があると考えれば、現状には凄く満足してるのかもしれない。
一時期人生をかけて尽くした相手がちゃんと夢を叶えたし、自分もまた夢に向かって歩き出せたから。
そもそも夢がないと恋愛どころじゃなくなってしまう。それを分かり合えていたからこそ実現できた、2人が選び取った未来の姿がある。

勿論通常エンドに比べたら、お互い色々と制約があるし、恋愛を経験し夢から離れた時間がある分だけ目指せる夢の限界からは遠のいてしまったのは仕方がない。
夢に向かって頑張ってる人は自分が停滞してる間も止まらないし、だから自分も止まっちゃいけないし、本当はそれに食らいついていかなくちゃいけない。
夢も目標もない自分が語るのもアレだけど、少なくとも2人にとっての夢というのはこのくらい遠くにあって、一生懸命手を伸ばし続けてようやく掴めるようなものだと思う。
でも告白エンドの2人は絶対妥協してこの道を選んだわけじゃない。
普通の人にはとてもできないような凄い経験をしたからこそ今があるって、胸を張って言えるくらい頑張ってたはずだ。
自分はそういうところに夢と恋愛で葛藤するシナリオとしての完成系を感じた。
正規ヒロインっぽい雰囲気こそ最初から漂ってたけど、終わってみるとこの2人があまりにもお似合いすぎる。


リンカ√とは関係ないけど、友希√通常エンドも夢を目指す主人公として一つのあるべき形を感じた。
何はどうあれ自分の店を持って、愛する彼女と一緒に店を軌道に乗せて、結果的には正社員を雇うまでになって、
普通こんなに上手くいかないし物語の深みも幾分か落ちるけど、夢と恋愛を両立させるシナリオとしてまあ普通はこうだよなあというのもまた実感した。