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nezumoさんのMinstrel -壊レタ人ギョウ-の長文感想

ユーザー
nezumo
ゲーム
Minstrel -壊レタ人ギョウ-
ブランド
得点
78
参照数
448

一言コメント

同人には時に物凄いモノが眠っている。全力でシナリオを読みたいという方にお勧めできる作品

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

「紙の上の魔法使い」の体験版をやってライターのテキストの上手さに感動したのと、同志に勧められてプレイ
自分が最後にDMMとDLsiteのダウンロード数を見た時には28+15でした
意味が分からない 流石に埋まり過ぎなんですよコレ
とは言っても、同人作品ってのはどんなにシナリオが良くても話題にならなければ埋もれてしまうわけで
今作に関しても本当に埋もれてると思います もっとも、ここでこんなことを言ったところで、すぐに普及する訳でもないのですが
確かなシナリオの出来ではあるものの、やはり同人作品として他の部分での欠陥があるのは否めません
こんなこと言うのもアレですが、絵は商業作品に比べるとやっぱり弱いです
作品に慣れてしまえば気にはならないものの、買わせる材料としてはやっぱり弱い
ということで、せっかく良いものを書けるのに損をしているという感じがあります
自分がコレを書いてる時点では紙の上の魔法使いは発売されていないのですが、あちらは絵でも惹きつけられていい感じです
悪いことは言わん この作品に興味持ったらかみまほの体験版も一緒にやってくれ 頼む


システムその他

ボイスレス 勿体ないようなそんな感じ
BGMは心から感動する程の破壊力を持ったものは無いものの、全体的に高水準
同人也の出来という印象でしたが、減点するような部分でもないし、シナリオを引き立てるには十分だったかと思います
フキダシ形式で会話が進んでいく工夫された演出は新鮮さもあり、littlewitchを思い起こさせます
FFDに比べたら弱いかもしれませんが、同人としてコレを採用したことには目を見張るべきでしょう


シナリオ

このライターの凄いところは、一言も言ってないのにそうだと思い込ませてしまう力です
後半でその真実が明かされた時、どうしてもやられたなあと感じてしまう
勘の良い人、客観的に見れる人には気づけるのでしょうが、物語に没入してしまえば、それはもう思う壺で、おそらく気づくことはできないのでしょう

それに加えて、二重のシナリオを展開できるという点もとにかく素晴らしい
今作は4章構成ですが、章ごとのシナリオがしっかりしている
導入して流れが変わって完結するまで短編として本当に完成度が高い
それに加えて全体としてのシナリオも筋が通っているというのが本当に凄い
どんなプロットなのか一度見てみたいと本気で思いました さぞ複雑なのか、意外と簡潔なのか

同じ展開の中で2つのシナリオを同時に展開される それに加えてトリックを仕込んでいく 彼の実力はきっとホンモノです


ここからは章ごとの感想


1章

この章のテーマは、「弱さ」
何ものかの襲撃によって希望を失った町
そこに現れた人形師によって町は建前上再建される それは確かに人々に希望を与えたかもしれない
この章の人形師も、悪気があって町の人を人形化したわけではないだろうし、少なくとも救おうという心こそあったのでしょう
まあ、そんなことは余計な親切なのです 結局町の人を虚構の幸せに浸らせ、心的に弱くするだけだった

今を犠牲にして未来に本当の幸せを見るか、今の幸せのために未来を捨てるか
こういう選択を迫られた時、人間という生き物は弱く、後者の選択をしてしまうことが多々あります
町の人が選んだのは、まさに後者でした
未来の町の再建など望まず、ただ人形師に与えられた虚構を神の業だと崇め、今を生きることを選んだのです

まあ結局そんな束の間の幸せもすぐに崩れてしまうわけで
「苦しいかもしれないけど、今は頑張れ」リーベが町の人に分かって欲しかったのはこういうものなのでしょう
虚構の幸せに浸ることを当たり前としてしまった町の人は、自分たちの幸せが虚構であることに気が付きません
人間、自分のことは自分で気がつけないものです そして本当に堕ちた時、全てを悟る
リーベはそんな町の人を見捨てることが出来なかったのでしょう 他者に言われて初めて気づく、偽物の幸せであるということ
だからこそ、お前らの現状ってのはこういうものなんだよ、ってのを実感させることを選んだ

苦しいかもしれない 辛いかもしれない (偽物の)幸せを奪った私を恨んでくれても良い
でも、お前たちはその気持ちを再建の原動力に変えて、本物の幸せを手に入れろよ、それがリーベから町の人へのメッセージなのです


2章

章間の話題は今は割愛

この章もやはり、テーマは「弱さ」という部分にあるでしょう
アデルという人形はロマに限りなく近い存在であり、限りなく遠い存在であった
この時点でロマはまだ、感情を完璧に理解することが出来ません
だが、アデルという人形は、過去の出来事の中で、感情を理解せざるを得なかった
その中には本当に幸せなことがあった だからこそ彼は不幸を知ってしまう
幸せや不幸というものは、対比されるモノがあって初めて存在します
不幸というのは、幸せと比較してマイナスであるという事
幸せというのは、不幸と比較してプラスであるという事

幸せがあれば不幸があるのは必然です アデルはその不幸に耐えられないから、自分を壊してくれと言うのです
ですがアデルは戦いの中で言いました 「死にたくない」と
おそらく、どちらもアデルの本心なのでしょう
感情を知ったことで幸せを得たという記憶は、決して無くしたくない大切なもの 死にたくないのも当然でしょう
幸せを知ったことで不幸も知ってしまったという現実は、決して受け入れられない辛いもの
一見筋が通っているように見えますが、結局はアデルの我儘でしかないと思います
不幸だから死にたいとか、壊してくれと言うのは、アデルが弱いからに他ならないからです

と言っても、ロマは言ったことには責任を持たなければならないわけで、同情なんてクソ食らえ、アデルを壊します
これも、まだ生きられるのに心の弱さ故に壊してくれと自分を呪ってしまった罰なのでしょう

そしてロマもまた本当の意味で感情を知る
敢えて、「感情を理解した」とは言わないことにします
人形は作られた時に完成している筈のもの
感情を知り、鍵(リミッター)を外すことで、感情という道具を使えるようになったと自分は解釈します


3章

初めて仲間という仲間に出会う章

ロマは人間になりたいと思って旅をしてきましたが、ここで出会うのが、人形になりたいと考える少年ハインケス
といっても、人形になりたいという願望は、ただの現実逃避に過ぎないわけで
ユッタの大切な人を殺してしまった、だけどどうしようもなく好きで好きで辛い 人形ならこんな気持ち抱かなくていいのに
どう考えても逃げの感情です 本質的にはアデルの気持ちと同じなのかもしれません
しかし、同時にどうしようもなく生きていたいのです 愛した少女がそこに居たという事実を語れるのは、ハインケス自身だけだから
本当に自分勝手な生き物です 幸せなことがあったら生きていたいと思う癖に、辛いことがあれば死にたい、感情なんでいらないと願う

だがこの章は2章とは違う この章で起こるのは、2章との対比
その幸せがどうしようもなく強かった時、人間は強さを手に入れる余地がある
少女がどうしようもなく好きだったという事も、その少女が死んでしまったという事も、全て受け入れて自分の強さにしようと、そう決意するのです
この決意自体はハインケスの決意に過ぎませんが、ロマの感情にも大きく影響を及ぼしたことでしょう
ロマもまた、大切なモノを自覚する 色々な人間と触れ合い、色々なことがあった章ですが、結果的にロマのほとんどの鍵を開けることに成功しました
人間の強さというものが垣間見れるシーンであると共に、3章のハインケスの姿は、最後のロマの生き様にも似通うものがあります

この章で見られるもう1つのテーマは、思い込むことで他者を受け入れず、自分の世界に閉じこもろうとする「弱さ」
この作品は様々な局面で、弱さというテーマを全面的に押し出しているように思います
この場合の弱さが見れるのは、モニカとハインケスとユッタさん
自分の考えることが正しいと信じて行動し、その考えを曲げようとしない
他者を受け入れるというのは自分の考えを変えることであり、他者の考えを受け入れるという事です
違う考えを受け入れるという事は、それまでの自分の考えに決着をつけなければなりません
その点で、彼らはどうしようもなく弱かった 自分の意見を正しいと思い込むことで、自分の心を維持していたのです
まあそんな思い込みも、他者が修正してあげなければなりません
そういう意味で、リーベの言葉も、ロンドの言葉も、そして妙に人間味を帯びたロマの言葉も、彼らの助けになったことでしょう
自分で気づけないのなら、他者に気づかせて貰えばいい
助け合いの精神というテーマも込められているのかもしれません
弱いからこそ、他者との関係の中で、その弱さを修正してあげたり、修正してもらったりする必要があるのです


4章

リーベは人形だった!!

気づこうと思えば気づけたのだなあと、今になれば思えますが、当時の自分はまるで気づかない
章間にロンドとの会話の中で、ロンドのことをリーベが覚えていない描写がありましたが、まさにそれが伏線でした

ロマが限りなく人間に近づく章
人間に近づくと言っても、鍵をすべて空けて、ロマとしての人形の能力の限界に達したという表現が正しいのでしょうか
鍵をほとんど解除することで、人間としての自分を見出す
しかし、その人間としての自分はどうしようもなく弱いものでした
父親と母親に会いたい、確かにその気持ちで旅をしてきたのに、目の前で死んでましたなんて言われたら、夢に走りたくなる気持ちも分かります
だが、それは試練の一環 人間になるという事は、不幸なこともすべて受け入れるという事 決して後ろを向いてはいけないのです

と言っても自分では気づくことが出来ませんから、ロンドに気づかせてもらう
それでいいのです 自分で気づくことが出来ないのは必然 だからこそ、他者に気づかせて貰うのです

この後、リーベとロマは互いの愛を確認しますが、その愛は確かに本物だったはずです
例え人形同士の恋であろうとも、限りなく人間に近い人形同志の恋 恋の中身も、限りなく人間に近いと言って差し支えは無いでしょう

しかし更なる不幸が襲い掛かる リーベが人形であるという事実そのものは置いといて、リーベが壊れてしまうという事実
もはや人間と呼ぶに相応しいロマという人形に送られる最後の試練
愛する人の死を受け入れて、未来に向けて生きていく、それが本当の人間の強さ それを試される試練です

ここで出てくるのが、人形として生きる運命を与えられた、人間のリーベの存在
人間でありながら人形であるという奇妙な存在ですが、本質は人間です
だから人形であろうとも感情は理解できる そして、人間なら必ず持っているであろう、悲しみと向き合う強さも持っています
人形として生きる運命を強いられながらも、人間臭さは失っていない
人間は人間であって、人形ではない つまりはそういう事です(うまく言葉にできない)

結末は、リーベの死を受け入れ、2人の生き様を語り継いで行くというもの
この時点で、ロマは過去を受け入れ、完全に人間の強さを手に入れたと言っても過言ではないでしょう
本当に最後のリミッターがあるとすれば、全てを受け入れるという事
ロマが初めて完成体になった瞬間はいつですかと問われたら、結局はこの時点です
と言っても人形は人形でしかなく、完全に人間になれたわけではありません
しかし、作られた時に与えられた能力全てが解放され、人間に限りなく近いがそうではない存在になることができました

リーベの死を乗り越えて、自分もほとんど人間として過去を背負って生きていく
ロマという人形が完成するためには、リーベの死は必要不可欠だった
しかし、リーベが死んだことで、ロマは本当に大切な人を失ってしまった
そういう意味で、これはロマという人形にとって、限りなく正しい終わり方であり、限りなく悲しい終わり方なのです
正しさと幸せは必ずしも一致しない そういう意味も込められているのかなと思います



この作品全体に眠っているテーマの1つは、やはり「弱さ」です
何度も書きましたが、弱さに負けて逃げ出してる自分を助けてくれる他者の存在があって、彼らは強くなっていく
この作品は一度弱さに負けることを否定してはいません
しかし、他者にそれを気づかされ、前を向けと言われた時、確かに前を向いて進まなければならないと、そう投げかけているのです

そして、「弱さ」がテーマなら、「強さ」もまたテーマになります
全ての章を通して、弱さに負ける人間や人形を見てきたこの物語ですが、必ず、弱いものを助ける他者の存在がありました
彼らは確かな強さを持っている 確かな信念を持つ人は、前を向いて生きているのです
最後のロマの姿も、強さに分類することが出来ます
リーベとの旅を通して教わったこと、それが、「私を心配させないくらいに強く生きること」です

3つ目は、「幸せ」
幸せの裏に不幸があり、不幸の裏に幸せがある
不幸と幸せは切っても切り離せない存在だから、不幸を受け入れて、幸せに目を向けて生きていくしかない
生きている限り幸せは現れるのだから、ここで人生を切り捨てるのは勿体ないということです