しろは以外の3人を終えた時点では100点も迷うぐらい印象が良かった。ただTrueがメインとは少し主題が変わった分ちょっと乗り切れずやや読後感を損ねてしまった。もっともその点を差し引いても傑作という評は崩れない。
「クリックしながら涙を流すのがKey」という強い言葉を見かけたが、その定義に従うなら私にとって本作は「Key」である。
特にメインのうち3人はいずれも終盤号泣することになり、自分の涙腺のもろさを思い知らされてやや恥ずかしい思いをした。
ただTrueはおそらく頑張りすぎて、一ひねりどころかよじれてしまった結果、迷走しているように見えたというのが素直な感想だ。
それには泣き要素がひと夏の思い出から家族愛に変質したこと、その原因として主題がすり替わっていたことに触れざるを得ない。
以下ではメインの4ルートとTrueについてそれぞれ大段落3つに分けて取り上げようと思う。
1. 蒼、鴎、紬ルート
このルート群の存在こそが今作の一番の魅力である。道中では概ね他ヒロインを排してその子との夏休みの過ごし方が描かれる。
本番は日付描写が無くなってからで、そこから先は「病気と絆」「恩返し」「別れの日」という泣きを熟知した上で選択されたネタを
この媒体で出来る限りの総合演出(一枚絵、BGM、テキスト、声)によって盛り上げることで完全にプレイヤーを引き込んでいる。
私はこの3人には全員かなり思い入れがあるため甲乙つけ難いが、あえて言えば鴎ルートが一番完成度が高かったと思う。
スーツケースの秘密と彼女自身の秘密の結び付け方が秀逸だし、「宝物」の答えには思わずひどく泣かされた。
読後感もカラリと晴れた空のように爽やかであり、しかし同時に涙も溢れてしまう感じは私の人生全てを振り返っても唯一の経験だ。
蒼ルートは二段オチで単に双子の姉の問題を解決させるだけにとどまらず、
そこからもう一歩踏み込んだところに終着点を持ってきたのがエモい。蝶に手を伸ばした辺りからは涙で画面が見えなかった。
あと単純に性格付けが完全にツボである。ツンデレでむっつりで元気系とか私にガン刺さりだ。道中可愛すぎて何度悶えたことか。
紬ルートは終盤手前までぶっちゃけ面白くないのだが、これはしろはとTrue前半でほぼ同じことをやるせいで日常ネタが被らないように
試行錯誤したら中途半端になったんじゃないかと推測している。ただ終盤は分かっていても演出だけで号泣させられたのでずるい。
小道具の使い方が上手いシナリオは傑作になりがちである。このルートもまさしくそれであった。終盤一点勝負で私は負けた。
2. しろはルート
上述の3人と比較するとしろはルートは、泣きが軽視されているという意味でやや異質である。
このルートではむしろ「夏休みの過ごし方」それ自体に強い関心が置かれていて、シナリオは不幸な未来予知を主人公と
手を取り合って克服する程度で特に重視されてはいない。あくまでも彼女が島の友達の輪に復帰し、全員との交流を通じて
夏休みを満喫する日常描写こそが一番の見どころである。これは他3ルートと比べれば縦軸よりも道中を重視する分、
相対的に見て多少浮いているが作品の主題であるいつか忘れた夏休み──という意味ではむしろこちらこそが王道だろう。
プレイ直後は淡泊な展開に少し面食らったが、改めて思い返せばこれはこれでいいのだと思えるようになった。
まだ未プレイならば(こんな感想読んでると後悔する気もするけれど)あえて1番目に攻略すれば変に期待しない分いいかもしれない。
そして問題のTrueルート。
前述の欠点について、もう少し具体的に取り上げていこうと思う。
3. 泣き要素の変質と主題のすり替わり
これまでのメインシナリオでは、描かれる日々はそれぞれ違えども全て「ひと夏の思い出」という共通点があった。
しかしALKA編では日々の過ごし方が「夏休みの」というよりも、父母と幼児による「家族の」日常だったという意味で異質であった。
綴られるエピソードが折り紙料理歌などあまり季節性のないイベント、かつ家族3人でこなすことを重視していた事からも明らかだろう。
実際その後の転結を見ても、Pocket編まで見ても、泣き要素はひと夏の思い出から家族愛に依るものへと変質している。
この辺り少々踏み込んだことを言えば、
Trueの2編が描きたかったのは、今まで同様にひと夏の思い出を描き、今度はそのヒロインとしてうみを据えるような話ではなく
幸せな夏休みの記憶をあえて乗り越え、その先の未来へと進む必要性の話、すなわち夏休みを克服する物語ではないだろうか。
作中でも鏡子さんが指摘しているように、
鏡子「夏休みだってそうだよ」
鏡子「7月の下旬にはじまって、8月で終わる」
鏡子「だからいいんだよ」
鏡子「それがずっと夏休みだよなんて言われたら...」
鏡子「自由なように見えて……それは大きな籠の中に閉じ込められてるのと同じなのかもしれない」
作者は夏休みが終わることに一定の価値を見出していることが読み取れる。実際Pocket編では夏休み(=過去)の記憶と決別し
未来を生きられるように、しろはが過去に囚われる原因となった幼少期の一日を克服する過程がシナリオとして描かれていた。
これを踏まえて改めてTrueの2編における主題について考えてみて欲しいのだが、果たしてそれはメイン同様に
「ひと夏の思い出」だっただろうか?いつの間にか「夏休みを終わらせること」にすり替えられてはいなかったか。
確かにPocket編におけるシナリオ、すなわち
家族の絆や親愛の情は「あの夏休み」という過去に囚われたものなのだから、鳴瀬家の能力に溺れるのではなく
過去を克服して未来へと進むしかないという流れと、そうは言っても二人の間に培われた時空を超えた家族愛は、
もはやそう簡単に投げ出せるものではないと訴えるしろはの熱演は好対照であり、思わず涙を誘う一幕ではあるが、
そういうものは私がこのルートに求めていたものではなかった。
私はむしろ、同じ家族愛をテーマにするとしても、ひと夏の思い出としての家族愛を描き切っていて欲しかったのだ。
ちょうどALKA編の日常の雰囲気の良さと、所詮は夏休みのままごとという危うさは、それだけでも十分一本のシナリオに
仕上がる素質を秘めていたんじゃないかと思う。
このシナリオのように、「夏休み」→「夏休みの克服」へとメタ(高次)に進んだりするのではなく、夏休みという枠組みの中で
うみちゃんの成長や起承転結を見届けたかった。無理にタイムリープや存在否定を伴って描く必要のあるテーマではなかったはずだ。
これはこれで一つの泣きの形ではあると思うが、私にはもう少しやり様があったのではないかと思われてならない。
テーマが最後だけ一貫しておらず、しかもせっかく出て来た「家族愛」すらもシナリオ上の都合で、拠り所どころか
むしろ克服すべきものとして扱われてしまった以上、私は一体どこに心を持って行けば良かったのだろうか。
こうした一読者の期待からピンボケした部分には残念ながら共感は出来なかった。文字通りの「期待外れ」である。
またもう少し苦言させてもらうと、この2編には伏線や説明不足をあえて残して真実をボカしたまま曖昧に進んでしまう節がある。
私は初プレイ時点では先述のように主題が転換されていることに気づけず、上手に読み方のモードを切り替えることが出来なかった。
ありていに言ってしまえば、私は展開に置いて行かれていた。
モノローグの蝶も、絵本の最後のページも、記憶からも希薄になる理由も考察前提とばかりにボカされ地の文で明快に示してくれない。
こういう曖昧さを残したままで「さあ!感動シーン来ましたよ」とばかりに御膳立てされてもヒロインに感情移入は出来なかった。
この辺りメイン4人を攻略していた時にはあまり感じなかった問題である。なぜ急にテキストが難化してしまったのか。これもまた惜しい。
以下は雑記。
・全ルートを通じて制服の必然性が全くなかった。夏休みだし当然と言えば当然だが、だったら蒼が初登場で制服だったり
のみきが最初から最後まで(ALKA終盤除く)制服だった理由が分からない。しろははかろうじて制服の理由はあるけど...うーん...
・EDのLasting Momentは一音目からグッと力強く、流れた瞬間から感情にぶっ刺さる素晴らしい曲だった。
特に鴎ルートでは最後の引きの良さからこの曲が流れるまでの間合いが完全に120点満点である。これで泣かない理由がない。
・他ヒロインはともかく、蒼だけでもHシーンの有料アペンド配信されないだろうか。わざわざ朝チュンシーンを入れたり、
藍との会話でHシーンに触れる萌え会話を入れてくるのはもはやマナー違反である。非18禁のくせに18禁描写入れるのは反則。