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nekonadegoeさんのサクラノ詩 -櫻の森の上を舞う-の長文感想

ユーザー
nekonadegoe
ゲーム
サクラノ詩 -櫻の森の上を舞う-
ブランド
得点
95
参照数
769

一言コメント

草薙直哉を―理解―しろ

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

サクラノ詩OPを鑑賞していて思う、延期してよかった、と。延期していたからこそこの美しいOPが鑑賞出来るのだ、と。当時の技術でこのOPは成立し得なかっただろうし、技術が作品に追いついた。


この作品は他の作品と同列に考えては真髄を味わうことが出来ないだろう。この作品は考察をすることによってテーマに近づき理解することによって意味を成す。だからこの物語から、この物語の登場人物から何かを糧として自らに吸収しなくては駄目だ。私は特に草薙直哉に深く感銘を受けたし、恐らく他のプレイヤーも彼に多くの感情を抱いたことだと思う。だからこの作品は他の作品と同列に扱ってはいけないのだ。この作品では美少女たちではなく主人公にスポットライトが当たっていることに気付かなくてはならない。いや、素晴らしい作品はいつだってそうだ、しっかりと主人公が作品に与える影響―とりわけ良い影響を与える―をよく理解している。だって主人公は一貫して全ての出来事に関係するのだから。


時間と気力があればルートごとに感じたものを分類してまとめていきたいと考えています。特に里奈、優美のものとⅤ、Ⅵにそれらは多かった。


里奈ルート
このルートは優美のルートだ。
優美の「自分が好きな人と結ばれても、好きな人は好きな人と結ばれない」ことの悲しさが重く伝わってくる、ライターすかぢは美少女ゲームらしからぬハッピーエンドではない、だから賛否両論分かれるだろうと語ったが、私は最高である、と評価したい。

百合ルートに突入すると優美の兼ねてからの願望が成就するが、里奈は草薙と結ばれず、草薙は稟と結ばれてしまう。優美は本当にこれで良かったのだろうか、と考える。中原中也の一つのメルヘンを読みながら考える。でも里奈と結ばれた今は必要の無いものだ、と投げ捨てる「あばよ、でくの棒」この道を選択したのだから仕方ない、自分はこの道を突き進む、心の中に本当にこれで良かったのだろうかと心にもやをりを残しながら…。

それでは駄目だと里奈を諦めるのが正史(というか百合ルートは現実でないので優美のなかの架空世界と考えるのが正しい従って百合ルートも架空ではあるが正史でもあるのだが)。
ここで一番好きなシーンはなんと行っても優美が音楽を聴きながら河原に一人佇むというなんとも哀愁溢れる美しいシーンだ。ここで過去に自分を認めてくれた男友達と未来を語り合いこれからの人生幸せになってやろう、と誓う。
良いシーンだ…。
サクラノ詩テーマである幸福を感じられる…。
表面的に見たら失恋物語にしか見えないだろう。けどこれはよくよく考えてみると幸福なのである。未来へのエネルギーに満ちている人間は美しい…。きっとそんな美しさに幸福を感じるのだろう。良くもまあここまで高校生らしくも美しい幸福を描けるなと戦慄する。そう、これなのだ、苦い経験をして、大人へとまた一歩近づく、過去の友と共に、未来はもっと凄くなってやると誓って。この場面に恐ろしいまでの青春を感じたのだ。恋人が出来るとかそんなチープな青春じゃない。

本当にありがとう、こんな素晴らしい感情を想起させてくれて。優美はこれからも力強く大人へと成長していく。
最後に、夕焼けはなんて美しいのだろう…。優美が狗神煌先生に担当してもらえて本当によかった。
夕焼けはやはり、美しい。


真琴ルート
真琴ルートは全ルートの中でも最も満足出来なかったルートの一つだ。これが唯一すかぢが担当していないということだったが、プレイしてからそのことを知った時妙に納得してしまった。

端的に言うと単調でつまらない。
彼女の立ち位置上扱いづらいというのはわかるがもう少しなんとかならなかったのかなぁ。
出来事の経過を淡々と追っている気分になる。第三者的に。登場人物が心情を全く表に出さないで物語が進みすぎているからなのだろうか、主人公直哉に入り込めなかった。

ただキャラクター同士の兼ね合いが面白い部分があったのは認める。
元々真琴は一番好きなキャラだったし何してても面白いと感じるのかもしれないが、とりあえず、「真琴の蹴りを直哉が掴むのに成功してパンツを観察するという羞恥プレイ」は最高でした。
籠目の絵も最高だった。この人の絵は時々構図がおかしかったりするが、立ち絵とこのシーンの絵は最高だった。表情が狂おしいほど可愛い…本当にこのときの真琴は最高に可愛いのですよ…

特にそれ以外の個別にはぐっとくるものがなかった、少し残念なルートでした。

『       』ルート
はっきりいってこのルートは唯一無二でかつ最高だ。
他のエロゲではこんなシナリオみたことがない。なんてことだ。

このルートは直哉のためのルートだと自分は理解している。このルートの直哉は誰とも結ばれないのだから。後述するようにこの作品の中で一番好きな存在は間違いなく草薙直哉なのでこのルートが一番好きになってしまうのは当然のことのように思う。

複雑な感情の波があったのを承知でここで簡単に纏めようとするなら、過去と今と未来。それを草薙直哉が教師になって過ごす学園生活のほんの少しだけで表現されているのは恐ろしいと思った。
自分のような人生経験の浅い人間でも草薙直哉の感じる、

同じ場所にいるのにともに過ごす人間が違う、あの時一緒に青春を分かちあった仲間たちはすでにおらず、自分だけがここにいる、自分だけがここに取り残されている、彼らが現在どこで何をやっているのかはわからないし知る術も自分にはない、ただ自分はここで取り残されている。

という気持ちはまさにこの作品の主題である幸福なのでは、と推察する、というか自分なりの解答を導き出すことができた。
古来から共有されてきた諸行無常という言葉の表すそれこそが人生なんだと。
草薙直哉はそんな人生に対する解答としての諸行無常を屋上で感覚しながら煙草を蒸かすのですよ。今までに感じたことのないレベルの衝撃がなにか心に感じられませんか。かっこいい。ただこのかっこいい、はいつも使うようなかっこいいじゃなくて、草薙直哉が煙草を蒸かすその瞬間にしか感じられない唯一の種類のかっこいい、なんだと。

教師になってからである女子生徒たちはみんな可愛い。特に咲崎さんなんかかなり可愛いけど、栗山奈津子なんて言葉を失うほどに魅力的だった。この作品で一番かわいいのは優実だとすれば二番目にかわいいのは奈津子だ。ごくごくわずかしか割かれていないこのテキスト量だけで奈津子の魅力がここまで伝わってくるなんて恐ろしい。
奈津子本当にかわいいよ、奈津子すきだ、結婚したい。



草薙直哉について

僕がこのゲームを他の人よりも楽しめた要因は草薙直哉を好きになれたことが大きいと思う。

他の作品にありがちな、鑑賞者目線で「どこにでもいる普通の高校生を主人公にしてしまう」という安易な選択をしたかったことは非常に大きな評価点だといえる。
どこにでもいる普通の高校生のどこに魅力があるのか。もしそういう主人公にすることで鑑賞者が感情移入しやすくなったところでなんの意味があるんだろうか。
そもそも作品というのは作者が創造した世界なわけで完全な感情移入なんてできないだろうが。けど主人公の気持ちになって考えることはたとえその主人公が魅力的であったとしても可能なんだよ。少なくともおれは強固な自分の意志が存在し、自分で道を切り開く草薙直哉の気持ちを理解できたよ。キャラクターたちとの兼ね合いにも草薙直哉として参加したよ。そのキャラクターの気持ちになってみるなんてどんな主人公であってもできるんだよ。ただその主人公が不快な人間でなかったら全く問題ない。

問いたいんだが、個性の死んでる主人公でないと感情移入できないような人っているのか、もしそんな人間が存在するとしたらこの世界を生きていくにも大変な苦労をしているだろうし、そんな極少数の人間に合わせ作品作りをするのはやめろ。 

草薙直哉は絵の才能があるし、かっこいいし、高身長だし、親が有名だし、頭もいいし、運動もできるし、女の子が困っていたら助けずにはいられない(春の雪ではとんでもなく頭が良かったのですが少し控えめになりましたね、まあ稟のキャラ設定のためなら仕方ないね)…。登場する女性キャラクターたちが惚れてしまうのも納得のいく、神のような存在なのである。これがいい。
昨今の創作物ではなぜ惚れたのこんなゴミクズにとかこんなつまらない男のどこが好きなんだとか思うことが多々ある。大抵そういう場合クズを好きになった女の子もクズ理論でその子のことも嫌いになってしまうのだ。クズ男の彼女は大抵クズですよ。
しかしこの作品ではそういうことはない。なぜなら草薙直哉は超人だしイケメンだし惚れるのも当然と納得できる主人公だから。
だから惚れた女の子のこともしっかりした女の子なんだなと好きになれる。見る目があるいい子なんだなと。安心できる。

その神のような存在だからこそ、架空のキャラクターたちだけでなく、私たちプレイヤーの心をも掴んでしまうのだろう。
私自身は男性であるが、草薙直哉みたいなかっこいいイケメンは大好きです。
基4の描く直哉の絵は最高にかっこいいし、特に「直哉が煙草を蒸している絵」は最高と言わざるを得ない。今作品の中で好きな絵を3つ上げろと言われたら必ず食い込むような、どうしようもなくかっこいい絵だ。
芸術的であると同時に哲学的でもある一枚絵に感謝。
男の一枚絵がこのエロゲでトップクラスに好きになれてしまうんだからサクラノ詩は面白いな。

最近は何の取得もないようなクソ雑魚を主人公にするのが流行っているようですが、これからはもっと主人公に魅力のある作品が増えるといいですね…