笑いあり涙あり,諦めないビャッコメンバーの姿が眩しい傑作青春物語
いきなりだが,青春物の醍醐味は登場人物たちに感情移入して,「頑張れ」「負けるな」とエールを送り,彼らの目標が叶ったときには心から「おめでとう」という清々しい気持ちにさせてくれることにあると思う。本作は,その醍醐味を存分に味あわせてくれる素晴らしい作品であった。
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構成から見てみよう。本作は,主人公である乙矢がロケットに関してド素人であるところからスタートする。そんな乙矢がゼロから知識・経験を蓄えていくことを通して,同じくド素人である我々ユーザーもロケットについての理解を深めていくことができるようになっている。しかも,各個別ルートがそれぞれPM・機体・電装・推進という別々の分野を題材としているため,その理解に十分な時間を費やすことが可能となっている。
本作で題材とされたロケットに限らず,専門的な分野をテーマにした作品では,陥りやすい二つの負のパターンがあるように思う。一つは,説明が不十分であるためにわけが分からないままに進行するというもの。もう一つは,説明はされているものの単なる知識の羅列や叩き込みとなってしまいユーザーの頭がパンクしてしまうというもの。これら二つのパターンにより我々が置いてけぼりとなり,話にのめりこめないという事態が往々にしてある。その点本作は,上のような構成をとることによって,ロケットについての十分な説明をユーザーに対して与えながらも,プレイを進めるに合わせ自然と理解が及ぶようになっている。非常にユーザーフレンドリーな仕様であり,我々が物語に没入できるようにとの配慮がなされている。
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次に登場人物たちの日常に目を向けよう。本作は,廃部の危機という暗い話題を設定しつつも,それ我々が一時でも忘れてしまうかのような,明るく愉快な登場人物たちによるコメディタッチな展開を随所に織り交ぜながら進行していく。楽しそうに活動する彼らの姿を見るうちに,我々は彼らとその所属するビャッコというチームを好きになっていき,これが感情移入を促進している。暗い設定だからといって常に悲壮感を漂わせていてはこうはいかないだろう。ともすれば途中でプレイ自体が辛くなってしまいかねない。
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以上の二点も感情移入という点につき重要な役割を果たしているが,最も大きく寄与しているのは,何度困難に直面しようとも歯を食いしばり立ち向かう彼らの諦めない姿である。
少し内容面に触れていこう。
共通ルートでは,夏までの公式大会での優勝という難題を突き付けられながらも,部員数の確保,打ち上げテストでの失敗といった困難を乗り越え,マックスファイブで大会新記録を叩き出す。しかし,直後ARCによりこれを更新され,敗北する。直後の彼らの号泣シーンと,それでも諦めず夏の全国大会(フォーセクションズ)へと新たな挑戦を開始する姿には感銘を受けた。
那津奈ルートでは,エンジンの燃焼試験に失敗するたびに,何度も何度も改良を加え続けた。
ほのかルートでは,ほのかの父親が倒れ工場の経営が危ぶまれてしまったことや,大会本番で器械が壊れてしまったことを乗り越えた。
有佐ルートでは,ロケットを憎んですらいた乙矢の父親を説得し続け,また機体・電装・推進の各部門で敗北し絶望的になろうとも,最後まで部の存続を訴えかけた。
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そして,個人的に諦めない姿に特に胸打たれたのは,プレイ済みの方からすれば意外にも映るかもしれないが,夏帆ルートであった。
夏帆ルート。夏帆は幼少時の事故により視力が徐々に減衰し,失明の危機にさらされていた。そしてついにはロケット開発も困難になった彼女は乙矢に言った。
「いつか,見えなくなってもいい。
わたしは今,どうしても夢を見たい」
この言葉を聞いた時,私の頭に次の言葉が不意によぎった。
「オヤジの栄光時代はいつだよ…
全日本のときか?
オレは……オレは今なんだよ!!」
(井上雄彦『スラムダンク第31巻』19~21頁より)
対山王工業戦,背中を負傷してベンチにいた桜木が腹を括って安西先生を説得しようとする場面だ。私はこの夏帆の言葉も,自らの人生を賭けてもビャッコでロケットを飛ばすという夢を追いかけるという強さであると思った。私自身もこの時点で感極まっていた。
しかし,この言葉はそうではなかった。失明という不安を抱え,強がろうとした,未来を諦めかけた言葉だった。
「目が見えなくなるのが怖かった
だから,平気だと思うことにした
そう思わないと怖くて仕方がなかった
『夢を見たい』と思うことにした
本当はただ怖かっただけ
生きてるのが怖くて仕方なかった」
そして,夏帆に対し乙矢は言う。
「最後にもうひとつだけ,賭けをしようぜ
ビャッコがロケット打ち上げに成功したら,夏帆は手術を受ける
失敗したら一生,俺がお前の目になるよ」
この乙矢と夏帆のワンシーン。初めて自分の弱さを正面から見つめた夏帆の勇気も,夏帆の一生を背負うと決めた乙矢の覚悟も相当なものだったと思う。そんな二人だからこそ夏帆の未来を諦めないでいられたのだろう。
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ビャッコの面々の諦めない姿は人々の心を打つ。それは,ロケットを憎んでさえいた乙矢の親父であったり,ロケットに反対する漁業組合であったり,あるいはライバル関係にあるARCや宇宙研であったり。そして同時にユーザーの心も。
完結編。ビャッコは夢であった宇宙ロケットの打ち上げへと漕ぎ着ける。しかし,とある事故により失敗に終わり,有佐は意識を失い入院し,AXIPから活動停止を言い渡される。それでも彼らは諦めなかった。もう一度挑戦しようとした。そんな彼らを周囲の人間も応援した。ARCと宇宙研は共に彼らの夢を叶えようとした。皆でロケットをあの晴れわたる空より高く飛ばすんだという一体感。まるで見ている自分さえ一緒になっているかのような気持ちにもなった。びゃっこⅢロケット三号機が宇宙へと辿り着いたあの瞬間は,本当に嬉しかったし,本当に「おめでとう」という思いで一杯だった。あんなの見せられたら自分も毎日頑張らなきゃなとか感傷的な気分にもさせられたよ,ちくしょう!
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冷静になって感想を書こうと思ったけど,書いていくにつれて気持ちが高ぶって,最後はほとんど思いの丈をぶつけただけのようになってしまった。しかし,裏を返せば,本作がそれだけ見る者の心を揺さぶった素晴らしい作品であるということであろう。最後に素晴らしい作品を創り上げて下さったことへの感謝を記して感想を締めたいと思う。ありがとうございました。
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お気にヒロイン:夏帆,有佐,ほのか
お気にルート:完結編,夏帆,有佐
世界観・雰囲気 15/15
シナリオ 25/25
キャラクター 14/15
サウンド 9/10
グラフィック 8/10
システム 5/5
個人的補正 20/20
総合 96/100