本作は刺身のようである。可愛いヒロイン達という「素材」の味を殺さずに、そのままにユーザーに対して届けている。私は、本作に可愛いヒロイン達とのイチャイチャを求めていたので、その意味では内容的には満足できるものであった。しかし、不思議なことに、本作に対する評価が芳しくないことに対しても、納得ができてしまうのである。
今更改まって言うことではないかもしれないが、キャラ萌えゲーで最も重要なのは、キャラクターである。さらに限定的に言うならば、攻略対象であるヒロイン達である。そして、このヒロイン達という素材を、様々な要素によって、調理し味付けして我々に提供するのがキャラ萌えゲーの基本的なスタイルである。
1 素材=ヒロイン達について
まず、最も重要であるといったヒロイン達についてであるが、どの子も十分に可愛かった。ヒロインの平均的な可愛さという点から見れば、今年の作品の中でも(私がプレイしたもの中でではあるが)、一、二を争う質だったのではないかと思う。属性も、ツンデレ優等生、控えめだけど暗いわけではない後輩、ちょっとSっ気の入ったロリ先輩、ラブラブ光線全開なおバカなクラスメイトと、(あくまで私の)ツボを押さえるものであったし、キャラデザや声も(あくまで私にとっては)好みのものであった。
しかし、やはりヒロインの好みというものは人それぞれであり、何度も「私」という言葉を用いたように、客観的に他人に伝えられるようなものでもない。「刺身」を例に出したが、サーモンが好きか嫌いかという議論は、平行線に終わってしまうだろう。そこで、以下では、もう少し客観的な議論が可能なレベルの話をしていきたい。
2 本作の素材の調理法
ヒロイン達という素材を調理するものとしてまず挙げられるのが、彼女達と恋仲になる主人公であろう。
主人公というものは、ヒロイン達の目から見ればどんなにイケメンに映っているのか、そんなことは分からないし、知る由もない。しかし、プレイヤーの視点で見た場合、本作の主人公は、決して魅力的なわけではないということだけは言える。「コイツはかっこいいわ」と思わず唸ってしまう行動をとるわけでもないし、肝心な場面では他のサブキャラクター達に美味しいところを持っていかれてしまっている。
だが、本作の主人公は、良主人公では決してないが、プレイヤーから嫌われるタイプではない。気持ち悪い言動をとったり、変に空回りするわけでもない。主人公に対して、我々プレイヤーがストレスを溜め込むということはないのである。要は、空気なのである。
また、主人公に負けず劣らずヒロイン達を調理する要素として挙げられるのが、シナリオであろう。
本作のシナリオは、はっきり言ってしまえば薄い。質という面から見れば、大して盛り上がりがあるわけでもなく、ちょっとした問題を解決した後は、ひたすら主人公とヒロイン達がイチャイチャして終わる。また、量という面から見ても、各ヒロインの個別ルートは、多く見積もったとしても(エロシーンを全て見たとしても)3時間くらいで終わる。
つまり、本作は、ヒロイン達の調理のために最も重要な要素である主人公とシナリオが、ほとんどその役目を果たしていないのである。ヒロイン達は、主人公とシナリオに手を加えられることなく、言わば素材そのままの状態で我々プレイヤーに提供される。そういう意味で、本作はまさに刺身のようなのである。
3 刺身の利点
しかしである。ヒロイン達が素材そのままの状態で提供されるということは、裏を返せば、我々は元々の素材の味を、変な調理法によって損なわれることなく味わうことができるということでもある。
キャラ萌えゲーに対して良くなされる批評というのに、「主人公にイライラして駄目だった」とか「シナリオが余計な事をした」という類の物がある。これは、要するに、ヒロイン達の可愛さを楽しみたいのに、他の要素に邪魔されてそれが叶わなかったことに対する怒り・憤りの声であろう。
これらの声は、もっともなものである。せっかく金を払って美味しそうな素材を食べるのであるから、出来れば美味しく頂きたい。余計なことはしないで欲しい。しかし、製作陣は、例えるならば料理人である。自らの腕で素材に対して手を加え、それをお客さんに味わってもらいたいと普通は考える。けれども、その気概が空回りして、それこそ料理下手なヒロインがよく作るような黒コゲの炭みたいな料理が出来てしまっては元も子もない。それを自信満々に我々に振る舞われては、頭にも来る。
本作の主人公やシナリオは、先にも述べたように、ヒロイン達にほとんど手を加えていない。言ってしまえば、魚を捌きました程度のことしかしていない。しかし、逆に言えば、その程度しかされていないことによって、我々は何の邪魔をされることもなく、素材の味を、ヒロイン達の可愛さを存分に堪能できるのである。
4 調理法の選択
そして、更に言ってしまえば、魚を刺身で出すか、それとも凝った料理にして出すかという見極めも、料理人の腕であると思う。
本作のお嬢様との恋愛というネタは、エロゲーに限らず様々なメディアで使い古されてきたものの一つであるといえよう。そのため、お客さんに新鮮に感じてもらう独自の調理方法を考えるのが極めて難しい。また、政略結婚等の事情により、当人達の恋愛の自由が制約されるという、お嬢様物の基本的な恋愛の枠組みは、大人達の都合という理不尽極まりないものであり、我々から見れば、ストレスを感じずにはいられないものである。そして、このストレスは、濃厚なシナリオを楽しみたいと思っている場合であればいざ知らず、純粋にヒロイン達の可愛さを楽しみたいという欲求にとっては、邪魔なものでしかない。
そうだとすれば、こと本作においては、凝った料理を作るというのは、ほとんど悪い結果しか生み出さないものであったといえるのではないだろうか。例えば、鳳家と北園家の確執は本当にあっさりと解決され、秀治と紗夜は結ばれた。この点を捉え、「もっと両家の問題を膨らませることが出来たのではないか」などという批判は十分に成り立つであろう。しかし、そうやって料理した結果がどうなるかと考えてみるに、大人達の醜い都合に翻弄される秀治と紗夜の辛い姿が延々と描写されるビジョンしか(少なくとも私が想像するに)見えて来ず、かえって紗夜の可愛さを楽しむことが出来なくなっていたように思えるのである。
実際に、「祝桜原画集」の中で、ライターの氷雨は「前作までとは異なり、ごく普通の学園モノを目指しました」と発言している。私は、すたじお緑茶の過去作品は、前作の「恋色空模様」しかプレイしていないが、恋愛を主眼に置かない青春ストーリー物であった。これを含む前作までとは異なり、普通の学園物を目指したということは、我々にヒロイン達との恋愛、ヒロイン達の可愛さを純粋に楽しんでもらいたかった、というのが氷雨氏の意図であったと考えるのが自然であろう。そして、そのような意図に基づき本作が出来上がったことから察するに、氷雨氏は、本作における適切な調理法を刺身であると見極めた上で、刺身を提供してきたのだと思うのである。本作のシナリオに対しては各所で批判的な意見を目にしたが、以上のような私の観点からすれば、少なくともシナリオ自体を取り上げて全否定するようなことは出来ない。
5 不満点~料理人の姿勢
もっとも、「シナリオ自体を否定することはできない」とは言ったが、それ以外の面で不満が無かったわけではない。不満点を端的に言ってしまうと、本作にかける製作陣の熱意というものが欠けていたように思えるのである。
グラフィック面が最も顕著であろうか。例えば、多目的ホールでの創立記念パーティーの場面。各界を代表するような来賓が集結し、相当に豪華なパーティーが催されたであろうことが想像できるこの場面で、背景はいつも通りの何の飾りっ気も無い多目的ホールのまま。例えば、エンドロール。全ルートで黒い背景にスタッフの名前が流れるだけなんていう終わり方は、エロゲーを結構やってきたが初めて見た。
このように、手を抜いたと思われても仕方が無い箇所が数多く見受けられるのである。しかもそれは、大抵はシナリオ等の作品の内容自体とはあまり関係が無く、ちょっとやる気を出せばいくらでも手の加えようがあったと思えてしまうような箇所なのである。我々ユーザーを全力でもてなそう、楽しんでもらおうという姿勢が残念ながら感じられなかった。
前作「恋色空模様」のFDの発売が、本編から約1年半後。そして、それからちょうど1年後の本作の発売である。FDよりも開発期間が短いことに実際に不安はあったし、作品の完成度がそれほど高くはないだろうということもある程度予想はしていた。しかし、それでも、本作の完成度の低さはその予想を上回るものであった。上で述べたように内容自体にさして不満があるわけでもない私でもそう思うのであるから、そうでない人にとっては大きく不満の残る出来であろうし、本作にフルプライス約9000円は高すぎると思うだろうことは想像に難くない。
本作に対してあまり好意的な評価が聞こえない(2012年10月28日現在)一番の原因はこの点にあるだろう。例え刺身が上手かったとしても、お客さんをもてなす気も無いような食堂であったとしたら、最終的な食後の満足度は大きく下がってしまう。そして、こんな刺身に約9000円も支払ったなんてありえないとなってしまうのである。
6 総括
もう一度言うが、私自身は内容自体が悪かったとは決して思っていない。むしろ内容自体には結構満足している。しかし、その反面、今現在あまり評価が芳しくないことについても、妥当ではないかと思うのである。もしかすると、本作は、その完成度に見合った価格まで中古価格が落ちたとき、また違った評価がなされるのかもしれない。
7 その他雑感
・ヒロインの中では、うららと紗夜が好き。うららはビジュアル的には一番好み。性格的にもああいう直球娘は好き。紗夜は、個別で思っていた以上に可愛くなった。清々しいほどのバカップルっぷりでした。
・相変わらず立ち絵がすんごい動いて楽しい。活き活きして見えるよね!
・音声をキャラの位置に合わせて振り分けるのはいいんだけど、ヘッドホンだと画面外にキャラがいるときの音声が不自然に感じる。
・なぜあんなにフラグ管理を厳しくしたのか謎。選択肢も難しい。意味があったのか?まりあルートなんてどこがダメなのかと思っていたら、まさか「一人でがんばる」を選択しなきゃいけないなんて…
・七歌攻略させろください。
世界観・雰囲気 11/15
シナリオ 17/25
キャラクター 14/15
サウンド 8/10
グラフィック 8/10
システム 4/5
個人的補正 10/20
総合 72/100