「大樹と水のヒーリングADV」というジャンル通り、作品世界に浸り癒されることを目的とした作品。決して内容が面白いとは言えない。しかし、私は本作が大好きである。
心打たれる感動があるわけでもない。壮絶なカタルシスがあるわけでもない。ヒロイン達のあまりの可愛さに悶絶するわけでもない。テキストに腹を抱えて笑うわけでもない。率直に言ってしまえば、本作は決して面白いわけではない。けれども、私はこの作品が大好きである。
1 本作の楽しみ方
本作の魅力は、世界観そのものにある。
テキストを楽しむ作品。ストーリーを楽しむ作品。キャラクターを楽しむ作品。エロを楽しむ作品。エロゲが娯楽作品である以上、我々ユーザーは何かを楽しむために作品を購入し、また製作者側も何かを楽しませようとして作品を創り上げる。この観点から見れば、本作は「PrismRhythm」という世界を楽しむ作品である。
水と大樹に囲まれた、忙しなく動いていく現実世界とは離れた、穏やかでゆったりとしたどこか幻想的な世界。全体からマイナスイオンが出ているかのような、居るだけで癒されるような雰囲気をもった世界。そこにどっぷりと浸り込むことが、本作の楽しみ方である。
Welcome to the world with kindness! 優しさに包まれた世界へようこそ―
この謳い文句が、それを上手く物語っているだろう。
2 世界を構成する要素
この世界を我々ユーザーに楽しんでもらうという一点を追求して、製作者の側も本作を創り上げている。
緊張感や高揚といったものを排し、ゆったりとした雰囲気を醸し出すBGM達。どこかエスニックな情緒をも漂わせるそれらは、本作の世界観に見事なまでにマッチしているとともに、我々を現実世界から「PrismRhythm」の世界へといざなう役割を果たしている。
木々の緑、水の青を基調としたCG達は、清涼感抜群で、本作の癒し効果を底上げしている。また、CG達は出来るだけ線を細く描かれており、塗りも淡くぼかすような感じでなされているため、カドがとれた穏やかなものに仕上がっている。そのため、森や川といった自然は言うまでもなく、人々が生活する街並みも、直線的で無機質な現実社会の都会的風景とはまるで異なった印象を受ける。
登場人物達も、メイン、サブ、モブまで含めて、全ての人々が心優しく温かであり、不快感を覚えるような人物は一切登場しない。綺麗すぎるとも思えるほどである。
ヒロイン達もその例に漏れず、皆好感を持てるような人物であり、なおかつ可愛い。しかし、冒頭で述べたように、その可愛さに悶絶するようなことは無い。感覚的な表現になってしまって申し訳ないが、主人公とヒロイン達がイチャイチャしていても、それを見てニヤニヤするというよりも、温かい目で見てしまう。友人同士のピュアな付き合いを傍で楽しく見守っている感覚に近いだろうか。これは、ユーザーを萌えさせようと露骨に狙った描写が抑えられているからだと思う。ユーザーを悶絶させるのではなく、あくまで世界を楽しんでもらおうという意図が感じられる。
そして、肝心のシナリオである。他の方々の評価を見るに、「面白くない」という声が大勢である。それについては全くもって同意する。登場人物達の日常の描写が大半を占め、個別も登場人物達の心の機微を軸とした盛り上がりに欠ける平坦なストーリーが淡々と進行する。「シナリオ」という部分だけを抜き出して他作品と比較すれば、退屈に映るものであり、高く評価することができないのにも納得する。
しかし、これを「PrismRhythm」という世界を構成する一要素として見るとどうであろうか。私はそう悪くは無かったのではないかと感じる。シナリオが低評価な作品はよく「シナリオが台無しにした」などと叩かれるが、本作のシナリオは「PrismRhythm」の世界を壊すことなく、むしろその魅力を引き出せていると思う。重く暗いシリアスな展開、熱く燃えるような展開、そんなものは入れようと思えばいくらでも入れられるし、入れた方がストーリーが盛り上がるなんてことは誰もが分かる。しかし、世界観を壊さぬように、我々に温かくゆったりとした世界をとことん楽しんでもらうために、敢えて日常の描写、心の機微の描写という平坦な展開に終始したのであろう。話自体を楽しんでもらうわけでは決してない。しかし、それが支える作品世界を楽しんでもらう。そういったシナリオも、素晴らしいとは言えないまでも、価値が無いと一蹴してしまうのではなく、一定の評価が与えられても良いのではないかと私は思う。
このように、本作を構成する全ての要素が、世界そのものを楽しんでもらうという一点を追求している。そこには、「こういった作品を創りたい」という製作者側の意識統一、共通認識を感じる。複数ライターの間での認識もそうであるし、原画家、グラフィッカー、ミュージッカー等、製作に携わる人々が同じ意識をもって取り組んだことが、「PrismRhythm」の世界が完成したことの根底にあると思う。私はその点を高く評価したい。
3 悔やまれる点
唯一、非常に残念だった点を挙げると、EXTRAシナリオである。このシナリオで、キャロラインが実は妖精であったという事実が明かされるが、説明が完全に不足しており、「そもそも妖精とは何であるのか?」とか「姉が妖精であるエルスはどうなのか?」とか新たな疑問が浮かび上がってしまい、モヤモヤとした終わり方になってしまった。私自身は、妖精がいるかもしれないということ自体が、世界の幻想性、ファンタジー性を増すためのスパイスになっており、かつそれで終始して良かったと思う。そのため、敢えてその存否を取り上げて明らかにする必要性は無かったように感じる。あのように中途半端な形にするのであれば、EXTRAシナリオは完全に蛇足であり、やるとするならばしっかりと煮詰めて欲しかった。
4 総括
「大樹と水のヒーリングADV」というジャンル通り、本作はその世界に浸り癒されることを目的とした一点突破型の作品である。他の娯楽要素を求めるのであれば、本作はその要求に応えることは出来ないであろう。しかし、ふと穏やかな気持ちになりたい、癒されたいと感じた時には、その欲求をバッチリと満たしてくれる作品。それが本作であり、その存在には価値があると思う。