今の業界ではまずできないストーリー展開。るーすぼーい節全開だが、本作独自の魅力も感じられる。
車輪の国に感銘を受けたため、3年以上前にプレイ。
元々同人作品で、商業化の際に美桜√が追加されたそう。よってシナリオの出来も美桜が一番よい。叙述トリックの巧みさもテキスト力によるラストへの盛り上げ方も大変素晴らしく、車輪を思い出す。
発売が2006年ということもあり今ではまず見ることのない主人公とヒロインの癖の強さだが、これらにも全て理由付けがなされている。
ノベルゲームの選択肢の扱いの上手さ
平気でウソをつき、夜な夜な売春に手を染める、病的、醜悪ともとれる美桜の行動に傷つきながらもひたすらに彼女を信じ続ける主人公。どちらも普通じゃない。面白いのが、どう考えても美桜がウソをついていると読み手がわかるシーンにあえて選択肢を何度も設け、「信じない」を選ぶとバッドエンドになるということ。普通だったら嘘をつく彼女を𠮟り、更生させることでハッピーエンドに辿り着くのが定石である。選択肢によって読み手と主人公の思考が明確に異なっていることを強調するというのは、読み手が選択してヒロインの好感度を稼ぐ一般的なノベルゲームとは一線を画すものであり、これが美桜と主人公の二人においては正しい選択なんだという作者からのメッセージと読み取ることができる。
このやり方は一歩間違えると、読み手の没入感を一気に削ぐことに繋がりかねないが、さすがるーすぼーい氏。その後の展開内容が選択にきちんと沿ったものになっており、お得意の叙述トリックと持ち前の熱いテキストによって、強引に納得させられてしまう。
特に、何度も美桜に騙され続けた主人公が、彼女の弱さを目の当たりにしつつそれでもラスト前の選択肢で「なにがあっても美桜を信じる」ことで、ラストの彼女の父親との重要な場面において彼女の支えになることができたというシーンは、後述する叙述トリックとの相乗効果も相まって、最高の盛り上げ方だった。
叙述トリックの意義
るーすぼーいと聞いたら次に出てくる言葉は叙述トリックだろう。ただ今作のトリックはただ読み手を驚かせるためだけに用意されたものではない。莉子√のトリックも印象的だったがやはり美桜√での母子入れ替えのインパクトは凄かった。
物語中盤で、美桜の家庭は崩壊寸前であり、娘だけでなく母も夜の街に繰り出し男と遊び、父も見て見ぬふりで家庭を顧みらないことが判明する。正にクズ親である。クライマックスではそんな父に娘と向き合うよう主人公は説得を行うが、その際たびたび登場していた、男と歓楽街を歩く女のモノローグが挿入される。読み手は当然美桜だと思うわけだが、そこで親友キャラの快音が飛び出してきて、それが美桜の母親であったと明かされる。ラストにふさわしい盛り上げ方だが、このモノローグが美桜のものだと読み手が勘違いしてしまうほど、母親の苦しみは美桜と似通っていたという意味合いでもあり、なんともやるせない思いにさせられる。
総評
美桜は現実にいたらまず手に負えないキャラであり、今こんなの出したらそのメーカーが次作を出すことはおそらく不可能になるだろう。しかし、上述した選択肢と叙述トリックの使い方は美桜というキャラだからこそできたものであり、そこにはノベルゲームにしか出せない魅力が確かに存在する。自分はこの手の作品を始めてからまだ数年も経っていない若造であり、毎月の新作も楽しみにしているものの、このような挑戦的作品を普通に出せた当時の業界を、少しだけ羨ましく思う。いい作品でした。