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mmasaharuさんの天色*アイルノーツの長文感想

ユーザー
mmasaharu
ゲーム
天色*アイルノーツ
ブランド
ゆずソフト
得点
76
参照数
987

一言コメント

『下手にリアルを取り込むとかえって面白さが落ちるかも』(愛莉シナリオ chapter9-4)

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

空に浮かぶ島ライゼルグ。                                    
そこは人間だけでなく、セリアンスロープやエルフといった空想の世界にしかいなかった種族たちも暮らす世界。
電気やガスは普及しておらず、人々はそれらを魔石で補うことで生活を営んでいる。

こんなファンタジーあふれる世界に教師として赴任することになる真面目で温和な主人公。
美麗なCG、可愛らしいキャラクター達、ころころ変わる立ち絵差分。これらゆずクオリティは今作も標準装備。
随所に挿入されるSD絵もとても可愛らしく、癒し効果は抜群の内容に仕上がっていました。
どんなファンタジーを見せてくれるのか、かなり期待していた作品だったのですが・・・

終わってみると、残念ながらそのファンタジーな雰囲気を今一つ感じることが出来ませんでした。
はっきり言ってこれ、中途半端な現実感が作品全体の世界観を壊しているように見えます。
以下、個人的に気になった点を書き殴っていきます。


例えば、ヒロイン達が突然スライムに襲われるというイベントがあります。
服を溶かされてしまうというエロゲらしい展開はともかく、これ自体はとてもファンタジー色が強いイベントと言えます。

でも浮遊島であるライゼルグの学院なのに授業内容は何故か日本史です。
30年前突如現れたライゼルグで何故こいつらは日本の授業なんてやっているのでしょうか?
鎌倉時代は1185年から~とか、初代天皇は誰ですか~とか、
そんな日本の豆知識をファンタジーの世界で読みたくはありません。

また、木乃香の登場シーンも同様。
このシーンは全裸の少女が突然主人公の前に現れるというファンタジー物らしい突発イベントです。
彼女は一体何者なのか?彷徨人(かなたびと)である彼女はどこから来たのか?
今後のストーリー展開を期待させます。

しかし主人公たちがとる行動は、やれ役所に連絡とか、手続きや書類、その他諸々の決まり事とか、
せっかくファンタジーらしい展開になってきた途端、中途半端にリアルな行動ばかりを取るんですよね。
ファンタジーの世界で支援金をもらって安心するヒロインなんて見て誰が喜ぶというのでしょうか?


上はほんの一例ですが、せっかくのファンタジー展開を中途半端なリアルが何度も阻害してくるシナリオでした。
後に続く各個別シナリオにもこの流れが引き継がれていて、
ヒロインの内面描写やガールズトークに尺を割きすぎてファンタジーな世界観がおざなりになっていました。
こんなどっちつかずの内容ではライゼルグという舞台設定に意味を感じなくなってしまいます。

それとシナリオ自体もちょっと退屈。
この作品、確かにキャラ全員可愛くて性格もいいのですが、裏を返せばトラブルメーカー不在とも言えます。
一人くらいは物語をかき乱すキャラがいないと、事件らしい事件が起こらず物語の起伏が乏しくなる。
よく見る文句ですが、この作品はこれの典型とも言える内容で、どのルートも山場を迎える終盤までの展開がちょっと退屈でした。


残りはPOVに譲りますが、どこか中途半端で雰囲気に浸れない作品でした。
なんだかご都合主義と叩かれるのを恐れるあまり、ありそうな現実感を随所に挿入して守りに入っているようにすら見えます。
屋台に日本語で「おでん」と書かれていることや、日本とライゼルグを結ぶゴンドラの存在、
それに「スマホ」なんて単語も本当にこの世界観に必要だったのでしょうか?
これはファンタジーを読ませたいのか?それとも読み手を現実に引き戻したいのか?
両者が同居するシナリオを目指したのだとしたら、この作品は失敗だったのではないでしょうか。


作中でシャーリィがこう発言するシーンがあります。            

 『下手にリアルを取り込むとかえって面白さが落ちるかも』(愛莉シナリオ chapter9-4)

これは何気ない日常シーンの会話文ですが、このセリフは今作の問題点を一言で表している名セリフだと思います。
もしかしたら企画書の内容に不満を抱いた某ライターさんによる隠しメッセージかも・・・

と、思うのはさすがに深読みし過ぎですね。