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mizukuさんのSummer Pocketsの長文感想

ユーザー
mizuku
ゲーム
Summer Pockets
ブランド
Key
得点
80
参照数
806

一言コメント

公式でうたっている通りノスタルジックな作品。かつてKey作品でも使われた既視感のある物語は懐かしく当時を思い出すことができるが、それゆえに先の展開が読みやすく目新しさに欠け、過去作と比較してしまうのが欠点。(7/15追記)

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

フルプライスではRewrite以来となるKey新作、そしてKeyの看板だった麻枝准を中心から欠いた状態での新作ということで期待と不安を胸にプレイした本作。
結論から言えば予想以上に良い作品だった。不安要素はいくつもあったが、それらの落とし穴にハマることなく高い品質でまとまりのある作品を完成させてくれたことを感謝したい。

作品全体としては個別の4ルートでプレイヤー各々の心に持っているであろう「懐かしく輝いていた夏」を想起させて、ALKA+Pocketでは過去よりも現在の先にもっと素晴らしい夏がある、とプレイヤーが感じたノスタルジーを未来への希望に繋げる構成となっている。
個人的に極端に完成度の低いルートが無かったことも評価したい。Key作品はいずれも最終的な評価は高くともルート単体では酷評されるものも多かったのだが(私見で顕著だったのはリトルバスターズ!だろう)、本作にはそのような捨てルートが無かった。
個別4ルートのすべてに共感することは難しくとも、きっと1つくらいは自身の思い出に引っかかるエピソードがあったのではないだろうか。


そんな本作だが、全盛期のKeyほどの力を感じられなかったこともまた事実である。

第一に過去作との類似点の多さが挙げられる。仮にプレイヤーがONE~の作品をプレイしていた歴戦のファンであればあるほど、Summer Pocketsで描かれる物語のほとんどは既に見たことのあるものだったはずだ。
この既視感がノスタルジーに一役買っていたというメリットもあると思うが、どうしても過去のKey作品との比較に繋がってしまい、オリジナルを超えられたかという問いかけになってしまうので心証は良くなかった。
へじゃぷ

次には単純にシナリオのパワーが足りない。
ALKA~Pocketの流れは理屈として綺麗でまとまりがあるものの、事実上の主人公であるうみの過去について掘り下げが少なくうみ自身が幼女であることも手伝って感情移入が難しい。
もしかすると既に子を持つプレイヤーであれば共感することもできたのかもしれないが、残念ながら私はそうではなくうみの感じていた孤独や自身の存在が無くなるという葛藤にちゃんと寄り添うことができなかった。
先の批判と矛盾するようだがこの点は過去作のCLANNADのようにしろはが亡くなる前後について丁寧に掘り下げられていたなら解決されていたかもしれず、素直にもったいないと感じた。

最後にごく個人的な願望になるが、新島夕のファンだったためそういう意味でも本作には期待していた。いや、正直に言ってKeyであることよりもそちらの期待のほうが大きかった。
だが結果的にSummer Pocketsはシナリオライターの個性というものは消臭されていて、Keyブランドの色が濃く出た作品だった。それが悪いこととは言わない。ライターの個性が強く出過ぎたために制御できなかったRewriteの失敗を活かした作品作りだったのだと思う。
それでも私は新島夕の夏の物語が見たかった。プロローグの終わりにハイリとしろはが夜の浜辺で語るシーンで感じた郷愁の手触りを最後まで感じていたかった。しろはルートのようなストーリーがその先も続くことを、Key + 新島夕が産み出すものを期待していた。
なのでそういう意味で本作のオーラスを残念に感じてしまったのは否めない。


否定的な見方が多くなってしまったが、良かった点としてライティングとディレクションを担当した魁氏の存在がある。本作では唯一、かつてKey作品に参加していたライターとしてKeyブランドに相応しいシナリオを多く書き、作品を見事にまとめあげていた。
魁氏といえばCLANNADの藤林姉妹や柊勝平が象徴的であまり良い作品を作られるイメージを持っていなかったのだが、本作でそのイメージは見事に払拭されただろう。
今後も魁氏がライティングとディレクションを担当するのならば、シナリオライター麻枝准が不在であってもKeyの魂のようなものは守られていくのではないかと感じた。



久しぶりのKey新作は、確かにKeyが終わっていないことを感じさせる高品質な作品だった。しかしKeyなら、あの頃の麻枝准ならもっとやれたのではないか?という疑いを同時に抱いてしまう作品でもあった。
Summer PocketsをもってKeyが復活した、と言い切るのはおそらく難しいだろう。だが未来に繋がる一歩と感じることはできた。
プレイ中クリックをしながら涙を流すKey、が帰ってくるその日を期待して待っていたいと思う。


好きなシナリオ順
しろは>鴎>ALKA>Pocket>蒼>紬

好きなBGM
・Sea,You & Me
・Sea, Your Memory
・夜は短く、空は遠くて…
・夏を刻んだ、波の音は…

好きなボーカル曲
・Lasting Moment
・ポケットをふくらませて

(7/15追記)
他人の感想にアレコレ言うのは良いことではないと承知しつつもどうしても見過ごせなかったので一点だけ。

紬ルートのライターが新島夕ではないかと推察するユーザーが複数いらっしゃったが、紬ルート担当はハサマ氏であって新島夕ではない。
本作、オーラスを除き挿入歌の作詞担当がそのルートの担当ライターとなっているので紬ルートはハサマ氏でまず間違いない。
たとえ作詞のことが無かったとしても作中の文章が新島夕のものとは似ても似つかず、このルートだけ全体から浮いたテキストになっていることから新島夕/魁の両名でないのは断言できます。