単なる移植に留まらず、テーマやメッセージといったものは突出していたものの物語としてはどこにも行けない袋小路のまま終わってしまったPC版魔女こいにっきに一定の結末を与えることができている。ゲームそのものが与える印象を大きく変更してみせた珍しいCS移植作。
基本的にPC版をプレイしている人向けの感想になると思います。
物語の構造や伏線回収の巧みさが評価されつつも、今ひとつ盛り上がらないシナリオ展開やすっきりしない結末という欠点も抱えていた魔女こいにっき。
本作に、原作者による追加シナリオ付きのCS移植版が出ると聞いたとき、私は意外に思った。
PC版既プレイ者であればわかっていただけると思うが、本作の終わりはすっきりしない結末、でありながらあそこからどのように話を広げれば良いのか予想も付かないものだった。
そもそも魔女こいにっきは「物語」とは何であるかというメタ視点を大いに含むのが特徴的な作品で、キャラクターを次々に生み出しては即座に消費されていく風潮に一石を投じるのが主目的であったと私個人は感じている。
そこに新規ルート、追加キャラクターというありがちな要素で下手な繋げ方をしても納得できるものになるとは思えない。
CS版追加要素は蛇足になるのでは?という懸念があったのである。
プレイした感想としてどうだったかは以下に述べていくとして、本作の追加要素は厳重にルートロックがかけられている。
PC版本編 → 氷室弥生ルート(追加) → PC版シークレットED → 黒の章・灼熱の王子と小さな竜(追加)
PC版本編自体もメインのシナリオはかっちりロックされていたので違和感は無いだろう。
まず氷室弥生ルートから触れていこう。
なんとなく当たり障りの無い内容になるのだろうと予想していたため、実際にプレイするまでは全く興味が沸かずちょっと億劫だなあくらいに思っていたのだが、プレイ後は評価が一変したのがこのルート。
メインヒロインにしてもう一人の主人公、南乃ありすの友人A友人B的ポジションの桜坂恵子(仮)と氷室弥生(仮)だが、桜坂恵子が本編でちょっとおいしい役どころを与えられていたのに対して、出番の多いモブ程度の位置に甘んじていたのが氷室弥生というキャラクターだった。
どうせ適当にジャバ王に喰われて終わりなんじゃないか?ということで期待値も下がろうというものだったのだが、ここでのジャバはほぼ傍観者に徹していて予想外の角度から話が進んでいく。
ややネタバレになるがこのシナリオは半分ほどがジャバウォックの過去話、王になってから国外に追放される前までの話が書かれていて、PC版では物語られることのなかった砂漠の国でのエピソードや黒幕アリスとの出会いなどがここで語られる。
ルートロックの位置に相応しく、本編からシークレットEDおよびその後に続く最終章への橋渡し的な役割をこのルートが果たしているわけだ。
かといってそれだけというわけでもなく、氷室弥生の決して実ることのない恋とそれに対する彼女の向き合い方は中々に興味をそそられるもので、本編だけでは読み取れなかった弥生・恵子・ありすのちょっと微妙な関係やそれにも負けない彼女たちの友情も感じられて良い話としてまとまっている。
あくまでサブシナリオという立ち位置を崩さず、本編を壊すことなく、それでいて原作に欠けていたものを補ってみせた良い追加ルートだった。
そしてそこからシークレットEDを挟んで続くもう一つの追加ルート「黒の章・灼熱の王子と小さな竜」は魔女こいにっき最終章と呼ぶべき内容だ。
プレイ時間にして5時間ほどと中々ボリュームのあるルートだが、なんとあのシークレットEDから直に続くシナリオとして存在している。
詳細は控えるが、空想上のオアシスに辿り着いたはずの彼女らのその後や、アリス・崑崙とジャバウォックの決着が描かれ、すっきりした、とは言わないまでも一定の前向きさとともに物語は終局を迎えている。
これを以ってみれば最初に述べた「蛇足」という懸念は外れたと言えるのかもしれない。しかし、しかしである。
非常に難易度の高いであろう結末を一応は書いてみせたことに評価をしつつ、それでもあえて私は言いたいのだが、魔女こいにっきをプレイした(そしてCS版を購入する程度に気に入っている)ユーザーは果たしてこれを望んでいたのだろうか?
始めに私は魔女こいにっきの欠点としてすっきりしない結末、ということを掲げたのだが、しかしあの空想上のオアシスや冷水をぶっかけるようなシークレットEDが単純に否定できるものだったとも思っていない。
PC版本編でたくみと共に永遠の旅路に出るありすの姿に感じ入るものはあったし、その後のオアシスはどういうこと?という気持ちになりつつも、なんだかその曖昧さが悪くなかったと思うのだ。
皮肉とメッセージだけを痛烈に込めたあのシークレットEDのちょっと無茶な不合理さも、その曖昧さが中和してくれる。
ジャバウォックはアリスを思い出していたぶられることになるけれど、他方でありすと旅に出たりオアシスに辿り着いてハーレムエンドを迎えたりもする。
そういった揺らぎがこの作品に込められた皮肉の存在を許して、そういうことを考えながらこの人は作品を作っているんだなあなんて作者の思考に思いを巡らせるためのクッションになってくれていたと思う。
しかしこの最終章はそうした揺らぎを無くしてしまっている。これをプレイすれば魔女こいにっきの辿り着く結末はこれが唯一であり、オアシスも永遠の旅路もすべて過程となってしまう。
物語の終わりのその後を中核に置いた魔女こいにっき。そのコンセプトからは「黒の章・灼熱の王子と小さな竜」も決して外れてはいない。
けれど、PC版本編やあのシークレットED自体が秘めていた痛烈な皮肉は霧散した、とまでは言わずとも希釈されてしまって、メッセージは別のものに置き換わっている。
この置き換わったメッセージというのは私がPC版の裏メッセージとして受け取っていたものと同一なのだけど、要約するならば
「消費者として文句を言うだけの非生産的な行動をするより、生産する側になって自分が望むものを作らないか?」
というものになる。
まあこれはこれで悪くはないのかもしれないが、私個人としては創作するということにさほど興味を持つことができない。
創作物を楽しむのは好きだ。駄文とはいえこうして文章を書くのも嫌いじゃない。ヲタクとして感想を言い合ったり共有するのは楽しい。
だけど、自分の中には創作として誰かに、あるいは不特定多数に伝えたいような想いは無い。
もっと面白いものを作ってやろうなんてことは思わない。私にとって創作は趣味人としての延長にあるものではない。
だからこのメッセージは私にはあまり響くものが無くて、これが強く印象を残してしまうことになったのは、やっぱりCS版追加要素の「蛇足」だったんじゃないかって思ってしまうわけだ。
PC版魔女こいにっきは巧みにまとまった構成であるにも関わらずお話の完成度は高いとは言えず、未完成のような側面を確かに残していた。
それに対して補完する形となったCS移植版は決して手抜きとは思わないし物語としては完成してみせたが、オリジナルの持っていた良さを損なってしまったように思う。
やり残したのかもしれない不安定な揺らぎを回収しに来たような、商品としてケジメをつけに来たような、そんな印象を抱いてしまったことは残念に思うけれど、中身の濃い追加要素で最後まで興味深く楽しめたことも事実だしプレイしたことに後悔は無い。
新島夕からの公式回答を得られる数少ない機会でもあるので、興味のある人はプレイしてみると良いと思う。
これは本当に蛇足なのだけど、販売元の加賀クリエイトが解散してしまったのでこの感想を書いている2016/2/12現在でCS版公式サイトは接続できなくなっています。
時代の流れについていくことができなかったということだけど、こういった意欲的な移植を手がけてくれる会社が無くなってしまったことは素直に残念だなあと思いますね。